日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
長期観察中の肝内結石症に合併した広範進展型肝内胆管癌の1切除例
吉田 優子味木 徹夫岡﨑 太郎松本 拓村上 冴篠崎 健太福本 巧友野 絢子原 重雄具 英成
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2014 年 47 巻 12 号 p. 776-782

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Abstract

肝内結石症に合併した広範進展型肝内胆管癌の1例を経験したので報告する.症例は72歳の女性で,12年前より近医にて肝内結石症で経過観察中に総胆管結石を指摘され当院へ紹介された.腹部CT・MRCPにて肝右葉の著明な萎縮と,同部に多数の肝内結石および総胆管結石を認めるも,明らかな腫瘍性病変は認めなかった.内視鏡的逆行性胆管造影検査施行時に右肝管に狭窄を認め,同部の擦過細胞診にて腺癌を検出し,右肝管主体の肝門部胆管癌と診断した.2012年2月肝右葉切除術を施行した.術後病理組織学的検査にて,切除標本内の大型胆管から末梢の細胆管に至るまで広範に進展した上皮内癌がみられたが,右肝管切離断端は癌陰性であった.肝切離面に一部上皮内癌の露頭を認めたが周囲組織への浸潤はなかった.術後24か月の現時点で再発の徴候は認めていない.

はじめに

肝内結石症は肝内胆管癌のハイリスク因子であり,本邦では肝内結石症の4~12.5%に肝内胆管癌が発症すると報告されている1)2)

肝内結石症に合併した肝内胆管癌では多段階発癌をすると推測されている.特に,平坦型の前癌病変である胆管内上皮内腫瘍(biliary intraepithelial neoplasia;以下,BilINと略記)は浸潤癌へ移行する主要な過程と認識され,近年注目されている.

今回,我々は肝内結石症で長期経過観察中に発生した,浸潤癌部を伴わず,広範に胆管内に上皮内癌(BilIN3)が進展した1例を経験した.本例はまれな肝内胆管癌の発育進展形式を示すと考えられたので,文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:72歳,女性

主訴:特になし.

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:8歳 虫垂炎手術,20歳 胆囊結石症(開腹胆囊摘出術),60歳 高血圧.海外渡航歴なし.飲酒・喫煙歴なし.

現病歴:2000年より近医にて,肝内結石症で経過観察中に総胆管結石を指摘され,精査加療目的で2012年当院紹介となった.

入院時現症:身長154.5 cm,体重47.4 kg.腹部は平坦・軟で,圧痛なし.肝脾,腫瘤は触知せず.上腹部正中切開・右下腹部虫垂炎手術痕あり.眼瞼結膜・眼球結膜に明らかな黄疸・貧血は認めず,表在リンパ節は触知しなかった.

入院時血液生化学所見:AST 47 IU/l,ALT 43 IU/l,γ-GTP 155 IU/lと肝胆道系酵素の軽度上昇を認めた.腫瘍マーカーはCEA 1.8 ng/ml,CA19-9 11 U/mlと,いずれも正常範囲内であった.B型・C型肝炎ウィルスはいずれも陰性であった.

腹部造影CT所見:高度に萎縮した肝右葉には周囲に造影効果を伴う囊胞性病変を認めるも肝内に明らかな腫瘍性病変は認めなかった(Fig. 1a).肝門部胆管から左右肝管にかけて造影効果を伴う壁肥厚を認め,右肝管は前後区分岐部直前で狭窄していた(Fig. 1b).

Fig. 1 

Enhanced abdominal CT shows a liver cyst with enhancement effect in the atrophic right lobe (white arrow) though no tumor is observed (a), and enhancement is seen in the bile duct wall from the hepatic hilus to bilateral hepatic ducts (black arrow) (b).

MRCP所見:左肝管・総胆管下部に結石を示唆する陰影欠損像を認め,右肝管は前後区分岐部直前で狭窄を認めた(Fig. 2a).

Fig. 2 

MRCP shows bile duct stenosis in the right hepatic duct (RHD) (arrow) and stones in the common bile duct and left hepatic duct (LHD) (arrowheads) (a). MRI (T2) shows multiple stones both in RHD and LHD (arrowheads) (b).

MRI所見:T2強調像にて左右肝管内に結石を示唆する陰影欠損像を多数認めた(Fig. 2b).

