日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
囊胞切除にて切除しえた巨大膵管内乳頭粘液性腫瘍の1例
佐藤 正規深瀬 耕二有明 恭平大塚 英郎村上 圭吾藤島 史喜元井 冬彦内藤 剛江川 新一海野 倫明
著者情報
キーワード: IPMN, 巨大囊胞, 囊胞切除
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2017 年 50 巻 4 号 p. 303-310

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Abstract

症例は85歳の女性で,食思不振,倦怠感を自覚し,腹部USで右下腹部に巨大囊胞性腫瘍を認め紹介となった.CTで腹部から骨盤におよぶ15 cmの囊胞性病変で,造影効果を伴う結節性病変が散在し悪性腫瘍が示唆された.ERCPにて膵頭部で膵管との交通が確認され,分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)が疑われた.膵外に突出した囊胞を切除し,膵管断端に腫瘍進展を認めず手術を終了した.病理組織学的検査では軽度~中等度異型のIPMNが疑われた.結節病変の遺伝子解析でGNAS遺伝子変異が確認されIPMNと診断確定した.膵外に突出する巨大囊胞を形成し,囊胞切除で治癒切除可能であった膵頭部IPMNの1例を経験した.非常にまれな形態を示し術前・術後診断,術式選択など示唆に富む1例であったと考えられた.

はじめに

膵囊胞性腫瘍のうち,膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)の頻度は高く1),癌化の可能性を念頭においた診断と過不足のない手術術式の選択が必要とされる.今回,我々は膵外に突出する巨大な囊胞性病変であったことから診断に難渋したものの,囊胞切除で治癒切除が可能であった非典型的なIPMNの1例を経験したので報告する.

症例

患者:85歳,女性

主訴:食思不振

既往歴:特記事項なし.

現病歴:3年前から右下腹部の違和感を自覚していた.4か月前より食思不振,倦怠感が出現したため近医受診となる.腹部USで右下腹部に巨大な囊胞性病変を認め,卵巣腫瘍が疑われ当院婦人科紹介となった.CT,MRIで囊胞性病変は卵巣と離れており,膵頭部に接していたため膵由来の疾患が疑われ当科紹介となった.

入院時現症:右下腹部に小児頭大の巨大な腫瘤性病変を触知した.

入院時血液生化学検査所見:Hb 11.8 g/dlと軽度の貧血を認めた.腫瘍マーカーはCEA,CA19-9,DUPAN-2,SPan-1は基準範囲内であったが,CA125は45.2 U/mlと軽度高値であった.

腹部造影CT所見:腹部から骨盤におよぶ最大径約15 cmの囊胞性病変を認めた.囊胞壁は比較的厚く,造影効果を伴い内腔に突出する結節性病変が散在していた(Fig. 1A, B).両側の卵巣とは離れており,十二指腸水平部を背側に圧排し,頭側では膵頭部と接しており,膵原発が疑われた(Fig. 1C).主膵管は軽度拡張しており,膵頭部に石灰化,膵体尾部では膵実質の萎縮を認め,慢性膵炎の所見を認めた(Fig. 1C).リンパ節腫大はなく,肺・肝臓に転移を疑う所見を認めなかった.

Fig. 1 

Abdominal enhanced CT. A, B: The cystic wall is comparatively thick, and multiple nodular lesions with the effect of the contrast protrude into the lumen (arrows). C: The main pancreatic duct is mildly dilated (arrowhead), while the pancreatic head shows calcification (arrow) and the pancreatic parenchyma in the caudal part of the pancreas shows atrophy. Findings of chronic pancreatitis can also be seen.

腹部MRI所見:T2強調像で内部は均一な高信号を示し,内部に突出する結節性病変を認めた(Fig. 2A, B).

Fig. 2 

Abdominal MRI. A: In the T2 weighted image, the lumen shows a uniform high intensity signal. B: Nodular lesions can be seen protruding into the lumen (arrow).

FDG-PET所見:CT,MRIで認めた結節性病変に一致してSUVmax 2.5の集積を認めた(Fig. 3A).また,囊胞壁に沿って異常集積を示す結節性病変が散在していた(Fig. 3B).リンパ節や肺・肝臓に転移を疑う集積は認めなかった.

Fig. 3 

FDG PET. A: An accumulated maximum standardized uptake value of 2.5 corresponding to the nodular lesions detected on CT and MRI are shown. B: Multiple nodular lesions showing abnormal accumulation along the cystic wall can be seen.

内視鏡的逆行性膵管造影検査所見:主膵管は軽度拡張していたが,膵石や狭窄は認めなかった.膵頭部の分枝膵管から囊胞内へ造影剤の流入が確認され,膵由来の囊胞性病変と診断した(Fig. 4).乳頭の開大や粘液の排出は認めなかった.

Fig. 4 

Endoscopic retrograde pancreatographic image. The main pancreatic duct is mildly dilated (arrowheads). Inflow of the contrast agent to the cyst interior from the branched pancreatic duct of the pancreatic head is confirmed (arrow).

