日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
大腸癌術後9年を経過した後に切除した巨大な異時性卵巣転移の1例
鈴木 優美平松 聖史雨宮 剛後藤 秀成関 崇鈴木 桜子田中 寛杉田 静紀新井 利幸
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2015 年 48 巻 4 号 p. 374-381

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Abstract

今回,我々はS状結腸癌術後9年を経過して認めた巨大異時性卵巣転移を根治的に切除した症例を経験した.症例は77歳の女性で,2003年6月S状結腸癌にてS状結腸切除術,D3リンパ節郭清術を施行後5年間無再発生存し,外来フォローは終了していた.2011年ごろから腹部膨満感を自覚し,2012年5月当院を受診した.CT/MRでは,骨盤内を占居する巨大腫瘍を認めた.CEA 510.2 ng/mlと著しい上昇を認めた.孤立性単発転移であり,根治切除可能と判断し,2012年6月右付属器切除術を施行した.病理組織学的診断は,中分化管状腺癌であり,免疫染色検査も含め初回手術時と同様の病理組織像を呈していた.術後CEAは正常化した.脈管性転移が示唆された大腸癌の異時性卵巣転移の報告44例を検討すると,再発までの期間は4~84か月(平均20か月)であり,9年後の再発はまれと考えられた.

はじめに

大腸癌の転移好発部位は,リンパ節・肝臓・肺などである1).卵巣へ転移する頻度はあまり高くなく,切除可能な異時性孤立性単発転移を経験することは比較的まれである2).今回,我々は,大腸癌術後,9年経過した後に巨大な異時性卵巣転移を切除した症例を経験した.まれな症例であると考えられるので報告する.

症例

患者:77歳,女性

主訴:腹部膨満感

既往歴:高血圧症,糖尿病,高脂血症

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:S状結腸癌にて2003年3月68歳時にS状結腸切除術を施行した.術前の腫瘍マーカーはCEA 34.1 ng/ml,CA19-9 39.0 U/mlと上昇していた.病理組織学的検査所見は,中分化管状腺癌,pSE,pN2,f-stage IIIbであった.術後補助化学療法として5-FU+LV療法を6か月間施行した.術後経過は良好で,5年間無再発生存し,術後正常化した腫瘍マーカーも術後5年が経過した2008年3月CEA 4.7 ng/ml,CA19-9 17.0 U/mlと正常範囲内にあり,外来通院を終了していた.

2011年ごろより腹部の膨満感を自覚した.次第に症状が強くなり,2012年5月眩暈,尿失禁などもあり当院を受診した.

来院時現症:体温36.8°C,血圧145/91 mmHg,脈拍83回/分,腹部全体が膨隆し,正中手術痕の腹壁瘢痕ヘルニアを認めた.圧痛,筋性防御,反跳痛は認めなかった.両側下腿の著しい浮腫を認めた.

来院時血液生化学検査所見:CEA 510.2 ng/ml,CA125 55.4 U/ml,CA19-9 344 U/mlと上昇を認めた.それ以外は特記すべき異常は認めなかった.

腹部造影CT所見:骨盤内子宮右側に径18 cm大の巨大な占居性病変を認めた.内部構造は不均一で,造影効果を伴っていた.辺縁は不整だが,周囲への浸潤は明らかではなかった.巨大卵巣腫瘍と診断した(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal enhanced CT reveals that a tumor, 18×17 cm, occupies the pelvis. This tumor is irregular-shaped and consists of solid and cystic components. The margin of the tumor is clear with no invasion to the adjacent organs.

骨盤造影MR所見:子宮体部右側に18×17 cm大の巨大な腫瘤性病変を認めた.内部は,充実性と囊胞性部分が混在し,不均一な構造を呈し,Gd造影で充実部分に造影効果を認めた.巨大で充実性部分を伴っている割に周囲への浸潤傾向が乏しく,原発性ではなく転移性卵巣腫瘍であると考えられた(Fig. 2).全身検索で他に腫瘍性病変は認めなかった.

Fig. 2 

MRI also reveals that the huge tumor occupies the pelvis with no invasion to the adjacent organ. Cystic lesions of this tumor demonstrated by CT are low in T1-weighted imaging and high in T2-weighed imaging. Solid component of this tumor is enhanced by Gadolinium in T1-weighted imaging.

以上より,S状結腸癌切除術後9年を経過していたが,大腸癌異時性巨大卵巣転移と診断した.他に転移は認めず,孤立性単発転移であったので,切除の方針とした.

