2015 年 48 巻 6 号 p. 481-487
胸部食道癌胸骨後経路再建術後の胃管流出障害に対し再手術を施行した1例を経験した.症例は74歳の男性で,胸部食道癌cT3N1M0 cStage III(UICC TNM分類 第7版)と診断された.2013年8月に,右開胸胸部食道切除,用手補助腹腔鏡下胃管作成,胸骨後経路胃管再建,3領域郭清を施行した.術翌日より胸部X線写真上,挙上胃管の拡張を認め,左胸腔内への嵌入が疑われた.術後第42病日の経口造影検査でも造影剤は挙上胃管の幽門輪を通過しなかったため,2013年10月(初回手術の術後第66病日)に,開腹癒着剥離,胃管固定術を施行した.術後,幽門輪通過可能となり,2回目の手術後第14病日より食事を開始し,第27病日に退院となった.胃管の流出障害に対する治療報告は極めて少ないが,保存的加療で奏効しない場合は手術が有効な治療法となると考えられる.
食道癌手術時の食道再建に関しては,再建臓器,再建経路の2点について考慮しなければならない.本邦では,再建に使用する臓器は胃が主流である.食道癌全国登録調査報告によれば,全胃,胃管を含めた胃を使用した症例は82.5%におよび,また胸部食道癌の再建経路は胸骨後経路が最も多く39.4%の症例に行われている1).
胸部食道癌胸骨後経路再建術後の胃管流出障害はまれに経験するが,保存的加療で軽快する症例が多い.我々は胃管の流出障害に対し再手術を施行し,良好な結果を得たので報告する.
患者:74歳,男性
現病歴:2013年6月より前胸部不快感,嚥下時のしみる感じを自覚し,近医で上部消化管内視鏡検査を施行した.胸部食道癌と診断され,当科紹介受診となった.
既往歴:20年前より高血圧加療中
生活歴:飲酒 焼酎1合/日,喫煙 60本×39年
現症:嚥下困難なし,嗄声なし.
上部消化管内視鏡検査所見:切歯より23~30 cmに2/3周性の2型の進行癌を認め,生検で扁平上皮癌と診断された.
上部消化管造影検査所見:胸部上部食道に潰瘍形成を伴う不整な狭窄病変を認めた.CTでは,胸部上部から中部食道にかけて軸長5 cmにわたる不整な壁肥厚と内腔の狭小化を認めた.下行大動脈,気管と接していたが,浸潤を疑う所見はなく,有意なリンパ節腫大,遠隔転移を認めなかった.
診断:胸部食道癌Ut cT3N1M0 cStage III(食道癌取扱い規約 第10版)2),cT3N1M0 cStage III(UICC TNM分類 第7版)3)
経過:2013年8月に,右開胸胸部食道切除,用手補助腹腔鏡下(hand-assisted laparoscopic surgery;以下,HALSと略記)胃管作成,胸骨後経路胃管再建,3領域郭清,胃管瘻造設を施行した.術翌日より胸部X線写真上,挙上胃管が拡張しており,左胸腔内への嵌入が疑われた(Fig. 1).術後第4病日に頸部創より唾液の流出を認め,頸部吻合部縫合不全と診断し,経鼻胃管を挿入した.縫合不全は自然閉鎖したが,胃管の拡張は改善せず,経鼻胃管から連日300 ml以上の排液を認めた.術後第17病日に施行した内視鏡検査では透明な胃液の貯留を認めたが,胆汁など消化液の胃内への逆流は認めなかった(Fig. 2a).また,幽門輪の観察はスムースに行うことができ,同部の正面視も可能で,捻れなどはないと判断した.さらに,幽門輪は送気により伸展し十二指腸への通過も容易であった(Fig. 2b).術後第7病日に施行した造影CTでは,挙上胃管は内径約70 mmに拡張し左胸腔内に嵌入していた(Fig. 3a).術後第42病日に施行した経口造影検査では,造影剤は挙上胃管の幽門輪から先へ流出せず(Fig. 4a),その後も改善を認めなかったため,保存的加療では改善の見込みは乏しいと判断し再手術の方針となった.2013年10月(初回手術の術後第66病日)に,開腹癒着剥離,胃管固定術を施行した.
