日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔内出血で発症した成人Meckel憩室の1例
田中 雄亮呉林 秀崇天谷 奨斎藤 健一郎寺田 卓郎高嶋 吉浩宗本 義則飯田 善郎三井 毅
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キーワード: Meckel憩室, 腹腔内出血
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2015 年 48 巻 12 号 p. 1015-1020

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Abstract

症例は43歳の男性で,心窩部痛が増悪し当院を紹介受診した.CTで原因不明の腹腔内出血を疑い,緊急手術を施行した.Meckel憩室を認め,その漿膜側からの出血源を同定し,同部位を含めた小腸部分切除術を行った.切除標本所見ではMeckel憩室内に異所性粘膜や腫瘍性病変は認めなかったが,炎症による憩室内圧の上昇により漿膜および漿膜下の血管が破綻したことで腹腔内出血を引き起こしたと類推された.Meckel憩室は多くが無症状で経過するが,一部では消化管出血・腸閉塞・憩室炎などの症状を認める.自験例のように穿孔や腫瘍を伴わずに腹腔内出血を起こすことは極めてまれな病態であるが,迅速な外科的加療が必要な病態であるため報告する.

はじめに

Meckel憩室は卵黄腸管が遺残する先天異常であり,大部分は無症状で経過する1).ときに消化管出血による下血や腹痛などが出現する場合があり,腸閉塞,憩室炎,穿孔などを起こし,外科治療を要することがある2).今回,我々は腹腔内出血にて発症した成人Meckel憩室の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

症例:43歳,男性

主訴:心窩部痛

既往歴:逆流性食道炎,過敏性腸症候群

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2014年11月心窩部痛を主訴に近医を受診した.胸腹部X線検査では遊離ガス像やニボー像を認めなかったが,経過観察中に腹部症状の増悪を認めたために,同日に当院を紹介受診した.

来院時現症:血圧155/109 mmHg,脈拍85回/分.腹部は平坦で軟だが,全体に圧痛を認め,特に心窩部と右季肋部が強かった.筋性防御は認めなかった.

血液検査所見:WBC 10,800/mm3,CRP 0.04 mg/dlと炎症所見を認めたが,他にあきらかな異常所見を認めなかった.

腹部造影CT所見:肝表面や脾周囲に液貯留を認めたが,遊離ガス像は認めなかった.右上腹部に位置する回腸周囲を中心に血腫が存在し,静脈相でextravasationを認め,腸管壁もしくは腸間膜からの出血が考えられた(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal contrast-enhanced CT scan showing hemorrhage near the ileum with extravasation of blood located on the opposing side of the mesentery in the venous phase (arrow).

以上より,原因特定には至らないものの,腸管由来の活動性の出血状態と判断し,緊急手術を行った.

手術所見:開腹すると腹腔内には多量の血液を認めた.小腸を検索すると回盲部より50 cm口側の空腸で間膜対側にMeckel憩室を同定した.壁は暗赤色で腫大し,一部漿膜が破綻しており,同部位より拍動性の出血を認めた(Fig. 2).同部位を含めた小腸部分切除術を施行して終了した.出血量は1,665 mlであっ‍た.

Fig. 2 

Intraoperative findings. Hemorrhage caused by rupture of subserosal vessels (arrow).

切除標本所見:小腸内やMeckel憩室内腔には出血を認めず,小腸粘膜が連続しており,明らかな異所性組織や潰瘍は認めなかった.憩室頂部にはピンホール様の陥凹を認め,そこから便汁の漏出を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

A: Lumen of Meckel diverticulum. B: Diverticulum present within Meckel diverticulum. The resected specimen shows a fistula extending from A to B.

病理組織学的検査所見:Meckel憩室頂部の末端にも憩室が存在し,どちらも粘膜・筋層・漿膜からなる真性憩室であった.Meckel憩室内憩室の粘膜層は保たれており,筋層から漿膜にかけて血管の破綻と出血を認めたものの,内腔には出血は認めなかった.組織像は小腸粘膜であり,異所性組織や腫瘍性病変は認めなかった.Meckel憩室内憩室の粘膜では絨毛や陰窩構造が不明瞭であり,慢性炎症によって構造破壊が起きていたものと考えられた.組織学的に血管構造に異常は認めなかった.

術中所見ならびにMeckel憩室内憩室の病理組織学的検査所見を合わせると,炎症および内圧上昇による憩室内憩室の漿膜下における血管破綻が,出血の原因と考えられた(Fig. 4).

Fig. 4 

Microscopic findings. A: Normal mucosa of the small intestine in the lumen of Meckel diverticulum. B: Loss of villous architecture, thickening of the mucosa layer and infiltration of inflammatory cells in the diverticulum present within Meckel diverticulum.

