2017 年 50 巻 10 号 p. 780-787
HER2陽性胃癌術後に異時性肝転移を来し,化学療法後に肝切除を施行した結果,組織学的CR(complete pathological response;以下,pCRと略記)であった1例を経験したので報告する.症例は75歳の男性で,上部消化管内視鏡で胃角部前壁の2型進行胃癌を指摘され,当科を紹介受診した.幽門側胃切除術を施行し,病理結果は以下であった[pT2(MP)N1 M0,pStage IIA,HER2(IHC 3+)].術後補助化学療法としてS-1を1年間内服した.術後2年6か月のCTで肝S3とS5に異時性肝転移が出現した.Capecitabine+cisplatin+trastuzumab療法を2コース施行し,PRであった.新規病変の出現を認めず,肝部分切除術を施行した.病理組織学的所見ではviableな腫瘍細胞を認めず,pCRであった.Capecitabine+trastuzumabを継続し,術後18か月現在無再発生存中である.
胃癌治療ガイドライン(第4版)において,胃癌の肝転移は切除不能・再発胃癌に分類されている1).また,ToGA試験の結果,HER2陽性の切除不能進行再発胃癌に対してはtrastuzumabを併用した化学療法が治療の第一選択となっている2).一方,胃癌肝転移に対する外科的治療の意義は確立されておらず,胃癌肝転移が切除対象となることは少ない3).今回,我々は胃癌術後異時性肝転移に対しcapecitabine+cisplatin+trastuzumab療法施行後に肝切除を行い,組織学的CR(complete pathological response;以下,pCRと略記)が得られた症例を経験したので報告する.
症例:75歳,男性.PS:0
主訴:気分不良
既往歴:10歳時に回腸憩室炎で小腸部分切除.
現病歴:2012年7月上旬,上記主訴で近医を受診した.上部消化管内視鏡検査で胃角部前壁に2型腫瘍を認め,生検の結果は低分化腺癌であった.同月下旬,精査加療目的で当科を紹介受診した.
上部消化管内視鏡検査所見:胃角部前壁に2型腫瘍を認めた.
腹部造影CT所見(当科初診時):胃角部~前庭部の前壁に3 cm程度の壁濃染を認めた.胃小彎に11 mmに腫大したリンパ節を認めた.明らかな他臓器転移を認めなかった.
血液検査所見:Hb 9.0 g/dlと貧血を認めた.腫瘍マーカーがCEA 17 ng/ml,CA 19-9 546 U/mlと高値であった.
以上より,胃癌L,Ant,cT3(SS),cN1,cM0 cStage IIB(胃癌取扱い規約第14版,以下同じ)と診断し,手術を施行した.
手術術式:幽門側胃切除術(D2郭清),Billroth-I再建.
初回切除標本肉眼所見:胃体下部前壁に30 mm×30 mmの2型腫瘍を認めた(Fig. 1).

Resected specimen of the stomach shows a type 2 tumor measuring 30 mm located at the anterior wall of the gastric body.
病理組織学的検査所見:tub2>tub1>por,pT2(MP),int,INFb,ly3,v3,pN1(2/63),pPM0,pDM0,R0,HER2蛋白陽性(IHC 3+)pStage IIA(Fig. 2A, B).

Histopathological examination of the resected gastric specimen shows well–poorly-differentiated adenocarcinoma (A), with 3+ HER2 expression (B).
