抄録
二箇の玩具のうち自分にとってより魅力的である方を他者に譲る行為 (または決定) としての利他性が, (1) 玩具の魅力度, (2) 主体と他者との社会的関係の種類, 及び (3) 事態の現実度によってどのように規定されるかを実験的にみようとした。
被験者は小学校3年生 (9才児) 男女計96名。実験者との面接場面で魅力度の異る二箇の玩具を示され, いずれか一方を他の子供 (同性) に譲るように求められた。
独立変数の操作は次の通りであった。(1) 玩具の魅力度: 玩具の魅力度はそれと心理的に等価な鉛筆の量で測定され, それぞれ鉛筆10本相当 (「下」 の玩具), 20本相当 (「中」 の玩具), 30本相当 (「上」 の玩具) になるよう調整された。玩具の絶対的魅力度の効果をみるたこめ, 「中」 と 「下」 の対が 「上」 と 「中」 の対と比較され, 相対的魅力度の効果をみるため 「上」 と 「中」 の対が 「上」 と 「下」 の対と比較された。(2) 主体と他者との社会的関係の種類: 他者が主体の友人 (friend) である場合と初対面の人 (stranger) である場合とが比較されたこ。(3) 事態の現実度: 他者が主体の傍に実在する場合 (現実度高) と他者の存在が単に想定されているにすぎない場合 (現実度低) とが比較された。
従属変数の測定は次のようになされたこ。(1) 被験者自身の利他性: 「これら二つのオモチャのうちどちらを人に貸しますか。」 と質問して決定を求め, 決定総数のうちで利他的決定 (魅力度の高い方の玩具を他者に譲るという決定) の占める百分比, すなわち利他的決定率を算出し, これを利他性の測度とした。(2) 被験者の認知したこ級友一般の利他性と被験者自身の利他性との相関 (r1): 「もしあなたの学級の人達にこれらのオモチャを見せて, どちらを人に貸しますかときいたらみんなはどう答えるでしょうか。」 と質問して, 被験者の認知する級友一般の利他性を測り, これと (1) との積率相関係数を求めた。(3) 被験者の認知した相手の利他性と被験者自身の利他性との相関 (r2): 「いまあなたがオモチャを貸してあげることにしたこその相手の人にこのオモチャを見せて, どちらを人に貸しますかときいたら, その人はどう答えるでしょうか。」 と質問して, 被験者の認知する相手の利他性を測り, これと (1) との積率相関係数を求めた。
実験の結果は次の如くであった。
(1) 玩具の相対的魅力度の増大は, 被験者自身の利他性及びr2を有意に低下させ, またr1を低下させる傾向を示した。絶対的魅力度は, いずれの従属変数をも有意に変化させなかった。
(2) 主体と他者との社会的関係は被験者自身の利他性を規定する要因であることがみとめられた。他者が主体のfriendである場合よりもstrangerである場合の方が, 高い利他的決定率を示した。
(3) 事態の現実度はr2を規定する有意な要因であることがみとめられた。他者が実在する条件では, 他者の存在が単に想定されているにすぎない条件におけるより, 低いr2の価が得られた。
従来の研究結果との関係において上の諸結果を説明する理論が考察された。特に要因 (3) 他者の実在は, 要因 (1) 玩具の相対的魅力度との間に交互作用を生じ, それがr2を規定する仕方は一義的でないことが論議された。