2016 年 49 巻 10 号 p. 963-970
食道類基底細胞癌は,組織型学的に粘膜下層を主体として発生し,表層を非腫瘍もしくは扁平上皮癌で被覆されることが多いため,術前の生検では扁平上皮癌として診断されることが少なくない.このため,類基底細胞癌に対しても扁平上皮癌に準じて術前に化学療法もしくは化学放射線治療を実施されることがある.一方,これまでに類基底細胞癌主体の症例のみを抽出し,類基底細胞癌に対する術前加療の効果を評価した報告は少ない.目的:類基底細胞癌主体の症例25例から,腫瘍に対する術前加療後の形態学的な変化を評価し,また術前加療の有無による予後の変化を比較する.方法:術前加療を行い,外科的切除した類基底細胞癌4症例と術前未治療の21例の臨床病理学的因子を比較検討した.結果:術前加療を行うことで4例中3例に病理組織学的治療効果が認められた.臨床予後に関しては,病期の進行している症例で予後が改善する傾向にあったが,統計学的に有意な改善はみられなかった.結語:食道類基底細胞癌に対する術前加療の有効性を統計学的に示すことはできなかったが,予後が改善される可能性が示唆された.
本邦の食道癌は組織型の大部分を扁平上皮癌(squamous cell carcinoma;以下,SCCと略記)が占めており,食道類基底細胞癌(basaloid-squamous carcinoma;以下,BSCと略記)は比較的まれである1).このように症例数が少ないことに加え,術前の上部消化管内視鏡検査による生検でBSCと診断された時点で外科的切除が通常優先されることから,BSCの術前加療の効果を評価した報告は極めて少なく,化学療法や放射線治療の効果については一定の見解が得られていない.また,BSCの場合,組織学的には表層を正常上皮またはSCCの成分に覆われ粘膜下層で癌胞巣が発育する症例が多いため,術前の生検と手術標本の病理組織学的結果に解離が認められることが少なくない.このため術前の内視鏡による生検でSCCと診断された場合,東北大学病院では食道癌診断・治療ガイドラインに準じ,化学療法または化学放射線治療の術前加療を先行している.今回,術前の生検でSCCであったものの,術前加療後の切除標本の病理組織像でBSC成分が主体であった4症例を経験した.これまでにBSCのみを抽出して化学療法の効果を検討した報告は少なく,その効果については不明な点が多い.そこで,術前加療の有無がBSC症例の予後に影響を与えるのかを初めて検討する目的で,術前加療群4例と手術単独群21例とを比較検討し臨床病理学的に詳細な検討を行いここに報告する.
1988年9月から2013年11月の間に東北大学病院で外科的切除された食道癌で,病理組織標本中に類基底細胞癌が含まれていた症例42例中,類基底細胞癌成分が腫瘍全体の50%以上を占める症例25例を本研究の対象とした(Table 1).術前加療の行われている症例は4例で,いずれも術前の生検でSCCと病理組織学的に診断され,5-fluorouracil(以下,5-FUと略記)+cisplatin(以下,CDDPと略記)を2コース(+radiation)実施されていた(Table 2).前加療のある4例のうち近年の2例では術前補助化学療法のみ,術前化学療法の有効性が示されるJCOG9907以前の症例においては放射線治療も術前に加えられていた.また,対象とした期間が長く,開胸操作を実施していた時期の症例も含まれていたが,腫瘍の切除,リンパ節郭清の程度に差はなかった.症例で検討した病理学的評価項目は,腫瘍に対するBSCの割合,深達度,リンパ節転移,病期,病理学的治療効果判定である.病理学的診断にはBSCの形態学的特徴に加えて特殊染色(PAS染色)や免疫染色(AE1/AE3,34βE12,CK14,Type IV collagen)検査を加えて最終診断とした.症例の臨床的評価項目は,上部消化管内視鏡検査,CT画像,手術日からの生存期間とし,手術単独群と術前加療を有する患者群とを比較した.生存期間はKaplan-Meier法で算出し,Log-rank検定を行った.また,臨床病理学的記載については,日本食道学会編の食道癌取扱い規約(第10版補訂版)に準拠した.