内視鏡的逆行性胆管造影(endoscopic retrograde cholangiography;以下,ERCと略記)・胆管腔内超音波(intraductal ultrasonography;以下,IDUSと略記)所見:ERCではMRCPと同様,右肝管は前後区分岐部直前で狭窄を認め,その末梢側は部分的に囊胞状拡張を呈していた.狭窄部の擦過細胞診で腺癌が検出された.IDUSでは,不整な壁肥厚が右肝管より連続して左肝管まで続いており,左肝管の擦過細胞診・左右肝管分岐部での生検を行うも悪性所見は得られなかった(Fig. 3a, b).左肝管に認めた肝内結石および総胆管結石の採石を行った(Fig. 3c).

Fig. 3 

ERC demonstrates stenosis in RHD. IDUS shows irregular wall thickness spreading from RHD to LHD (a, b), and biliary stones were extracted (c).

以上の画像診断より,肝内結石症を伴う右肝管主体の肝門部胆管癌の診断で,2012年2月手術を施行した.

手術所見: 肝右葉は高度な萎縮を認め,左葉は代償性に肥大していた.肝臓は弾性硬であり,表面は細かい凹凸を認め外側区域の針生検ではf3の診断であった.過去の胆囊摘出術および肝内結石による胆管炎の影響により,肝下面から後腹膜,肝十二指腸間膜に大網・十二指腸などが高度に癒着していた.肉眼および術中エコー上,腫瘍性病変の同定は困難であった.中肝静脈を露出するラインを切離予定線として肝実質切離を行い,左右肝管分岐部付近で右肝管本管を切離した.右肝管切離断端は迅速病理組織学的検査で癌を認めなかったため,胆管切除術は行わず肝右葉切除術(尾状葉非切除)で手術終了とした.

病理組織学的検査所見:核の不整な腫大と配列の乱れを伴う高度異型~上皮内癌に相当する異型上皮が,胆管上皮を置換するように大型胆管から中型胆管内へと広範に進展しており,全て間質への浸潤は認められなかった(Fig. 4a, b).また,被膜直下の末梢肝領域において増生する細胆管でも,壊死物を含む明瞭な核異型を伴う部分が観察され,同部位でKi67陽性細胞が多数認められ腺癌と診断された(Fig. 4c).浸潤部はなく,上皮内癌(BilIN3)が広範進展しており,superficial spreading typeの肝内胆管癌と診断された.BilIN3の胆管周囲には,BilIN1~2に分類される異型上皮を有する胆管が散見された.胆管断端は陰性だが,広範進展型の上皮内癌のため肝実質切離面の一部で癌陽性となった(Fig. 4d).「原発性肝癌取扱い規約(第5版)3)」に準じると,AP,papillary adenocarcinoma,H2,7 cm,Ig,Fc(–),Fc-inf(–),Sf(–),S0,N0,Vp0,Vv0,Va0,B3,P0,SM(+),LC,F4(永久標本にて変更),Hr2,D(–),R(–),T2,M0,fStage II,UICCのTNM分類(第7版)ではfTis,N0,M0,fStage 0であった.

Fig. 4 

Macroscopic findings and histological examination of resected specimen. BilIN3 lesions are microscopically widely observed in the liver (black line). BilIN3 is seen along large bile duct and small bile duct (a, b) (H&E, ×200). Ki67 was positive in the peripheral bile duct of the liver (c) (H&E, Ki67, ×200). Tumor cells were seen at the cut surface of the liver (d).

術後経過: 経過良好で,術後14日目に退院した.肝切離断端は陽性であるが早期癌であり,また患者の希望で,術後補助療法は施行せず経過観察とした.現在術後24か月が経過するが,明らかな再発転移は認めていない.

