日本消化器外科学会雑誌
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原著
前立腺全摘術後に発症した鼠径ヘルニアの検討
丸山 智宏須田 和敬大竹 雅広
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2016 年 49 巻 1 号 p. 1-7

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Abstract

目的:前立腺全摘術後の合併症として,鼠径ヘルニアを発症することが知られており,前立腺全摘術の実施件数が増加していることを考慮すると,看過できない合併症の一つといえる.本研究では,前立腺全摘術後に発症した鼠径ヘルニアの臨床的特徴と適切な手術術式について検討した.方法:2003年から2014年までに初回根治手術を施行した成人男性鼠径ヘルニア611例673病変を,前立腺全摘術の既往のある群(既往群,36例47病変)と既往のない群(対照群,575例626病変)に分けて比較検討した.結果:期間内に前立腺全摘術が施行された251例のうち,術後の鼠径ヘルニアは36例(14%)に発症した.前立腺全摘術の術式別の発症率は,後腹膜鏡下前立腺全摘術で17%,ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術で9%であった.鼠径ヘルニアの両側発症は既往群で11例(30%),対照群で51例(9%)であった.既往群の鼠径ヘルニアは全47病変が外鼠径ヘルニアであった.既往群で鼠径ヘルニアの手術術式としてmesh plug法を44病変(94%)に施行し,術後漿液腫を1例に認めたが,再発症例は認めなかった.結語:前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアは,両側発症が多く,全例が外鼠径ヘルニアであった.前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアに対するmesh plug法は妥当な術式と考えられる.

はじめに

前立腺全摘術後には,鼠径ヘルニアの発症が通常よりも多くなることが知られている.1996年にReganら1)は,前立腺全摘術後の患者の12%が鼠径ヘルニアを発症したと報告し,以後も同様の報告がみられている2)~4).近年の前立腺癌の罹患率上昇に伴い,前立腺全摘術の実施件数も増加していることから5)6),前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアの発症は看過できない合併症といえる.

一方,通常の鼠径ヘルニア根治術において,当院ではmesh plug法を用いてきたが,近年は再発や合併症の少ないDirect Kugel Patchを用いた鼠径ヘルニア根治術7)8)(以下,Direct Kugel法と略記)を採用した.Direct Kugel法はあらゆる鼠径部ヘルニアの治療と再発予防が可能な点で優れた手技であるが,一方で腹膜前腔の剥離操作が必須となる7)9).しかしながら,前立腺全摘術後では腹膜前腔の剥離操作がすでに行われており,同部位の剥離操作は,術後癒着の影響から極めて困難と考えられるため,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアに対しては従来のmesh plug法を用いている.

本研究では,前立腺全摘術後に発症した鼠径ヘルニアの臨床的特徴を考慮しながら,その手術術式としてのmesh plug法の妥当性について検討した.

対象と方法

当院では2003年3月から前立腺癌に対する前立腺全摘術を開始し,2014年5月までに251例の前立腺全摘術(後腹膜鏡下前立腺全摘術162例,ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術89例)を施行した.同時期に当院において初回根治手術が施行された成人男性鼠径ヘルニアは611例673病変(両側発症は2病変と定義する)であった.前立腺全摘術の既往のある群(既往群,36例47病変)と既往のない群(対照群,575例626病変)に分けて,臨床的特徴を比較検討した(Table 1).統計学的検討はカテゴリー変数値をχ2検定もしくはFisherの正確検定で,連続変数値はMann-Whitney U検定を用いて比較した.全ての統計解析をWindows版PASW Statistics 17 software(SPSS Japan(株),東京)を用いて実施した.両側P値を用い,P<0.05を統計学的に有意であると判定した.