| Preoperative treatment | − | + |
| (n=21) (%) | (n=4) (%) | |
| Age (yrs) | ||
| Mean | 67.4±8.45 | 59.8±9.81 |
| Gender | ||
| Male | 19 (90.5) | 3 (75.0) |
| Female | 2 ( 9.5) | 1 (25.0) |
| Location | ||
| Ut | 8 (38.1) | 0 |
| Mt | 12 (57.1) | 0 |
| Lt | 1 ( 4.8) | 3 (75.0) |
| Ae | 0 | 1 (25.0) |
| pT | ||
| pT1b | 11 (52.4) | 0 |
| pT2 | 3 (14.3) | 1 (25.0) |
| pT3 | 7 (33.3) | 3 (75.0) |
| pT4 | 0 | 0 |
| pN | ||
| pN0 | 14 (66.7) | 2 (50.0) |
| pN1 | 2 ( 9.5) | 1 (25.0) |
| pN2 | 3 (14.3) | 0 |
| pN3 | 2 ( 9.5) | 0 |
| pN4 | 0 | 1 (25.0) |
| pStage | ||
| pStage I | 9 (42.8) | 0 |
| pStage II | 6 (28.6) | 3 (75.0) |
| pStage III | 6 (28.6) | 0 |
| pStage IVa | 0 (0) | 1 (25.0) |
| Lymphatic invasion | ||
| − | 7 (33.3) | 2 (50.0) |
| + | 14 (66.7) | 2 (50.0) |
| Venous invasion | ||
| − | 5 (23.8) | 1 (25.0) |
| + | 16 (76.2) | 3 (75.0) |
| Pathological response (Grade) | ||
| 0 | — | 0 |
| 1a | — | 1 (25.0) |
| 1b | — | 2 (50.0) |
| 2 | — | 1 (25.0) |
| 3 | — | 0 |
| Biopsy diagnosis | ||
| SCC | 17 (80.9) | 4 |
| BSC | 3 (14.3) | 0 |
| other | 1 ( 4.8) | 0 |
| Postoperative treatment | ||
| − | 17 (81.0) | 3 (75.0) |
| + | 4 (19.0) | 1 (25.0) |
| Case | Age | Sex | Location | Biopsy | Preoperative treatment | Response | pT | pN | cM | pStage | Ratio of BSC (%) | Pathological resopnse | Period/Outcome |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 54 | F | Lt | SCC | FP+rad. | IR/SD | 3 | 4 | 0 | IVa | 100 | Grade 1a | 12/dead |
| 2 | 50 | M | Lt | SCC | FP | PR | 3 | 0 | 0 | II | 100 | Grade 1b | 48/alive |
| 3 | 63 | M | Lt | SCC | FP | PR | 3 | 0 | 0 | II | 100 | Grade 1b | 66/alive |
| 4 | 72 | M | GE | SCC | FP+rad. | PR | 2 | 1 | 0 | II | 60 | Grade 2 | 19/alive |
FP: 5-FU+CDDP, rad.: radiation
術前加療を行った群では4例中3例で上部消化管内視鏡検査で腫瘍の縮小が見られた(Fig. 1).病理組織学的にも腫瘍胞巣周囲の線維化や炎症性細胞浸潤が見られ,種々の程度に癌胞巣が縮小,もしくは腫瘍胞巣自体が不整形に変化するといった加療効果(Grade 1b~2)が窺われた(Fig. 2).臨床予後に関しては術前加療のある群では手術単独群と比べて予後が良い傾向であったものの,症例数が少ないため統計学的な有意差は認められなかった(Fig. 3a).術前加療が適応となる症例では腫瘍の深達度や病期が進んでいる症例が多いため,手術単独群を固有筋層以深もしくはStage II以上の条件で症例を抽出して比較すると,いずれの条件でも術前加療のある群に,より臨床予後の改善傾向が見られた(Fig. 3b, c).形態像と併せてBSCにも化学療法もしくは放射線治療が効く可能性が示唆されたものの,症例数が限られているため統計学的に有意差を示すことはできなかった.

Endoscopic examination and barium esophagogram of a patient treated with preoperative adjuvant chemotherapy. a) before chemotherapy. b) after chemotherapy in a Grade 1b case. The primary lesion is markedly reduced in size after chemotherapy.

Histopathological findings in esophageal basaloid carcinoma. a: The tumor consists of solid nests of cells with the deposition of basement membrane-like substances in solid nests. HE, ×40. b: After chemotherapy tumors are irregularly-shaped and inflammatory cells and fibrous cells are surrounding solid nests. HE, ×40, case 2 in Table 2. c, d: Low magnification of case 2 and 3 in Table 2, respectively.

