日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
幽門側胃切除後の膵体尾部切除における残胃血流評価として術中indocyanine green蛍光造影を行った1例
森田 剛文坂口 孝宣海野 直樹木内 亮太武田 真平出 貴乗柴崎 泰鈴木 淳司菊池 寛利今野 弘之
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2014 年 47 巻 12 号 p. 762-767

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Abstract

幽門側胃切除後の膵体尾部切除・脾摘術において,残胃温存の可否に関していまだ結論は出ていない.近年,術中indocyanine green(以下,ICGと略記)蛍光造影が臓器血流評価に有用とする報告が増えている.今回,我々は幽門側胃切除既往症例の膵体尾部切除・脾摘術において,術中ICG蛍光造影による残胃血流評価を行った後に,残胃を温存した症例を経験したので報告する.症例は59歳の男性で,25歳時に胃潰瘍に対して幽門側胃切除を施行された.心窩部痛を契機に膵体部癌を指摘された.術前画像診断では左右胃動静脈と右胃大網動静脈は前回手術時に切離されていると思われた.左胃大網動静脈,短胃動静脈,脾動静脈を切離した後のICG蛍光造影にて,食道側や小網側から残胃血流が維持されていることを確認し,残胃を温存した.術後軽度の膵液瘻を認めたものの,11病日に軽快退院した.

はじめに

幽門側胃切除後に発生した膵体部癌に対して膵体尾部切除・脾摘術を行った場合,残胃の血流は維持されるのかあるいは切除を必要とするような虚血が生じるかに関して,いまだ詳細な検討は少ない.近年,indocyanine green(以下,ICGと略記)蛍光造影が臓器血流評価に有用とされ1),我々もその有用性を報告してきた2).今回,我々は幽門側胃切除後の膵体尾部切除・脾摘術の術中にICG蛍光造影を用いた残胃血流評価を行った後に,残胃を温存した症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:59歳,男性

主訴:心窩部痛

家族歴:父 膵癌

既往歴:25歳時 胃潰瘍に対して幽門側胃切除(B-I再建),38歳時 C型肝炎ウイルス陽性.

現病歴:2013年3月,心窩部痛を主訴に近医受診.精査の結果,膵体部癌と診断され,当科紹介受診となる.

入院時現症:身長164 cm,体重54 kg.上腹部正中に手術瘢痕を認める.腹部は平坦で,腫瘤は触知しなかった.

血液検査所見:血算,生化学,凝固系検査は基準範囲内だった.腫瘍マーカーはCEA 4.1 ng/mlと正常範囲内だったが,CA19-9 86 U/ml,DUPAN-2 170 U/ml,Span-1 50 U/mlと上昇を認めた.

腹部造影CT所見:膵体尾部移行部付近に20 mm大の乏血性腫瘍を認め,尾側の主膵管拡張と膵組織の萎縮を認めた.腫瘍は脾動脈,脾静脈と接していた(Fig. 1a).周囲リンパ節の腫大は認めなかった.立体再構築画像では左右胃動脈,右胃大網動脈は前回手術時に切離されているものと思われた(Fig. 1b).

Fig. 1 

(a) Contrast enhanced CT shows a hypovascular tumor, 20 mm in diameter, in the pancreatic body. The tumor was very close to the splenic artery (arrowhead) and splenic vein (arrow). Pancreatic tail parenchyma was atrophic and the main pancreatic duct in that region was dilated. (b) Three dimensional reconstruction of contrast enhanced CT shows that the right and left gastric arteries and right gastroepiploic artery were removed during a prior gastrectomy. Arteries, portal branches, pancreatic parenchyma, tumor and the spleen are presented in orange, blue, brown, purple, and green in color, respectively. GDA: gastroduodenal artery, IPA: inferior phrenic artery, LGEA: left gastroepiploic artery, SPA: splenic artery.

手術所見:明らかな肝転移や腹膜播種を認めなかった.腫瘍の明らかな脾動静脈浸潤は認めず,周囲組織から剥離可能だった.残胃小彎や噴門部周囲の血管はできるだけ温存し,下横隔動脈も温存した.左胃大網動静脈,短胃動静脈,脾動静脈を切離し,膵体尾部と脾臓の脱転操作が終わった時点で残胃の色調は変化していなかった(Fig. 2).膵実質は胃十二指腸動脈の左側で自動縫合器を用いて切離した.

