日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胃瘻を軸として発症した胃軸捻転症の1例
大山 莉奈塩谷 猛小峯 修南部 弘太郎渡邉 善正渋谷 肇
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2016 年 49 巻 10 号 p. 971-978

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Abstract

症例は75歳の女性で,筋委縮性側索硬化症にて他院に通院中であり嚥下機能低下に対し1年前に胃瘻造設術を施行されていた.急激な腹部膨満を認め腸閉塞の疑いで当科へ搬送され精査の結果胃軸捻転症の診断となった.同日緊急で開腹胃壁固定術を施行し,再度胃瘻の使用が可能となった.難治性神経疾患を持つ患者の場合は,胃瘻造設後これを軸として胃軸捻転症を発症する可能性があり,急性腹症の鑑別の一つとして考慮すべきであると考え報告する.

はじめに

胃軸捻転症は胃の一部もしくは全体が捻転し,内腔の閉塞や血流障害を生じる疾患であり,成人での発症は比較的まれである1).治療としては胃管挿入による減圧や内視鏡的整復術,胃瘻造設や手術による胃壁固定術などがあり,本来胃瘻造設は胃軸捻転症に対する治療法の一つである.胃瘻造設後に胃軸捻転を生じた報告例はまれであり,今回,我々は胃瘻を軸として発症した胃軸捻転症の1例を報告する.

症例

症例:75歳,女性

主訴:腹痛,腹部膨満

既往歴:筋委縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;以下,ALSと略記)にて他院に通院中であった.

現病歴:ALSによる嚥下機能低下に対し1年前に胃瘻造設術を施行されていた.2014年4月,呼吸機能低下に対し気管切開術が施行され前医入院中であった.気管切開から11日後,朝方突然の急激な腹部膨満を認め腸閉塞の疑いで当科へ搬送された.

入院時身体所見:血圧76/52 mmHg,脈拍124回/分,体温37.2°Cとショックバイタルを呈していた.腹部は弾性軟で上腹部に限局して著明な腹部膨満を認めた.胃瘻チューブを用手的に吸引しても排液もしくは排ガスは認めなかった.前医では前日の夕方まで問題なく使用できたとのことであった.

入院時検査所見:WBC 29,400/μl,CRP 7.27 mg/mlと著明な炎症反応の上昇を認めた.また,BUN 40 mg/dl,Cre 0.46 mg/dlとBUNが上昇しており脱水が疑われた.LDH 256 IU/lと軽度の上昇を認めたがAST・CPKなどの逸脱酵素は正常範囲内であり動脈血液ガス分析でも異常は認めなかった.

腹部単純X線検査所見:胃泡の著明な拡張を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Plain abdominal radiograph. Gastric air bubble is markedly enlarged.

腹部CT所見:胃瘻は左側腹部より挿入されており先端は幽門部に達していた.胃の著明な拡張を認めたが,十二指腸より肛門側には異常を認めなかった(Fig. 2a).

Fig. 2 

a: Abdominal CT. Gastrostomy is performed at the left lateral abdomen and the balloon was seen at the pylorus. Gastric body is enlarged, but no abnormality can be seen on the anal side of duodenum. b: Abdominal 3D-CT. Greater curvature of stomach is twisted from the dorsalis to lesser curvature side on the anal side of the gastrostomy. The oral side is enlarged.

腹部3D-CT所見:胃瘻挿入部より肛門側において胃大彎側が背側から小彎側に捻転しており,それより口側の胃の拡張を認めた(Fig. 2b).

以上の所見より,胃軸捻転症の診断となった.軸捻転による狭窄および腹壁の緊張により経鼻胃管の挿入が困難であり輸液負荷後もショックバイタルを呈していたことから緊急手術の方針となった.麻酔導入後経鼻胃管を挿入すると速やかに減圧され上腹部の膨満は消失した(Fig. 3a, b).上腹部正中切開にて開腹すると腹腔内に淡血性の腹水を認めた.胃は胃瘻固定部と幽門輪を軸として胃大彎側が胃の背側から小彎方向に捻転していた(Fig. 4a).胃体中部前壁に血流障害によるものと思われる漿膜損傷を認めたため修復を要したが壊死・穿孔所見は認めなかった.胃瘻周囲の胃壁を腹壁に3か所固定しさらにその頭側で胃体中部前壁を腹壁に4か所固定し手術終了とした(Fig. 4b).術後経過は良好であり術後第4病日より胃瘻の使用を開始し術後第11病日に退院となった.

Fig. 3 

a: Upper abdomen is markedly enlarged before anesthesia. b: The pressure is reduced after insertion of a stomach tube.

Fig. 4 

a: Operative findings. Gastric fundus is twisted anteriorly along the pyloric-gastrostomy axis. b: Operative findings. Gastropexy is performed.