a) Overall survival (OS) in the 25 patients stratified by preoperative adjuvant chemotherapy. No significant differences were found in the OS between preoperative-adjuvant chemotherapy and no preoperative-adjuvant chemotherapy groups (P=0.5078). b) OS for the pT2–pT3 patients stratified by preoperative adjuvant chemotherapy. c) OS for pStage II–IVa patients stratified by preoperative adjuvant chemotherapy. Differences between the two groups are evaluated by log-rank test.
食道類基底細胞癌は食道上皮悪性腫瘍に分類される癌の中でも比較的まれな疾患で,日本食道学会による集計で食道切除施行症例に占める割合は,1.5%と報告されている1).肉眼的には立ち上がりがなだらかな隆起を示す粘膜下腫瘍の形態をとり,食道癌取扱い規約にも記載されているように,組織学的に腫瘍胞巣が粘膜下層以深で発育し,表層は非腫瘍もしくはSCCで被覆されているという形態をとる症例が多いことから2),術前内視鏡下での生検では正常上皮もしくはSCCのみが採取されることが多い3).さらに,浸潤部である粘膜下層の腫瘍胞巣まで採取された症例でも類基底細胞癌は角化を伴わず,N/C比の高い異型細胞から構成されるため,低分化型のSCCと病理診断される症例も少なくなく,術前の段階でBSCと診断することは困難である症例が多い.自験例の25症例においても,術前の生検ではSCCであったものの,手術による切除標本ではBSCが主体であった症例が21例(84%)に認められた.
BSCは粘膜下層を主体として発育するため,比較的早期より脈管侵襲が認められる頻度が高く,その結果リンパ節転移や血行性転移も高頻度に認められ,SCCと比較して生物学的に悪性度が高く予後不良とされている4)5).しかし,粘膜下層にとどまる表在癌であれば比較的予後が良いという報告もある6).進行症例ではSCCと同程度の悪性度を指摘する報告が多いため,化学療法による予後改善効果が期待される.SCCに対する化学療法の感受性を検討した報告例は多数みられる7)8).術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy;以下,NACと略記)の有効性を示すJCOG9907も含めた検討では,SCCを対象とした症例中にも少なからずBSCが含まれていた可能性も考えられ,同時にBSCにも化学療法が有用であることが示唆されるかもしれないが,これまでにBSCのみを抽出しNACの有無により化学療法後の形態学的特徴や予後の差を比較した検討はなかった.近年の報告では,Koideら9)の,5-FU/CDDPや放射線治療との組み合わせによりBSCの原発巣が部分奏効したという報告が複数見受けられる(Table 3)9)~15).また,術後の遠隔転移巣に関しても化学療法が有効であった症例も報告されており,Shibataら16)は食道BSC切除後5か月経過し肝転移,脾転移,鎖骨上リンパ節転移があった症例においても,5-FU/CDDPにより転移巣が消失もしくは縮小したと報告している.また,Tsuchiyaら17)は,術前化学療法で著効した症例の術後リンパ節転移再発症例に対して,放射線化学療法を行い,CRを得られた症例を報告している.当院においても食道BSCの切除術後の肺転移に対し,放射線化学療法の後に腫瘍が消失し,長期生存している症例を経験している.このことからBSCに対する術前加療や再発後の化学療法,放射線治療に関しても一定の効果が得られる可能性が推察された.今回の検討では術前加療を行ったBSC症例が少ないため統計学的に証明されていないものの,深達度や病期の進んでいる症例に限れば手術単独群と比べて術前加療のある群ほど臨床予後が良い可能性が示唆された.ただし,本検討は後ろ向きの検討であることに加え,NACの有効性が示される以前の症例では術前未治療群うち3例に術後補助療法,再発症例の1例に放射線化学療法が実施されるといった後療法のオプションも見受けられることから,術前加療の有無のみで予後を比較するのは難しく,より正確に評価するためには今後の前向き検討が必要になると考える.本邦においては,現在cStage IB/II/III食道癌に対する術前加療の第III相比較試験(JCOG1109)が進行中である.対象症例の中には,術前の内視鏡検査でSCCと診断されている症例に加え,BSCと診断されている症例も含まれている.全症例における術前加療の効果,予後に与える影響を比較検討する中で,BSCに対するサブ解析の結果も待たれるところである.
