犯罪心理学研究
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原著
女性が犯罪に陥る心理的危機の分析―特に中年後期の危機を中心としてTATを用いた分析―
坪内 順子
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1979 年 14 巻 1.2 号 p. 1-14

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抄録

近年,女性犯罪に関する論評がはなやかである。統計からは,女性犯罪の増加と粗暴化が分析され,事例研究(特に女性の殺人の事例)からは,時代の社会病理を女性犯罪は生々しく反映していて,これは過去の女性犯罪の特質と変わらないものであると分析されている。本研究の目的は,統計研究からこぽれがちな女性犯罪の質の分析を,臨床心理学的手法(TAT分析を中心として)で行い,その特性に迫ることにある。また質の分析では,従来,殺人など特殊事例に傾きがちであったが,本研究ではさまざまな事例を踏まえることにした。

調査I(予備調査)

犯罪行為を「犯罪行為とは,人が人生で苦しい危機に陥った時,その苦しい緊張から自分を解き放つための,その人独自の行動である。」と仮定する。とすれば,犯罪行為を分析するためには危機の態様と,独自の行動様式(人格反応)の二つの検索が不可欠である。ここではその分析にTATを用い,特定のカテゴリーを設けて二つの分析に迫る工夫を試みた。分析対象は,T拘償所確定女子受刑者27名,TAT(Murray版)13枚,個人法。塾堡.TATの危機分析型は,次の5型であった。I.恨みのドラキュラ,狂女,死のイメージ,II.歪曲自己像,化け物,せむし,かたわ者のイメージ,III.分離,喪失不安型,IV.外界崩壊,目己消失型危機,山崩れ,土埋め,溺死のイメージ,V.白々しいニヒル,外界・内界希薄,VI.分類不能。この5型と,それぞれの犯罪の形式・内容との対応を検討すると,明確な対応を見せたものは次の二つであった。11型と10歳代から非行が始まり累犯者であるもの(早発累犯),IV型と中年期初犯者(遅発初犯)。前者は,独自の危機への対処の仕方のみ強調され(歪曲自己像),後者は危機の態様のみ強調され(外界崩壊,自己消失)ているのが特徴であった。特に中年危機犯罪の危機イメージは,男性の思春期から青年期にかけての精神疾患(分烈病,境界例,ある種の神経症)のそれと,極めて類似している。これらの結果から,女性犯罪の一つの特徴は,Eriksonの主張する自我同一性の危機で,中年期に訪れ,その危機が犯罪の背景にあるのではないかの仮説を導き出した。

調査II(本調査)

調査Iの仮説をさらに検討するため,まず早発累犯(10歳代で非行がある累犯者)と,中年後期初発(35歳以後,初めて犯罪に陥った初犯者)の2群を設定し,この2群のTAT反応を分析した。(調査Iより18名例数を増し45名の中から上記条件のものを,厳密に選定した早発累犯8名と,中年後期初犯9名である)堕墨早発累犯群は,TATの全シリーズを通じて歪曲された自己像が示され,特に前半の人間カードシリーズでは萎縮イメージ(盲,せむし,小児まひ)で,後半の非現実シリーズでは,化け物的な自己像(ドラキュラ,化け物)が圧倒的であった。(χ2=5.24, P<0.025),中年後期初犯群は,人間カードシリーズでは,健康な対人面でのバイクリティ,攻撃性,年相応の母親的役割イメージがとれる。(すぺてχ2検定で3BM, P<0.05, 7 GF P<0.2,)が,後半の非現実シリーズでは一転して,外界崩壊感が生々しく示され,死に対して生々しく隣り合い,自分の存在が根こそぎにされ,自分が危機状況の中にのみこまれ,溶かされる不安感が示された。(Pカード 11.)。

そこで,中年後期初犯群の犯罪動機を検討したが.2名の激情犯を除いては動機に人を納得させるせっぱつまったものがなく,犯罪手口は,主婦グループの万引きがいくつも重なって実刑判決に至ったものが多く,思春期の少女の万引きプロセスに類似していることもわかった。

以上の結果から,女性犯罪の特徴の一つとして,中年の危機犯罪があること,その危機とは,E-Eriksonの青年期の自我同一性の危機と心理的に極めて類似していること,つまり女性は35歳後半から自己の生々しい存在理由を執ように問い続け,生き方そのものが良い意味では真の自立を求めたあがきになるが,一方では,自己が消失(死)してしまう生々しい危機にさらされ,何かしらのアクティング・アウトが起こるのではないか,これがあるときは,犯罪を誘発する因子(思春期への退行)になるのではないかとの仮説を導き出した。今後は,さまざまな方法で,本研究の仮説を検討してみたい。

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© 1979 日本犯罪心理学会
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