2016 年 49 巻 11 号 p. 1090-1096
症例は47歳の男性で,14歳時に十二指腸潰瘍に対して広汎胃切除,Billroth-II(B-II)再建を受けた.M蛋白血症で当院血液内科通院中,悪性リンパ腫除外目的に行われたFDG-PETにて胃に異常集積を指摘された.上部消化管内視鏡検査で残胃空腸吻合部口側にポリープ状隆起と不整な潰瘍性病変を認め,生検にて高分化型腺癌と診断された.CTではリンパ節転移や遠隔転移は認められず,残胃癌と診断し,開腹残胃全摘術を施行した.病理所見では,ポリープ状隆起は胃小窩の延長や幽門腺に類似した粘液腺の増生および囊胞化を認め,gastritis cystica polyposa(以下,GCPと略記)と見なされた.また,GCP表層部分において腫瘍細胞の核にEpstein-Barr virus(以下,EBVと略記)の感染を伴うリンパ球浸潤癌の像を認めた.今回,GCPを発生母地としたEBV関連リンパ球浸潤癌と考えられるまれな症例であったため報告する.
胃切除術後の胃空腸吻合部に発生したポリープ状の粘膜隆起性病変はgastritis cystica polyposa(以下,GCPと略記)と表記され,前癌病変とされている1)~4).また,癌周囲に著明なリンパ球浸潤を伴うgastric carcinoma with lymphoid stroma(以下,GCLSと略記)はEpstein-Barr virus(以下,EBVと略記)の感染を伴うことが多く低分化型腺癌との混在病変であっても予後が良好であることがあり,胃癌取扱い規約第14版から特殊型に分類されている.今回,GCPを発生母地として,EBVの関与が疑われるGCLSが発生したまれな症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
症例:47歳,男性
主訴:なし(検査異常).
既往歴:10歳時に虫垂炎に対して虫垂切除術,14歳時に十二指腸潰瘍穿孔に対して広汎胃切除を施行され,Billroth-II(以下,B-IIと略記)再建を受けた.
現病歴:2012年よりM蛋白血症で当院血液内科通院中,悪性リンパ腫の除外目的にて行われたFDG-PETにて残胃に異常集積を認め,上部消化管内視鏡検査で残胃癌と診断され,手術目的に当科紹介となった.
入院時現症:腹部は平坦かつ軟,圧痛はなく腫瘤も触知しなかった.上腹部正中と右下腹部に各々広汎胃切除術と虫垂切除術の手術創を認めた.
血液検査所見:軽度肝胆道系酵素の上昇を認めるのみでその他の血液・生化学検査に異常は認めなかった.腫瘍マーカーはCEA 1.8 ng/ml,CA19-9 3.0 U/mlと正常範囲内であった.
FDG-PET所見:残胃空腸吻合部に限局したSUV max 11.6の集積を認めた.その他の部位には異常集積を認めなかった.
上部消化管内視鏡検査所見:残胃空腸吻合部口側に大きさ30×35 mm大の半周性の隆起性病変を認めた.一部に不整な潰瘍性病変が認められ,同部位の生検にてGroup V(高分化型腺癌)の所見を認めた(Fig. 1).
Esophagogastroduodenoscopy findings show a half circular sessile polypoid lesion (arrowheads) with irregular ulceration (arrow) at the gastrojejunostomy site after distal gastrectomy and Billroth-II reconstruction.
胸腹部造影CT所見:残胃空腸吻合部に一致して造影効果を伴う壁肥厚を認めた.漿膜側の平滑性は保たれており,他臓器への浸潤は認めなかった.また,有意なリンパ節腫脹や遠隔転移は認められなかった(Fig. 2).
Wall thickening with contrast effect at the gastrojejunostomy site (arrows) on enhanced abdominal CT without lymph node enlargement nor distant metastasis.
以上より,残胃癌U Less-Ant,B-32-A,subtotal gastrectomy,B-II anastomosis,Type 5 cT2(MP)N0 M0 Stage IBと診断し,手術目的に入院とした.
手術所見:腫瘍は残胃空腸吻合部に存在し漿膜面への露出は認めなかった.再建はBraun吻合を伴うB-II法で,再建ルートは結腸後で行われていた.残胃周囲および挙上空腸腸間膜のリンパ節の腫大はなく,腹膜播種,肝転移を認めなかった.このためBraun吻合部の切離まで含めた残胃全摘術と小腸間膜のリンパ節郭清,結腸後経路によるRoux-en-Y再建を施行した.
