日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
成人虫垂間膜に発生し特異な形態を示したenterogenic mesenteric cystの1例
久保田 将塩入 誠信工藤 真司長谷川 誠小杉 千弘池田 重雄永嶌 嘉嗣
著者情報
キーワード: 腸間膜囊腫, 虫垂間膜, 成人
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2016 年 49 巻 9 号 p. 911-917

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Abstract

症例は65歳の男性で,糖尿病治療目的のため当院受診したが腹部造影CTで回盲部に70×40 mm大で造影効果を伴う壁を有する囊胞性腫瘤を指摘され当科紹介となった.大腸内視鏡検査では虫垂口に外方圧排像を認めたことから虫垂粘液囊胞腺腫が疑われたが,注腸造影検査では虫垂は正常であり,傍虫垂に認められた鶏卵大の透亮像が腫瘤と一致すると思われた.このため悪性疾患の除外診断目的で手術となった.腹腔鏡で観察すると虫垂間膜に白色で表面平滑な鶏卵様の腫瘤を認め,回盲部切除を行った.肉眼所見では囊胞と虫垂は交通なく,内腔には黄色透明な粘液を有し,粘液中CEAは著明高値であった.病理組織学的検査で囊胞内腔に単層の上皮細胞配列を認めたことから腸間膜真性囊腫と診断された.術後経過良好で,術後第13病日に退院した.このような性状を有す腸間膜囊腫の本邦報告例は検索した範囲で認めなかったため報告する.

はじめに

リンパ囊腫ではない成人腸間膜囊腫が虫垂間膜に発生する症例は非常にまれである1)~4).今回,我々は特異な形態を有した虫垂間膜囊腫の1例を経験したので報告する.

症例

症例:65歳,男性

主訴:なし.

既往歴:65歳時,未治療の糖尿病,糖尿病性網膜症,糖尿病性腎症.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:糖尿病治療目的で当院受診し,膵精査のため施行された腹部造影CTで回盲部に無症状の70×40 mm大で造影効果を伴う壁を有する囊胞性腫瘤を指摘され当科紹介となった.

初診時現症:身長168.5 cm,体重60.0 kg.体温36.3°C.腹部は平坦,軟で,体表から右下腹部に腫瘤は触知せず,圧痛も認めなかった.

大腸内視鏡検査所見:虫垂口は粘膜下腫瘤様に外方性圧排像を呈していた(Fig. 1).

Fig. 1 

Colonoscopy reveals that the mucosa of the appendiceal orifice appeared pushed from the outside.

注腸造影検査所見:虫垂は正常に造影されたが,虫垂が騎乗するように鶏卵大の透亮像を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Barium enema examination shows a normal and smooth appendix, as well as a low density area near the cecum resembling a hen’s egg.

腹部CT所見:右骨盤内に70×40×35 mm大の造影効果を持つ境界明瞭な壁を有し,内腔は隔壁のない均一でCT値から囊胞と考えて矛盾しない腫瘤を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

Abdominal enhanced CT reveals a 70×40×35-mm low-density lesion with enhanced walls in the right lower abdomen.

以上から,鑑別診断としてcystic lesionを有すgastrointestinal stromal tumor,両端が盲端となっている重複腸管,腸間膜囊腫などを念頭に置き,さらに腫瘍マーカーの上昇も認めたことから,腫瘤摘出による悪性疾患除外診断目的で,通院糖尿病コントロール後,入院となった.

入院時検査所見:CEA 10.8 ng/mlと上昇を認めた.糖尿病についてはHbA1c 7.3%コントロール不良であったが治療開始前よりは改善し,尿糖は陰性となった.その他血液,生化学検査に異常を認めなかった.

手術所見:腹腔鏡で観察すると腹腔内に腹水や出血は認めなかった.虫垂に腫脹,発赤など異常所見はなかった.虫垂間膜に白色,表面平滑な鶏卵様で周囲との癒着のない腫瘤を認めた(Fig. 4).他の腸間膜,およびその他の臓器に異常所見は認めなかった.よって,回盲部切除を行った.

