日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
冠動脈バイパス術後に発症した胃癌に対し幽門側胃切除D2郭清を施行した1例
浅井 慶子小原 啓長谷川 公治北 健吾内田 浩一郎新居 利英谷口 雅彦古川 博之
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2015 年 48 巻 1 号 p. 8-15

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Abstract

右胃大網動脈を用いた冠動脈バイパス術後に発症した胃癌に対して幽門側胃切除D2郭清を施行した1例を経験した.症例は74歳男性で,59歳時に冠動脈バイパス術の既往がある.73歳時,上部消化管内視鏡検査で胃前庭部小彎に約4 cm大0-IIc病変あり前医にてESDを施行し病理結果tub2,SM1,UL(–),ly(+),v(–),pHM0(2 mm),pVM1であった.手術と再発のリスクを検討し経過観察としたが1年後CTで幽門上リンパ節腫大を認めた.経皮的冠動脈形成術でgraftに依存しない血行再建後幽門側胃切除D2郭清を行った.近年右胃大網動脈を用いた冠動脈バイパス後患者の腹部手術症例が増加しており中でも術後遠隔期における胃癌の発生については問題点の一つとされている.本症例は術前に血行再建を行うことにより安全にD2郭清を施行しえたため文献的考察を含め報告する.

はじめに

虚血性心疾患の外科治療である冠動脈バイパス術(coronary artery bypass graft;以下,CABGと略記)におけるバイパス血管の選択は,長期開存率の望める右胃大網動脈(right gastroepiploic artery;以下,RGEAと略記)が多く選択されている1)2).CABG術後の長期予後が改善されるとともに,術後の腹部手術症例が増加しており,その中でも術後遠隔期における胃癌の発生については問題点の一つとされている3)~21).今回,我々はCABG後14年経過したのちに発症した胃癌に対し,術前に血行再建を行うことにより安全に幽門側胃切除D2郭清を施行しえた1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

症例

患者:74歳,男性

主訴:特になし.

既往歴:59歳,CABG 3枝バイパス(RGEA―右冠動脈後下行枝(4PD)―左回旋枝遠位(以下,#13と略記),左内胸動脈―左前下行枝(以下,#7と略記))

現病歴:73歳時,スクリーニング上部消化管内視鏡検査で胃前庭部小彎に約4 cm大の0-IIc病変あり,前医にてESDを施行した.病理組織学的診断でtub2,SM1,UL(–),ly(+),v(–),pHM0(2 mm),pVM1であった.臨床所見的には垂直断端は保たれていると報告された.追加切除の適応につき当科紹介となったがグラフトであるRGEAを切離するリスクを検討した結果経過観察となった.1年後CTで幽門上リンパ節(以下,No. 5と略記)の腫大を認めたため再度当科紹介となった.

現症:前胸部から上腹部正中にかけてCABGの手術痕あり.

血液検査所見:Hb 13.4 g/dlと軽度貧血を認めた.腫瘍マーカーはCEA 1.6と異常を認めず,他も特記すべき異常値を認めなかった.

心電図,心臓超音波検査所見:脈のリズムに不整や虚血性変化はなく,超音波検査では左室駆出分画は66%であり心機能に異常を認めなかった.

腹部造影CT所見:幽門上リンパ節の腫大を認めるほか,転移を示唆するような特記すべき所見なし(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT shows No. 5 lymph node swelling.

上部消化管内視鏡検査所見:ESD後の瘢痕のみ.残存病変を認めず.

冠動脈造影検査所見:バイパス血管はいずれも開存良好,#13は完全閉塞しRGEAのバイパス血流に依存していた.経皮的冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention;以下,PCIと略記)で#13にステントを挿入することによりRGEAに依存しない血行再建を行った(Fig. 2, 3).その後41日目に手術を施行した.

Fig. 2 

Coronary angiogram: The RGEA was patent and the circumflex branch was well-visualized (white arrows) (a). When RGEA is balloon-occluded, the circumflex branch disappeared (white arrows) (b).

