日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
脊髄血管芽腫・褐色細胞腫・多発膵腫瘍を合併したvon Hippel-Lindau病の1例
加藤 翔子後藤 康友湯浅 典博竹内 英司三宅 秀夫宮田 完志波多野 寿藤野 雅彦
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2017 年 50 巻 7 号 p. 587-595

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Abstract

症例は31歳の女性で,2011年5月に下肢の痺れを主訴に当院を受診した.MRIで多発脊髄腫瘍,CTで右副腎,後腹膜腫瘍,多発膵腫瘍を指摘された.尿中ノルメタネフリンが高値であり,褐色細胞腫,膵内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor;以下,P-NETと略記)を伴うvon Hippel-Lindau病(以下,VHL病と略記)と診断し右副腎,後腹膜腫瘍摘出術を行った.これらの腫瘍は病理組織学的に褐色細胞腫,傍神経節腫と診断された.この手術の36日後,脳浮腫に対して延髄腫瘍摘出術,延髄空洞症開窓術を施行した.多発膵腫瘍は臨床所見から非機能性P-NETと診断し,腫瘍の大きさ・doubling timeを考慮して経過観察を行い,手術の5年後,患者は健在である.VHL病では身体の広範囲に多彩な病変を伴うことが多いが,生命予後を決定する因子,QOL維持を考慮した治療を行うことが重要である.

はじめに

von Hippel-Lindau病(以下,VHL病と略記)はVHL遺伝子を原因遺伝子とする常染色体優性遺伝を示す多発腫瘍性症候群である1).VHL遺伝子にmissence mutationを示すtype 2では,血管芽腫,腎癌,膵腫瘍に加え褐色細胞腫の発症リスクが高い.今回,我々は脊髄血管芽腫・褐色細胞腫・傍神経節腫・多発膵内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor;以下,P-NETと略記)を合併したVHL病症例を経験したので報告する.

症例

症例:31歳,女性

主訴:下肢の痺れ

既往歴:7歳時に視力低下があり,視神経腫瘍近傍に腫瘍を指摘された.13歳時,左眼内出血に伴う緑内障に対し,レーザー治療が施行されている.高血圧の治療歴はなかった.

家族歴:父が腎癌(39歳で診断され,肺転移・肝転移のため42歳で死去),祖父が胃癌・脳腫瘍(Fig. 1).

Fig. 1 

Pedigrees of the family. Circles denote females, squares males, slashes dead subjects, and filled-in symbols mark the presence of a finding. Patients I-2 died with tumors in the central nervous system and gastric cancer. Patient II-4 were diagnosed as kidney cancer at 39 years old, and died from multiple metastasis in the liver and lungs at 42 years old.

現病歴:2011年5月に右足底に痺れが出現し,大腿に向かって徐々に上行したため近医を受診し,精査の結果,延髄囊胞と脊髄・膵・副腎腫瘍を指摘され,VHL病を疑われて当科を受診した.

身体所見:身長161 cm.体重55 kg.血圧112/88 mmHg.脈拍84回/分,整.左全盲.嗄声,重症嚥下障害を認めた.握力は左より右が強く,腹部は平坦・軟で圧痛を認めなかった.右腹部から右下肢にかけて痛覚鈍麻があった.左足関節より遠位に痺れ・感覚障害を認めた.難聴は認めなかった.

来院時血液検査所見:主な血液生化学検査データに特記すべき異常を認めなかった.尿中メタネフリンは0.09 μg/mg·Cre(基準値 0.03~0.3 μg/mg·Cre)と基準範囲内で,尿中ノルメタネフリンは2.82 μg/mg·Cre(0.08~0.45 μg/mg·Cre)と高値であった.随時血糖94 mg/dl(基準値 70~139 mg/dl),HbA1c 5.4%(基準値 4.3~5.8%),グリコアルブミン14.0%(基準値 11.0~16.4%),Cペプチド1.1 ng/ml(基‍準値 0.6~1.8 ng/ml),ガストリン55 pg/ml(基準値 37~172 pg/ml),インスリン6.1 μU/ml(基準値 ‍1.7‍~10.4 μU/ml)とその他の内分泌学的検査データは基準範囲内であった.甲状腺・副甲状腺機能は正常であった.

