2017 年 50 巻 5 号 p. 357-363
症例は24歳の女性で,心窩部痛を主訴に上部消化管内視鏡検査を行ったところ胃体下部前壁にsubmucosal tumor(SMT)様の腫瘍および胃体下部小彎側に褪色調のIIc病変,前庭部に点状白色調病変を認め,いずれも生検にてsignet ring cell carcinomaと診断された.胃全摘術を施行したところ,胃の全割病理組織学的検査にて主病変以外に計182個の胃粘膜病変を認め,全てsignet ring cell carcinomaであった.家族歴は,祖母と父に若年発症の胃癌があり家族性発症が強く疑われた.本症例は,家族内集積のある若年発症の多発胃癌であり,遺伝性が強く疑われる興味深い症例と考えられた.
多発胃癌は,一般的にHelicobacter pylori感染や生活習慣などの環境因子に強く関係する高齢者に多いとされているが,若年者の多発胃癌の報告もみられる.しかし,その臨床的特徴の違いから,発生機序・病態が異なるものと考えられる1).今回,我々は胃癌の家系内集積を認める若年女性に発生した183個の多発胃癌を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
患者:24歳,女性
主訴:心窩部痛
現病歴:入院1か月前より上腹部痛が出現し,近医を受診した.上部消化管内視鏡検査で胃体下部前壁にsubmucosal tumor(以下,SMTと略記)様病変を認めた.生検の結果,胃癌と診断され(Group V,adenocarcinoma),治療目的で当院紹介となった.
既往症:特記すべきことなし.
家族歴:父親:20代に胃癌の診断をされ,胃切除術を施行した。49歳時に残胃癌と診断され癌死した.祖母:胃癌にて癌死した(Fig. 1).
Her paternal grandmother and father died of gastric cancer.Her father had the gastric cancer at his twenties, however, died age of her grandmother was unclear.
入院時所見:特記すべきことなし.
入院時血液生化学検査所見:血液一般,生化学,腫瘍マーカーCEA,に異常なく,CA19-9は38 U/mlと軽度上昇していた.
1回目の上部消化管内視鏡検査所見:胃体下部前壁に中心陥凹を伴うSMT様病変を認めた(Fig. 2a, b).さらに,胃体下部小彎側および前庭部に褪色調のびらんを認め(Fig. 2c, d),生検にていずれもsignet ring cell carcinomaであった.
a, b: Upper gastrointestinal endoscopy examination showed a submucosal tumor-like lesions on the anterior wall of the gastric corpus (arrow). c, d: Discolored depressed gastric lesions on the antrum and lesser wall of body (arrow).
胃透視検査所見:胃体下部前壁に粘膜襞が棍棒状に腫大・癒合・途絶した中心陥凹を伴う21 mm×20 mmの病変を認めた(Fig. 3).
Upper gastrointestinal X-ray examination showed an elevated tumor in the lower gastric corpus (arrow).
腹部CT所見:胃体部前壁に造影効果を認める胃壁の肥厚を認めた.また,他臓器転移やリンパ節腫大を認めなかった(Fig. 4).
Enhanced abdominal CT scan revealed the enhanced tumor on the anterior wall of body at stomach (arrow).
入院後経過:内視鏡検査での所見が非典型的であったため,乳癌や婦人科系の悪性腫瘍からの転移も疑い,精査を行ったが,胃以外で異常所見は認めなかった.術前2回目の内視鏡検査で,3病変部以外にもnegative biopsyとして正常粘膜と思われる部分から生検を数か所行ったが,いずれの部位からもadenocarcinomaが検出されたため,胃全摘術を行うこととした.
術前診断:進行胃癌cT3N0M0/cStage IIA.
術式:腹腔鏡下胃全摘術(D2-#10リンパ節郭清)/Roux-en-Y法(結腸前)2).
手術所見:5ポートで手術を開始した.腹腔内には明らかな播種を疑わせる所見はみられなかった.腹水洗浄細胞診断を行い,陰性を確認後,腹腔鏡下胃全摘術を施行した.再建はRoux-en-Y法(結腸前)を用いて行った.術前診断ではリンパ節転移なしと判断したが,術中リンパ節 #8aが腫大していた.郭清はD2-#10とした.手術時間は7時間41分で,出血量25 mlであった.
病理組織学的検査所見:adenocarcinoma,pT2(MP)(Fig. 5).〈主病変;1個〉poorly differentiated adenocarcinoma with signet-ring cell,20×20 mm,por2>sig,pT2(MP),sci,INFb,ly0,v0,pPM0,pDM0.〈副病変;182個〉multiple small foci of signet-ring cell carcinoma,restricted to the mucosa.〈リンパ節〉郭清個数54個中5個(#3に3個,#8aに2個)にリンパ節転移を認めた.