Fig. 4 

Operative findings reveal a white color and smooth, egg-shaped tumor in the mesoappendix, with no adhesion or invasion to any surrounding organs.

切除標本所見:囊胞壁は白色で弾性のある約5 mm厚の軟部組織で,囊胞内腔には黄色透明な粘液を認めた.また,虫垂内腔との明らかな交通はなかった(Fig. 5a, b).粘液のCEA,CA19-9はそれぞれ79,700 ng/ml,1,110 U/mlと著明高値であった.

Fig. 5 

a: The tumor wall was composed of white and elastic soft tissue. There was a small quantity of yellowish, serous, mucin-like products inside the tumor. b: This picture was taken from the mucosal site. There is no connection between the tumor and appendix.

病理組織学的検査所見:囊胞壁は著明な線維芽細胞の増殖のみで構成されており,平滑筋層は見られなかった.内壁の一部に剥脱,消失せず単層に配列する異型のない粘液性上皮細胞と粘液の付着を確認できた(Fig. 6).また,免疫染色検査による検討で,囊胞壁のc-kit,CD34,SMA,S-100はいずれも陰性であったことから間質細胞由来の腫瘍ではなく,かつ,内腔の単層上皮細胞はMUC2,MUC6が陰性でありMUC5AS(±),caudal-type homeobox protein 2(cdx-2)(+)であったことから腸管上皮細胞より分化したと考えて矛盾はなく,さらに,上皮細胞のN/C比や増殖形態から悪性腫瘍の可能性は低いと考えられた.以上から,虫垂間膜原発の真性囊腫と診断された.

Fig. 6 

Microscopic findings revealed prominent fibroblastic proliferation and the lack of smooth muscle layer in the tumor wall. There were the single layer of non-atypical mucinous epithelium that had not been excoriated or were absent in the wall and small amount of mucin.

術後経過:経過良好で特に合併症なく,第13病日に退院した.

考察

腸間膜囊腫はBenevieniが1507年に報告した8歳男児の剖検例が初回とされ5),以来海外では800例超6),本邦では400例超1)7)の報告がある.分類については現状で定まったものはないが,発生学的,組織学的見地からde Perrotら8)は囊腫の構造学的特徴や臨床的共通点を重視したサブグループ,すなわちリンパ系由来囊腫,中皮由来囊腫,腸管由来囊腫,泌尿器系由来囊腫,皮様囊腫,仮性囊腫からなるグループ分類を提唱している(Table 1).発生頻度は報告によってばらつきがあるが,10,000~250,000人に1人とされ比較的まれな疾患であり,その約75%が小児症例であるとされる2)

Table 1  Classification of mesenteric cysts advocated by de Perrot et al.
1 Cysts of lymphatic origin
a Simple lymphatic cyst
b Lymphangioma
2 Cysts of mesothelial origin
a Simple mesothelial cyst
b Benign cystic mesothelioma
c Malignant cystic mesothelioma
3 Cysts of enteric origin
a Enteric duplication cyst
b Entcric cyst
4 Cysts of urogenital origin
5 Mature cystic teratoma (dermoid cyst)
6 Nonpancreatic pseudocysts
a Traumatic origin
b Infectious origin

本邦における集計では本島ら1)は1985年から2002年までの報告例の約90%がリンパ管囊腫であったと報告している.また,山口ら3)はenterogeneous cystはmesenteric cyst 124例中1例(0.8%)と報告している.

腸間膜囊腫の部位別発生率として井上ら4)は小腸間膜が50%,結腸間膜別には横行結腸20%,S状結腸10%,腸間膜根部10%,上行結腸5.7%,下行結腸2.9%と続き盲腸,虫垂は各1例(1.4%)と集計している.このように成人における腸管由来の虫垂間膜囊腫症例は非常にまれとなる.実際に我々が医学中央雑誌で1977年から2015年1月まで「虫垂間膜」,「腸間膜囊腫」をキーワードとして検索しえた範囲では,自験例以外に成人虫垂間膜発症例はなかった(会議録を除く).