頭部MRI所見:左眼球内はT1強調像で高信号,T2強調像で高信号を示し,硝子体が破壊され粘調な液体を含む囊胞様構造への変化が示唆された(Fig. 2).腫瘤像は認めなかった.

Fig. 2 

T2 weighted image of MRI showing high intensity in the left eyeball.

脊髄MRI所見:延髄に14×6 mmの囊胞と高信号腫瘤,C1-2,C3,Th1,Th3,Th10レベルの脊髄に高信号を示す径5~10 mmの腫瘤,C5レベルの脊髄に径6 mmの低信号腫瘤を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

T1 weighted image of Gd-contrasted MRI showing high intensity lesions in the medulla oblongata and medulla spinalis (C1, C2, C3 and Th1, arrowheads) and syringes (arrows).

腹部造影CT所見:右副腎に径40 mmの腫瘤,膵頭部・体部に径4~18 mmの7個の腫瘤,膵頭部背側・下大静脈左側の後腹膜に径23 mmの腫瘤を認め,いずれも動脈相で濃染,門脈相・平衡相まで造影効果が遷延し境界明瞭であった(Fig. 4).腎臓や卵巣,その他の臓器には腫瘤・囊胞を認めなかった.

Fig. 4 

Contrast-enhanced CT showing well-contrasted tumors in the pancreas (white arrowheads), a nonuniform tumor in the right adrenal gland (black arrowheads) , and a well-contrasted tumor on the left side of inferior vena cava (white arrows).

腹部MRI所見:副腎腫瘍・後腹膜腫瘍はT2強調像で高信号を認めた(Fig. 5).

Fig. 5 

T2 weighted image of MRI showing high intensity tumors in the right adrenal gland (black arrowhead) and left side of the inferior vena cava (white arrow).

FDG-PET所見:副腎腫瘍にSUV 10.0,後腹膜腫瘍にSUV 11.8,膵頭部腫瘍にSUV 12.8とFDGの高集積を認めた(Fig. 6).

Fig. 6 

FDG-PET showing high FDG accumulation in pancreas tumors (white arrowheads), a tumor of the right adrenal gland (black arrowhead), and a tumor on the left side of inferior vena cava (white arrow).

超音波内視鏡検査所見:膵頭部に2個(径15 mm,10 mm),膵体部に径10 mmの境界明瞭な低エコー腫瘤を認め,ソナゾイドによる造影では早期より均一に造影された.

以上の所見から,中枢神経血管芽腫を認め,さらに褐色細胞腫・膵病変を合併しておりVHLの診断基準を満たしたことから,右副腎腫瘍・後腹膜腫瘍・多発P-NET・脊髄血管芽腫・網膜血管腫を合併するVHL病と診断した.脊髄血管芽腫の症状が比較的落ち着いており,ノルメタネフリンの上昇を認めており高血圧クリーゼの危険性を伴うことから,褐色細胞腫の摘出を優先し,右副腎腫瘍摘出術および後腹膜腫瘍摘出術を施行した.

手術所見:上腹部正中切開・右肋弓下切開で開腹し,肝右葉の脱転・Kocherの授動により下大静脈右側へアプローチした.右副腎は腫瘤が大部分を占めたが,頭側の正常皮質と動静脈を残存させ,腫瘍のみを摘出した.また,下大静脈左側の腫瘤は周囲組織から剥離できたのでそのまま摘出した.手術3日前からdoxazosinを1 mg/dayから2 mg/dayに増量し,術中はnicardipine,landiolol静注で血圧をコントロールした.

切除標本肉眼所見:右副腎腫瘍は径44 mm,後腹膜腫瘍は径31 mmの弾性軟の腫瘤で,両者とも割面は黄褐色充実性で被膜を有していた(Fig. 7).

Fig. 7 

Macroscopic finding of the resected specimen showing a right adrenal tumor with brownish solid content (a) and a retroperitoneal tumor with hemorrhage (b).

病理組織学的検査所見:右副腎腫瘍は類円形からやや紡錘形の核と広い胞体を有する中型から大型の細胞の充実性増殖から成り,間質には血管を豊富に認めた(Fig. 8).腫瘍辺縁には圧排された副腎皮質を認め,褐色細胞腫と診断された.後腹膜腫瘍は右副腎腫瘍と同様の病理組織像を呈し,傍神経節腫と診断された.

