抄録
樺太幌内川流域のツンドラ地帯の泥炭層下には、泥炭層發達當初の時代に存在した、森林要素の遺骸を藏してゐる。今般發見された材片は、其の解剖的性質によりLarix, Salix, Alhus, Ulmus, Syringaの5種と鑑定される。
泥炭層成立の年代は明かでないが、埋木は長年月に亙り、低温と、次第に加へられた土壓と、可なり高い腐植酸性の溶液の中に、嫌氣的状態を以て、極めて緩徐な分解が行はれたものと考へられる。
こゝに發掘された針葉樹は、濶葉樹と分解の経過に於て異なるものがある。
濶葉樹の分解は先づ基本組織をなす木繊維より初まり、導管最も抵抗する。膜層では三次及び二次膜よりとけ去り中葉は最も永く残る。膜質中セルローゼは分解され易く、リグニンは比較的安定である。從て最外部褐色崩壊層は、主として中葉のリグニン質物より成り、小許のセルローゼ分解過程の物質を含む。組織の形は殆んど大部分の二次膜を失ふも一次膜にセルローゼの存する限りは尚保たれ、此のヤルローゼが分解すると共に急に崩壌する。
針葉樹亦二次膜部より分解を開始するが、此際膜層中に環状に配列する多數の小穿孔を現す。此の穿孔は繊維の軸に對して一定の傾斜を保ち、、斷續してゐる、崩壌への移行は極めて急激で、リグニンに富む初生膜部も永く保存されない。り從て崩壌部は全膜の分解産物よりなり、リグニン反應を認めぬ。一般に秋材部二次膜に於ける鹽化亜鉛沃度の菫色反應は腐朽の進行と共に増加し、フロログルチン鹽酸反應は腐朽と共に退行する傾向がある。
終に臨み、終始御指導を賜たる沼田教授、並びに材料を提供された山崎次男氏、諸種の便宜を與へられた井田五郎氏に深く感謝の意を表する。尚識別に關しては金平博士、出林邊氏の業跡に負ふ處多く、腐朽状態の研究に際しては小原博士に啓發されたるものが尠くない。茲に謹しんで敬意を表する。