Fig. 3 

Post PCI. After stent insertion of #13, #13 blood flow was not necessary for RGEA bypass graft blood flow (white arrows).

手術所見:上腹部正中切開で開腹した.十二指腸球部腹側から立ち上がり,肝円索に癒着する脂肪組織で覆われたRGEAグラフトを認めた.RGEAグラフトを血管鉗子でクランプし,心電図変化のないことを確認してからRGEAを根部のリンパ節を郭清し結紮切離した.続いてD2郭清,幽門側胃切除,再建は逆流性食道炎があるためRoux-en-Y法で再建した.

病理組織学的検査所見:胃には残存腫瘍を認めず.リンパ節転移は,幽門上リンパ節に1個転移を認めたのみでN1であった.

術後経過:術後経過は良好であり術後17日目に退院となった.その後外来通院中であるが再発徴候は認めていない.

考察

CABGの際,バイパス血管としてRGEAは長期開存率の高さから1987年Sumaら1),Pymら2)の報告以来,左右内胸動脈に次いで本邦でも多用されている.グラフトの長期成績の向上に伴い,RGEAを用いたCABG後患者の腹部手術,胃癌症例の報告が見られるようになってきた.

RGEAを用いたCABG後患者の進行胃癌に対する問題点は大彎リンパ節右群(以下,No. 4dと略記),幽門下リンパ節(以下,No. 6と略記)郭清に関するものであろう.RGEAをグラフトとして使用する場合には周囲脂肪組織を含めてin situグラフトとして使用するペディクル法と周囲組織を剥離して使用するスケルトナイズ法があるがペディクル法が一般的である.本症例もペディクル法の症例であった.この場合,RGEA周囲リンパ節はグラフト周囲に残存することとなる.RGEAが胃十二指腸動脈から分岐部まで十分剥離されている場合にはNo. 4d,No. 6に胃大彎から直接流入するリンパ流はなくなるため,リンパ節に転移する可能性は低いともいわれている5).早期癌であれば郭清の省略も可能という意見も散見されるが早期癌でも少ないながらNo. 6の転移の報告があり6),進行胃癌においてはなおさらNo. 4およびNo. 6の郭清は省略しがたく,RGEAを温存すれば根治性に問題が生じる.本症例の場合,転移リンパ節はNo. 5であることとT1b,ly(+),pVM1であることから,本来であればセンチネルリンパ節生検を行い可能であればRGEAを温存した胃局所切除という選択肢も考慮されるべきであった.日本SNNS研究会を中心とした多施設臨床試験ではcT1-2N0胃癌で同定率97.5%,転移検出率93%,正診率99%と良好な結果が報告されている22).当時当科ではセンチネルリンパ節生検を施行していなかったため標準的なD2郭清を伴う胃切除を施行した.RGEAを処理して郭清を行うためにはRGEAグラフトの開存状態を考慮する必要がある.RGEAグラフトが閉塞している場合にはグラフト血流は冠動脈血流に対して機能していないことになり,RGEAグラフト根部での血管切離が可能である.RGEAグラフトが開存している場合にはなんらかの方法で冠動脈血流を確保しなくてはいけない.その際の方法として,比較的安全で患者にも負担が少ないのは本症例のようにPCIで血流変更を行った後に手術を行うことであろう.PCIのガイドラインによるとCABG後の再PCIという特記はないが,狭窄病変より遠位側の血流はバイパス血管によって確保されているため比較的適応外となることは少ないと考えられる23).PCIが不可能もしくは不成功である場合,過去の症例では再度開胸CABGの後,胃切除を行う例も見られたが,患者負担が指摘されている.胃切除と開胸を伴う再CABGを同時に行う例も報告されているが非常に手術侵襲が大きいのが難点である3)4).胃切除の際,開胸を伴わず腹腔内でRGEAと脾動脈をバイパスする方法もある14).本症例は術前にPCIにより血流変更が可能であったが,術中の冠動脈血流不全に供えて,心臓血管外科医待機のもと,RGEA―脾動脈バイパスも念頭において手術を行った.