Fig. 8 

Microscopic finding of the right adrenal tumor showing proliferation of spindle-shaped cells, indicating pheochromocytoma (HE, ×400).

術後経過は良好で術後7日目に退院した.退院後3日目に発熱を主訴に再入院した際に嚥下障害を認め,MRIで脳幹と上位頸髄の囊胞が増大し,囊胞周囲の脳実質が圧迫され浮腫を呈していることから,最初の手術の36日後に脳神経外科医により頸髄腫瘍摘出術,延髄空洞症開窓術が施行された.C1頸髄背側の軟膜下に存在する充実性腫瘍が摘出されたが(Fig. 9),この腫瘍は病理組織学的にCD34・CD31陽性の毛細血管とビメンチン陽性の間質細胞から構成され,Ki-67陽性細胞は1~2%で,血管芽腫と診断された(Fig. 10).C1/2レベルの軟膜下の二つの腫瘍は無症候性であること,切除による神経損傷のリスクが高いことから摘出されなかった.術後に嚥下障害は改善し,右上肢の感覚障害も消失した.今後,神経症状が出現した際には手術が考慮されている.

Fig. 9 

Operative finding after suboccipital crani­otomy and laminectomy showing two light-brown tumors (arrows) below the dura mater.

Fig. 10 

Microscopic finding of the cervical spinal tumors showing proliferation of blood capillary and clear acidophil cells, indicating hemangioblastoma (HE, ×400).

7個の膵腫瘍は鑑別にP-NET,膵腺房細胞癌,転移性膵腫瘍などが挙げられるが,造影CTで正常膵よりも強い濃染を示すこと,その他の原発巣となる腫瘍を認めないことから,臨床的にP-NETと診断した.径20 mm未満であること,非機能性・無症候性であることから経過観察を行っている.初診時から60か月を経過したが,その間のtumor doubling timeを7個の腫瘍それぞれで計算すると1,981日~6,696日で,2016年12月時点で患者は健在である.今後も4か月毎の超音波検査,1年毎のCTを施行していく予定である.現在,本人・家族の遺伝子カウンセリングを進めており,今後遺伝子検査を行うことを検討している.

考察

VHL病は脳脊髄血管芽腫,網膜血管腫,腎細胞癌,褐色細胞腫,膵・腎・精巣上体病変などを発生する常染色体優性の遺伝性多発腫瘍症候群である1).原因遺伝子は染色体3番短腕25~26領域にあるVHL癌抑制遺伝子である.発生頻度は10万人あたり2.8人とされ,本邦では80家系以上が確認されている2)3).90%が家族性で10%が孤発性である.脳脊髄血管芽腫,網膜血管芽腫,腎癌/腎囊胞,褐色細胞腫,膵腫瘍/膵囊胞を20~30代で10~72%に合併するが,中枢神経腫瘍,腎癌が死因となることが多い4).Hortonら5)はVHL病患者における腎癌の頻度を45%,平均発症年齢を39.4歳と報告している.

VHL病の臨床診断基準としてはGlennら6)が提唱したガイドラインが国際的に用いられ,(1)家族歴がある場合は,中枢神経血管芽腫・腎癌・褐色細胞腫・網膜血管腫・膵病変・精巣上体囊胞のうち一つを認める,(2)家族歴がない場合は,中枢神経血管芽腫と網膜血管腫を合併するかそのどちらかを認め,さらに腎癌・褐色細胞腫・膵病変・精巣上体囊胞のいずれかを認める場合,VHL病と診断される.また,VHL病は褐色細胞腫を伴わないType 1と,それを伴うType 2に分類され,Type 1はVHL遺伝子に欠失,挿入,nonsence mutation,missence mutationなどの多彩な塩基変異を示し,VHL病の約80%を占める.Type 2はVHL遺伝子に主にmissence mutationを示すもので,褐色細胞腫の発生リスクが高い7).さらに,subtypeとしてtype 2A(腎癌を伴わないもの),type 2B(腎癌を伴うもの),type 2C(褐色細胞腫だけを認めるもの)の3家系に分類される.自験例は父親に腎癌を認め,中枢神経血管芽腫・褐色細胞腫・膵病変を認めたことからtype 2Bと考えられる.

