日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
肝内胆管癌との鑑別が困難であった良性肝内胆管狭窄の1例
高橋 龍司武田 仁良磯邉 眞田中 眞紀篠崎 広嗣山口 美樹津福 達二堀内 彦之中島 収白水 和雄
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2013 年 46 巻 1 号 p. 34-40

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Abstract

症例は63歳の男性で,下腿浮腫を主訴に来院し,血液検査にて肝機能異常とCEA高値を認め,造影CTにて肝外側区域の肝内胆管拡張を認めた.ERCPでは左肝内胆管がB1分枝直後で完全閉塞し,同部位での擦過細胞診と胆汁細胞診では悪性所見を認めなかった.肝内胆管癌を疑い,2008年8月に肝左葉+尾状葉切除術を施行した.病理組織像では,肝S2に限局した肝内胆管狭窄と多房性囊胞性病変を呈しており,囊胞性病変と肝内胆管との交通は認められなかった.胆管狭窄部は異型のない単層立方上皮で被われ,囊胞壁の線維化,付属器腺の増生,軽度のリンパ球浸潤を認めた.初回手術から44か月経過し,無再燃生存中である.良性肝内胆管狭窄はまれな疾患であり,本邦では12例の報告のみである.肝内胆管癌との鑑別は困難であり,現時点では十分なinformed consentを行ったうえで肝切除を検討すべきであると考えられた.

はじめに

肝内胆管に限局した良性肝内胆管狭窄はまれであり,本邦ではこれまでに11例の報告1)~9)のみである.近年は画像診断や内視鏡技術の進歩により,詳細な検討が可能となってきているものの,悪性との鑑別はいまだ困難である.我々が経験した症例を呈示する.

症例

患者:63歳,男性

主訴:下腿浮腫

家族歴:特記事項なし.

既往歴:高血圧症にて内服加療中であった.

生活歴:喫煙20本/日×38年間,飲酒ビール0.5 l/日×38年間.

現病歴:2007年8月より下腿浮腫を自覚し,2008年7月に来院.血液検査にて肝機能異常,CEA高値を認め,腹部USにて肝外側区域の胆管(B2,B3)拡張像を認め,精査加療目的で当科紹介となった.

初診時現症:身長169 cm,体重67.6 kg,血圧158/88 mmHg,脈拍72/分整.貧血・黄疸なし.腹部は平坦軟,腫瘤や肝脾を触知しなかった.

血液検査所見:AST 48 IU/l,ALT 48 IU/l,γGTP 540 IU/lと肝機能障害を認め,CEA値は7.8 ng/mlと高値を示した.HBs-Ag陰性,HCV-Ab陰性であった.

腹部US所見:肝臓は辺縁鈍で中等度の脂肪肝を呈していた.肝S2/S3に限局した肝内胆管拡張を認めたが,明らかな腫瘤性病変や胆道結石は認められなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal US shows a moderate fatty liver with a dull edge and dilatation of the left intrahepatic bile duct in the S2/S3 segments of the liver. Neither a mass lesion nor biliary stone can be detected in the liver.

腹部造影CT所見:造影CTでは肝S2/S3に限局した肝内胆管拡張を認めた(Fig. 2a).冠状断再構成像ではB2/B3分岐部での左肝内胆管狭窄が示唆された(Fig. 2b).明らかな腫瘤性病変や胆道結石は同定できなかった.

Fig. 2 

a: Contrast-enhanced CT shows dilatation of the left intrahepatic bile duct in the S2/S3 segments of the liver (arrow). b: Coronal reconstruction image indicates stricture of the left intrahepatic bile duct in the bifurcation of the B2/B3 branches (arrow). Neither mass lesion nor biliary stone can be detected in the liver.

ERCP所見:左肝内胆管がB1分枝直後で完全閉塞し,ガイドワイヤーによる操作でも末梢側胆管は描出不能であった.同部位にて擦過細胞診と胆汁細胞診を施行した結果,悪性所見は認められなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

ERCP shows complete obstruction of the left intrahepatic bile duct right after the B1 branch (arrow) and is difficult to visualize the distal bile duct even when using a guide-wire.

