日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
薬剤不応性の本態性血小板血症に対して術前血小板アフェレーシスを行った進行直腸癌の1例
原田 昌樹井上 重隆堤 宏介小倉 康裕山元 啓文橋爪 健太郎小島 雅之本山 健太郎西山 憲一中房 祐司
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2018 年 51 巻 5 号 p. 380-386

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Abstract

症例は46歳の男性で,血便と肛門痛を主訴に受診し,血小板数1,833×103/μlと著明な上昇を指摘された.精査により本態性血小板血症(essential thrombocythemia;以下,ETと略記),直腸癌,多発肝転移,肛門周囲膿瘍と診断した.膿瘍の排膿と抗菌薬投与を行い,ETに対してhydroxyurea(HU)1,500 mg/日を21日間投与したが血小板数は1,182×103/μlと高値のままであった.血小板高値による出血・血栓形成のリスクと直腸癌の治療の緊急性を考慮して血小板アフェレーシスを試みた.2日間の血小板アフェレーシスで血小板数は247×103/μlに低下し,翌日腹腔鏡補助下低位前方切除術を施行した.術後は合併症なく退院した.著しい血小板増多を示すETを合併する症例では周術期の血栓症や出血リスクが高いため,術前の血小板数管理が重要である.本症例は薬剤への反応が不良であったが血小板アフェレーシスを併用することで良好な結果を得ることができた.

本態性血小板血症(essential thrombocythemia;以下,ETと略記)は,血小板の持続的な上昇を特徴とする骨髄増殖性疾患の一つである1).本疾患は血栓症や出血を生じるリスクが高いとされており,ET合併例に対して手術を行う際には,周術期の血栓症や出血に対するリスク管理が必要である2).今回,薬剤による血小板数の適正化が困難であったET合併進行直腸癌症例に対して術前に血小板アフェレーシスを併用し,安全に手術を行うことができたため報告する.

症例

患者:46歳,男性

主訴:血便,肛門痛

既往歴:気管支喘息

家族歴:特記事項なし.

現病歴:1か月前から血便を認め,近医で血小板増多を指摘された.精査の結果,血小板増多,遠隔転移を伴う直腸癌の診断となった.その後,強い肛門痛が出現したため当科を紹介され受診した.

入院時現症:意識清明,身長164 cm,体重67.2 kg,体温37.6°C,脈拍90回/分,血圧118/82 mmHgと軽度の発熱を認めた.肛門の9時方向に圧痛を伴う発赤した膿瘍を認めた.胸骨に疼痛を認め,両足趾に疼痛を伴う発赤を認めた.

入院時血液検査所見:血小板数は1,833×103/μlと著明に上昇し,白血球数21×103/μlに上昇していたが,凝固系検査は正常であった.生化学検査ではBUN 31.7 mg/dl,Cre 2.81 mg/dl,K 5.49 mEq/l,CRP 15.24 mg/dlと腎障害,高カリウム血症がみられ,炎症反応が上昇していた(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
​WBC 21×103​/μl ​LDH 1,018​ IU/l
​RBC 5,520×103​/μl ​γ-GTP 49​ IU/l
​Hb 15.4​ g/dl ​ALP 442​ IU/l
​Plt 1,833×103​/μl ​BUN 31.7​ mg/dl
​PT 79.6​% ​Cre 2.81​ mg/dl
​PT-INR 1.13 ​Na 132.1​ mEq/l
​APTT 29.8​ sec ​K 5.49​ mEq/l
​Fibrinogen 325.6​ mg/dl ​Cl 93.7​ mEq/l
​TP 8.6​ g/dl ​CRP 15.24​ mg/dl
​Alb 4.5​ g/dl ​CEA 2.2​ ng/ml
​AST 28​ IU/l ​CA19-9 <2.0​ U/ml
​ALT 26​ IU/l

下部消化管内視鏡検査所見:直腸Raに狭窄を伴う2型直腸癌を認めた.生検では高分化腺癌の診断であった(Fig. 1).

Fig. 1 

Colonoscopy showing an advanced rectal cancer with stenosis. Biopsy reveals a well-differentiated adenocarcinoma.

注腸造影検査所見:直腸Raに約6 cmの周堤を伴う潰瘍性病変を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Irrigography showing an ulcerated lesion about 6 cm in diameter in the Ra region (arrow).

骨盤部単純MRI所見:直腸Raの不整な壁肥厚と肛門括約筋間の左側から背側にかけて肛門周囲膿瘍を認めた(Fig. 3

Fig. 3 

Pelvic MRI showing a tumor in the Ra region (arrow). An intersphincteric perianal abscess is also noted (arrowhead).

