日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹膜再発を来した虫垂原発腺内分泌細胞癌の1例
青笹 季文森田 大作岡 敦夫帖地 憲太郎
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2012 年 45 巻 7 号 p. 772-777

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Abstract

我々は2011年WHO分類でmixed adenoneuroendocrine carcinoma(以下,MANECと略記)に相当する虫垂原発腺内分泌細胞癌の1例を経験したので報告する.症例は48歳の男性で,急性虫垂炎の診断で虫垂切除術を施行,神経内分泌化の傾向を有する虫垂腺癌と診断したため回盲部切除を再施行,追加切除標本には病理組織学的に腫瘍細胞の遺残などを認めなかった.再手術から3年6か月後,腹水貯留および腫瘍マーカーの上昇を認めたため腹水穿刺を施行,腹水中の腫瘍細胞が虫垂の腫瘍細胞と類似していたため免疫組織染色を行った結果,両者共にCD56(+),synaptophysin(+)であり,虫垂腺内分泌細胞癌を原発とする腹膜再発と診断した.虫垂原発内分泌細胞癌は非常にまれで,我々が検索したかぎりでは本邦では6例しか報告されておらず,文献的考察を加えて報告する.

はじめに

大腸癌における内分泌細胞癌の頻度は全大腸癌の1%以下とされ1)~3),なかでも虫垂に原発した内分泌細胞癌の症例は極めてまれで,本邦では6例の報告4)~9)を認めるのみである.今回,我々は2011年WHO classification of the tumours of the digestive system10)による分類でmixed adenoneuroendocrine carcinoma(以下,MANECと略記)に相当し,初回術後から3年6か月が経過してから腹膜再発を認めた虫垂腺内分泌細胞癌の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

症例

症例:48歳,男性

主訴:特になし.

既往,家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2008年1月に右下腹部痛を主訴に受診した.右下腹部に圧痛および反跳痛を認め,WBC 10,300/mm3と高値を示し,また腹部USにて腫大した虫垂を認めたため急性虫垂炎の診断で虫垂切除術を施行した.虫垂は全体にやや腫大していたが虫垂根部に炎症は認めず(Fig. 1),通常通りの虫垂切除を行い,術後経過は特に問題なく第4病日に退院となった.

Fig. 1 

Macroscopic findings of resected appendix.

初回手術病理組織学的検査所見:HE染色検査では粘膜内は高分化型,粘膜下層以深の浸潤部では粘液産生を伴う中分化型腺癌の像を認め,またGrimelius染色にて陽性細胞を認めたため神経内分泌化の可能性が示唆された(Fig. 2).そのため初回手術より26日後に再手術を施行した.再手術前の腫瘍マーカーはCEA 1.0 ng/ml,CA19-9 6.0 U/mlと正常値であった.

Fig. 2 

Microscopic findings of the resected specimen. a: Adenocarcinoma component occupies at the appendix vermiformis. b: Grimelius staining showed argyrophilic granules of tumor cells.

再手術所見:全身麻酔下に腹部正中切開にて開腹,腹水および腹膜転移は認めず,回盲部切除術(D3)を施行した.

再手術病理組織学的検査所見:腫瘍細胞の遺残は認めず,リンパ節転移も認めなかった.最終病理組織学的診断は大腸癌取扱い規約に準じて,ss,n0,ly0,v0,Stage IIとした.

再手術後経過:術後経過は良好で第11病日に軽快退院した.その後,補助化学療法は施行せず定期的な経過観察を行った.再手術後3年6か月経過したとき点で,腹部USにて少量の腹水貯留を認め,腫瘍マーカーがCEA 7.0 ng/ml,CA19-9 63.2 U/mlと高値を示したため,腹膜再発を疑い腹水穿刺を施行した.

腹水細胞診検査所見:粘液を有する異型細胞を認め,初回手術で切除した虫垂の腫瘍細胞と類似していたため,両者の免疫染色検査を行った結果,虫垂の腫瘍細胞はCD56(+),synaptophysin(+)であり(Fig. 3),腹水中の腫瘍細胞も同様の免疫染色検査結果を示した(Fig. 4).以上の結果より,虫垂腺内分泌細胞癌を原発とする腹膜再発と診断した.

Fig. 3 

Immunohistochemical staining of the tumor cells of appendix for CD56 (a) and synaptophysin (b) are positive.

Fig. 4 

Immunohistochemical staining of the cytologic specimen of ascites for CD56 (a) and synaptophysin (b) are positive.

現在,分子標的剤を併用した多剤併用化学療法として,panitumumab+mFOLFOX6を施行し約6か月が経過したが,腹水の減少を認め,特に症状なく日常生活を送っている.