Etoxybenzyl (EOB)-MRI所見:Dynamic-MRI所見では肝S2の拡張した肝内胆管の周囲に淡い造影域を認めた(Fig. 4a).short time inversion recovery(STIR)像では拡張した肝内胆管の周囲に淡い高信号域を認め,肝内胆管癌の存在を否定できない所見であった(Fig. 4b).

Fig. 4 

a: Dynamic-MRI shows a slightly enhanced lesion around the dilatated intrahepatic bile duct in the S2 segment of the liver. b: STIR (short time inversion recovery) image also shows a slightly enhanced lesion around the dilatated intrahepatic bile duct. It is difficult to deny intrahepatic cholangiocarcinoma.

以上の所見より,鑑別診断としては肝内結石症や原発性硬化性胆管炎などの良性胆管病変もあがったが,総合的には肝内胆管癌を最も疑い,患者本人および家族に十分な説明を行ったうえで,2008年8月に手術を施行した.

手術所見:術中超音波検査,術中胆道造影はそれぞれ術前と同様に肝内胆管癌を疑う所見であり,肝左葉+尾状葉切除術を施行した.

病理組織学的検査所見:肉眼像は肝S2に限局した肝内胆管狭窄と多房性囊胞性病変を呈しており,囊胞性病変と肝内胆管との交通は認められなかった(Fig. 5).組織像では,胆管狭窄部は異型のない単層立方上皮で被われ,囊胞壁の線維性肥厚,付属器腺の増生,軽度のリンパ球浸潤を認めた(Fig. 6a, b).また,胆管狭窄部に形質細胞浸潤や閉塞性静脈炎などの所見は認められず,免疫抗体染色検査ではIgG,IgG4のいずれも陰性を示した.

Fig. 5 

The resected specimen shows stricture of the intrahepatic bile duct in the S2 segment of the liver (arrow) and a multilocular cystic lesion. In addition, there is no connection between the cystic lesion and the intrahepatic bile duct.

Fig. 6 

Histopathology. a: The bile duct stricture is encircled by simple cuboidal epitheliums without cellular atypia (HE stain ×15). b: There is fibrosis of the cystic wall, glandular proliferation, and mild infiltration of lymphocytes (HE stain ×40).

術後経過:2病日より食事を開始し,4病日に肝切除断端に留置していたドレーンを抜去した.肝機能はAST 182 IU/l,ALT 179 IU/lまで上昇したが,次第に正常化した.15病日に退院となり,外来にて経過観察を行った.CEA値は術後に一旦正常化した後,外来では6~7 ng/mlで推移し,以後は上昇傾向を認めなかった.現在,初回手術より44か月が経過し,無再燃生存中である.

考察

肝内胆管に限局した良性胆道狭窄のうち,先天性や外傷性,術後性,肝内結石を含む炎症性,原発性硬化性胆管炎などを除いた良性肝内胆管狭窄は非常にまれである.我々が医学中央雑誌およびJ-STAGEで「良性胆管狭窄」を,PubMedで「benign bile duct stricture」をそれぞれキーワードとし,1983年および1950年から2012年3月までの期間で検索しえたかぎりでは,本邦ではこれまでに9編11例が報告されており1)~9)(三輪ら1)の報告例のうち,肝内結石を有した1例は除外した),自験例は12例目に相当し,海外からの報告は皆無であった(Table 11)~9).患者背景では,平均年齢58.8歳(41~77歳)で中高年の男性に多く(男性10例,女性2例),自覚症状は無症状が10例,腹痛や発熱などの胆管炎症状が2例であった.狭窄部位はB2,B3を含む左肝内胆管枝が7例(58.3%)と最多であり,B4を含む左肝内胆管枝が5例(41.7%)と続き,左肝内胆管枝に好発していた.また,悪性を疑う所見としては,胆道造影(ERCP 10例,術中胆道造影1例)での不整な胆管狭窄像または途絶像を11例,MRCPでの不整な胆管狭窄像を4例,CTやUSでの腫瘤影を4例,腹部血管造影でのencasementを1例において認めた.術前の組織学・細胞学的検査としては,経乳頭的胆管生検が2例,擦過細胞診が1例,胆汁細胞診が3例において行われ,胆管狭窄部にhyperplasiaを認めた症例53)のみが胆汁細胞診でClass IVと診断された.手術は全例において肝切除が施行され,術式は肝左葉切除が9例(75%)と最多であった.