The resected specimen of the whole stomach showed macroscopically 1 lesion. One hundred eighty-two lesions of the signet ring cell carcinoma were microscopically detected as lesions of less than 1 cm.
最終診断:進行胃癌 pT2N2M0/pStage IIB3).
免疫組織学的染色検査所見:抗E-cadherin抗体(Dako社,clone NCH38)による免疫組織学的染色所見では,正常胃粘膜細胞・癌細胞ともにE-cadherin蛋白が細胞膜に発現していた(Fig. 6a, b).
a, b: The immunohistochemical stain with anti E-cadherin antibody. The signet ring cells and normal glands showed exhibited the expression of E-cadherin.
経過:術後経過良好で術後27日に退院となった.術後34日目より術後補助化学療法としてS-1(100 mg/day)内服を1年間行った.現在,術後1年以上経過しているが,再発は認めていない.
本症例では胃の全割標本で183個の病変を認めた.一般的に,同時多発胃癌は,60~65歳以上の高齢男性に多く,肉眼的所見は隆起型が多く,深達度はT1b,高度萎縮性胃炎,腸上皮化生が高度,粘膜下異所性胃腺,分化型に多い4)~6)と考えられている.医学中央雑誌で1982年~2015年まで「多発胃癌」をキーワードとして検索した結果,本邦において過去に50個以上の多発病変を認めた症例報告は本症例を含め7症例のみである(Table 1)7)~12).そのうち,男性5人,女性2人と男性が多く,No. 3症例のみが70歳で軽度の腸上皮化生を認めた.他の6症例は21~47歳で,そのうち腸上皮化生は2例で不明であるものの残り4例には認めなかった.組織型は,いずれも印環細胞癌~低分化腺癌であった.本症例とNo. 3症例を除いて,残りの5例では家族歴は不明であった.
No | Author | Year | Age | Sex | Number of lesions | Pathology (main) | Pathology (sub) | Intestinal metaplasia | Surgical procedure | Familial history |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Ema7) | 1983 | 45 | M | 53 | Sig | Sig | Unclear | Total | Unclear |
2 | Cho8) | 1989 | 21 | M | 80 | Tub2 | Sig | — | Distal | Unclear |
3 | Ozeki9) | 1990 | 70 | F | 80 | Sig | Sig | Slight | Total | Brother |
4 | Takizawa10) | 1990 | 47 | M | 85 | Sig | Sig | — | Distal | Unclear |
5 | Taki11) | 1991 | 33 | M | 196 | Sig | Sig | — | Total | Unclear |
6 | Yao12) | 1994 | 27 | M | 100 | Por | Sig | Unclear | Distal | Unclear |
7 | Our case | 24 | F | 183 | Por2, Sig | Sig | — | Total | Grandmother Father |
本症例は若年女性に多発しており,主病変の深達度はpT2であったが,他の182個の副病変の深達度はpT1aであった.また,主病変も副病変も印環細胞を伴う低分化腺癌であった.同じ多発胃癌ではあるものの,一般的にH. pylori感染や生活習慣などの環境因子に強く関係する高齢者に多くみられる多発胃癌(腸型胃癌)とは臨床的特徴の違いから,発生機序・病態が異なるものと考えられる1).
一方,1999年に英国で開催されたInternational Gastric Cancer Linkage Consortium(以下,IGCLCと略記)での概要とガイドラインでは,家族性胃癌はdiffuse型,intestinal型とその他に大別される.Diffuse型の定義は,1.第1度/2度近親者に2人もしくはそれ以上のdiffuse型胃癌患者がいて,少なくとも1人は50歳以下で診断されている.または,2.発症年齢にかかわらず,第1度/2度近親者に3人以上のdiffuse型胃癌患者がいることとしている13).