我々の検索しえたかぎりでは(医学中央雑誌 1977~2016年,キーワード:「von Hippel-Lindau病」),VHL病type 2Bの本邦報告例は自験例を含めて10例で(Table 1),年齢の中央値は39歳,男女比は1:1で,全例に腎癌(家族歴を含む)を認め,脳脊髄血管芽腫を7例,網膜血管芽腫を6例,褐色細胞腫を全例(そのうち5例は両側性)に認めた7)~15).膵病変を8例に認め,そのうちP-NETは4例で,2例に外科的切除が行われている.転帰は6例に記述があり,1例が死亡,5例は5か月から17年生存している.

Table 1  Clinical features of von Hippel-Lindau disease type 2B reported in the Japanese literature
No Author Year Age Sex Kidney cancer Hemangioblastoma Retinal hemangioblastoma Pheochromocytoma Pancreatic lesion Management of
pancreatic lesion
Results
1 Hiromoto8) 1997 37 M + Medulla oblongata + Right 5 months, alive
2 Katayama9) 1999 44 F + Cerebellum
Medulla oblongata
Cervicalis medullae spinalis
Bilateral Cysts Observation
3 Mugiya10) 1999 27 F + Cerebellum
Thoracica medullae spinalis
Right Cysts Observation 17 years, alive
4 Arao11) 2002 78 F + Lumbalis medullae spinalis Bilateral 4 years, alive
5 Suzuki7) 2002 38 M + Cerebellum + Bilateral Cystadenoma Observation
6 Nakamura12) 2005 34 M + Cerebellum
Medulla oblongata
Thoracica medullae spinalis
+ + Cysts Observation
7 Nishigami13) 2009 50 F + Right NET (20 mm) Died before operation Died because of heart failure
8 Nakaji14) 2010 40 M + + Bilateral NET (55 mm) Distal pancreatectomy 8 months, alive
9 Takezawa15) 2013 57 M + + Bilateral NET (15 mm) Subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy
10 Our case 31 F + Medulla oblongata
Cervicalis medullae spinalis
Thoracica medullae spinalis
+ Right NET (15 mm) Observation 5 years, alive

VHL病に伴う膵病変としてP-NET・囊胞・漿液性囊胞腺腫・腺癌・血管芽腫・腎細胞癌の膵転移などの報告があるが,そのうち囊胞性病変は35~75%,P-NETは12~17%を占める1)16)~20).Hammelら20)は94家系158例のVHL病患者のうち77%に膵病変を認め,70%に膵囊胞,9%に漿液性囊胞腺腫,9%にP-NETを合併していたと報告している.Blansfieldら19)は633例のVHL病患者を調査し,そのうち108例(17%)にP-NETを合併していた.自験例では膵腫瘍を切除していないが,臨床・画像所見から非機能性P-NETと診断した.VHL病に伴うP-NETは多発性で非機能性であることが多く1)17)19)20),VHL病の生命予後を決定するのは主に中枢神経系腫瘍と腎細胞癌であるため,膵病変に対する治療方針は患者のQOLを考慮して決定すべきである21).Houghら17),Libuttiら18)はVHL病に伴うP-NETの転移の低リスク因子として,30 mm未満,500日以上のdoubling time,VHL遺伝子exon1またはexon2の異常を挙げており,自験例の7個のP-NETはいずれも径20 mm以下でdoubling timeが1,981日以上であるため,経過観察を行っている.自験例では病変が膵頭部から膵体尾部に多発し,手術を選択した場合には膵全摘が必要であり,過剰な侵襲となる可能性がある.そのため,今後増大傾向を認めた場合や自覚症状が出現した場合にはソマトスタチンアナログ,エベロリムス,スニチニブなどの薬物療法が考慮されている.

脊髄血管芽腫の治療に関しては,神経症状として脊髄症,神経根症が出現しているもの,膀胱直腸障害が出現しているもの,無症状でも10 mmを超えるものが手術適応とされる3).自験例は当院初診時に褐色細胞腫による高血圧クリーゼの懸念があったため,右副腎腫瘍,後腹膜腫瘍の切除を優先した.C1/C2レベルの二つの腫瘍は現在,神経症状を認めないこと,10 mm未満であることから経過観察を行っている.

利益相反:なし

文献
 

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