Fig. 2 

After dissection of the left gastroepiploic artery, short gastric artery and splenic artery, followed by mobilization of the pancreas and spleen, no discoloration was observed in the remnant stomach.

ICG蛍光造影所見:術野の無影灯を消灯し,室内灯(約1,300 lux)のみ点灯させておいた.ICGから生じる近赤外光観察には,赤外線観察カメラシステム(pde-neo,浜松ホトニクス)を使用した.カメラユニットは術野から約20 cmの高さで固定した状態で観察した.中心静脈からICG(5 mg/ml,第一三共)を1 ml投与した.投与後15秒程度から腹腔内の動脈が造影され始め,20秒程度から残胃小彎や十二指腸の微小血管,小腸間膜の辺縁動脈が強く造影され,その直後には残胃,十二指腸,小腸の漿膜面が同程度に造影された.残胃漿膜面には食道側や小彎側から連続する微小血管の走行が確認できた(Fig. 3).ICG投与後4分まで観察を継続したが,残胃前面に付着する小網脂肪織の一部に造影不良域を認めるものの,残胃そのものの造影所見は他臓器と遜色ないものと判断し,追加切除は施行しなかった.

Fig. 3 

(a) ICG fluorography revealed that the remnant stomach, duodenum and jejunum showed similar fluorescence intensities. We could point out the small perfusion defect in the lesser omentum. Fluorescence from cardiac cavity could be seen through the diaphragm. (b) Diagram of the ICG fluorography. Arrow indicates the small perfusion defect in the lesser omentum. Arrowhead indicates the fluorescence from the cardiac cavity.

病理組織学的検査所見:膵体部に2.5 cm大の白色結節を認め,不整な管状構造を有する中分化型腺癌を認めた.膵癌取扱い規約第6版3)に準じ,Pb,TS2,浸潤型,T2,CH(–),DU(–),S(–),RP(–),PV(–),A(–),PL(–),OO(–),N0(0/48),M0 stage IIと診断した.

術後経過:International Study Group of Pancreatic Fistula (ISGPF)grade Aの膵液瘻を認めたものの,11病日に退院した.術後約6か月で上部消化管内視鏡検査を施行したところ,残胃炎を経度認め,小彎側に軽度褪色調の領域を認めるものの,びらんや潰瘍などは認めなかった.

考察

近年,膵体尾部切除・脾摘術は膵体尾部に発生した通常型膵癌に対する標準術式として比較的安全に行える術式となった4).その際,胃の血流は主に左胃動静脈,右胃動静脈,右胃大網動静脈によって維持されることになる.一方,幽門側胃切除では上記の血管は切離されるため,同手術後の残胃血流は脾動脈分枝の左胃大網動脈,短胃動脈,後胃動脈が主な供血路となる.以前から,幽門側胃切除と脾摘術を同時に施行すると,残胃の著明な血流低下を生じることがあると報告されており5),また進行膵体部癌に対する術式であるdistal pancreatectomy with en bloc celiac axis resection(DP-CAR)では,同時に右胃動脈や胃十二指腸動脈を切離すると,胃の虚血を生じることがあるとされている6).胃動脈系と脾動脈系を同時に切除することは胃の虚血を起こす可能性が高くなると考えられる.

以上のような状況を勘案すると,幽門側胃切除既往の患者における膵体尾部切除・脾摘術では残胃の主要な血管が切離されることになり,残胃の血流は維持されるのか,それとも切除を要するような重篤な虚血が生じるのか,という疑問が生じる.