考察

大腸癌における内分泌細胞癌の頻度は本邦では全大腸癌の0.2%前後とされ1)2),Bernickら3)は大腸癌6,495例のうち内分泌細胞癌は38例(0.6%)に認め,虫垂原発は1例のみであったと報告している.また第54回大腸癌研究会アンケート調査報告(2004)によれば,大腸癌手術総数65,671例のうち内分泌細胞癌はわずか18例(0.027%)であり,発生部位は下部直腸に多く,虫垂原発の症例の報告は認めなかった1).我々が「虫垂」「内分泌細胞癌」をキーワードとして医学中央雑誌(1983~2011年)で検索したかぎりでも報告例は6例のみ4)~9)であり,非常にまれな疾患である.

内分泌腫瘍は,カルチノイドあるいは神経内分泌腫瘍と呼称されてきたが,後者はneuroendocrine tumorとも呼ばれNETという名称が一般化してきている12).2011年にWHOより提唱されたWHO classification of the tumours of the digestive system10)では,腫瘍群を神経内分泌新生物として総称し,腫瘍細胞分裂像数(mitotic count),Ki-67陽性率などによりNET G1,NET G2,neuroendocrine cell carcinoma(NEC),MANEC,hyper plastic and preneoplastic lesionsに分類している.

内分泌細胞癌は,細胞学的に高異型度の内分泌細胞から構成され,壊死巣や偽ロゼット構造を伴う大充実結節状やシート状胞巣を形成し,繊維毛細血管性の間質を伴い,充実性に増殖することが特徴的であるとされ,先行した粘膜内高・中分化型管状腺癌の癌腺管深部内に,腺癌細胞の分化により出現する増殖能の高い腫瘍性内分泌細胞癌を経て形成される場合が最も多いと考えられている13).そのため内分泌細胞癌は腺癌・腺腫と共存する場合が多く,しばしば粘膜内に一般型腺癌を伴い,この場合には腺内分泌細胞癌と呼称される9)13).また内分泌細胞癌の病巣が共存腺癌・腺腫に対して相対的に少量の場合には腺癌・腺腫の形態として捉えられるため,HE染色のみでは鑑別が難しく内分泌細胞マーカーを染色することが必要である.本症例も粘膜内は高分化型腺癌,粘膜下層では中分化型腺癌の中に免疫染色検査で内分泌細胞マーカーが陽性を呈する腫瘍細胞が混在していたため腺内分泌細胞癌と考えた.また本邦報告例でも不明の1例を除いた全てに一般型腺癌が併存し(Table 1),本症例も含めて2011年WHO分類におけるMANECに相当するものと考える.

Table 1  Reported cases of appendiceal endocrine cell carcinoma of Japan
No Author Year Age Sex Preoperative diagnosis 1st operation 2nd operation Pathological coexistance lesion
1 Higaki4) 1996 71 F tumor adenocarcinoma
2 Sakamoto5) 1997 65 M appendicitis appendectomy ileocecal resection adenocarcinoma
3 Yamashita6) 2001 69 F right ovarial carcinoma ileocecal resection unknown
4 Sumi7) 2006 70 F appendicitis appendectomy right hemicolectomy adenocarcinoma
5 Aoki8) 2006 62 F cecal carcinoma right colectomy adenocarcinoma
6 Nishina9) 2009 75 M mucinous cystanodecarcinoma ileocecal resection adenocarcinoma
7 Our case 48 M appendicitis appendectomy ileocecal resection adenocarcinoma

大腸内分泌細胞癌は,リンパ節転移率48~56%,肝転移率77~86%,1年以内の癌死率70~77%と報告されるように3)11)14)~16),急速に発育進展し,高率に脈管侵襲と転移を来し予後不良である.西科ら9)は1年を超える無再発生存例を報告し,理由として偶然に併発した肝膿瘍に対する精査中,高度進行状態に至る前の段階で診断,治療が実施できたためと推察しているが,阪本ら5)は虫垂切除後,腫瘍の遺残がなかったにもかかわらず6年後に回盲部を中心に広範な腫瘍浸潤を認め10か月後に失った症例を報告している.本症例も虫垂切除後直ちに追加切除を行い,追加切除標本において腫瘍の遺残,リンパ節転移を認めなかったのにもかかわらず,追加切除後3年6か月経過してから腹膜再発を来した.内分泌細胞癌に対する化学療法として,津谷ら17)のcisplatin+CPT-11,長谷川ら18)のcisplatin+etoposide,才川ら19)のcisplatin+CPT-11,cisplatin+VP-16によって効果を認めたとの報告もあるが,現時点では症例数が少ないためコンセンサスの得られた治療法はない.本症例は48歳と若年者であるため,分子標的剤を併用した多剤併用化学療法としてpanitumumab+mFOLFOX6を施行し,特に症状も無く腹水も減少したため,現段階ではある程度の治療効果を得ているものと考えている.

以上,非常にまれな虫垂原発腺内分泌細胞癌症例について報告した.予後向上のために本疾患の集積がなされ,化学療法や放射線療法といった集学的治療について検討され,至適治療法の確立につながることが望まれる.

稿を終えるにあたり,本症例の病理組織学的診断についてご検討いただいた東京慈恵会医科大学病理学講座,鈴木正章先生に深謝いたします.

利益相反:なし

文献
 

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