2017 年 50 巻 9 号 p. 706-712
症例は56歳の男性で,有機溶媒を使用する印刷会社に勤務している.1か月前から続く上腹部痛を主訴に近医を受診した.軽度肝機能異常を指摘され,当院を紹介受診となった.各種画像検査にて三管合流部と下部胆管に,それぞれ腫瘍性病変を認め,生検にて両者とも腺癌が検出された.中部胆管,下部胆管の多発癌と診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を行った.摘出標本では,膵胆管合流異常は認めず,中部胆管,下部胆管に,それぞれ中分化型腺癌と高分化型腺癌を認めた.両者の間には肉眼的,病理学的に連続性を認めなかった.膵胆管合流異常を伴わない肝外胆管での同時性多発癌は極めてまれであり,職場で用いられていた有機溶媒の慢性的な曝露と多発癌の発生との関連も示唆された.
近年,胆道系の重複癌や多発癌の報告が散見されるが1),大部分が胆囊と肝外胆管や,肝内胆管と肝外胆管の報告であり,肝外胆管の同時性多発癌はまれである.さらに,膵胆管合流異常を伴わない症例は極めてまれである2)~6).一方,塩素系有機溶剤と胆管癌発生の関連が注目を集め,職業性胆管癌として話題となっている7)~9).
今回,我々は印刷業の職業歴があり,中部胆管,下部胆管の肝外胆管に同時性多発癌が発生した1例を経験したので報告する.
患者:56歳,男性
既往歴:左鼠径ヘルニア手術,糖尿病
職業:50歳時から現在まで印刷業(有機溶媒使用).
現病歴:1か月前から時々上腹部痛があり,3か月で8 kgの体重減少があり,近医を受診した.血液検査で軽度肝機能障害を指摘され,精査目的に当院へ紹介受診した.
来院時現症:体温36.3°C,血圧122/83 mmHg,脈拍76回/分・整.眼球結膜に黄染なし.腹部は平坦,軟で圧痛はなし.左下腹部に鼠径ヘルニアの手術創があった.
来院時血液生化学検査所見:血中総ビリルビン値1.81 mg/dl,直接ビリルビン値0.24 mg/dl,ALT 50 IU/l,γ-GTP 73 IU/lとそれぞれ軽度の上昇を認めた.
腹部造影CT所見:中部胆管と下部胆管に,それぞれ造影効果を有する長径1 cm程度の小結節影を認めた(Fig. 1).
Enhanced abdominal CT. Tumors approximately 1 cm are observed in the cystic ductal portion of the common bile duct (a, b) (arrowheads) and lower bile duct (c, d), and are highlighted (arrows).
MRCP所見:三管合流部に長径15 mm,下部胆管に長径10 mmの,それぞれ低信号性腫瘤を認めた.胆囊管,胆囊は描出されなかった.膵胆管合流異常は認めなかった.
ERCP所見:三管合流部に長径15 mm,下部胆管に長径13 mmの,それぞれ辺縁が不整な透亮像を認めた.膵胆管合流異常は認めなかった(Fig. 2).
On ERCP, a filling defect in the cystic ductal portion of the common bile duct (arrowheads) and lower bile duct (arrow) can be observed. There is no evidence of anomalous arrangement of the pancreaticobiliary ducts.
超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasonography)所見:三管合流部に長径15 mmの周囲が高エコーで縁どられる低エコー腫瘤を認め,下部胆管に長径15 mmの高エコー腫瘤を認めた.
胆管内超音波検査(intraductal ultrasonography)所見:中部胆管,下部胆管にそれぞれ乳頭状の高エコー腫瘤を認めた(Fig. 3).
Upper section (a, b); EUS, Lower section (c, d); IUDS. a: A highly echoic tumor approximately 1.5 cm in the cystic ductal portion of the common bile duct (arrowhead) can be observed. b: A 1-cm tumor having movability, or hyperechoic possibility, in the lower bile duct (arrow). c, d: Papillary tumors, which are both highly echoic, with lesions are observed in both the lower bile duct (c; arrowhead) and the middle bile duct (d; arrow).
内視鏡的逆行性胆道鏡検査所見:中部胆管に3/4周性の乳頭状腫瘍,下部胆管に2/3周性の乳頭状腫瘍を認め,それぞれの組織は脆弱であった.病変は限局しており,表層進展はなく,両者の間には正常な胆管粘膜が認められた(Fig. 4).生検でともに腺癌と診断された.
Endoscopic retrograde cholangioscopy. a: A papillary tumor with 3/4 lap characteristics in the middle bile duct (arrowhead) is observed. b: A papillary tumor with 2/3 lap characteristics in the lower bile duct (arrow) is observed. No continuity can be observed between the ducts.
以上より,中部・下部胆管の多発癌と診断し,手術を行った.
手術所見:明らかな腹膜播種や腹水,肝転移は認めなかった.原発巣は中部胆管の三管合流部,下部胆管にそれぞれ触知した.亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行し,再建はChild変法にて行った.
摘出標本肉眼所見:中部胆管,下部胆管にそれぞれ乳頭状の腫瘍を認め,二つの腫瘍の間に正常な粘膜を認めた(Fig. 5a, b).
a, b: Resected samples confirming a papillary tumor in the middle bile duct and a papillary tumor in the lower bile duct. c: Tumors in the lower bile duct consist of well-differentiated adenocarcinomas (HE stain ×20). d: No histological continuity between the middle bile duct and the lower bile duct (HE stain ×20) are observed. e: Tumors in the middle bile duct consisting of moderately differentiated adenocarcinomas (HE stain ×20).