考察

肝内結石症に合併した肝内胆管癌の予後は極めて不良であり,その3年生存率は0~16.7%と報告されている4)5).肝内結石症非合併肝内胆管癌の3年生存率38.1~50%と比較して,肝内結石症合併肝内胆管癌の治療成績の予後が明らかに悪いのは,胆管炎と肝内胆管癌との鑑別が困難であり,進行例で発見される場合が多いことが主因とされている4)5).2010年の難治性疾患克服事業肝内結石症分科会による「肝内結石症に合併する肝内胆管癌プロファイル調査」では,診断された時点で「原発性肝癌取扱い規約(第5版)3)」による進行度分類のStage IVbが57%と過半数を占めていた2).本例も,CT・US・MRI上は明らかな腫瘍の局在,進展度診断が困難であり,ERC・IDUSを用いて初めて右肝管が主座の肝門部胆管癌と診断した.しかし,術後標本では上皮内癌が肝内胆管に広範に進展しており,結果的に肝切離断端に癌遺残となった.

肝内結石合併胆管癌は,慢性胆管障害に起因する多段階発癌を経ることが知られている6).その前癌病変あるいは初期癌病変は,平坦あるいは微小乳頭状のBilINと定義されている.BilINはその異型度により3段階に分類されており,本例では肝内大型~末梢胆管に至るまで広範にBilIN3(高度異型,上皮内癌)に分類される病変を認め,またその周辺の胆管にはBilIN1~2(軽~中等度異型)相当の異型を伴う胆管上皮が散見された.過去に,肝内結石症合併Caroli病の肝内にさまざまな異型度のBilIN病変を認めた肝内胆管癌の報告があり,疾患としての類似性が推測される7)

肝内胆管癌は肉眼型によりその頻度が異なり,腫瘤形成(MF)型(63.1%),腫瘤形成+胆管浸潤(MF+PI)型(21.9%),胆管浸潤(PI)型(7.2%),胆管内発育(IG)型(4.3%),その他(3.4%)よりなっている8).本例は,Nakanumaら9)が提唱したIG型の一亜型superficial spreading typeに相当すると考えられた.Superficial spreading typeは,2010年に提唱された新しい肝内胆管癌の病理分類の中で,「明らかな結節や腫瘍性病変を伴わず,肝内胆管の管腔側に沿って拡大進展している珍しいタイプ」とされている9).PubMedおよび医中誌で「肝内胆管癌(cholangiocarcinoma)」,「表層拡大進展(superficial spread)」をキーワードとして検索したところ,PubMed(1950年から2014年1月まで),医中誌Web(1983年から2014年1月)のいずれにおいても報告例の大半で上皮内癌とは別に癌の主体としての浸潤癌部を伴っていた10)11).特に,これらの報告例では全てがcarcinoma in situ(以下,CISと略記)である肝内胆管癌の表層拡大進展型を示した例はなく,本例はまれな進展形式を呈する1例と考えられた.

一方で,大型胆管に発生する通常型胆管癌でも15~20%にCIS様の表層拡大進展像が見られることがあり,その表層拡大進展の診断に,胆道鏡(percutaneous transhepatic cholangioscopy;以下,PTCSと略記,peroral cholangioscopy;以下,POCSと略記)の有用性が報告されている12)~15).特に,胆管粘膜の質的な変化の描出については,IDUSより胆道鏡による直接観察が優れているとされている.本例は術前に画像上広範進展型であることを予見できなかったが,IDUSおよび進展度診断目的の生検・細胞診を駆使することで,術後標本において右肝管切離断端の病理組織学的陰性を確保できた.PTCSでは腫瘍播種の危険性があり,一方のPOCSではアプローチルートが長いのが欠点であり観察範囲が限定される.本例のように上皮内癌の進展例に対しては,IDUS+step biopsyによる腫瘍の局在診断がより有用であると考えられた16)

表層拡大進展の有無で肝門部~肝外胆管癌473例を比較したIgamiら17)の報告では,表層拡大進展例66例の5年生存率は48.8%と良好で,その主因として表層拡大進展を伴う胆管癌は悪性度が低くslow growingなためとされている.また,表層進展部の完全切除は必ずしも生存率に影響せず,むしろ主腫瘍のstageがより重要とされている17).本例は胆管断端に病理組織学的に腫瘍遺残は認めなかったが,上皮内癌が非常に広範に拡大進展していたため,肝切離断端に腫瘍の遺残を認めた.胆管癌の断端CIS陽性例の局所再発には5~10年を要するとの見解もあり,本例も長期予後が見込める可能性がある18).その一方で術後10年以上経過して再発した症例の報告もあり,今後慎重な経過観察が必要と考える19)

利益相反:なし

文献
 

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