2012年6月,手術:腫瘍は,周囲との癒着は認めたが,直接浸潤はなく右付属器摘出によって一塊に摘出した.

新鮮摘出標本所見:腫瘍は,径18×17×12 cmで,重量は2,700 gであった.表面は平滑で弾性軟な多房性囊胞性充実性混在型の腫瘍であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Resected specimen shows that the tumor is 18×17×12 cm in size and 2,700 g in weight.

固定標本割面像所見:腫瘍は,被膜の形成を認め,境界は明瞭であった.内部は,囊胞性部分と充実性部分が混在していた(Fig. 4).

Fig. 4 

Cut surface of the resected tumor shows solid and cystic components.

摘出標本病理組織学的検査所見:9年前のS状結腸癌の病理組織像と同様の高度異型円柱上皮が融合傾向の強い腺管を形成して増殖・浸潤する像を認めた.免疫組織学的染色にて,CDX2,CK20,CEAが陽性であった.以上より,S状結腸癌の卵巣転移と診断した(Fig. 5).

Fig. 5 

Microscopic findings of the resected specimen. (A) Primary lesion of the sigmoid colon shows tubular adenocarcinoma (tub2). (H.E. ×10) (B) The ovarian tumor also shows tubular adenocarcinoma. (H.E. ×10) Immunohistochemical stains are positive for CEA, CD20 and CDX2 (unpublished data). Histopathological diagnosis is a metastatic tumor of the sigmoid colon cancer.

術後経過は良好で,術後第7病日退院した.CEAは術前の510.2 ng/mlから低下し,4.7 ng/mlと正常化した.術前認めた下腿浮腫,尿失禁といった症状は消失した.卵巣転移摘出術後2年経過し,再発認めず健在である.

考察

大腸癌切除術後の再発率は,17.3%であり,初発再発部位・再発率は,肝臓・肺・局所・吻合部・その他が,それぞれ7.1%,4.8%,4.0%,0.4%,3.8%である1).また,術後5年を超えて出現する再発例が全体に占める割合はさらに低く,それぞれ0.1%,0.25%,0.15%,0.02%,0.17%全体でも0.63%である1).したがって,大腸癌術後に5年以上経過した後に異時性孤立性に卵巣転移を来すことはかなりまれであるといえる.同時性遠隔転移においても,肝臓・腹膜・肺の頻度が高く,それぞれ,10.9%,4.5%,2.4%である.以下,骨0.4%,脳0.0%,Virchowリンパ節0.1%となっており1),卵巣転移の頻度は低い.対して,卵巣悪性腫瘍における転移性腫瘍は10~15%程度とされている2).転移性卵巣腫瘍における原発巣は,消化管,乳腺があげられ,特に胃癌が多く,大腸癌は1.6~6.4%と報告され,まれである3).したがって,大腸癌卵巣転移の頻度は低く,遠隔転移を治癒切除可能であれば積極的に切除する大腸癌においても切除の適応となることは多くない.

本症例は77歳と高齢であったが,一般的に大腸癌の卵巣転移の好発年齢は30~40歳代と若く,閉経前に多いとされている4).閉経前に多いとされる理由は,①卵巣の血管が豊富である.②排卵による卵巣被膜の損傷.③ホルモン的因子が転移形成に有利であるためと考えられている4).本症例は,高齢者で閉経後でありホルモン環境が転移を促進する因子とはなりえない.したがって,①の関与はありうるが,②③の関与は否定的である.

癌腫の転移経路としては,播種性転移,あるいは血行性,リンパ行性の脈管性転移が一般的に考えられる.大腸癌取扱い規約5)では,卵巣のみに転移が存在する場合,P2とするとされ,腹膜播種と同様の扱いとなっている.すなわち大腸癌卵巣転移は,播種性経路が最も有力な転移経路といえる.しかし,本症例が播種性転移であるならば,転移巣がこれほど増大するまでに,他の播種性病変,あるいは癌性腹膜炎が出現しても不思議ではない.したがって,本症例の転移経路は播種性ではなく,脈管性である可能性が示唆される.また,本症例は腫瘍の重量が2,700 gと巨大化するまで周囲へ浸潤することなく発育した.その理由は明らかではないが,その期間,他臓器転移,腹膜播種が形成されることがなかったことを考えると切除により良好な予後が得られることも期待される.