医学中央雑誌で「膵体尾部切除」または「尾側膵切除」,「胃切除後」,をキーワードに1983~2013年9月までの報告を検索したところ,症例報告・原著論文ともに本邦報告例はなく,会議録での3報告があるのみだった(Table 17)~9).自験例を含めた平均年齢は72.3歳,男性4例,女性3例だった.胃切除の原疾患は胃潰瘍2例,胃癌5例であり,胃切除術式はいずれも幽門側胃切除(B-I再建)を施行されていた.胃切除から膵切除までの期間は中央値で10年(3~34年)だった.脾動静脈温存の膵体尾部切除が2例で施行され,残胃部分切除が1例で施行されていた.リンパ節郭清を行い,脾動静脈を切離した5例において,いずれも残胃の血流に大きな問題は生じなかった,と報告されている.また,「distal pancreatectomy」,「remnant stomach」または「distal gastrectomy」をキーワードにPubMedで検索した1950年~現在までの海外文献においてもTakahashiら10)の報告のみだった.Takahashiら10)は,幽門側胃切除後に生じた通常型膵癌に対する膵体尾部切除・脾摘術(脾動脈は根部切離)10例を検討し,残胃は安全に温存可能であるが,癒着や浸潤により残胃部分切除を行った3例中2例で虚血による合併症や重篤な膵液瘻を引き起こしたため,残胃部分切除は推奨しない,と結論付けている.残胃の血流が維持される理由として,胃の粘膜下層と粘膜層の間に存在する豊富な血管網の存在を挙げている.また,幽門側胃切除から長期間経過すると下横隔動脈や食道動脈の枝が側副血行路として発達する可能性も指摘している.本症例も,幽門側胃切除から34年経過していた.

Table 1  Case of distal pancreatectomy post distal gastrectomy reported in Japan
Case Author/Year Age Sex Disease of stomach Prior operation Interval (year) Disease of pancreas Operative method of pancreas Resection of remnant stomach
1 Mise7)/2010 69 Male Gastric cancer DG (B-I) 20 NET  DP* no
2 Nishihara8)/2011 82 Female Gastric cancer DG (B-I) 6 IPMN  DP* no
3 Nishihara8)/2011 84 Male Gastric cancer DG (B-I) 3 Pancreatic cancer DP partial resection
4 Imamura9)/2012 77 Female Gastric ulcer DG (B-I) 20 Pancreatic cancer DP no
5 Imamura9)/2012 70 Male Gastric cancer DG (B-I) 10 Pancreatic cancer DP no
6 Imamura9)/2012 65 Female Gastric cancer DG (B-I) 8 Pancreatic cancer DP no
7 Our case 59 Male Gastric ulcer DG (B-I) 34 Pancreatic cancer DP no

NET: neuroendocrine tumor, IPMN: intraductal papillary mucinous neoplasm, DG (B-I): distal gastrectomy B-I reconstruction, DP: distal pancreatectomy, DP*: distal pancreatectomy with preserving splenic artery

消化管の血流評価として動物モデルや少数例での有用性が報告されている方法は存在するものの,広く臨床で行われているものは少ない11)12).その理由として,操作が煩雑であったり,装置が高額であったり,評価対象の範囲が非常に限られてしまうなどの欠点が挙げられる.集中治療や下咽頭・頸部食道切除後の遊離空腸再建においては,消化管内のCO2を測定することで,腸管粘膜の血流を間接的に評価するトノメーターの有用性が報告されているものの,現在では装置の入手困難な状況となっている13).従来,ICGは肝機能検査としても使用されてきたが14),血液中のアルブミンなどと結合することで840 nmの赤外蛍光を発する性質を持ち,生体に投与しても副作用が非常に少ないことから,広い分野で蛍光造影剤として利用されるようになってきている1)15).我々も動脈血流評価2),リンパ浮腫16),胆道再建後の胆汁リークテスト17),微小肝細胞癌の同定18)などでその有用性を報告してきた.本症例では術中ICG蛍光造影を行い,残胃,十二指腸,小腸が同程度の蛍光強度で造影され,残胃漿膜面には食道側や小網側から連続する微小血管の走行も確認できたことから,残胃の血流は維持されていると判断し,残胃を温存した.ICG蛍光法による臓器血流評価は簡便で有用な方法であるが,課題も残されている.近赤外光は生体内で5~10 mm程度透過するため,近赤外線カメラで検出する蛍光は漿膜から粘膜全体の蛍光となっており,粘膜のみの虚血は検出できない.また,動脈と静脈が描出されることにより血流があることは確認できたとしても,軽度の動脈血流低下や静脈うっ血に関しては評価が困難であることも否定できない.本症例のように,小網などの脂肪組織が付着した残胃の部分は蛍光観察が困難になっており,付着組織によるartifactも考慮する必要がある.蛍光画像は定量的な評価法が模索されている段階であり19),蛍光強度による虚血の明確なカットオフ値を設定するには今後も症例を蓄積していく必要があると思われる.

利益相反:なし

文献
 

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