Table 1  Reported cases of benign intrahepatic bile duct strictures in Japan
No Author Year Age/Sex Sympton Image diagnosis Involvement Operation
 1 Miwa1) 1994 61/M None bile duct stricture,
encasement of the hepatic artery
B8 Right hepatectomy
 2 Miwa1) 1994 58/M None bile duct stricture,
a mass lesion on CT
B2, B3 Left hepatectomy
 3 Hara2) 1998 41/M Epigastragia bile duct obstruction B5, B8 Anterior segmentectomy
 4 Hara2) 1998 62/M None bile duct stricture,
a mass lesion on CT
B2, B3 Left hepatectomy
 5 Yokoi3) 1998 54/M None bile duct stricture B4 Left hepatectomy
 6 Otsuki4) 1999 48/F None bile duct stricture B6 Posterior segmentectomy
 7 Kawate5) 2004 70/M Fever bile duct obstruction B2, B3, B4 Left hepatectomy
 8 Gouda6) 2005 51/M None bile duct stricture B2, B3, B4 Left hepatectomy
 9 Matsuda7) 2007 58/M None bile duct stricture,
a mass lesion on US
B2, B3, B4 Left hepatectomy
10 Aoki8) 2010 77/F None bile duct stricture B4 Left hepatectomy
11 Kitada9) 2012 62/M None bile duct stricture,
a mass lesion on US and MRI
B2, B3 Left hepatectomy
12 Our case 63/M None bile duct obstruction B2, B3 Left hepatectomy

肝内胆管狭窄の良悪性の鑑別点として,胆道造影において良性は短いリング状の狭窄,悪性は長く不整な狭窄を示すことが多く,血管造影において悪性では不整像など血管に所見を伴うことが多いと報告されている10)が,いずれも特異的な所見ではない.また,造影CTやMRIでは腫瘤影以外に胆管壁肥厚や造影効果の増強,リンパ節腫大なども悪性を疑う参考所見となり11),良悪性の鑑別にcontrast-MRIが有用であったとする報告12)13)もあるが,良性肝内胆管狭窄に特異的な所見はなく,画像所見から診断することは非常に困難である.近年ではERCPと同時に行う管腔内超音波検査(intraductal ultrasonography;IDUS)14)や経口胆道鏡検査(per oral cholangioscopy;POCS)15)の進歩により,狭窄部位からの生検や擦過細胞診などが広く行われるようになったが,特異度に対して感度が低い点が問題である.

自験例では術前より血清CEA値が高値を示し,画像所見より肝内胆管癌による悪性の肝内胆管狭窄を疑っていたため,硬化性胆管炎の鑑別に重要な血清IgG4やP-ANCAなどの血清学的マーカーは検索しえなかった.過去の報告例では,CEA値は症例21)においても高値を示し,症例11)と症例75)においてはCA19-9値が高値を示した.自験例については,喫煙習慣がCEA値異常の原因として考えられた.また,病理組織像では,自験例を含む10例において胆管壁の線維化と軽度の炎症性細胞浸潤を認め,症例53)は胆管狭窄部にhyperplasiaを認め,症例119)はIgG4関連硬化性胆管炎による偽腫瘍を認めたが,多くの報告ではIgG4関連疾患を含めた免疫抗体染色検査は施行されていなかった.なお,自験例における囊胞性病変は,胆管周囲付属腺の貯留囊胞であるbiliary and peribiliary cysts16)や囊胞状に拡張した肝内胆管の集簇から成るmulticystic biliary hamartoma17)とは異なり,Terasakiら18)が報告した胆管壁の炎症性変化に伴う胆管周囲付属腺の拡張病変であると推察された.我々の見解では,たとえ良性肝内胆管狭窄であると判断しえたとしても,繰り返す胆管炎や肝膿瘍の合併,長期間の胆汁うっ滞による前癌病変の出現19)などが懸念されるため,現時点では十分なinformed consentを行ったうえで肝切除を検討すべきであると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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