考察

胃軸捻転症は胃の一部または全体が生理的な範囲を超えて軸捻転を呈し,上部消化管閉塞を来す疾患である.小池ら1)の報告によると,胃軸捻転症の発生頻度は小児で3.4%,成人で0.17%とされ比較的まれな病態とされる.症状としては,急性型ではBorchardt2)の3徴といわれる吐物のない嘔吐,激しい上腹部痛,心窩部の膨満が典型的といわれるが,慢性型では無症状のこともあるとされる3).発生原因により特発性と続発性に分類され,特発性では胃を固定する四つの靭帯の弛緩や胃下垂などが原因として挙げられる4).一方の続発性では横隔膜弛緩症や横隔膜ヘルニア,食道裂孔ヘルニア,遊走脾などのさまざまな合併疾患が原因として挙げられる4)5).原因別の発生頻度としては成人では続発性が多く,小児では大部分は胃や胃固有靭帯の未発達により起こる特発性が大部分であるとされる3)

また,捻転の形式によっても分類がなされており,噴門と幽門をつなぐ軸を中心とした臓器軸性捻転(長軸捻転)型,小彎と大彎を軸とした間膜軸性捻転(短軸捻転)型,混合型の三つに分類される6).胃の固定は軸の支点となる噴門・幽門部および四つの固定靭帯(胃横隔膜靭帯・胃脾靭帯・胃結腸靭帯・胃肝靭帯)でなされている.本症例では基礎疾患であるALSにより胃の固定靭帯の弛緩が生じ元々胃軸捻転を生じやすい状態に,さらに胃瘻増設部という新たな支点が加わったことに,胃瘻チューブ先端のバルーンの重みが加わり,幽門と胃瘻の胃壁固定部を軸として胃大彎側が胃の背側から小彎方向に捻転したと考えられた(Fig. 5a, b).急激な上腹部の膨隆を認めたことや前医にて前日まで胃瘻の使用が可能であったことから,急性型の発症であったと考えられた.

Fig. 5 

a: The illustration of stomach and ligaments before volvulus. Stomach is twisted along the axis from the site of the insertion of gastrostomy to the plylorus. A dotted line is the axis of volvulus from the site of the insertion of gastrostomy to the pylorus. b: The illustration of the twisted stomach of this case. Greater curvature of stomach is twisted from the dorsalis to the lesser curvature side on the anal side of the gastrostomy.

一般的に胃軸捻転症の治療として胃管挿入による減圧や姿勢療法,内視鏡的整復術,胃固定術などが行われている.胃固定術は手術の他,非侵襲的治療として胃瘻造設が挙げられる.本症例では本来胃軸捻転症の治療の一つである胃瘻造設後にこれを契機として軸捻転が生じた.医学中央雑誌で1977年から2015年4月の期間で「胃軸捻転」,「胃瘻」,PubMedで1950年から2015年4月の期間で「gastric volvulus」,「gastrostomy」をキーワードとして検索した結果,胃瘻造設後もしくは胃瘻抜去後および胃軸捻転に対し既に胃壁固定術を施行後の胃軸捻転は我々が検索した範囲内では12例と非常にまれであり,2例を除きいずれも難治性の神経疾患の患者に発症したものであった(Table 13)5)7)~14).成人における胃軸捻転症について,パーキンソン病,脳性麻痺,てんかん後遺症などのADL低下の背景を持つ難治性神経疾患患者に比較的多くみられるという報告もある3).本症例は,ALSによる長期臥床,筋緊張の低下などにより元々胃軸捻転を生じやすい状態にあり,これに胃瘻造設部という新たな支点が加わり,胃瘻チューブ先端のバルーンの重みにより背側方向の回転が生じたことで幽門が閉鎖され急激に胃が拡張したことで,さらに捻転が強まり,胃大彎側が背側から小彎側に捻転したものと考えられた(Fig. 2b, 5b).報告例12例中1例13)は胃瘻造設後抜去部の癒着を機転とした内ヘルニアとしての発症であり本症例を含めた他症例と発症機序が異なるが,残り11例中3例は体部後壁もしくは幽門輪近傍に胃瘻を造設しており,造設部が適切でなかったため捻転を引き起こしたと考察している3)7)10).特に平尾ら3)は胃瘻造設時に捻転状態であった可能性を指摘している.また,福田ら14)も同様に胃瘻造設時に捻転状態であり胃瘻造設により捻転が増悪したと考察しており,造設部位に関しては胃壁と腹壁が最短距離になるように胃瘻造設部の位置決定を行うべきと指摘している.本症例は体部前壁に胃瘻が造設されておりこれら4症例とは発症機序が異なるが,胃瘻造設の際には自覚症状を示さない軽症の胃軸捻転を念頭に置く必要があり14),捻転状態であればこれを解除後に胃瘻を造設することでこのような造設部位の問題による捻転を防げる可能性があると考えられた.残り7例中もともと捻転症状を示していた症例は1例5)のみであり,他6例はいずれも本症例と同様に胃瘻造設後に捻転を来している.これら6例中判明している3例は全て前壁に胃瘻が造設されていた.胃瘻造設後の捻転予防のためには体部と前庭部2か所への造設が有用であるとする報告もある5)11)12)15).一方でColijnら8)は前壁の胃壁固定自体では捻転を防げないため穹窿部を腹壁に固定する必要があると指摘している.いずれにおいても,胃壁と腹壁の固定が点ではなく面になれば捻転予防になりうるが,胃瘻造設後に捻転を生じる症例のリスクとして難治性神経疾患患者や長期臥床の高齢者が挙げられており,これらの患者に胃瘻を造設する際に全例で予防的に数箇所での胃壁固定を行うのは,胃瘻造設後の捻転が比較的まれであることを考慮すると推奨されない.本症例の捻転機序が他報告例と異なる点として背側に捻転していた点が挙げられる.報告例12例中背側に捻転していたのはColijnら8)の1例のみであり,この症例では胃脾間膜が欠如していた.本症例では間膜の欠如は認めなかったが,胃の固定靭帯はいずれも弛緩していた.靭帯の弛緩を認めた症例は他にもあるが5),これらは腹側に捻転していた.本症例で背側に捻転したのは,靭帯の弛緩に加え胃瘻チューブ先端のバルーンの重みが寄与していると考えられた.町井ら9)も腹側からの捻転ではあるが,捻転の原因の一つとして太く堅い胃瘻チューブを使用していたことを挙げている.本症例を含めた報告例を考察すると,胃瘻造設後の捻転予防のためには,まず第一に造設時に捻転の有無を確認し,捻転状態での造設を避け胃体部前壁に作ることおよびチューブの形態に注意することが大切であり,さらに胃瘻造設後の胃軸捻転の可能性を念頭に置き,造設後の習慣性の捻転の場合は2か所での胃瘻造設または胃壁固定を考慮することが重要であると考えられた.胃瘻造設部のみならず,胃瘻抜去部に生じた腹壁との癒着により胃軸捻転が生じた報告例13)や,小児の繰り返す胃軸捻転症に対し胃壁固定術を施行した後に胃壁固定部を支点として再度胃軸捻転を生じた報告例14)もあり注意が必要である.また,本症例では胃管挿入が困難で来院時よりショックバイタルを呈していたため捻転による血流不全を考慮し緊急手術を選択したが,近年では胃軸捻転症に対し腹腔鏡下での胃固定術を施行したという報告もあり16),本症例における反省点として,術前に上部消化管内視鏡を施行することで内視鏡下での整復ができた可能性や,整復が困難であった場合も粘膜面を観察し壊死所見の有無を確認することで,より低侵襲な治療を選択しえた可能性が考えられた.難治性神経疾患患者においては筋緊張の低下などにより元来胃軸捻転を生じやすい状態にあり,これに対する治療として,もしくは栄養管理の面から胃瘻造設が選択されることが多い.小児や難治性神経疾患患者など,もともと胃軸捻転を生じやすい患者において本来胃軸捻転の治療である胃瘻造設後でも,これを軸として胃軸捻転症を発症する可能性があり,急性腹症の鑑別の一つとして考慮し,早期発見に努めることが重要であると考えられた.