Table 1  Patient characteristics in the case group and in the control group
Case group Control group P-value
Number of patients 36 575
Number of hernias 47 626
Age (years, range) 69 (57–80) 66 (20–93) 0.084
Surgical method, n (%) <0.001
 mesh plug 44 (94) 273 (44)
 Direct Kugel Patch 1 (2) 271 (43)
 others 2 (4) 82 (13)
Recurrence, n (%) 0 (0)  7 (1.1) 0.601

結果

当院で前立腺全摘術が施行された251例のうち,鼠径ヘルニアを発症したのは36例(14%)であった.前立腺全摘術後の観察期間の中央値は29か月(範囲,1~132か月)であった.

発症年齢の中央値は既往群69歳(範囲,57~80歳),対照群66歳(範囲,20~93歳)で有意差は認めなかった(P=0.084)(Table 1).

鼠径ヘルニアの発症部位は,既往群で片側25例(70%),両側11例(30%),対照群で片側524例(91%),両側51例(9%)であり,既往群で有意に両側発症が多かった(P<0.001)(Fig. 1).片側発症の内訳は,既往群で右側19例(76%),左側6例(24%),対照群で右側302例(58%),左側222例(42%)であった.両側発症の内訳は,既往群で同時性4例(36%),異時性7例(64%),対照群で同時性31例(61%),異時性20例(39%)であった.異時性両側発症の初回発症から対側発症までの期間の中央値は既往群で4か月(範囲,2~39か月),対照群で32か月(範囲,11~121か月)であった.

Fig. 1 

Hernia side in the case group and in the control group.

鼠径ヘルニアの分類は,対照群では外鼠径ヘルニアが512病変(82%),内鼠径ヘルニアが102病変(16%),併存型ヘルニアが12病変(2%)であるのに対し,既往群では全47病変(100%)が外鼠径ヘルニアであり,有意に多かった(P=0.006)(Fig. 2).

Fig. 2 

Type of inguinal hernia in the case group and in the control group.

鼠径ヘルニアの手術術式は対照群ではmesh plug法を273病変(44%),Direct Kugel法を271病変(43%)に施行したのに対し,既往群ではmesh plug法を44病変(94%)に施行しており,既往群でmesh plug法の割合が高かった(Table 1).既往群では鼠径ヘルニア術後の観察期間の中央値は34か月(範囲,1~126か月)で合併症として漿液腫を1例に認めたが,再発による再手術症例(以下,再発症例と略記)は認めていない(Table 1).

前立腺全摘術の術式別の鼠径ヘルニア発症率は,後腹膜鏡下前立腺全摘術で17%,ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術で9%であり,観察期間の中央値はそれぞれ,40か月(範囲,1~132か月),10か月(範囲,1~27か月)であった(Table 2).

Table 2  Patient characteristics according to operation type of the radical prostatectomy
Retroperitoneal laparoscopic prostatectomy Robot-assisted laparoscopic prostatectomy P-value
Number of prostatectomies 162 89
Number of patients that developed inguinal hernia, n (%) 28 (17) 8 (9) 0.09
Age (years, range) 69 (51–76) 65 (52–77) 0.081
Median follow-up time (month, range) 40 (1–132) 10 (1–27) <0.001
Hernia side, n (%) 0.678
 unilateral 20 (71) 5 (60)
 bilateral  8 (29) 3 (40)

前立腺全摘術後から鼠径ヘルニア発症までの期間は18例(50%)が1年未満,12例(33%)が1年から2年の間に発症しており,発症までの期間の中央値は12か月(範囲,3~94か月)であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Inguinal hernia-free survival time.

考察

一般成人男性の鼠径ヘルニアの自然発症率は,0.5~1.0%とされている10).一方,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアの発症率は12~21%と報告されており,一般成人男性の自然発症率と比較し明らかに高い1)‍~4)10)‍~12).当院における前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアの発症率は14%であり,従来の報告と同様に高かった.