Chest X-ray radiograph showing dilatation of the gastric tube on the left side of the mediastinum.
Gastrointestinal endoscopy was performed 17 days after surgery. (a) There is no bile but only gastric juice in the gastric tube. (b) The frontal view of the pyloric ring, which showed extension by air.
(a) After the initial surgery, the gastric tube is dilated and placed in the left thoracic cavity. (b) After the second surgery, the gastric tube has straightened, and become thin.
(a) Gastrografin ingestion test results indicate gastric emptying disorder. (b) After the second surgery, the gastrografin passes through the pylorus.
術中所見:HALSの小開腹創を頭側へ延長し,剣状突起に至る上腹部正中切開で開腹した.胃管右側は胸骨裏面の胸膜剥離部と強固に癒着し,胃管大彎側は胸腔内に引き込まれた部位の横隔膜と癒着していた(Fig. 5).まず,肝円索を切離し,胃管の右側を剥離した.次いで,胃管大彎側では右胃大網動静脈損傷に気をつけて横隔膜との癒着を剥離し,一部横隔膜を切開した(Fig. 6a).左胸腔内を用手的に検索し可能な範囲で胃管を腹腔内へ牽引して胃管を直線化した(Fig. 6b).胃管の減圧用に,前回の胃管瘻の刺入部から12Frのサンプチューブを挿入し,胃管と横隔膜を3針縫合固定した.これにより,胸腔・腹腔の隔壁を形成した.また,切開した横隔膜を縫合閉鎖してヘルニア予防とした.胃管の直線化を保ち再度胸腔内へ引き込まれることを防止するため,胃管前壁を腹壁に2針,しっかりと縫合固定した(Fig. 6c).最後に,栄養経路確保のため,ジェジュノストミーカテーテル®を用いて空腸瘻を造設した.手術時間は2時間30分,麻酔時間は3時間19分,出血は70 mlだった.
(a) Ideal position of the gastric tube. (b) The left visceral pleura is torn, and the gastric tube is invaginated into the left thoracic cavity by pleural negative pressure. The gastric tube is then strongly angulated.
(a) The left diaphragm is dissected and an intrathoracic adhesion is ablated around the gastric tube via the abdominal route. (b) The gastric tube is stretched and straightened. (c) The gastric tube is then fixed to the diaphragm to prevent recurrence and the decompression tube is inserted into the gastric tube.
術後経過:術後第7病日に経口の術後透視検査を施行し,造影剤の幽門輪からの流出を認めたため飲水を開始した(Fig. 4b).術後第10病日に胃管減圧用のサンプチューブをクランプし,術後第14病日より流動食を開始した.その後もX線写真上,胃管の拡張は認めず,CTでも胃管はほぼ正中に位置していた(Fig. 3b).五分粥摂取が可能となり,術後第27病日(1回目の手術の術後第93病日)に退院となった.初回手術から1年経過した現在,無再発生存中である.
胸部食道癌手術時の食道再建に関しては,再建臓器,再建経路の2点について考慮しなければならない.再建臓器としては,一般的には手技が簡便で比較的生理的な胃を用いることが多い.再建経路としては,胸壁前,胸骨後,後縦隔の3経路が挙げられる.我々は再建臓器として胃管を第一選択としている.大彎側胃管は,右胃大網動静脈を温存し,小彎側では右胃動静脈を温存して,胃角近傍から口側に向けて幅4 cmの胃管を作成している.幽門形成術は付加していない.また,再建経路は胸骨後経路を第一選択としている.胸骨後経路の利点としては,(1)胸壁前経路に比べ再建距離が短い,(2)後縦隔経路に比べ縫合不全発症時の処置が容易である,(3)胸壁前より美容上の問題が少ないことが挙げられる.一方,欠点としては,(1)経路作成時に開胸しうる,(2)再建臓器の圧迫壊死の可能性がある,(3)再建臓器により心臓や肺が圧迫される可能性があるなどが挙げられる4).当施設における最近2年間の胸部食道癌に対する食道亜全摘,胃管による胸骨後経路再建例は60例であり胃管流出障害は本症例1例のみ(1.7%)であった.今回,胃管流出障害に対して手術を要した症例を経験したので報告する.