Table 1  Cases of gastric volvulus caused by gastrostomies
No. Author/Year Age Sex Underlying
diseases
The axes Treatments Presence of
volvulus
originally
Presence of
volvulus when
gastrostomy was
performed
The site of gastrostomy
1 Alawadhi7)/1991 9 ​Female severe mental
retardation
along a line connecting the gastrosyomy site to the gastroesophageal juction operation (gastropexy) unknown
2 Alawadhi7)/1991 ​13 ​Female cerebral palsy along a line connecting the gastrosyomy site to the gastroesophageal juction operation (gastropexy) unknown
3 Colijn8)/1993 ​10 months ​Female paraesophageal
hernia
an organic axis opraion
(a new gastropexy)
anterior wall
4 Colijn8)/1993 ​2.5 ​Male fetal distress a mesentric axis opraion
(a new gastropexy)
+ closer to the lesser curvature
5 Machii9)/1994 ​63 ​Male Pick’s disease unknown a nasal gastric tube anterior wall
6 Kuenzler10)/2003 ​13 ​Male cerebral palsy an organic axis operation
(a new gastrostomy)
too close to pylorus
7 Sookpotarom11)/2005 ​10 months ​Female cerebral palsy an organic axis operation
(a new gastrostomy)
unknown posterior wall
8 Hirao3)/2011 ​69 ​Male spinocerebellar degeneration an organic axis remove the initial gastrostomy + + posterior wall
9 Tanaka5)/2012 ​20 ​Female Duchenne muscular dystrophy along the gastrostomy axis operation (gastropexy) + anterior wall
10 Kobayashi12)/2012 ​50 ​Female cerebral palsy along the gastrostomy axis a nsal gastric tube unknown
11 Eto13)/2014 ​68 ​Male cerebral hemorrhage an organic axis operation
(laparoscopic reduction)
anterior wall
12 Fukuda14)/2014 ​73 ​Male after cerebral infarction an organic axis remove the initial gastrostomy + anterior wall
13 Our case ​75 ​Female amyotrophic lateral sclerosis along the gastrostomy axis operation
(gastropexy)
anterior wall

利益相反:なし

文献
 

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