日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
腹腔鏡下に緊急切除した空腸粘膜下動脈瘤
内藤 雅人佐藤 文平木田 睦士村田 徹
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 49 巻 9 号 p. 905-910

詳細
Abstract

小腸粘膜下動脈瘤は,破裂により突然の大量下血,ショック状態を来す.術前診断や病変位置の確定が難しいため,緊急開腹により切除されることが多く,腹腔鏡下での切除はほとんどない.今回,腹腔鏡下に緊急切除しえた空腸粘膜下動脈瘤の破裂例を経験した.24歳の女性が大量下血しショック状態となった.CTで小腸出血と診断し,血管造影により出血部位を確定した.続いてマイクロコイルによる血管塞栓止血術を行ったが完全には止血できず,緊急手術となった.術中透視でマイクロコイルを確認することにより病変の位置を確定し,安全かつ低侵襲に腹腔鏡下に切除しえた.小腸粘膜下動脈瘤の破裂例でも低侵襲に腹腔鏡下での緊急切除が可能である.まず止血のために血管造影,マイクロコイルによる血管塞栓術を行うべきであるが,緊急切除が必要となった場合は術中透視の併用が腹腔鏡下での切除に有用である.

はじめに

消化管出血の原因として小腸血管性病変の頻度は低いが,診断と処置が困難であることが多い.小腸粘膜下動脈瘤(以下,本症と略記)は,Levineら1)により1944年に初めて報告されたが,その破裂は突然の大量下血,ショック状態を来す.緊急切除を必要とすることが多いが腹腔鏡下に切除されることはほとんどない.今回,血管造影,マイクロコイル留置および術中透視を組み合わせ,腹腔鏡下に緊急切除しえた本症破裂例を経験した.

症例

患者:24歳,女性

主訴:嘔気,めまいおよび強い倦怠感

既往歴:特になし.

現病歴:起床後,上記主訴を自覚し来院した.採血では赤血球344×104/μl,Hb 11.0 g/dl,ヘマトクリット32.6%と軽度の貧血であった.頭部,胸部および腹部の単純CTでも異常なかったが,院内で大量下血し一過性の意識消失と血圧低下を来した.上下部消化管内視鏡検査では出血点がなく,造影CTで空腸出血と診断された(Fig. 1).血管造影で出血部位が確認され(Fig. 2a),引き続きマイクロコイル留置による選択的血管塞栓止血術が施行された(Fig. 2b).しかし,完全には止血できず,血圧が再度低下したため緊急手術となった.手術直前では,赤血球258×104/μl,Hb 8.1 g/dl,ヘマトクリット22.6%と貧血が進行していた.術前に酢酸加リンゲル液4,000 ml,照射赤血球液6単位を投与した.

Fig. 1 

Contrast enhanced CT shows the extravasation of contrast medium into the small intestine (arrow).

Fig. 2 

a: Angiography at the phase of the superior mesenteric artery shows the extravasation of contrast medium in the jejunal artery (arrow). b: Selective angiography shows a round lesion like an aneurysm at the jejunum (arrowhead).

手術所見:急速輸液,輸血により循環動態が改善したため腹腔鏡下手術とした.臍部に12 mmポート1本,右側腹部に2本の5 mmポートを留置した.腹腔内を検索すると空腸間膜に血腫を認め(Fig. 3a),術中透視で同部にマイクロコイルを確認し病変部を確定した(Fig. 3b).他の病変は観察しうるかぎり認めなかった.病変部が臍部まで容易に挙上できることを確認し,臍部を約3 cm小切開し病変部を含む小腸を体外へ挙上した.病変部周囲の小腸間膜の血流が悪く,切除範囲の決定,切除に時間を要した.最終的にコイルを含め空腸を約30 cm部分切除しトライツ靭帯から約1 mの部位で吻合した.手術時間は2時間,出血量はごく少量であった.術中に照射赤血球液2単位,新鮮凍結血漿4単位を投与し,術中のバイタルサインに大きな変化はなかった.

Fig. 3 

a: A hematoma at the mesentery of the jejunum is seen by laparoscopic examination (arrow). b: By intraoperative fluoroscopy, the microcoils inserted preoperatively can be easily confirmed at the same area of the hematoma (arrowhead).