病理組織学的検査所見:胆道癌取扱い規約第5版によると中部胆管の腫瘍は中分化型腺癌(patBm tub2 19×9 mm INFβly0 v0 pn1 ss s0 hinf0 ginf0 panc0 du0 pv0 a0 p0 n0 M0 St(+)Stage II),下部胆管の腫瘍は高分化型腺癌(patBi tub1 15×10 mm INFβly0 v0 pn0 m s0 hinf0 ginf0 panc0 du0 pv0 a0 p0 n0 M0 St(+)Stage I)で両者の間に連続性は認めなかった(Fig. 5c~e).
術後経過:膵液漏を認めたが保存的治療にて改善し,術後36日目に退院となった.術後3年5か月の現在,無再発生存中である.
多発癌,重複癌の定義は,日本癌治療学会・癌規約総論で「異なる臓器にそれぞれ原発性の癌が存在するものを重複癌,同一臓器内に同じ組織型の癌が多発するものを多発癌とし,同一臓器内に異なる組織型の癌が存在する場合は重複癌と呼称することもある.多発癌と重複癌をあわせて多重癌と称する.」としている10).自験例では,分化度は異なるものの組織型は同じで,二つの腫瘍間には肉眼的・組織学的に,正常な胆管組織を有しており非連続性であったため,肝外胆管に同時性に発生した多発癌であると診断された.今回の症例では,術前に胆道鏡を行うことにより多発癌であることの確定診断が得られた.
また,膵胆管合流異常症では,多発胆管癌の頻度が高いとされているが,合流異常を伴わない胆道系多発癌,重複癌の報告は比較的まれである.医学中央雑誌にて「胆管癌」,「多発癌」,「重複癌」,「会議録を除く」をキーワードとして1977年~2015年までを検索すると,肝外胆管の多発癌についての報告は8例であった.そのうち同時性は3例であり,自験例が本邦4例目と非常にまれと思われた(Table 1)4)~6).この4例中,自験例を含めた2例で多発癌が疑われていたが,術前に確定診断が得られたのは自験例のみであった.
No | Author | Year | Age/Sex | Location (tumor size (cm)) | T factor | N | Pathology | Recurrence | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Hayashi4) | 1982 | 60 F | Bm (1.5×1.4×1.2) Bm (0.5×0.4×0.5) |
T1 (fm) T1 (fm) | N0 | pap pap | ||
2 | Shimamura5) | 2009 | 66 M | Bm (2.3×1.7×3.0) Bi (1.2×0.6) |
T2 (ss) T1 (fm) | N0 | tub3 tub1 | liver metastasis | Dead 20m |
3 | Tsuji6) | 2013 | 64 M | Bm (2.0×1.5×1.0) Bi (1.5×1.0×0.5) |
T2 (ss) T2 (ss) | N1 | tub2 tub3 | none | Alive 7m |
4 | Our case | 56 M | Bm (1.9×0.9) Bi (1.5×1.0) |
T2 (ss) T1 (m) | N0 | tub2 tub1 | none | Alive 41m |
今回の症例は,印刷業の職歴があり,職場で有機溶媒を使用していた.近年,印刷業に用いられるジクロロメタン(dichloromethane;以下,DCMと略記)や1,2-ジクロロプロパン(1,2-dichloropropane;以下,DCPと略記)を多量に含む洗剤が,胆管癌発生の原因ではないかとの報告が散見される7)8).
ヒトおよび動物におけるDCMの代謝にはシトクロムP450経路(cytochrome P450経路;以下,CYP経路と略記)とグルタチオンS-転移酵素経路(glutathione S-transferase経路;以下,GST経路と略記)が存在する.低濃度曝露では主にCYP経路で代謝されるが,高濃度曝露ではCYP経路が飽和し,GST経路が活性化する.GST経路におけるDCMの代謝過程で,中間代謝物のS-(クロロメチル)グルタチオン,ホルムアルデヒドがDNA損傷を引き起こし,発癌に至るメカニズムがマウスの実験で示されている9)11).マウスの実験ではDCMの曝露により肝細胞癌の発症が多いが,印刷事業場の事例では胆管癌を多く発症する.これはGST経路に関わる酵素が,マウスでは肝細胞内の核内に集積されているのに対し,ヒトでは胆管上皮の核内に集積していることを反映した結果であると考えられる12)~16).本症例でも,DCMやDCPなどの有機溶媒に慢性的に曝露したことが発癌につながった可能性はあると思われた.
職業性胆管癌の臨床的特徴として金子ら17)は,若年性胆管癌は肝内胆管に多いが,職業性胆管癌は腫瘍の占居部位に差異を認めなかったと報告している.また,職業性胆管癌の症例はγ-GTPやALP値が高値を示すことが報告されているが13)~17),今回の症例では,γ-GTPは高値であったがALPは正常範囲内であった.
職業性胆管癌のうち,現在のところ肝外胆管に同時性に多発癌を発生した症例報告はなく,本症例が初めてであると思われた.しかし,DCMやDCPなどによる慢性的な曝露が,多発癌を引き起こした可能性もあると思われ,今後のさらなる報告の集積が望まれる.
利益相反:なし