前立腺全摘術後に発症した鼠径ヘルニアの分類は,外鼠径ヘルニアが多く,その頻度は84~100%と高率であると報告されている1)2)4)11)13)14).当院の前立腺全摘術後の鼠径ヘルニア47病変でも全例が外鼠径ヘルニアであった.前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアの発症病因はいまだ明らかではないが,手術に伴う腹壁損傷による内鼠径輪の脆弱化により,潜在的に開存していた腹膜鞘状突起が顕在化して鼠径ヘルニアを発症するという仮説15)~17)が最も妥当と考えられ,この仮説は外鼠径ヘルニアの発症が多いという事実と矛盾しない.また,内鼠径ヘルニアが生じにくい理由は,鼠径管後壁の術後癒着により,下腹壁動静脈より内側では腹壁が脆弱化しないためと考えられている17).内鼠径ヘルニアが少なく,外鼠径ヘルニアが多いという臨床的特徴を考慮すると,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアに対しては,Direct Kugel法や腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術などのinlay meshを用いた術式の必要性は少なく,より簡便なmesh plug法やLichtenstein法などのonlay meshを用いた術式で十分であると思われる.本研究でも,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアに対してmesh plug法を44病変に施行したが,術後漿液腫を1例に認めたものの,再発症例は認めず,mesh plug法は妥当な術式と考えられる.

前立腺全摘術後の鼠径ヘルニアの両側発症の頻度については,文献上2.9~20%とばらつきがある2)4)11)13)14)18).これは,観察期間が短い報告が大部分を占めており,異時性両側発症まで観察しえていないことが原因として考えられる.当科における両側発症は36例中11例(30%)に認めており,そのうち7例(64%)は異時性両側発症であった.片側の鼠径ヘルニア手術を施行する際には,診察時に反対側の鼠径ヘルニアの有無についても確認する必要があり,また異時性の対側発症の可能性についても,十分に説明しておくべきであると思われる.

前立腺全摘術の術式により,術後の鼠径ヘルニア発症率は異なり,開腹手術では12~21%1)~4)10)~12),腹腔鏡下前立腺全摘術では4.9%19),後腹膜鏡下前立腺全摘術では9.0~14.3%19)20),ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術では5.8~8.3%21)22)と報告されている.一般成人男性の鼠径ヘルニアの自然発症率と比較すると,いずれの術式でも鼠径ヘルニアの発症率は上昇しているが,腹腔内から手術操作を行う腹腔鏡下前立腺全摘術やロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術に比べて,開腹手術や後腹膜鏡下前立腺全摘術では腹膜前腔の剥離が広範囲に及ぶため,内鼠径輪周囲の腹壁損傷が高度となり,鼠径ヘルニアの発症率が上昇する傾向にあると考えられている19)21).本研究でも,術後の鼠径ヘルニア発症率は後腹膜鏡下前立腺全摘術で17%(観察期間中央値40か月),ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術では9%(観察期間中央値10か月)であり,観察期間の差があるため,安易に比較はできないが,後腹膜鏡下前立腺全摘術後の鼠径ヘルニア発症率が高かった.これらのことは,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニア発症の原因が手術に伴う腹壁の損傷によるという仮説とも矛盾せず,腹壁損傷が少ないとされているロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘術の普及により,前立腺全摘術後の鼠径ヘルニア発症が減少する可能性があると思われる.

また,前立腺全摘術の手術中に,術後の鼠径ヘルニア発症を予防するさまざまな手技や工夫が試みられている.Sakaiら14)は,精索を骨盤内で腹壁から剥離するという手技を62例に行った結果,術後の鼠径ヘルニア発症は1例(1%)のみであったと報告した.また,Fujiiら23)も腹膜鞘状突起を結紮・切断する手技を138例に行い,鼠径ヘルニアを発症したのは2例(1.4%)のみであったと報告している.当院でも2014年4月から,Fujiiら23)の手技を参考にロボット支援下にて鼠径ヘルニア予防手技を開始しており,その結果が待たれる.

稿を終えるにあたり,前立腺全摘術が施行された患者のデータ解析ならびに考察において多大のご協力を頂いた泌尿器科の郷秀人先生,渡辺竜助先生,金子公亮先生に深く感謝いたします.

利益相反:なし

文献
 

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