日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴った十二指腸乳頭部癌の1手術例
清水 大藤井 努末永 雅也丹羽 由紀子奥村 徳夫神田 光郎山田 豪竹田 伸小寺 泰弘
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2014 年 47 巻 5 号 p. 275-280

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Abstract

症例は85歳の女性で,術前の画像診断にて膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴う十二指腸乳頭部癌と診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.上腸間膜静脈・門脈は膵の腹側から十二指腸の背側を走行しており,門脈壁は薄く脆弱で,膵臓や胆管との癒着は極めて高度であった.剥離に難渋した結果,上腸間膜静脈が狭窄して門脈血栓症を合併し,上腸間膜静脈合併切除を余儀なくされた.左腎静脈グラフトを用いて再建したが血栓を形成し,抗凝固治療用に門脈内カテーテルを留置した.術後は難治性腹水と腸管蠕動不全の管理に難渋したが,側副血行路の発達により腸管壊死を来すことなく軽快した.門脈の走行異常はまれであるが,その中でも膵前十二指腸後門脈は極めてまれである.膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴う症例の手術では,脆弱な門脈壁や強固な癒着といった特徴に留意して術式や手術適応につき熟慮する必要があると考えられた.

はじめに

門脈の解剖認識は消化器外科領域,特に肝胆膵領域手術において極めて重要であるが,その走行異常の報告は少ない1).今回,我々は極めてまれな膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴う十二指腸乳頭部癌の症例に対し,手術を施行した1例を経験した.膵前十二指腸後門脈は単に解剖学的異常だけではなく,門脈分枝の早期分岐や門脈と周囲組織の癒着,門脈壁の脆弱性を伴うことがあり,自験例では手術操作に極めて難渋した.膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴う症例における術式や手術適応に関して,示唆に富む1例と考えられたため報告する.

症例

患者:85歳,女性

主訴:右上腹部痛

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2012年1月に右上腹部痛を主訴に近医を受診し,精査にて十二指腸乳頭部癌と診断され,治療目的に当院へ紹介となった.

血液検査所見:CEA 2.6 U/ml,CA19-9 25 U/ml,その他特記事項なし.

上部消化管内視鏡検査所見:十二指腸乳頭部に露出腫瘤型の腫瘤を認め,生検で腺癌の診断であった.

腹部造影CT所見:十二指腸乳頭部には10×10 mmの腫瘤を認め,淡い造影効果を認めた.明らかなリンパ節転移,遠隔転移は認めなかった.上腸間膜静脈・門脈が膵臓の腹側を上行し十二指腸の背側を走行しており(Fig. 1A~E),門脈系血管再構成画像で門脈は膵頭部で右側に偏位し,L字型に走行していた(Fig. 1F).

Fig. 1 

Enhanced CT. A–E: The superior mesenteric vein (arrows) distributes to the ventral pancreas and to the dorsal duodenum (arrowheads). F: Three-dimensional reconstruction of the portal vein shows an L-shaped curve. The right anterior inferior segmental branch (arrow) ramificates from the portal vein earlier.

以上の所見から,膵前十二指腸後門脈の門脈走行異常を伴った十二指腸乳頭部癌と診断し,2012年6月に手術を施行した.