医学中央雑誌で「大腸癌」,「卵巣転移」をキーワードに検索すると,これまで本邦で大腸癌卵巣転移は95例が報告されている(1983年~2013年,会議録を除く).そのうち腹膜播種を伴う,あるいは記載のない不明である症例を除き,本症例のように脈管性転移の可能性が示唆される報告例は,44例であった(Table 14)6)~41).この44例について検討すると,異時性転移の症例での初回原発巣の手術から再発までの期間は,4~84か月(平均20.0か月)で,7年以上経過して転移した症例はなく,初回手術から9年経過していた本症例は最長であった.また,年齢は,21~84歳(平均51歳)で,75歳以上の高齢者は,本症例を含め2例のみであった16).部位はS状結腸が16例,直腸S状部が11例と左側結腸に多く,組織型は36例が高分化または中分化腺癌であり,深達度は1例を除きSS以深であった.これらの結果は卵巣転移を来した大腸癌には左側結腸・高中分化腺癌・SS以深の症例が多いとする諸家の報告42)と一致するものであった.また,肝転移の有無の記載がある38例中,肝転移を認めたのは8例(21%)であった.肝転移を伴う8例のうち転帰の記載があったのは7例で,そのうち5例は術後2年以内に死亡,2年以上の生存例の報告はなかった.肝転移を伴う症例は,多臓器転移であり予後不良と考えられる.

Table 1  We reviewed 44 reported cases of lympho-hemotogenous and metachronous metastasis to the ovaries from colon cancers. We found that ovarian metastasis 9 years after the primary operation is extremely rare.
No. Author Year Age Location Patho Depth ly, v N, H Interval (m) Outcome (m)
1 Fujii6) 1986 59 T tub1 S2 ly1, v3 N0, H1 16 Dead (19)
2 Yamaguchi7) 1989 56 Rs NC SS NC, NC N1, H0 16 Dead (36)
3 Yamaguchi7) 1989 53 Rs NC S NC, NC N0, H0 12 Alive (21)
4 Yamaguchi7) 1989 56 D NC SS NC, NC N1, H0 6 Dead (24)
5 Yamaguchi7) 1989 65 S NC S NC, NC N1, H2 Syn Alive (10)
6 Kondo8) 1989 56 S tub1 SS ly1, v0 N1, H0 Syn Alive (NC)
7 Kondo9) 1989 46 S tub2 S NC, NC N0, H0 10 Alive (1)
8 Tanimura10) 1990 40 D tub2 NC NC, NC NC, NC Syn Alive (2)
9 Miura11) 1994 21 T tub2 SS ly3, v2 N3, NC Syn NC
10 Tashiro12) 1995 44 A tub1 S ly1, v0 N0, H0 15 Alive (32)
11 Kashiwazaki13) 1996 52 A tub S ly1, v2 N0, H0 7 Alive (11)
12 Kodama14) 1996 51 Rs tub1 SI ly2, v1 NC, H3 5 Alive (10)
13 Inoue15) 1996 44 A tub1 SS NC, NC N1, H0 9 Alive (NC)
14 Kubota16) 1998 84 D tub2 SS ly1, v2 N4, H0 19 Alive (31)
15 Tanigawa17) 1998 49 Rs~Ra tub2 SS ly2, v1 NC, H1 Syn Alive (10)
16 Kubota18) 1998 64 S tub1 SI ly2, v0 N4, H1 Syn Alive (22)
17 Suzuki19) 1999 42 Rs tub1 SE ly1, v1 N1, NC Syn Alive (12)
18 Yamaguchi4) 2001 55 T tub2 SS ly2, v1 N2, H0 8 Alive (10)
19 Fujioka20) 2001 38 S tub2 SM ly3, v0 N2, NC 6 Alive (64)
20 Ookoshi21) 2001 36 S tub2 SE ly2, v1 N2, H3 Syn NC
21 Sonoda22) 2001 49 S tub1 SS ly1, v1 N0, H0 67 NC
22 Inokuma23) 2003 42 Rs tub2 SE NC N2, H0 Syn Alive (42)
23 Kobayashi24) 2003 48 A tub1 SS ly0, v3 N1, H0 Syn Alive (21)
24 Harada25) 2005 46 C tub2 SE ly2, v0 N0, H0 17 Alive (31)
25 Nakakimura26) 2006 47 T tub2 SS ly1, v1 N2, H0 10 Alive (73)
26 Ozaki27) 2006 32 Rs sig SE ly3, v1 N4, H0 4 Dead (10)
27 Hayashi28) 2006 50 Rs tub1 SE ly1, v1 N0, H0 Syn Alive (30)
28 Fujita29) 2006 55 S tub2 SE ly3, v0 N0, H0 Syn Alive (25)
29 Fujita29) 2006 66 A tub1 SS ly2, v0 N0, H0 NC Alive (22)
30 Morita30) 2007 68 A muc SE ly2, V1 N1, H0 Syn Alive (2)
31 Takahara31) 2008 47 A tub2 SE ly3, v1 N1, H0 84 Alive (168)
32 Kubo32) 2008 49 Rectum tub2 SS ly1, v2 N1, H1 32 Alive (7)
33 Owada33) 2009 50 S tub1 SI ly2, v2 NC, H3 Syn Dead (19)
34 Owada33) 2009 58 S tub1 SE ly2, v1 N0, H0 Syn Dead (26)
35 Osuga34) 2009 43 S tub1 SE ly2, v2 N3, H0 Syn Alive (NC)
36 Yoneyama35) 2009 48 S tub1 SE ly1, v1 N1, NC 52 Alive (57)
37 Naito36) 2010 49 Rs NC SE NC N2, NC R Syn L24 Alive (24)
38 Kitajima37) 2011 64 S tub2 SE ly3, v2 N1, NC Syn Alive (NC)
39 Karibe38) 2011 51 A tub1 SS ly1, v0 N1, H0 Syn Alive (NC)
40 Yagi39) 2011 35 Rs por SS ly0, v0 N0, H0 Syn Alive (10)
41 Hasegawa40) 2012 60 S tub2 SS ly1, v0 N1, H0 13 Alive (62)
42 Hasegawa41) 2012 35 T tub2 SS ly1, v0 N2, H0 6 Dead (50)
43 Hasegawa41) 2012 66 Rs tub2 SE ly1, v0 N3, H0 15 Dead (32)
44 Hasegawa41) 2012 73 T tub2 SS ly1, v0 N0, H0 28 Dead (87)
45 Our case 77 S tub2 SE ly1, v1 N2, H0 103 Alive (106)

