日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
妊娠第18週に行った腹腔鏡下胆囊摘出術の工夫と本邦の現状について
山元 文晴門野 潤中薗 俊博基 俊介北薗 巌井上 真岐井本 浩
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2016 年 49 巻 6 号 p. 510-516

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Abstract

症例は5経妊2経産の32歳の妊婦で,妊娠15週目に心窩部痛を認めた.腹部超音波検査で胆囊内結石による急性胆囊炎と診断された.胆囊炎は保存的治療で一旦軽快したが,心窩部痛を繰り返したため,手術適応と判断し,妊娠18週目に腹腔鏡下胆囊摘出術を施行した.前腋窩線上の右肋骨弓下よりopen法で12 mmポートを挿入し,8 mmHgで気腹した.子宮底の位置を確認し,臍上3横指より12 mmのバルーン付きポートを挿入した.心窩部および右側腹部より5 mmポートを2本挿入し,計4ポートで手術を行った.術中,胎児心拍,血中炭酸ガス濃度を測定しながら,腹腔鏡下胆囊摘出術を完遂した.術後合併症はなく,第7病日に退院した.第39週に自然経腟分娩で出産し,母子に異常はなかった.本邦において妊婦に対する腹腔鏡下胆囊摘出術の報告はまだ少ないが,手術時期・方法・管理を工夫することで安全に施行可能であると考えられた.

はじめに

胆囊結石症は妊婦の腹部疾患の中で,急性虫垂炎に次いで多い疾患である1).近年,腹腔鏡下胆囊摘出術(laparoscopic cholecystectomy;以下,LCと略記)は広く普及し,胆囊摘出術の標準術式となっている.海外では妊婦に対する腹腔鏡手術のガイドラインも完成し,普及しているが2),本邦ではいまだガイドラインが確立されていない.

今回,我々は安全に試行しえた妊婦のLCを経験し,手術,周術期管理の工夫と本邦報告例を集計し報告する.

症例

患者:32歳,女性

主訴:心窩部痛

既往歴:5経妊2経産

現病歴:妊娠15週0日目に心窩部痛があり,前医を受診した.ブチルスコポラミン臭化物の投与で症状は軽快したが,2日後に再燃し,腹部超音波検査で胆囊結石を指摘され,妊娠16週目に当科を受診した.

初診時現症:妊娠16週0日,腹部に圧痛はなく,臍尾側2横指に子宮底を触知した.

血液生化学検査所見:WBC 7,200/μl,CRP 0.23 mg/dl,TG 210 mg/dl,T-Cho 271 mg/dlと,軽度の炎症反応と高脂血症を認めるほかに特記事項はなかった.

腹部超音波検査所見:胆囊内に3.2,8.7 mmの音響陰影を伴う2個の高エコー病変を認め,胆囊結石症と診断した(Fig. 1).胆囊壁肥厚や壁の3層構造はなく,周囲の液体貯留も認められなかった.

Fig. 1 

US showing two hyper-echoic lesions accompanied by an acoustic shadow in the gallbladder. (+: gallstone)

腹部MRI/MRCP所見:胆囊内に2個の陰影欠損を認めた.胆囊管は中部胆管に合流し,破格はなかった.総胆管結石は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

MRCP: No choledocholithiasis is found. There are no communicating accessory bile ducts.

以上の所見より,胆囊内結石による胆石発作と診断した.今後の妊娠経過中に再燃する可能性が高く,手術適応と判断した.妊娠17週目にLCを予定したが,感冒に罹患したため,妊娠18週目に手術を延期した.

入院時現症:妊娠18週3日,身長161 cm,体重73.2 kg,臍直下に子宮底を触知した.

術前治療:手術前日より子宮収縮抑制剤である塩酸ウテメリンを開始し,妊娠18週5日目に手術施行した.