その他の文献的考察としては,性差は明らかでなかった1)9).また,腸間膜囊腫は自験例の如く囊胞腔に上皮細胞を有する真性囊腫と有さない仮性囊腫に分類され10),顕微的考察,あるいは免疫学的考察上,上皮細胞の特徴やその欠損の有無が囊腫の成因を検討する際に有用な場合もある8)とされているが,統計学的に二者を区分し論じた報告はなかった.

自験例の考察であるが,まず虫垂間膜原発の腸間膜囊腫が非常にまれであるのは,井上ら4)の部位別発生率の集計から各腸間膜部位別の発生率は各腸管の機能性や腹腔内の占居部位に依存するのではなく,各腸間膜面積にある程度比例するので,面積が極小である虫垂間膜における発生頻度も自ずと低くなるためではないかと推測する.

次に,自験例は囊胞内腔の上皮細胞が免疫染色検査で腸管由来と診断されたことから de Perrotら8)の分類の3. Cysts of enteric originに該当すると考えられた.腸管由来の囊腫の成因としては胎生期の腸管分化は第5週までは不完全な内腔を有すが,その後上皮細胞増殖とともに内腔が消失し,第12週になり再び空砲の融合化によって内腔を形成するとされ,この過程に何らかの異常を来すとenteric cystやduplicationが生じると説明されている10)11).自験例では肉眼的に虫垂や他の腸管との交通を認めなかったことから,胎生期の分化過程において腸間膜内に迷入した上皮細胞が産生した粘液の排泄,代謝経路の欠損によって囊状に腫瘤化したものと推測された.一方,囊胞壁に平滑筋層や神経叢を有さず正常腸管構造を認めなかったことからduplication は除外され,enteric cystと診断された.

さらに,いくつかの成人報告例では血中腫瘍マーカーは検査されていても,内容物の腫瘍マーカー,特にCEAについて検討している報告は本邦で9例1)4)12)~17)に過ぎず,自験例のような著明上昇を示す報告例はなかった(Table 2).しかし,他の報告同様,自験例においても粘液中CEA上昇が腸間膜囊腫の予後診断に有用であったとはいいがたかった.ただし,自験例においては術前の血中CEAは上昇していたが術後は正常値になったことから,粘液中CEA高値が術前から術後に呈した血中CEA推移の原因とも考えられたので,粘液中のCEA上昇を確認したことは多臓器の悪性疾患の除外診断に意義があったと考える.

Table 2  CEA level in mesenteric cysts
No. Author/Year Age, Sex CEA in serum (ng/ml) CEA in cyst (ng/ml)
1 Terasawa12)/1991 47, F 1.0 1.0
2 Tanaka13)/1992 43, F W.N.L 55.0
3 Inoue4)/1993 68, M 2.7 1.7
4 Inoue4)/1993 46, F 1.3 150.0
5 Ueda14)/1998 44, M 3.3 137.2
6 Kamesui15)/2000 49, F 0.1 <0.1
7 Sano16)/2001 67, M none 0.7
8 Motojima1)/2004 54, F none 0.5
9 Murota17)/2004 69, F none 9.4
10 Our Case 65, M 10.8 79,700.0

治療は手術が原則とされる.自験例では術前診断が困難であったため診断を兼ねて腹腔鏡手術を選択し.まれではあるが腸間膜囊胞腺癌の本邦報告例18)もあることから,囊腫の遺残回避目的で回盲部切除を行った.術後2年が経過し再発は指摘されていないが,引き続き厳重な経過観察を予定している.

なお,本文の要旨は第12回日本消化器外科学会大会(2014年10月,第22回JDDW,神戸)で報告した.

利益相反:なし

文献
 

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