| Case | Author/Year | Age | Biopsy | Preoperative treatment | Response | pT | pN | cM | pStage | Pathological response | Period/Outcome |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Nishijima10)/1998 | 66 | *1 | FP | PR | 4 | 4 | 0 | IVa | Grade 1a | 14/dead |
| 2 | Koide9)/2003 | 55 | SCC | FP | PR | 4 | pos. | — | — | — | 10/dead |
| 3 | Koide9)/2003 | 57 | BSC | FP | PR | 2 | 0 | 0 | — | — | 35/alive |
| 4 | Tabe11)/2003 | 54 | — | 5-FU+CDGP | PR | 1b | 1 | — | II | — | 50/alive |
| 5 | Kobayashi4)/2005 | 55 | — | FP | PR | 3 | — | 1 | IVb | — | 21/alive |
| 6 | Saito12)/2009 | 68 | BSC | FP | PR | 2 | 0 | 0 | II | — | 4/alive |
| 7 | Saito12)/2009 | 58 | BSC | FP+rad. | PR | 2 | 0 | 0 | II | — | 93/alive |
| 8 | Saito12)/2009 | 56 | SCC | FP+rad. | PR | 3 | 2 | 0 | III | — | 32/alive |
| 9 | Nakata13)/2011 | 65 | SCC | FP | PR | 3 | 2 | 1 | IVb | Grade 1a | 7/alive |
| 10 | Obama14)/2012 | 70 | — | FP | PR | 3 | 1 | 0 | III | — | 17/alive |
| 11 | Mita15)/2013 | 67 | SCC | FP | SD | 2 | 2 | 0 | III | — | 36/alive |
FP: 5-FU+CDDP, rad.: radiation, pos.: positive
CDGP: nedaplatin (cisdiammineglycolatoplatinum)
*1: Undifferentiated carcinoma, (—): Unknown
BSCは食道の他に,上気道や咽頭を含めた頭頸部に発生することが多く,耳鼻科領域においてもBSCに対して化学療法や放射線治療の効果を検討した報告が見られる.食道と同様,術前加療を推奨するガイドラインはないものの,頭頸部領域では進行症例ほど解剖学的な理由により外科的切除が困難となり,化学療法や放射線治療を組み合わせた治療が第一選択となることが多い背景もあり,それらの効果を指摘する報告18)19)が複数散見される.
食道BSCの発生母地について推察する報告がいくつか見られる.BSCとSCCの併存例が多いことから,Sarbiaら20),Rubioら21)はBSCが扁平上皮基底細胞や食道腺導管の基底層近縁由来であること,田久保22)は未分化なSCCもしくは食道上皮基底層近傍の未分化な幹細胞に由来するためと報告しているが,いまだに確かな発生母地については特定されていない.上述の通り,BSCはSCCと併存することが多いが,食道の切除標本上BSCのみが残存していた場合,初めからBSCのみの病変であったのか,それともSCCのみが術前加療により消失し加療に抵抗性のあるBSCのみが残存したのかを食道切除標本からは窺い知ることは困難であると考える.そこで,術前未治療のBSC 21例においてSCCとが混在していた症例を形態学的に検討し直すと,BSCは類円形の胞巣を形成し,BSCとSCCとはある程度領域性を持って存在し,BSCとSCCとがモザイク状に不規則に混在することはなかった.術前加療例と比較すると,術前加療後のBSCの腫瘍胞巣は不規則に変形し,Fig. 2c, dのように胞巣間には線維化も見られた.BSCが領域性に存在しているという特徴を考慮すると,同症例ではSCCのみが消失したとは考えにくい.ただし,依然として術前における両者の混在する割合を正確に知ることは不可能であるため,BSCとSCCの間に,5-FUやcisplatinを主体とした化学療法や放射線治療に対する感受性に差があるのかを検討する必要がある.これまで,両者の感受性の差を検討した報告はほとんどなく唯一,竹村ら23)が両者の5-FUに対する感受性を,5-FU関連酵素であるTS(thymidylate synthase)活性を定量することで,BSCの方が5-FUに対して抵抗性である可能性を検討したのみである.
これまでの報告例と自験例を合わせたBSCに対する検討では,術前に化学療法や放射線治療を行うと部分奏効する症例が見られた.今回の検討では統計学的に証明することはできなかったが,予後を改善する可能性が示唆されたため,さらなる症例の集積と検討が望まれる.
利益相反:なし