手術所見:全身麻酔を導入後,超音波検査で子宮底の位置を確認したところ,臍頭側2横指であった(Fig. 3).子宮損傷を回避する目的で子宮底より離れた前腋窩線の右肋骨弓下に12 mmトロッカー(エンドパス®Xcel)をopen法にて挿入し,気腹圧8 mmHgで気腹を行った.腹腔内を観察すると,子宮底は臍直下に認められ,気腹前より尾側に位置していた(Fig. 4a).臍頭側3横指の部位に12 mmバルーン付きトロッカー(Kill Balloon Blunt System®)をopen法で挿入した(Fig. 4b).その後,心窩部と右側腹部に5 mmトロッカー(エンドパス®Xcel)を挿入し4ポートで手術を開始した(Fig. 4c).気腹圧8 mmHgで手術を開始し,術野の展開は良好であった(Fig. 4d).超音波凝固切開装置で胆囊漿膜を切開後,critical view of safetyを確認し,胆囊動脈をLIGAMAX®でクリップ後に切離した.胆囊管は二重にクリップし切離した.胆囊内容物の漏出による腹腔内汚染を予防するため,切除側の胆囊管はクリップ後,ENDLOOP®で結紮した.胆囊床を超音波凝固切開装置で剥離し,胆囊摘出術を終了した.モリソン窩にペンローズドレーンを留置し閉創した.

Fig. 3 

The uterine fundus observed at 2-finger breadths above the umbilicus after induction of anesthesia (dotted line). The cross mark is the presumptive position of the first trocar.

Fig. 4 

a: The uterus fundus at the level of the umbilicus after the pneumoperitoneum. Arrows show umbilicus level (*: uterus). b: The second trocar with a balloon inserted at 3-finger breadths above the umbilicus (*: uterus). c: The sites of the inserted trocars. d: A good surgical view with a pneumoperitoneal pressure of 8 mmHg.

術後経過:合併症なく経過し,術後5日目に自宅退院となった.子宮収縮抑制剤塩酸ウテメリン内服を術後2週間継続した.退院後,母子ともに問題なく妊娠を継続し,妊娠39週に3,620 gの健児を自然分娩した.

考察

妊娠中は,エストロゲンによるコレステロールの過飽和状態とプロゲステロンの上昇による胆囊平滑筋の弛緩による,胆汁の鬱滞が原因で胆石を形成しやすくなる3).全妊婦の2~6%に胆石,10~35%に胆泥貯留を認めると報告されている4)~6).有症状胆石症を有する妊婦は36.7%に症状の再燃を認め,再入院する回数は2~5回であるといわれている7).また,胆石を有する妊婦の23%は胆囊炎や胆石性膵炎を併発し,胆石性膵炎を発症した場合の胎児死亡率は10~60%程度と高率である8).妊娠中の胆囊結石に対する治療の原則は保存的治療であると報告されている9).また,医学中央雑誌で1977年から2015年5月の期間で「妊娠」,「腹腔鏡下胆囊摘出術」をキーワードとして検索した結果,本邦での妊婦のLC報告は会議録を除くと自験例を含め14例といまだ少ない(Table 11)9)~20).気腹の胎児への影響や子宮損傷に対する懸念が原因と考えられる.

Table 1  Reported cases of laparoscopic cholecystectomy during pregnancy in Japan
No Author Year Age Pregnancy week First trocarl Site of uterus Pneumoperitoneal pressure (mmHg) Complications Delivery week Weight (g)
1 Sumi10) 1996 29 15 above umbilicus Under umbilicus none 38 3,056
2 Morishita11) 1998 27 27 under umbilicus unknown 4 none 39 3,140
3 Kobayashi12) 1998 29 26 above umbilicus Just above umbilicus 8 none 40 2,400
4 Nakamura13) 2002 32 32 left hypochondrium Under liver 6 none 36 1,912
5 Sakata14) 2003 30 28 unknown unknown 8 none 31 1,958
6 Kamiya15) 2006 20 12 unknown unknown unknown none unknown unknown
7 Tomono16) 2010 34 20 2 finger’s-breadth above the umbilicus 3 finger’s-breadth above the umbilicus 10 none 39 2,824
8 Hino17) 2010 26 19 none unknown none 29 842/626
9 Kudo9) 2012 40 17 above umbilicus Just under umbilicus 6 none 40 unknown
10 Maeda18) 2013 27 19 above umbilicus Just under umbilicus 8 none unknown unknown
11 Kato1) 2013 37 28 2 finger’s-breadth above the umbilicus unknown 8 none 39 3,404
12 Koike19) 2013 27 24 umbilicus Just under umbilicus 8–10 none 40 2,824
13 Asaoka20) 2014 35 26 1 finger’s-breadth above the umbilicus 1 finger’s-breadth above the umbilicus 8 none 36 3,256
14 Our case 32 18 right hypochondrium 3 finger’s-breadth above the umbilicus 8 none 39 3,620