切除標本肉眼所見:胃空腸吻合部口側において小彎側を中心に30×35 mm大の半周性の無茎性の隆起性病変を認めた(Fig. 3).小彎の隆起部分の一部で不整な潰瘍性病変を認めた.なお,空腸側への明らかな浸潤は認めなかった.
A half-circular sessile polypoid lesion at the gastrojejunostomy site (arrowheads).
病理組織学的検査所見:ルーペ像(Fig. 4A)では吻合部近傍の胃は粘膜筋板が挙上しているのが認められる(矢頭).Fig. 4Bにおいて胃小窩の延長(矢印),粘液腺の増生および囊胞化(矢頭),Fig. 4Cでは,粘膜下層内への粘液腺の侵入を認め(矢印),これらはGCPの所見とみなされた.中心部ではリンパ球が腫瘍細胞間に多数浸潤(Fig. 5A)し腺管構造が不明瞭となっておりリンパ球浸潤癌(GCLS)と診断した.また,in situ hybridization(ISH)により腫瘍細胞の核にEB virus encoded small RNA 1(以下,EBER-1と略記)の信号を認めた(Fig. 5B).最終病理組織診断としてはU Less-Ant,B-32-A,subtotal gastrectomy,B-II anastomosis,Type 5,180×40 mm,GCLS>tub1>tub2,pT2(MP),med,INFα,ly0,v1,pN0(0/34),M0 Stage IBであった.
A: Magnifying glass imaging of the elevation of the muscularis mucosae (HE stain, ×magnifying glass image), B: Extension of the gastric pit (arrow) and cystic hyperplasia of the mucus glands (arrowhead) can be recognized (HE stain, ×2). C: Invasion of the mucus glands in the submucosal layer is recognized (arrows) (HE stain, ×2).
A: Microscopic findings of GCLS in which many lymphocytes infiltrate the tumor and the ductal structure is unclear (HE stain, ×20). B: Microscopic findings of EBER1 expression for ISH observed in the nuclei of neoplastic cells (ISH, ×20).
術後経過:術後経過は良好にて第17病日に退院した.術後補助化学療法は行わず,定期外来でフォローアップを行っているが,術後18か月の現在まで再発は認めていない.
残胃の発癌リスクについて,欧米では癌の発生頻度が増加すると報告されており,Toftgaard5)のprospective cohort studyでは術後20年を超えると胃癌発生率は2~3倍になり,特に男性のB-II法群は3.2倍と最も高い発生率として報告している.Caygillら6)も同様に20年を超えると癌発生率は4倍になり,B-II法が危険群であると報告している.本邦では,近藤ら7)の報告においてB-II法後の残胃癌発生頻度は術後20年以上経過した場合に高くなり,特に初回手術が40歳未満の男性が危険群であると示唆している.B-II法に残胃癌の発生が多い原因として,胆汁や腸液などの逆流による化学刺激に反復して暴露されている頻度が高いためという見解がある.Langhansら8)は発癌物質を用いることなく腸液が逆流するタイプの胃空腸吻合をラットに作成することにより胃癌が発生したと報告している.
GCPとは,胃切除後に長期間を経て胃空腸吻合部の胃側に発生するポリープ状の粘膜過形成隆起性病変であり,1965年のNicolaiら9)によりgastritis cysticaとして初めて報告され,現在では,Littlerら10)によりgastritis cystica polyposa,あるいは,古賀ら11)によりstromal polypoid hypertrophic gastritisといわれている.
遠城寺ら12)によると,GCPの病理組織学的特徴は1.胃小窩上皮の幼若化および胃小窩の延長,2.幽門腺類似の粘液腺の増生および囊胞化・粘膜下層への侵入や中等度の慢性炎症細胞浸潤,3.体部腺の萎縮,4.粘膜筋板の円弧状の挙上とされる.自験例においては,吻合部近傍の胃小窩の延長,粘液腺の増生および囊胞化,粘膜下層内への粘液腺の侵入を認め,GCPと診断された.
GCPの発生頻度を手術術式別に検討した佐田ら13)の報告ではBillroth-I(以下,B-Iと略記)法では33.4%,B-II法では42.5%,近藤ら14)はB-I法ではまれであるのに対し,B-II法では67%に認めると報告しており,GCPは逆流した腸液や胆汁の暴露を受けやすいB-II法に多い傾向である.