RGEAを使用したCABG後の胃癌に対して胃切除を施行した症例報告(原著論文)は1983年から2013年までに医学中央雑誌刊行会で「胃癌」,「右胃大網動脈」,「冠動脈バイパス術」をキーワードで検索したかぎり,全くの詳細不明な症例を除くと自験例含め28例であった(Table 13)~21).PubMedを用い1950年から2013年まで同様のキーワードで検索したところ,全て日本からの報告であった.28例の平均年齢は68歳(55歳から76歳)で占居部位,深達度,病理組織像の内訳は通常の胃癌と変わりがなかった.興味深いことにCABG後1年未満に胃癌手術をした症例が4例,1~2年では10例と2年未満で半数を占めていた(Fig. 4).10年以上経過して胃癌手術を施行したのは本症例のみであった.CABGでRGEAを使用する場合には術前に上部内視鏡検査を行うことが必要であると思われる.胃癌術式の内訳では幽門側胃切除が大半を占めていた.血行再建を行った症例ではほとんどがRGEAを切離している一方,血行再建をしていない症例ではRGEAグラフトが閉塞していた2症例を除き,RGEAは切離されていない.リンパ節No. 4dとNo. 6を郭清した症例のうちRGEAを温存したものは約半数であった.一方,郭清はせずにRGEAが切離された1例は多発肝転移を伴う胃癌で止血および通過障害を回避する目的のために行われた姑息手術であったが,癒着剥離中に血管を損傷したため切離したとの記載であった13).この症例は術前にPCIで冠血流が確保されていたため心虚血症状などの合併症は見られなかった.このような例もあることから,RGEAを温存予定である症例においても,術前に冠血流を確保しておくのは重要である.Table 1より術前PTCAを行った症例は7例で,そのうちRGEAを処理した症例は5例であるが,metal stentを留置した症例は本症例とShinkuraら18)による症例の2例であった.No. 4dとNo. 6を郭清した症例のうちリンパ節の転移陽性は9/20症例であり郭清の重要性が示唆された(Fig. 4).