初回治療後経過:術後補助化学療法としてS-1内服を1年間行った.2015年2月に腫瘍マーカーの上昇(CEA 65 ng/ml,CA 19-9 6,267 U/ml)とCTで肝S3,S5に腫瘤を認め,胃癌の異時性肝転移と診断した(Fig. 3A, B).HER2陽性であったため,ToGA試験に準じ,trastuzumab(初回8 mg/kg,2回目以降6 mg/kg,day 1),capecitabine(3,600 mg/body,day 1~14),cisplatin(80 mg/m2,day 1)の併用化学療法(trastuzumab+XP)を施行した.2コース目は血清クレアチニン上昇(CTCAE version 4.0 Grade 2),食欲不振(Grade 2)のためcapecitabineとcisplatinは適宜休薬,減量を行った.2コース施行後のCTでは肝転移巣はいずれも縮小し,新規病変の出現を認めなかった(Fig. 3C, D).腫瘍マーカーはCEA 3.3 ng/ml,CA 19-9 61.7 U/mlと低下していた.Revised RECIST guideline(version 1.1)に準じて治療効果はPRと判断し,十分なインフォームド・コンセントを得たうえで肝切除術を施行した.

Abdominal CT scan findings before the chemotherapy showed metastases in liver segments S3 (A) and S5 (B). After 2 cycles of chemotherapy, both liver metastases were reduced in size (C, D).
手術術式:S3,S5肝部分切除術.
術中所見:腹腔内の癒着は著明であった.腹腔洗浄細胞診陰性で,術中造影肝エコーで他病変を認めず,肝部分切除術を施行した.
肝切除標本肉眼所見:S3,S5いずれの切片にも瘢痕様の線維化巣を認めた(Fig. 4A).

Both resected specimens of the liver (S3, S5) show white scars (A). Histopathological findings show no viable tumor cells but fibrosis in both specimens (B).
病理組織学的検査所見:S3,S5いずれの標本にも明らかな腫瘍細胞を認めず,組織学的効果判定はGrade 3であった(Fig. 4B).
肝切除後経過:術後経過良好でPOD10退院した.術後trastuzumab+capecitabineを再開し,術後18か月現在,無再発生存中である.
胃癌は本邦において,肺癌・大腸癌に次いで癌死の原因の第3位を占める.肝転移は胃癌において頻度が高く,4~14%に認めると報告されている3).大腸癌肝転移に対する切除術は治癒切除が期待される場合において第一選択の治療法として広く認められ,5年生存率30~58%と比較的良好な予後が報告されている3)4).一方で,肝転移を伴う胃癌は切除不能・再発胃癌に分類され,化学療法が治療の第一選択となっている1).しかし,肝転移を伴う胃癌に対して化学療法のみを行った場合の生存期間は7~15か月と報告されており,これは決して満足できる結果ではない5).
胃癌肝転移に対する切除術が大腸癌のように標準治療とされていない理由は主に,肝転移が見つかった時点で,両葉に多発していることや他臓器・遠隔リンパ節への転移が並存していることが多く,大腸癌肝転移の20~50%が切除対象となるのに対して,胃癌肝転移が切除対象となるのは4%に過ぎないこと,そのため十分な症例数で前向き試験を行うことが困難であること,が挙げられる6).
近年,retrospectiveな観察研究ではあるものの,胃癌肝転移に対する肝切除について複数のhigh volume centerで検討が行われており,OSの延長や切除適応などが報告されている(Table 1)3)4)6)~13).Okanoら14)によると,腹膜播種などの非切除因子がなく,切除対象になりうるが非切除を選択した胃癌肝転移症例の1年生存率は43%,3年生存率は0%と報告されており,胃癌肝転移においても適切な対象を選択し,肝切除を施行することで長期予後を改善させる可能性がある.胃癌治療ガイドライン第4版においても,胃癌肝転移に対する切除術は,転移が比較的少数で,かつ他に非治癒因子がない場合に考慮されうると記載されている.切除適応としては,原発巣の腫瘍深達度がSE以内であること,単発もしくは2個以内の転移であること,腫瘍径が小さいことなどが挙げられている.術前・術後化学療法の有効性に関しては,現時点で一定した見解は得られていない.術前化学療法はあまり行われていないが,化学療法が全く無効で予後不良の症例に対して肝切除を行うことを避ける,ふるいわけには有効かもしれないとの意見もある7).また,Yoshidaら15)は肝転移を含めたStage IV胃癌の細分類と治療ストラテジーを提唱しており,5 cm以下で単発の肝転移をpotentially resectable metastasis,複数もしくは5 cmより大きい肝転移をmarginally resectable metastasisに分類し,これらのうち化学療法が有効であった症例に対しては根治手術を行うことで予後の改善が期待できるとしている.