化学刺激の反復的暴露を受けやすい部位に生じたGCPが残胃癌の発生母地となる可能性がある1)~4)が,Ochiaiら15)はGCPにおいて癌抑制遺伝子であるp53遺伝子に欠損などの異常を認めたと報告している.また,細胞増殖関連抗原Ki-67の標識率でGCP粘膜の細胞活性はそれ以外の残胃粘膜と比較して著明な亢進を認め,癌と同程度の値を示していたとも報告している.
自験例において,GCPの表層に認められた腫瘍の細胞核にEBER-1の信号を確認しており,GCPを発生母地としたEBV感染による残胃癌発症への関与が疑われた.GCPを伴う胃癌におけるEBV感染率は31.1%で,GCPを伴わない胃癌におけるEBV感染率5.8%に比べて有意に高く16),さらに,EBVの感染率は非残胃癌に比べて残胃癌で有意に高いとする報告もある17).これは消化液の逆流などによる粘膜障害がGCPを引き起こしEBVの感染率を上昇させる18)ことが一因とされている.EBER-1の発現はほぼ全ての癌細胞に認められ19),EBV関連胃癌において癌関連遺伝子のプロモーター領域におけるメチル化が特異的に観察される20)ことから,EBVの感染は癌化への重要なメカニズムであると考えられる.
また,EBV関連胃癌は,1992年のShibataら21)の報告以降,5~15%の症例において報告され21)22),特に癌周囲に著明なリンパ球浸潤を伴うGCLSとの関連性も注目されている.
GCLSは間質にリンパ球浸潤を著明に認め,低分化型にもかかわらず,予後が良好であり,胃癌取扱い規約第14版から特殊型とみなされた胃癌である.癌組織内に著明なリンパ球浸潤を伴う胃癌症例の予後が良好であることは,1921年にMacCartyら23)により初めて報告されている.Watanabeら22)は漿膜浸潤のある進行癌においては通常の胃癌の5年生存率が39.4%であるのに対し,リンパ球浸潤を伴う胃癌の5年生存率は77.5%と有意な差を認めたと報告している.また,菊池24)は癌組織に浸潤するリンパ球はTリンパ球が主体でTリンパ球浸潤が強いものほどリンパ節転移や脈管侵襲が少ないと報告している.
GCLSの発生頻度は全胃癌の1.06~4.0%20)25)26)と報告されている.EBV関連胃癌の組織型ではGCLSのような未分化型が多いといわれている22)が,その理由としてEBVが感染した癌細胞は細胞が幼弱化するようなトランスフォームが起きている可能性が予想されている27).1990年にBurkeら28)がリンパ球浸潤性髄様癌の癌細胞中にEBVのDNAを証明したのが最初で,リンパ球浸潤性髄様癌の82.2~93.3%にEBVが陽性であるとされている.
自験例と同様な報告例を検討するために,医学中央雑誌にて1977年から2015年の期間で「gastritis cystica polyposa」,「残胃癌」をキーワードとして検索した結果,本邦では16例の報告があった.このGCPを伴った残胃癌に関する報告のうちGCLSと考えられる「低分化型腺癌」を抽出し,我々の1例を加えると,本邦における報告例はわずか5例4)14)29)30)と極めてまれとなる(Table 1).
No. | Author | Year | Age | Sex | Primary | Reconstruction methods | Postoperative time (year) | Histology |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kondo14) | 1982 | 69 | M | GU | B-II | 21 | med |
2 | Suzuki4) | 1985 | 41 | M | GU | B-I | 22 | por |
3 | Yasoshima29) | 1997 | 71 | F | GC | B-I | 20 | por |
4 | Ochiai30) | 1998 | 36 | M | GU | B-II | 24 | por |
5 | Our case | 47 | M | DU | B-II | 33 | GCLS |
GU: gastric ulcer, DU: duodenal ulcer, GC: gastric cancer
自験例は,初回胃切除から30年が経過しており,長期に胆汁や腸液などの逆流による化学刺激に反復して暴露されたことによりGCPが形成された可能性が高い.さらに,今回吻合部のGCPの表層の細胞核にはEBVが確認されており,EBV感染によるGCLS関連胃癌が示唆されうる.
GCPを発生母地としたと思われる,EBV関連GCLS残胃癌を経験した.比較的予後は良いとされるが,今後も注意しながら経過観察をしていく予定である.
利益相反:なし