術前診断:主膵管との交通を認める膵囊胞性腫瘍であり,分枝型IPMNが疑われたが,粘液排出がなく骨盤内まで膵外に巨大に発育するまれな形態を呈していた.病巣摘除に必要な定型的膵切除は膵頭十二指腸切除術である.しかし,浸潤癌を疑う所見はなく,腫瘍が膵頭部より突出しているため,囊胞切除を行って,膵断端に腫瘍進展がなければ,安全性と根治性から過不足のない術式と考えた.

術中所見:右結腸間膜背側から腹腔内に突出する17 cm大の巨大な囊胞性腫瘍を認めた.表面は平滑であり,十二指腸,結腸間膜に癒着を認めたが,浸潤傾向はなく剥離可能であった(Fig. 5A).膵頭部下端と分枝膵管で交通しており,これを切離し標本を摘出した.膵管断端から術中膵管造影を行い,乳頭側,尾側ともに良好に主膵管が造影され,膵管内に膵石や腫瘍は認めなかった.術中迅速組織診断で膵管断端に腫瘍性病変の進展がないことを確認し手術を終了した(Fig. 5B).

Fig. 5 

Operative findings. A: A giant cystic tumor with a diameter of 17 cm protruding from the dorsal side of the right mesocolon. The surface is smooth, with adhesion to the duodenum and mesocolon, but separation is possible. B: The branched pancreatic duct connected to the pancreatic head (arrow) is divided and the specimen is removed. The negative margin of the pancreatic duct is confirmed by intraoperative frozen section.

肉眼標本所見:比較的厚い壁を有した17 cmの囊胞性腫瘍であり,内部に乳び様の液体が1,500 ml貯留していた(Fig. 6A).内溶液はCEA,CA19-9が高値であったが,アミラーゼは低値であった(アミラーゼ値 56 IU/l,CEA 733 ng/ml,CA19-9 12,000 U/ml).囊胞壁には壁在結節が散在していた(Fig. 6B).

Fig. 6 

Macroscopic findings. A: A cystic tumor approximately 17 cm in diameter with a comparatively thick wall and approximately 1,500 ml of accumulated milky fluid. B: There are multiple nodes on the cystic wall.

病理組織学的検査所見:囊胞壁は胞体内に豊富な粘液を含有した1層の高円柱状上皮により被覆されており,部分的に乳頭状に増生していた.結節病変についても囊胞内に認められた増殖上皮と同様の組織形態を示していた.囊胞壁内において慢性膵炎様の線維化を伴う萎縮した膵実質がわずかに認められた.卵巣様間質は認めず,免疫組織化学染色検査ではMUC1(−),MUC2(−),MUC5AC(+),MUC6(+),CDX2(−),CD10(−),Ki-67陽性率は15%程度,p53陽性細胞は認められなかった(Fig. 7).被覆上皮に異型は目立たず,核の底在性も保持されており,軽度~中等度異型のgastric type IPMNと考えられたが,巨大な囊胞性病変を形成する点や,囊胞内に粘液貯留が明らかではない点などIPMNとしては非典型的所見であったため遺伝子変異解析を追加し,Kirsten rat sarcoma viral oncogene homolog(以下,KRASと略記)G12V,guanine nucleotide binding protein, alpha stimulating(以下,GNASと略記)R201Hの変異が認められ,IPMNと診断された(Fig. 8).

Fig. 7 

Histopathological and immunohistochemical findings. The cystic wall is covered by a layer of highly cylindrical epithelium that contains ample viscous liquid, and partly shows papilliform growth. No ovary-like parenchyma can be seen, and immunohistological staining shows MUC1 (−), MUC2 (−), MUC5AC (+), MUC6 (+). No obvious abnormality of the epithelium covering can be observed. The findings suggest a mild to moderate atypical gastric type of IPMN.

Fig. 8 

Gene mutation analysis. KRAS G12V and GNAS R201H mutations are identified through sequencing of the nodes on the cystic wall.

術後経過:術後経過は良好で11病日に退院となった.術後8か月が経過した現在,無再発生存中である.

考察

膵囊胞性疾患は仮性囊胞と真性囊胞に大別され,真性囊胞は非腫瘍性と腫瘍性に分類される2).仮性囊胞は時に膵外に巨大な囊胞を形成するが,その原因として急性膵炎や外傷,慢性膵炎による膵管狭窄,腫瘍や膵石による膵液の流出障害があげられる3).仮性囊胞でも蛋白栓が結節状に固着して壁在結節を形成するとIPMNとの鑑別が困難になる4).本症例は背景に慢性膵炎の所見を認め,膵管と囊胞の交通を認めたため仮性囊胞との鑑別が必要であったが,結節病変に造影効果を認め,PETで結節への異常集積を認めたことより腫瘍性膵囊胞性疾患と診断した.腫瘍性囊胞性疾患では分枝型IPMNとmucinous cystic neoplasm(以下,MCNと略記)は時に形態的に類似した所見を示すため鑑別を要する5)6).いずれも膵管上皮由来で組織像は類似しているが,発生年齢,性別,発生部位,卵巣様間質を含めた臨床病理学的特徴には大きな違いがある7)~9).本症例では膵管と交通する膵頭部囊胞性腫瘍であり,分枝型IPMNを疑ったが,非典型例であり術前の鑑別に難渋した.MCNは通常膵管との交通がなく,IPMNとの鑑別に有用とされているが,日本膵臓学会多施設共同研究によるMCNの集計では18%に膵管との交通を認めている10)

