2012 年 45 巻 12 号 p. 1218-1223
症例は65歳の男性で,2005年より閉塞性動脈硬化症による高位大動脈閉塞にて当院血管外科外来に通院中であった.2009年,便潜血陽性を主訴に当院内科を受診した.大腸内視鏡でS状結腸に3 cm大のIspポリープを認め,腺腫内癌のSM浸潤が疑われたため,手術目的に当科紹介となった.CTでは,腫瘍は周囲への浸潤が見られず,病的腫大リンパ節や他臓器転移も認めなかった(c stage I).また,血管再構成にて下腸間膜動脈の血流は,中結腸動脈左枝からRiolan動脈弧を経由し,左結腸動脈を介して供給されていた.これにより,血流障害を回避するため,D1郭清を伴うS状結腸切除を行った.今回,我々は高位大動脈閉塞を合併したS状結腸癌に対し,術前のCTによる血流評価によって,安全に手術を施行しえた症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
高位大動脈閉塞は,閉塞性動脈硬化症などで腹部大動脈が腎動脈直下まで閉塞するものを指し,下肢および腸管の血流を担う側副血行路の高度な発達をみるのが特徴的である.下腸間膜動脈の起始部は閉塞するが,進行が緩徐であるため,mesenteric meandering arteryが発達し,下部大腸,骨盤内への主要な血行路となる1).このような症例に対する下部大腸の腫瘍切除において,不用意に血管処理を行うと,血流障害から縫合不全を来すことになる.今回,我々は高位大動脈閉塞を合併したS状結腸癌に対して,CTによる血管再構成で血流評価を行い,安全に手術を行った症例を経験したので報告する.
症例:65歳,男性
主訴:便潜血陽性
既往歴:2005年より閉塞性動脈硬化症による高位大動脈閉塞にて当院血管外科に通院中であった.出血性胃潰瘍.
現病歴:2009年,便潜血を主訴に当院内科を受診した.大腸内視鏡にてS状結腸に3 cm大のIspポリープを認めた.表面に陥凹が見られ,腺腫内癌の像を呈していた.SM浸潤が疑われたため,手術目的に当科紹介となった.
入院時身体所見:腹部は平坦・軟であった.両側大腿動脈以下の拍動は触知できないが,1 kmほどの歩行は可能であった.インポテンツは認めなかった.
入院時ABI:右下肢0.68 左下肢0.63
血液生化学検査所見:貧血は見られず,腫瘍マーカーも正常範囲であった.
大腸内視鏡検査所見:肛門より20 cmのS状結腸に,3 cm大のIspポリープを認めた(Fig. 1a).表面に陥凹が見られ,腺腫内癌と思われた(Fig. 1b).また,stalkへの浸潤も疑われた.生検結果はgroup 4(tubular adenoma of S-colon with sever atypia)であったが,肉眼的に悪性腫瘍が強く疑われ,腫瘍径が3 cmを超えていること,stalkへの浸潤が疑われることを考慮し,外科手術の方針とした.
a: Colonoscopy shows a Isp polyp in the sigmoid colon. b: The polyp with a central ulcer suggests cancer in adenoma.
CT所見:S状結腸に壁の肥厚を認めるが,周囲への浸潤はなく,病的リンパ節腫大や他臓器転移も認めなかった(c Stage I).大動脈は腎動脈直下で閉塞しており,両側とも腸骨回旋動脈や下腹壁動脈を介して外腸骨動脈末梢より再開通していた(Fig. 2).下腸間膜動脈は起始部で閉塞しており,中結腸動脈左枝からRiolan動脈弧を経由し,左結腸動脈を介して血流が供給されていた(Fig. 3).両側内腸骨動脈は起始部で閉塞していた.
Three-dimensional CT reveals an occluded abdominal aorta from the juxtarenal to iliac region. Systemic-systemic and visceral-systemic collaterals were developed abundantly, providing blood to the internal and external iliac arteries.
3D-CT angiography reveals that the IMA provids collateral flow from the Riolan arcades.
手術所見:正中切開にて開腹した.腹水は認めず,肝転移・腹膜転移を思わせる所見は見られなかった.S状結腸に,拇指頭大ほどの腫瘍を触知した.漿膜表面には露出しておらず,周囲のリンパ節腫脹もみられなかった.血流障害を回避するため,D1郭清(#241)を伴うS状結腸切除を施行した(Fig. 4a, b).
a: The sigmoid colon cancer was resected with D1 lymph node dissection. The doublet indicates the ligation level of the sigmoid artery. b: Macroscopic findings of the resected specimen shows a Isp polyp in the sigmoid colon.