手術所見:上腸間膜静脈・門脈は膵臓の腹側から十二指腸の背側を走行していた(Fig. 2A, B).脾静脈は膵上縁で上腸間膜静脈と合流し,門脈前下区域枝が門脈本幹から早期分岐し,総肝管前面を走行していた.その他に血管の走行異常や合併奇形は認めなかった.門脈本幹,前下区域枝と総肝管との癒着は強く,剥離に難渋した.門脈壁は非常に薄く脆弱で,膵頭部からの剥離の際は極めて易出血性であった.止血操作に難渋した結果,上腸間膜静脈が狭窄して血栓を形成したため,上腸間膜静脈を合併切除した.2回の切除と端々吻合による再建を繰り返したが,血管壁が薄いため針穴から容易に出血する状態で,止血操作を繰り返すうちにいずれも再狭窄して血栓を形成した.血管グラフトを用いることとしたが,骨盤内癒着のため外腸骨静脈の採取は困難で,左腎静脈を採取した.アンスロンカテーテルバイパス法を用いた上で入念に血栓を除去し2),静脈グラフトを用いて再建したが,やはり同様に血栓を形成した.これ以上の血行再建は困難と判断し,抗凝固治療用に門脈内カテーテルを留置して手術を終了した.術式は上腸間膜静脈合併切除を伴う亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(D2郭清,Child変法再建)となった.手術時間は16時間34分,出血量は1,576 mlで,濃厚赤血球8単位と新鮮凍結血漿10単位の輸血を要した.

Fig. 2 

Intraoperative finding. A–B: The superior mesenteric vein (arrows) passes to the ventral pancreas and to the dorsal duodenum (arrowheads).

摘出標本:十二指腸乳頭部に10×10 mmの露出腫瘤型の腫瘍を認めた.上腸間膜静脈切離長は合計で30 mmであった.

病理組織学的検査所見:癌細胞の浸潤は乳頭部粘膜からわずかに膵実質に達しており,胆道癌取扱い規約(第5版)に従った進行度はpT3,pN1,M(–),fStage IIIであった.門脈壁は正常門脈壁に比べ中膜の平滑筋構造が疎であり,厚さは250 μmであった(Fig. 3).

Fig. 3 

The thickness of the portal venous wall is 250 μm. The amount of smooth muscle is less than that of the normal portal vein.

術後経過:腸管浮腫と腹水の漏出によって循環動態が不安定であったため,術後11日目まで集中治療室での治療を要した.経過中に腸管壊死を疑う所見は認めなかったが,難治性腹水と腸管蠕動不全の管理に難渋した.術直後から門脈カテーテル経由でヘパリン製剤を持続投与したが,上腸間膜静脈の血栓狭窄の改善は得られなかった.一方で,門脈系側副血行路の発達により腹水は徐々に減少し,全身状態は改善していった.長期の入院治療となり四肢の廃用萎縮を来したため,術後113日目にリハビリ目的に転院となっ‍た.

考察

門脈の走行異常は肝動脈分岐や胆管合流様式の異常に比べて少なく,まれである.門脈走行異常には十二指腸前門脈,膵前十二指腸後門脈,門脈本幹欠損などが報告されている1).十二指腸前門脈は,腸回転異常,内臓逆位,膵奇形,十二指腸閉鎖,胆道閉鎖などの内臓奇形を合併することが多く,やや頻度が高い3)~5).膵前十二指腸後門脈は,1972年のBrookら6)の報告に始まり,自験例を含めて10例が報告されているのみで極めてまれである(Table 11)6)~12).医中誌Webで「膵前十二指腸後門脈」,「門脈走行異常」,「門脈分岐異常」をキーワードに1983年から2012年までの対象期間で検索したところ,膵前十二指腸後門脈は7例の報告を認めた.また,PubMedで「prepancreatic postduodenal portal vein」,「portal vein abnormalities」をキーワードに1950年から2012年までの対象期間で検索したところ,医中誌Webとの重複を除くと2例のみであった.

Table 1  Reported cases of prepancreatic postduodenal portal vein
No. Author (Year) Age/Sex Disease Operation
1 Brook6) (1972) 84/F gallstone cholecystectomy
2 Matsumoto1) (1983) 64/M carcinoma of the bile duct pancreatoduodenectomy
3 Matsui9) (1995) 66/F carcinoma of the bile duct pancreatoduodenectomy with portal vein resection
4 Yasui10) (1998) 65/M cecal cancer right hemicolectomy
5 Ozeki11) (1999) 62/F liver metastasis of rectal cancer right hepatectomy
6 Tanaka12) (2000) 61/M carcinoma of the bile duct pancreatoduodenectomy
7 Inoue7) (2003) 50/M gastric cancer total gastrectomy
8 Tomizawa8) (2010) 74/M liver metastasis of sigmoid colon cancer none
9 Tomizawa8) (2010) 74/F breast cancer none
10 Our case 85/F carcinoma of the ampulla of vater subtotal stomach preserving pancreatoduodenectomy with superior mesenteric vein resection

M: male, F: female.