胸骨後経路作成時の胸骨後トンネル作製方法は,腹腔側より右手中指を胸骨裏面に接して挿入し,指先を軸として左右に動かしながらLarrey隙入口部を開大する.頭側からは鎖骨裏面に左手中指を挿入して胸膜を剥離する.腹腔側からスパーテルを挿入して頭側に開通させ,左右に動かして胸骨後経路を作成する.しかし,指先で強引に拡張したりスパーテルを左右に過大に開大すると胸膜を損傷して開胸する可能性がある.経路の大きさは,幅4 cmの胃管がスムースに挙上され,圧迫されて血流障害を起こさない程度のスペースが理想的である.自験例では,胸骨後経路作成時に左横隔膜周囲の胸膜を損傷したことにより,開胸された部位へ再建胃管が嵌入したと思われる.術中の胸膜損傷の範囲は,用手剥離の範囲,すなわち横方向では正中から約5 cm左側まで,上下径も5 cm程度と推測するが,術後に胃管が胸腔内へ引き込まれることにより,さらに胸膜損傷範囲が拡大したと考える.
開腹術では胃管作成時に剣状突起下から臍上まで正中切開するのに対し,HALSでは,上腹部に7 cmの正中切開であり,創上縁から胸骨までの距離が長くなる(Fig. 7).胸骨後の用手剥離の際,胸膜損傷に注意するのは勿論だが,HALSの際はblindでの剥離操作が増えるため,より注意が必要である.
The incision is shorter in HALS cases than in normal laparotomy cases, thus, the distance between the sternum and superior border of the incision is longer, causing blind exfoliation of the retrosternal space.
再建胃管の運動機能にはさまざまな因子が関与している.両側迷走神経切断,胃遊離に伴う支配自律神経や血管の一部切離により前庭部の運動能は低下し,内容排出能は著しく阻害される5).たとえ運動がみられても食物移送能はなく,嚥下圧と重力により食物が落下するとされている.非生理的な経路を頸部まで挙上する位置的変化,体液性因子の変化なども影響を及ぼす5).また,下部食道括約筋が消失することにより逆流防止機能が低下し,再建胃管内の逆流を来す6)7).臨床では,胸骨後再建後,胸部X線写真で挙上胃管の拡張を認める症例が少なくない.しかし,症状を伴わず食事摂取も可能な症例がほとんどであり,たとえ胃管からの排出が悪くても,一時的な減圧チューブ挿入などの保存的加療で軽快することが多い.医学中央雑誌で「食道がん」,「胸骨後」,「再手術」をキーワードとして1983年から2013年までの期間で検索し,さらに検索文献より引用文献を検索した結果,自験例のように,再建胃管から全く流出せず,再手術まで要した報告はなかった.病態の類似した報告として,胸骨後再建経路にヘルニアが発生した症例報告が2例あり8)9),いずれも,再建経路作成時の左胸膜の損傷が契機になったと考察されている.
この手術で改善が得られない場合には,再開胸し,遊離空腸か結腸を用いた再建術を計画する予定だった.一方,今回の手術で病態の改善が得られない場合には,経鼻胃管に代わる減圧チューブを挿入すること,経腸栄養経路を作製することには意義があると考え,十分な病状説明の上,手術を施行した.その結果,最小限の侵襲で病態の改善を得られ,過大侵襲の手術を回避することができた.
今後,食道再建時には(1)挙上胃管の直線化を図る,(2)特にHALSでは慎重に胸骨裏を剥離して胸膜を損傷しないようにする,(3)挙上胃管が胸腔内に引き込まれないように胃管前壁と腹壁をしっかりと固定する,といったことを念頭に置くべきと考えた.これらを怠ると自験例のような胃管流出障害を来す可能性がある.また,同様の病態が生じた際は,再手術を検討すべきであり,本術式が有効と考える.
利益相反:なし