| No. | Author | Year | No. of cases | Synchronous/Metachronous | Solitary/Multiple | R0 surgery (%) |
Preoperative chemotherapy (%) |
Postoperative chemotherapy (%) |
Overall recurrence (%) |
Intrahepatic recurrence (%) |
5y OS (%) |
MST (mo) |
RFS (mo) |
Indications for surgery |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Sakamoto7) | 2007 | 37 | 16/21 | 0 | 0 | 62 | 11.0 | 31 | Unilober metastasis, ≤4 cm | ||||
| 2 | Koga8) | 2007 | 42 | 29/13 | 31 | 42.0 | 34 | ≤SE, Solitary metastasis | ||||||
| 3 | Cheon6) | 2008 | 41 | 30/11 | 28/13 | 53 | 90.2 | 64 | 50 | 20.8 | 17.9 | 13.3 | Solitary metastasis | |
| 4 | Takemura3) | 2012 | 64 (R0+R1) |
32/32 | 37/27 | 75 | 28 | 41 | 67 | 58 | 34 | 9 | ≤SE, ≤5 cm | |
| 55 (R0) |
37.0 | 39 | 10 | |||||||||||
| 5 | Chen9) | 2013 | 20 | 20/0 | 8/12 | 100 | 22.3 | |||||||
| 6 | Komeda4) | 2014 | 24 | 1/23 | 17/7 | 45.8 | 62.5 | 67 | 54 | 40.1 | 22.3 | ≤5 cm | ||
| 7 | Wang10) | 2014 | 39 | 39/0 | 31/8 | 100 | 0 | 100 | 89.7 | 26 | 10.3 | 14 | 8 | |
| 8 | Kinoshita11) | 2015 | 256 | 106/150 | 164/92 | 89.8 | 17.6 | 32.8 | 75 | 54 | 31.0 | 31 | 9.4 | ≤SE, <5 cm, 1 or 2 metastases |
| 9 | Liu12) | 2015 | 35 | 35/0 | 27/8 | 91.4 | 0 | 100 | 85.7 | 69 | 14.3 | 33 | ly 0 | |
| 10 | Guner13) | 2016 | 68 | 26/42 | 45/23 | 0 | 97 | 63 | 54 | 30.0 | 24 |
LMGC: liver metastasis from gastric cancer, OS: overall survival, MST: median survival time, RFS: recurrence-free survival, SE: serosa exposed
一方,実際に胃癌肝転移に対して肝切除術が行われることは少ないため,胃癌肝転移に対する化学療法後に病理学的評価が行われることはまれである.HER2陽性の切除不能胃癌に対してはtrastuzumabを併用した化学療法が治療の第一選択となったが,HER2陽性胃癌肝転移に対して肝切除が行われることはさらに少なく,医学中央雑誌で1977年から2015年12月までの期間で「胃癌」,「肝転移」,「切除」をキーワードとして検索したところ(会議録を除く),HER2陽性胃癌肝転移に対し,trastuzumabを含む化学療法後に肝切除術を施行した本邦報告例は,自験例を含めて計6例であった(Table 2)16)~20).3例が同時性転移で3例が異時性転移であった.1例で単発転移,4例で2個の転移,1例で3個の転移を認めた.Komedaら4)やKinoshitaら11)の報告とは異なり,6例全例で肝切除前に化学療法を施行していた.胃癌肝転移に対する術前化学療法およびconversion therapyを行うタイミングに関して確立された治療指針はないものの,JCOG0405やJCOG0501といった再発リスクの高い進行胃癌の臨床研究に準じて2コースの化学療法を施行し,SD以上で経過した場合に①標準治療に準じて化学療法を継続する,②肝切除を考慮する,といった選択肢は提示されうると考えられる18)19)21).手術は2例に肝区域切除,3例に肝部分切除が施行され,全例でR0であった.4例では肝切除後も化学療法を施行していたが,1例を除いてシスプラチンは中止されていた.自験例ではpCRであったが,全身に微小な転移が存在するものと考えて化学療法を継続した.術後化学療法の有効性は確立されておらず,国内では海外と比較して施行率が低かった(Table 1).しかし,たとえR0手術が行われたとしても全身の微小転移残存の可能性はあり,Yoshidaら15)の報告と同様に,当科では術後化学療法の継続は必要と考えている.pCRの報告は自験例のみで,trastuzumabを含む化学療法が非常に有効であった.HER2陽性胃癌に対してtrastuzumabを含む化学療法を施行した報告は少なく,また自験例を含めて観察期間が短いため,今後のさらなる症例の蓄積が期待される.