Table 1  Reported cases of gastrectomy for gastric cancer after CABG using the RGEA in Japan
Author Year Age Macro/tumor lesion post CABG Procedure Histopathology 4d/6 dissection RGEA graft RGEA treatment Revascularization
1 Hayashi3) 1994 74 Type3/L 2Y8M DG D1+β T2 (SS), por, n1 dissection/meta (+) imcomplete not preserved reCABG (one-term)
2 Uchida4) 1996 57 0-IIc/M 5M partial por, T1 (SM), ly0, v0 not dissection function preserved none
3 Uchida4) 1996 56 Type2/M 3Y3M subtotalD1+α tub2, T2 (MP), n0, H0, P0 dissection/meta (–) function preserved PTCA
4 Uchida4) 1996 59 Type3/M 1Y8M DG sig, T2 (SS) dissection/unclear function preserved none
5 Uchida4) 1996 74 Type3/L 2Y9M DG, CABG por, T2 (SS) dissection/unclear function not preserved reCABG (one-term)
6 Yamada5) 1999 55 0-IIcM 1Y10M DG D1+α tub2, m, n0, ly1, v0, H0, P0 dissection/meta (–) unclear preserved none
7 Shinhara6) 2000 73 0-IIc/L 9M subtotal D2 tub, sm, n1, H0P0 dissection/meta (+) function preserved none
8 Shinhara6) 2000 64 0-IIc/U 1Y10M proximal D2 tub, SS, n0, ly1, v1 dissection/meta (–) function preserved none
9 Sugimoto7) 2002 69 0-IIc/L 1Y6M DG D1+β tub, m, n0, ly0, v0 not dissection function preserved none
10 Hiranou8) 2003 64 0-IIc/L 1Y6M DG D1+β pap, sm, n0, ly0, v2 not dissection function preserved none
11 Hashiguchi9) 2004 56 Type3/L 1Y2M TG D2 por, SE, n2, ly3, v1, CY1 dissection/unclear function preserved none
12 Suzuki10) 2004 58 Type3/L 2Y1M DG D2 por, ss, n0, H0, P0 dissection/meta (–) function preserved none
13 Shimizu11) 2004 64 0-IIc/L 1Y6M DG D1+α pap, sm, ly0, v2 dissection/meta (–) function preserved none
14 Shikano12) 2006 59 Type2/L 5Y4M DG D2 por, se, n2, H0, p1 dissection/meta (+) function not preserved reCABG (two-term)
15 Shikano12) 2006 70 0-IIc/M 1Y1M DG D2 por, m, ly0, v0, n0, H0, P0 dissection/meta (–) function not preserved reCABG (two-term)
16 Shikano12) 2006 75 Type2/L 1Y9M DG D2 por, ss, ly2, v2, n2, h0, P0 dissection/meta (+) function not preserved PTCA
17 Kataoka13) 2006 73 Type3/L 1Y2M DG M1 (Liver) not dissection function not preserved PTCA
18 Takahashi14) 2006 73 Type2/L 7Y DG D2 tub, mp, ly1, v0 dissection/meta (–) function not preserved reCABG (one-term) RGEA-SP
19 Shirota15) 2006 76 Type3/U 4Y TG D1+α por, ss, n1, ly3, v3, M1 (Lung) dissection/meta (–) function preserved none
20 Shirota15) 2006 75 Type2/L 10M DG D2 por, se, n1, ly2, v2 dissection/meta (+) function not preserved none
21 Shirota15) 2006 63 Type3/L 2Y DG D2 por, se, n1, ly3, v2 dissection/meta (+) occlusion not preserved none
22 Usuda16) 2006 74 0-IIc/U 6M partial por, sm, n0, ly0, v0 not dissection function preserved none
23 Tamura17) 2008 74 Type3/MLU 7Y TG+S D2 por, se, n1, ly3, v1 dissection/meta (+) function not preserved PTCA
24 Shinkura18) 2008 63 0-IIc/L 3Y DG D2, LGA anast mod, sm1, ly1, v0, n1 dissection/meta (+) function not preserved PTCA
25 Umeda19) 2011 68 Type3/L 5Y DG+C D2 tub2, se, n2, H0, P0, M0 dissection/meta (+) function preserved PTCA
26 Ko20) 2011 74 0-IIa+IIc/U 2Y3M TG D1 well, mp, ly1, v2, n0 dissection/meta (–) function preserved none
27 Kubo21) 2011 75 Type3/L D 4Y DG D1+α muc, sig, ss, n1, m0 dissection/meta (–) function preserved none
28 Our case 74 0-IIc/L 14Y DG D2 tib2, sm1, n1, ly1, v0 dissection/meta (–) function not preserved PTCA
Fig. 4 

Characteristics of 28 cases of gastric cancer following coronary artery bypass grafting using RGEA reported in the literature reported before the present case in 2013. a) Time from CABG to gastric surgery (years). b) Preoperative modality to restore the coronary arterial flow, and preservation of RGEA. c) Lymph node dissection and preservation of RGEA. d) Lymph node dissection and metastasis.

本症例はESD後,非治癒切除因子として3 cm以上(リンパ節転移率2.6%(第3版胃癌ガイドライン)),ly(+)(リンパ節転移率sm癌として27.1%~38.9%24)~26))を認めたが,分化型で切除しきれていることから,胃癌手術操作におけるRGEAグラフトの攣縮や損傷による心筋虚血といった冠動脈バイパス部の合併症を考慮して厳重な経過観察としたが結果としてリンパ節転移を認めた.幸いにも前述の如く術前に冠血流を確保しておくことにより安全に根治術を施行することが可能であった.

RGEAをグラフトにしたCABG前後の上部消化管内視鏡検査は非常に重要である.CABG後の患者に手術適応となる胃癌を認めた際には,冠血流を評価し,術中・術後の冠血流を維持することにより安全に胃癌根治術を行うことが可能になると考えられる.

利益相反:なし

文献
 

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