術前の胆道精査に関しては,胎児への影響が最も少なく,胎児検診でも日常的に行われている腹部超音波検査が望ましいが,より詳細な胆道精査にはMRCPを行いたいところである.妊婦へのMRIは器官形成期を避けることが一般的で,妊娠14週以降に行われることがある.また,Society of American Gastrointestinal and Endoscopic Surgeons(SAGES)ガイドラインでは,どの妊娠期においてもMRIは安全に施行できるとされる2).MRCPは,撮影の際に15~20秒程度の息止めを必要とするが,腹圧がかかることはない.また,息止めを行わずに撮影することもできるので,MRI同様MRCPも安全に施行できると考えられる.

気腹圧による子宮の圧迫と炭酸ガスによる胎児循環動態や酸塩基平衡への影響はいまだ明確にされていない.Hunterら21)は妊娠雌羊において気腹圧15 mmHg以上になると胎児にアシドーシスが見られやすいことを報告し,Reedyら22)はヒヒに対しての研究で10 mmHgまでの気腹なら母体・胎児に大きな変化はなかったと報告している.また,Curetら23)は妊娠している雌羊に対して,15 mmHgの気腹で子宮内の血流低下が見られるが,試験後の出産は正常で,産児にも異常はなかったと報告している.

本症例は気腹圧8 mmHgで手術を行ったが,血中炭酸ガス分圧は最大36.9 mmHgで,母体にアシドーシスはなく,胎児心拍も安定していた.本邦の報告例でも8 mmHgの報告が多いが,いずれも術中に母体・胎児の異常は報告されておらず,8 mmHg程度の気腹であれば手術は安全であると考えられる.また,全ての症例で術野は良好であったと報告されている(Table 1).

子宮損傷や他臓器の損傷を防ぐために第1トロッカーはopen法(Hasson法)が推奨されており,挿入部位は子宮の拡大に伴い腹腔内臓器が偏位するため,臍上から肋骨弓下までの上腹部が良いとされている2).挿入時は超音波検査で子宮底の位置を確認することが重要である24).本症例の子宮底は初診時の妊娠16週の時点で臍尾側2横指に存在したが,2週後には臍直下に認められた.さらに,麻酔導入後に子宮底はさらに頭側に位置していた.子宮底の位置が妊娠時期,麻酔により容易に変動することを認識し,麻酔導入後に再度,超音波検査で位置を確認することが肝要である.本症例は第1トロッカーを子宮底より十分に離れた前腋窩線上の右肋骨弓下より挿入した.気腹後に子宮底は臍直下に位置し,臍上3横指頭側であれば第2トロッカーによる子宮損傷の危険は低いと考えられた.さらに,バルーン付きトロッカーを使用することで,腹腔内のポートが短くなり,安全性が向上した.5 mmのポート2本は子宮底より十分に離れており通常のポートを使用した.以上の工夫で,安全に手術を行うことが可能であった.

手術時期は,SAGESのガイドラインでは全ての妊娠期でLCを行っても良いとしており2),Oelsnerら24)は1期に3例,2期に19例,3期に9例の腹腔鏡手術を施行し,術中に問題はなく開腹手術と比べて差はなかったと報告している.しかし,妊娠初期(~13週),特に4~7週は胎児の器官形成期であり,麻酔薬や他薬剤による影響が危惧される.また,全流産の80%は妊娠12週までに起こるといわれており25),同時期での母体への侵襲は可能なかぎり避けることが望ましいと考えられる.一方で,妊娠後期(28~40週)は,子宮が拡大するため,術野の確保が困難になる26).また,2014年産婦人科学会ガイドラインでは薬剤投与による胎児機能障害や胎児毒性は主に妊娠後半期で起こるといわれている27).以上より,待機手術が可能な場合には妊娠中期(14~27週)での手術が望ましいと考えられ,本症例も妊娠中期を選択した.

以上の点を考慮すれば,妊娠中期でのLCは安全に施行できると考えられる.海外ではガイドラインの確立がLCの普及につながっていると考えられ,本邦でも妊婦に対する内視鏡手術のガイドラインの策定が望まれる.

利益相反:なし

文献
 

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