| No. | Author/ Year |
Age/ Sex |
Histopathological type of the GC | Synchronous/Metachronous | TMN before chemotherapy |
Location (Size of LMGCs) | Chemotherapy before hepatectomy | Response to chemotherapy before hepatectomy (RECIST) | Method of hepatectomy | Residental tumor | Pathological response | Chemotherapy after hepatectomy | Recurrence | Prognosis (mo) |
|
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Kawaguchi16) 2013 |
75/F | tub2–por | Metachronous | Recurrence | S7 (60 mm) |
PTX +Tmab |
PD | Posterior segmentectomy | R0 | Grade 0 | CPT-11 +cisplatin |
— | Alive (8) | |
| HER2 (IHC 2+, FISH+) |
5 cycles | ||||||||||||||
| 2 | Choda17) 2014 |
77/F | tub1–2 | Synchronous | cT4aN0M1 (PER, HEP) |
S4 (12 mm) |
HXP | PR | Partial resection | R0 | Grade 1a | Cape+Tmab | — | Alive (24) |
|
| HER2 (IHC 3+) |
S6 (9 mm) |
10 cycles | |||||||||||||
| 3 | Moon18) 2014 |
77/F | tub1 | Synchronous | cT3N+M1 (HEP) |
S4 (30 mm) |
HXP | PR | Partial resection | R0 | Grade 2 | Cape | Lymph node | Alive (8) |
|
| HER2 (IHC 2+, FISH+) |
S3, S5/6 | 2 cycles | |||||||||||||
| 4 | Hokonohara19) 2014 |
73/M | tub2–por | Synchronous | cT3N0M1 (HEP) |
S5, S8 | HXP | SD | S5 extended subsegmentec tomy |
R0 | Grade 0 | None (refused) |
— | Alive (6) |
|
| HER2 (IHC 2+, FISH+) |
3 cycles | ||||||||||||||
| 5 | Kim20) 2015 |
62/M | unknown | Metachronous | Recurrence | S7 (15mm) |
HSP | PR | unknown | R0 | Grade 2 | None | — | Alive (27) |
|
| HER2 (IHC 2+) |
S7/8 (20 mm) |
2 cycles | |||||||||||||
| 6 | Our case | 75/M | por | Metachronous | Recurrence | S3 (50 mm) |
HXP | PR | Partial resection | R0 | Grade 3 | Cape+Tmab | — | Alive (15) |
|
| HER2 (IHC 3+) |
S5 (20 mm) |
2 cycles |
TNM: TMN classification 7th edition, PTX: paclitaxel, HXP: trastuzumab+capecitabine+cisplatin, HSP: trastuzumab+S-1+cisplatin, Tmab: trastuzumab, Cape: capecitabine
大腸癌に対する肝切除の適応症例が全身化学療法の進歩によって劇的に拡大したことと同様に,胃癌においても化学療法の進歩と肝切除対象の拡大,そして予後の改善が望まれる.
利益相反:なし