遺伝性びまん性胃癌は欧米を中心に種々の人種で発見されている.2010年のFitzgeraldら14)による遺伝性びまん性胃癌のupdateでは,1.50歳以下のびまん性胃癌を含む2名以上の胃癌が家族にいるか,2.年齢にかかわらず,3名以上のびまん性胃癌が1,2親等以内にいるか,3.家族歴にかかわらず40歳以下であるか,4.本人あるいは家族にびまん性胃癌と小葉性乳癌があり少なくとも一方が50歳未満で診断されているものであるか,以上の四つの条件のどれかが当てはまれば,遺伝性びまん性胃癌(hereditary diffuse gastric cancer;以下,HDGCと略記)の原因遺伝子変異として知られているCDH-1遺伝子検査を行ったのち,予防的胃切除を含むフォローアップ体制を行うように示されている.しかし,我が国では欧米に比べCDH-1変異がみつかる率は低いとされている.Iidaら15)は日本人の家族性胃癌14家系の16人を調査したところ,intestinal型:8例(58~73歳),diffuse型:8例(17~65歳)で,いずれもE-cadherinの生殖細胞変異(CDH-1遺伝子変異)はみられなかったと報告している.本症例でもE-cadherin蛋白の免疫組織学的染色検査を行ったが,病巣部での発現の減弱を認めなかった.日本でもE-cadherin遺伝子異常を原因としたHDGCの報告1)はみられるが,我が国では欧米に比べCDH-1変異がみつかる率は低いとされている.また,遺伝性びまん性胃癌は,常染色体優性の遺伝形式をとり,HDGCの平均発症年齢は38歳(range;14~69歳)であり,CDH-1遺伝子変異を伴う症例では,大部分が40歳以前に発症する.80歳までの胃癌の推定累積リスクは男女ともに80%である.女性では,39~52%の乳癌(乳腺小葉癌)発症リスクを伴う16)とされているが,本症例では今のところ乳癌を認めていない.
本邦では,胃癌の約10%に家族集積がみられ,1~3%に遺伝性があるとされている.本症例ではH. pylori感染歴や喫煙歴のない若年者にびまん性に病変が多発しており,家族歴に祖母,父に胃癌,父親は50歳未満の発症であることからガイドライン上,遺伝性びまん性胃癌と考えられた.
オランダのKluijtら17)は,IGCLC 2010のHDGCのガイドラインに補足する形で,CDH-1遺伝子変異以外の家族性胃癌についての分類基準を呈示している.また,HDGCに関しても,1.CDH-1遺伝子異常が証明されたHDGC,2.Clinical HDGC,3.Possible HDGCに分類し,治療方針やサーベイランスの方針を示している.本症例では,本人の同意がえられず遺伝子検査までは行っていないが,若年性に発症したびまん性に多発した胃癌であることと家族歴,病理組織学的特徴から臨床的に遺伝性びまん性胃癌の可能性が非常に高く,Kluijtら17)の分類によれば,Clinical HDGCに相当する.
また,本症例はびまん性胃癌を疑っていたため,予防的胃全摘術を説明したが,本人の胃を残したいとの強い希望があった.そのため,上部消化管内視鏡検査を2回行った.1回目の上部消化管内視鏡検査にて確認できた病変部は3か所だったが,2回目の上部消化管内視鏡検査にて上記の3か所以外に穹隆部に発赤をみとめた.その穹隆部の発赤と他の正常と考えられる部分の生検から腺癌がでたため,幽門側胃切除術は難しいと判断し,胃全摘術を行った.もし,肉眼的所見の判断のみで幽門側胃切除術を行っていた場合には,断端陽性の可能性や再発または異時性多発胃癌として増悪していた可能性は非常に高いと考えられた18)19).また,本症例では腹腔鏡下胃全摘術を行った.胃癌治療ガイドラインにて腹腔鏡下手術が標準治療と考えられているのは,ステージIに対する幽門側胃切除術であるが,当院では以下の4点の理由で腹腔鏡下胃全摘術を行っている.①腹腔鏡下手術を強く希望されていること.②当院では2006年より腹腔鏡下胃全摘術を行っており,現在まで約140例の症例を行ってきたが,重篤な合併症を認めていないこと.③当院では開腹手術より腹腔下手術の方が,リンパ節廓清個数が有意に多いこと.④現在では,T3,N1までの症例は,腹腔鏡下手術を施行していること.本症例ではcT3N0で主病変が前壁にあり大きさも2 cm台であったことから腹腔鏡手術でも安全にかつリンパ節郭清も十分に行えると判断した.また,若年女性でもあったことから本人・ご家族にも進行胃癌(Stage IIA)であることを踏まえたうえで開腹手術と腹腔鏡下手術について説明したところ,腹腔鏡手術を強く希望されたため,今回の手術を行うこととなった.
今回,若年女性に発症した183個の多発胃癌を経験した.若年者の低分化腺癌かつ多発性の場合には,胃壁全体にびまん性に広がっている場合があるため,十分な内視鏡観察を行い,慎重に治療方針を決定する必要があると考えられた.
利益相反:なし