病理組織学的検査所見:Adenocarcinoma of S-colon [ tub1,SM,ly(–),v(–),with adenoma,N0](Fig. 5).全体的にtubular adenoma様の贈呈する病変で,一部に高分化型adenocarcinomaが発生しており,粘膜下層の浅層に入り込んでいる.
Pathological diagnosis shows well differentiated adenocarcinoma infiltrating in the submucosal layer.
術後経過:術後経過は良好で,3病日に経口摂取を開始し,7病日に退院した.現在も高位大動脈閉塞の経過観察のため,血管外科外来を通院中である.
1983年から2011年まで「高位大動脈閉塞」,「結腸癌」,「閉塞性動脈硬化症」の組み合わせをキーワードとして,医学中央雑誌および関連文献にて検索したところ,本症例以外の報告は見られなかった.
高位大動脈閉塞が初めて報告されたのは1948年で,Lericheら2)が腎動脈下腹部大動脈から腸骨動脈に至る閉塞によって,両下肢虚血とインポテンスを来した26歳の男性をLeriche症候群として提示した.この症例は,年齢や閉塞所見から閉塞性血栓血管炎(以下,TAOと略記),Buerger’s diseaseと考えられるが,現在では血管外科の進歩により,TAO以外の動脈閉塞性疾患でも同様の閉塞像を来すことが明らかとなっているため,高位大動脈閉塞とするのが一般的である.慢性的に進行した大動脈閉塞は,大動脈腸骨動脈閉塞性疾患のなかでも比較的まれで剖検例中の頻度は0.15%であるという報告もある3).一般に慢性大動脈閉塞の病因は動脈硬化性のものが多く,しかも腸骨動脈領域の器質的動脈硬化性病変に由来する血栓の上行進展が多いと考えられている4).
病因のいかんにかかわらず,大動脈の閉塞に伴った側副血行路の発達が特徴的で,両下肢へは第11,12肋間動脈から腸骨回旋動脈を介して外腸骨動脈に流れる経路や,内腸骨動脈の枝を介して深大腿動脈の分枝に流れる経路で供給される.また,大動脈閉塞に伴い下腸間膜動脈も閉塞されるが,上腸間膜動脈からmesenteric meandering arteryを介して下腸間膜動脈へ供給され,骨盤血行への側副血行路が発達する1).このような血行動態の把握に,従来は血管造影検査が行われていたが,CT装置や画像ソフトの進歩のため,3D-CTで十分に代用可能となっている5)6).
本症例でも,腰動脈から腸骨回旋動脈を介した経路や内胸動脈から腹壁動脈を介した経路で下肢の血流が供給されているのが3D-CTで明瞭に示されている(Fig. 2).また,IMAの血流は中結腸動脈左枝からRiolan動脈弧を介し,左結腸動脈を経由して上直腸動脈に供給されていた(Fig. 3).通常どおりのS状結腸癌に対するS状結腸切除術では,郭清に伴い上直腸動脈を切離することが多く,本症例の場合には内腸骨動脈からの血流供給が期待できないため,吻合肛門側の腸管が虚血となる可能性が高い.腫瘍はIspポリープであり,血流を考慮しなくて済む内視鏡下摘除も検討したが,腫瘍径が3 cmを超えていること,stalkへの浸潤が疑われたことにより,開腹手術を選択した.血管を温存しながらのD2郭清も考えたが,腫瘍がcancer in adenomaであり,周囲のリンパ節の腫脹がみられなかったため,spasmや損傷による腸管虚血のリスクを考慮し,D1郭清(#241)のみのS状結腸切除術(Fig. 4a)とした.
より迅速かつ安全な手術を行うために,解剖の理解は重要である.CTの画質向上に伴い,術前の解剖学的オリエンテーションが理解しやすくなった.また,腹腔鏡下手術の発展に伴い,あらかじめ目的臓器周辺の動静脈の位置関係を把握するためにCTの血管再構成が利用されるようになった7)8).当科では,消化器手術例全例に血管再構成を行い,十分に個々の症例の解剖を理解してから手術に望むようにしている.
今後も更に高齢化が進み,食生活の欧米化も相まって,閉塞性動脈硬化症を伴う癌患者が増えて行くと思われる.3D-CTを含めた低侵襲な画像診断の発展は,我々の解剖学的理解を深め,より安全な手術手技に大きく貢献しているが,それぞれの患者に合った治療戦略を立てるうえでも重要であると考えられた.
利益相反:なし