膵囊胞性疾患はそれぞれ予後が異なり,IPMNは残膵に再発しやすく,他臓器の癌を合併しやすいなどの特徴もあるため11),術後確定診断を得ることは重要である.IPMNは膵管上皮から発生し乳頭状増殖した粘液分泌細胞が粘液を著明に産生し,その貯留による膵管拡張を特徴とし,病理組織学的に増殖細胞の分化に応じたいくつかの亜型(gastric type,intestinal type,pancreatobiliary type,oncocytic type)が存在する12).本症例も病理組織学的にはIPMNのgastric typeに当てはまる所見を認めたが,巨大囊胞性病変を形成し,粘液の産生も少ないなど形態的にはIPMNとして非典型的であったため,診断の確証を得るため遺伝子変異解析を行った.近年,次世代シークエンサーの登場による網羅的遺伝子解析が広く行われるようになり,IPMNにおいても特徴的な遺伝子変異パターンが明らかとなってきている.IPMNはKRAS変異(48~81%),GNAS変異(41~66%)を高頻度に認め,GNAS変異のほとんどはR201H/R201Cの遺伝子変異であり,IPMN以外の膵囊胞性疾患では認めないため,IPMNに特異的な遺伝子変異とされている13)~16).本症例では形態学的にIPMNとして非典型的な所見を認めたが,GNASにR201H変異を認め,遺伝子学的にもIPMNと診断することができた.

医学中央雑誌で1977年から2016年の期間で「巨大or大きな」,「IPMN」をキーワードに会議録を除き検索した結果,囊胞の最大径は9.5 cmであり,本症例は17 cmと本邦報告例の中で最大であった17).囊胞の巨大化の原因についてはこれまで明らかにされていない.9.5 cmの巨大なIPMNの報告を行った大西ら17)は,粘調度の低い内溶液が産生された場合,主膵管は拡張せず,主乳頭の開大や粘液排出が得られず,分枝膵管のみで粘液が貯留しやすいのではないかとしている.自験例では膵表面付近で発生した腫瘍であり早期に膵外に発育したこと,囊胞内溶液の粘調度が低いこと,背景膵に慢性膵炎が存在し,交通する分枝膵管近傍に膵石が存在していたことなどが重なって,分枝膵管内で次第に囊胞が拡張していったのではないかと考えられた.また,IPMNは時に他臓器へ穿破することが知られている.穿破の機序は,産生される粘液による膵管内圧の亢進による機械的穿破と,腫瘍細胞による浸潤性穿破があるが,本症例は囊胞内の粘液成分が少なく,悪性所見も認めなかったため,穿破することなく経過しえたことが,囊胞の巨大化につながっていったものと考えられた18)19)

悪性の疑いがある膵頭部IPMNに対する標準術式はリンパ節郭清を伴う膵頭十二指腸切除術であるが,浸潤病変を認めない分枝型IPMNに対しては,腫瘍摘出術や核出術などの縮小手術を考慮してよいとされている20)~22).縮小手術は侵襲が少なく,膵消化管の機能温存が可能であり,QOLが保たれるなどの利点が考えられる一方で,手術手技が複雑で,膵液漏などの術後合併症の発生に注意が必要であることや,リンパ節郭清範囲の縮小による再発のリスクが少なからず存在する22)23)

本症例は膵頭部から発生した囊胞性腫瘍であり,膵管との交通を認め分枝型IPMNを疑った.粘液排出がなく形態的にも骨盤内まで膵外に巨大に発育し,IPMNとしては非常にまれな形態を呈しており,術前・術後診断に苦慮した1例であった.FDG-PETで異常集積を伴う,造影効果のある壁在結節を認めており悪性を考慮した切除が必要であるが,浸潤癌の存在を疑う所見がないこと,腫瘍は膵外に存在していることから安全に囊胞切除が可能であり,膵実質切除の意味は乏しいと考えられた.術前に膵管と囊胞の交通部が確認できたため,膵管断端の確実な処理と腫瘍進展診断が可能であったことが囊胞切除で治癒切除しえた要因であると考えられる.

IPMNは典型例では他疾患との鑑別は比較的容易であるが,本例のごとく鑑別が難しい症例もある.今回,我々は膵外に突出する超巨大な囊胞性病変であったことから診断に難渋したものの,囊胞切除で治癒切除可能であった非典型的なIPMNの1例を経験したので報告した.

謝辞 遺伝子変異解析をして頂いた東京女子医科大学 古川徹先生に深謝いたします.

利益相反:なし

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