切除標本所見:肉眼では赤色の頂部を有する,丸く固い隆起性病変を認めた.径は約1 cmであった(Fig. 4a).拡張した大型の筋性血管を粘膜下に一つ認め(Fig. 4b),病理組織学的診断では血管動静脈奇形,血管腫,血管炎および悪性の所見はなく,本症の破裂と診断された.

Fig. 4 

a: A round, hard tumor with a red top is seen, about 1 cm in diameter. Microcoils were removed with the specimen. b: In the submucosal layer, a muscular artery is seen at the cross section of the specimen. The bar indicates 5 mm length.

術後経過:術後10日目に軽快退院し,以後出血はない.

考察

今回,本症破裂例でも低侵襲に腹腔鏡下で緊急切除できること,本症の位置確認には血管造影,マイクロコイル留置および術中透視の組み合わせが有用であること,の2点が示された.

しかしながら,腹腔鏡下手術は開腹手術よりも低侵襲である一方で,病変の位置がわからないと切除が困難である.小腸病変は本症をはじめ位置確定が難しく,今回のように大量出血時など緊急性が高い場合はさらに困難である.このため本症の手術は開腹下での触診や術中内視鏡により病変部を確定した報告がほとんどであり,腹腔鏡下に切除した報告は少ない.我々が医学中央雑誌で「粘膜下動脈瘤」,「小腸」,「空腸」,「回腸」をキーワードに1977年から2015年まで会議録を除いて検索したところ,只野ら2)の報告に含まれるものを含め,本邦での本症破裂の報告は自験例を含め27例であり2)~8),血管造影は17例に施行され12例で確定診断に至っていた.また,腹腔鏡下に切除しえたものは自験例以外には2例のみ3)9)だった(Table 1).

Table 1  Summary of the 27 reported cases in Japan
Sex (male/female) 12/15
Age (years, median) 24
Diameter (mm, median) 8
Hospital stay (days, median) 14
How to diagnose angiography 12
scintigraphy 2
endoscopy 1
contrast enema 1
Operation urgent 25
selective 1
unknown 1
Approach open 23
laparoscopic 3
unknown 1
Preoperative marking yes 5
no 22
How to mark micro coil 3
tatoo and clip 1
catheter 1
contrast enema 1
How to confirm the lesion palpation 20
X-ray fluoroscopy 3
endoscopy 2
dye injection and fluoroscopy 1
transillumination 1
tatoo and clip 1

血管造影は診断,出血部位の確定およびマイクロコイルを用いた止血術が一連の流れで可能である.また,もし止血できずに緊急手術となった場合でも我々のようにマイクロコイルを術中透視で確認することで病変部を容易かつ確実に同定できるため,より低侵襲な腹腔鏡下切除も可能となるなど,血管造影のメリットは大きい.腹腔鏡下切除された本症報告例では,1例は病変部位を腹腔鏡下に全小腸を順次検索し確定したものであり9),開腹下での病変検索とほぼ同様である.病変を術前に診断,マーキングして腹腔鏡下に切除した報告は,我々と同様に術前血管造影を行い,術中透視によるコイル確認とカテーテルからの術中色素動注とを併用した1例3)のみだった.

小腸病変の検索と切除は小切開創から十分可能であり,腹腔鏡は必要ないとの考え方もある.しかし,体型や腹腔内の癒着,術前診断できない他病変の存在など,小切開創のみでは対応が困難な症例がある.このような場合でも病変確定に腹腔鏡を用いることで,引き続いての癒着剥離や病変挙上が最も容易な部位での小切開が可能となり,最小限の体壁破壊で対処可能である.整容性に対する患者の満足度も高かった.マイクロコイルの確認法も,術中透視を用いる方が触診のみよりも確実であると考える.

近年小腸病変に対してバルーン付き小腸内視鏡が普及しつつある.観察以外にも,点墨,生検,クリッピングによる止血術が可能であり治療の選択肢が増えた2)10)11).全身状態が比較的安定していた本症を小腸内視鏡で術前精査した報告2)もある.しかし,小腸内視鏡がいつでも使用可能な施設はまだ少ないうえ,今回のような大量出血時は視野不良となるため,現状では緊急時の使用はまだ困難と考える.

今後,小腸内視鏡の普及によりさらなる低侵襲治療も可能となるであろう.しかし,現時点では本症を含む小腸出血性病変に対しては,血管造影と腹腔鏡下切除の組み合わせが,最も低侵襲な治療法であると考える.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top