膵前十二指腸後門脈の発生学的な原因としては,本来は左卵黄静脈の前方に発生する背側膵原基が後方に発生することで,左卵黄静脈から移行する門脈が膵前の位置関係になるのではないかと推測されている1).膵前十二指後門脈に他の内臓奇形は合併しないとされており,病的な意義は少ないといわれているが,自験例のように肝胆膵領域の手術では極めて慎重な対応が必要となる.

膵前十二指腸後門脈の診断は,画像検査で門脈の走行を確認することにより容易で,門脈系血管再構成画像や門脈造影検査でL字または逆L字の門脈像を呈すると報告されている1)7)~9).自験例でも術前の腹部造影CTで診断し,門脈はL字の走行を示していた.また,膵前十二指腸後門脈では門脈枝の早期分岐の合併が報告されており9)~11),自験例でも門脈前下区域枝が早期分岐し総肝管前面に位置していたことで,手術操作はより困難となった.

今回,我々は膵前十二指腸後門脈を伴った十二指腸乳頭部癌に対して,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.術前診断では腫瘍の門脈浸潤は認めず,門脈は温存する方針であったが,門脈壁の剥離操作に難渋し門脈血栓症を合併したことから,上腸間膜静脈の合併切除と再建を余儀なくされた.膵前十二指腸後門脈を伴う症例に対して膵頭十二指腸切除術を施行した報告は3例のみであるが1)9)12),そのうち2例で門脈の脆弱性が強調されている.松本ら1)は,門脈壁は薄くかつその太さは不規則で正常な門脈壁の性状とは判定できなかったと述べている.松井ら9)も,門脈壁は脆弱で剥離困難であり,門脈壁は150 μmと正常門脈壁の3分の1の厚さであったと報告している.正常門脈壁の厚さは500 μmほどとされるが13),自験例でも門脈壁は脆弱で250 μmと菲薄であり,この門脈壁の脆弱性や,膵や胆管との強固な癒着は,治療方針を検討するうえで極めて重要な特徴と考えられた.

自験例では,膵前十二指腸門脈の剥離操作に難渋した結果,門脈血栓症を合併した.肝胆膵領域の悪性腫瘍手術においては,門脈圧亢進や悪性腫瘍に伴う凝固能亢進,門脈周囲の剥離や門脈切除に伴う血管内皮の損傷により,門脈血栓症のリスクは他の消化管手術より高く,膵切除患者の3.5%~5%に門脈血栓の発生を認めると報告されている14)15).緩徐に進行する場合は門脈系側副血行路が発達するために生命に危険が及ぶことは少ないが,急性発症した場合には,腸管の鬱血性壊死や大量の腹水の滲出などによって重篤な状態となる.自験例では,血栓除去と上腸間膜静脈の切除,再建を繰り返し,術後には門脈内カテーテルからヘパリン製剤を投与したが16),血栓の改善は得られなかった.幸いにも側副血行路による循環が得られ,腸管壊死は免れたが,治療に難渋した症例であった.

自験例は腫瘍の浸潤ではなく,解剖異常に起因して上腸間膜静脈の合併切除を余儀なくされた症例であり,大変示唆に富む1例であった.膵前門脈後門脈では門脈壁が脆弱で,膵や胆管との剥離操作は極めて困難であり,肝十二指腸間膜の操作を要する手術では合併症の危険が高くなることが示唆された.膵前十二指腸後門脈は単に門脈の走行の異常ととらえるだけでなく,上述の特徴に留意し,術式や手術適応につき熟慮する必要があると考えられた.

利益相反:なし

文献
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