NC: Not Cleared, C: Cecum, A: Ascending colom, T: Transvers colon, S: Sigmoid colon, Rs: Rectosigmoid, Ra: Rectum above the peritoneal refrection

大腸癌転移巣の治療は,大腸癌治療ガイドラインに,血行性転移の治療方針として,切除可能であれば外科的切除と記載されている43).卵巣転移についての具体的な記載はなく,脈管性転移が示唆される本症例は血行性転移の方針にしたがって,他に転移巣を認めず,孤立性単発転移であったので切除した.大腸癌の卵巣転移巣の切除の妥当性について,Leeら44)は大腸癌の卵巣転移を認めた患者130人のうち,転移巣の切除群83人と非切除群47人につき検討し,全生存期間,卵巣転移再発後の生存期間が切除群で有意に長かったと報告している.対側卵巣は,原発性であれば切除することが原則であるが,本症例は,転移性であり,初回原発巣の術後9年経過し,肉眼的治癒切除であることを考慮し温存した.大腸癌では,一般に肉眼的に遺残なく切除しえた症例は良い予後が期待される.本症例も現時点で新たな転移・再発は認めていない.ただし,前述のように肝転移を伴う症例においては,2年以上の生存例の報告がなく,卵巣単独転移は切除のよい適応と考えられる.大腸癌においては化学療法が奏効する症例が増加し,切除不能大腸癌の生存期間は平均2年を超えるようになってきている45).肝転移を伴う症例の2年以上の生存例の報告例がないこともふまえると,他臓器転移を伴う症例においては外科的切除ではなく化学療法が治療として適切かと思われる.

術後補助化学療法の意義は,卵巣転移がまれであるので,そのエビデンスは当然確立されていない.遠隔転移巣切除術後の補助化学療法の有効性と安全性は確立されておらず,適正に計画された臨床試験として実施するのが望ましいとガイドライン上も記載されている(エビデンスレベルC)46).これらの点から本症例では,初回手術時から9年以上の生存が得られていることもふまえ,術後の補助化学療法を行っていない.しかし,長谷川ら41)は,治療効果は明らかではないが,積極的な手術と補助化学療法により,予後延長の期待ができ,長期生存に重要であると述べている.ただし,対象となっている症例には腹膜播種を伴う症例も含まれており,術後再発率が高いと考えられる症例も少なくない.そのような症例においては,術後補助化学療法を考慮する必要があると思われる.本症例は,腹膜播種はなく,播種性転移ではなく脈管性転移による異時性転移と考えられるので,異時性肝転移などと同様,現状においては術後補助化学療法は必須ではないと思われる.その有効性については,今後,更なる症例の集積と検証が待たれるところである.

本論文の要旨は,第284回東海外科学会(2012年10月浜松)で発表した.

利益相反:なし

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