術後経過に問題を認めず,術後9日目に退院した.

考察

Meckel憩室は卵黄腸管の腸側遺残物である回腸の真性憩室である.剖検例の2~3%に認められ,回腸末端より口側40~10 cmの範囲に存在することが多い2).ほとんどは無症状に経過し,腹部手術の際に偶然発見される.臨床症状は多彩であり,腹痛が68.8%と最も多く,嘔気嘔吐は43.5%,消化管出血30.8%,発熱10.0%,腹部膨満6.2%,下痢2.2%と報告されている3).また,手術にてMeckel憩室と診断された287例において,術前にMeckel憩室と診断がついたものは34例(11.8%)にとどまり,それ以外では腸閉塞・腸重積と診断されたものが122例(42.5%),虫垂炎49例(17.1%),穿孔性虫垂炎22例(7.7%),汎発性腹膜炎16例(5.6%)であった3).このように術前に本症の診断を得ることは難しく,腸閉塞や消化管穿孔などの診断で緊急手術されることが多い4)~6)

実際に自験例の初期症状は心窩部痛であり,消化管穿孔などが考えられたが,術前検査では腹腔内出血の所見しか捉えられず,出血源および原因の特定に難渋する結果となった.術後に3D-CT angiography(以下,3D-CTAと略記)を構築し確認すると,上腸間膜動脈末梢より出血点付近へと至る,他に分枝を出さない動脈を認めた(Fig. 5).Meckel憩室を栄養する血管は,上腸間膜動脈もしくは遠位回腸枝より分枝していて,他の回腸枝と吻合することがない卵黄動脈の遺残とされており,この動脈を3D-CTAにて同定することが診断困難な本症の診断の一助となった可能性があり,検討が必要と思われた7)8)

Fig. 5 

3D-CT angiography shows an artery, without branches (arrows: possibly the omphalomesentric artery), originating from the distal region of the superior mesenteric artery near the source of the hemorrhage.

合併症を伴うMeckel憩室の約半数には憩室粘膜に異所性組織(胃粘膜,膵組織,十二指腸粘膜など)の迷入が存在している2).消化管出血を起こす場合では,出血例のほぼ100%で憩室内に異所性胃粘膜が認められており,隣接する小腸粘膜に消化性潰瘍を生じさせることで,消化管内に出血を誘発するとされている9).今回のMeckel憩室は異所性粘膜や消化管出血を認めなかった.

1977年から2014年12月までの医学中央雑誌で「Meckel憩室」と「腹腔内出血」をキーワードに本邦報告例を検索(会議録は除く)した結果,異所性粘膜を原因として穿孔と出血を呈し腹腔内出血を伴った症例10)と,Meckel憩室原発腫瘍の破綻による出血症例11)の2例だけであった.自験例では,Meckel憩室内憩室において絨毛の消失など小腸粘膜構造の破壊,形質細胞・リンパ球の浸潤,粘膜層の肥厚など,慢性炎症を示唆する所見を認めていたが,穿孔や腫瘍性病変を認めなかった.また,憩室内憩室内腔に出血所見がなかったことからも,穿孔と消化管出血が同時に発症したとは考えにくかった.虫垂憩室症の報告では,同症では同部での憩室炎を発症すると同時に無菌的に虫垂弁口が閉塞され,粘液産生の持続により虫垂が拡張し憩室部も膨隆することで,多房性囊胞状腫瘤の形態を示すことがあるとされる12).自験例でもMeckel憩室内に憩室が存在し,憩室入口部が炎症など何らかの原因で閉塞したことで,漿膜および漿膜下の血管が破綻したことが今回の腹腔内出血につながった可能性があると類推された.海外では異所性粘膜の潰瘍穿孔や外傷を伴わないMeckel憩室由来の腹腔内出血は1例であり,Meckel憩室炎による局所的な炎症により憩室内の血流が途絶されることが腹腔内出血の原因となったと報告されている13).異所性粘膜や穿孔,腫瘍を伴わない腹腔内出血で発症した今回のMeckel憩室は上述の点から極めてまれな病態であると思われるが,緊急的な加療を要する病態であり,原因不明の腹腔内出血の鑑別診断の一つとして念頭に置くべきと考えられた.

我々は腹腔内出血にて発症した成人Meckel憩室の1例を経験した.極めてまれな病態であり,術前診断は困難であるが,腹腔内出血は迅速な診断,治療が必要な病態であるため,原因不明の小腸を原因とした腹腔内出血では,本症も念頭に置いた加療が必要と思われた.

利益相反:なし

文献
 

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