肝臓MRI所見:肝両葉に8か所の腫瘤を認めた(Fig. 4A, B).

Fig. 4 

A, B: Liver MRI reveals masses in both lobes of the liver (arrows).

入院後経過①:入院時に著しい血小板増多を認めたため,本態性血小板血症の合併を疑った.肛門周囲膿瘍を切開排膿し,cefepime 2.0 g/日を開始した.入院8日目,肛門周囲膿瘍は軽快し,CRPも2.13 mg/dlに低下したが,血小板数は2,580×103/μlとさらに上昇したため,骨髄増殖性疾患を疑い骨髄生検を施行した.

骨髄生検所見:赤芽球や顆粒球は正常で,巨核球が増加していた.JAK2,CARL,MPLの遺伝子変異はみられなかった(Fig. 5).

Fig. 5 

Bone marrow biopsy reveals an elevated megakaryocyte count (arrows), while the numbers of erythroblasts and granulocytes are normal. No mutations of JAK2, CARL and MPL genes are detected.

入院後経過②:骨髄生検と臨床経過から,WHO criteria 2016のETの診断基準の大基準三つと小基準も満たした3).血小板数が1,000×103/μlを超え,von Willebrand(以下,VWと略記)因子が著しく低下していたため(Fig. 6),出血リスクの高いETと診断し4),hydroxyurea(以下,HUと略記)1,500 mg/日の経口投与を開始し,段階的に2,500 mg/日まで増量した.しかし,血小板数は1,182×103/μlで目標値としていた400×103/μlまで低下しなかったため,血小板アフェレーシスを行い血小板数を低下させる方針とした.入院30,31日目にそれぞれSpectra Optia®(TERUMOBCT, Colorado, America)を用いて血小板アフェレーシスを施行した.抗凝固剤としてACD-Aを使用し,機材のプロトコールに従いそれぞれ500 mlずつ2日間で合計1,000 mlを除去した.アフェレーシス後に血小板数は247×103/μlまで低下し,翌日血小板数が332×103/μlであることを確認し,手術を施行した.

Fig. 6 

The clinical course. The platelets count is high even after administration of hydroxyurea therapy. With two cycles of platelet apheresis, the platelet count decreased to the target level and the level of von Willebrand factor approached its lower limit (normal range 60–170%).

手術所見:出血リスクを考慮し,硬膜外麻酔は併用せず全身麻酔のみで手術を施行した.直腸のRa領域に腫瘍を認め(Fig. 7),腹腔鏡補助下低位前方切除術と中枢側D3リンパ節郭清を行い,術後化学療法のために中心静脈ポートを挿入した.手術時間は6時間50分で,出血は少量であった.

Fig. 7 

A resected specimen showing an 8-cm type 2 tumor in the Ra region.

病理組織学的検査所見:well to moderately differentiated adenocarcinoma,SS,v2,ly0,PM(−),DM(−),RM(−),N0.

最終診断:pT3(SS),pN0,cM1a(H3),Stage IV(大腸癌取扱い規約第8版)

術後経過:術後血栓症や出血,縫合不全は認めなかった.術後5日目に血小板数が730×103/μlに上昇したため,HU 2,000 mg/日を再開したが,術後14日目に好中球が624/μlに低下したためHUを一時中止した.術後16日目に好中球が1,085/μlまで上昇したため退院した.術後28日にfluorouracil,leucovorin,irinotecan(FOLFIRI),panitumumab併用療法を開始した.術後41日目にHUを再開し,血小板数は700×103/μl程度で経過中である.

考察

ETは慢性骨髄性増殖疾患の一つで無症状の血小板増多として診断されることも多く,人口10万人あたり1~2.5人程度の有病率である1).外科疾患の術前検査の際にはじめて異常を指摘される症例が散見されるが,手術におけるリスクは十分には認識されていないのが現状である.ETはWHO ET criteria 2016で大基準四つもしくは大基準三つおよび小基準を満たすことで確定診断に至る3).本症例では,大基準のうち血小板の持続的な上昇(血小板数 >450×103/μl),骨髄生検における巨核球系の増加と他の骨髄増殖性疾患の否定の三つを満たした.さらに,10年前の血液検査でも血小板数が1,082×103/μlであったことが判明したため,腫瘍や炎症による一時的な反応性血小板増多は否定され,ETと診断した.

ETは,血小板増多による血栓形成傾向やVW因子消費による出血傾向を来すとされており,ET合併例では周術期における合併症リスクが高くなる2).一般的に,動脈系で血栓症を生じやすいが5),血小板が著しく高い場合にはVW因子の消費性欠乏による血小板機能障害が問題となる6).Bellucciら7)はETの18~22%に血栓症を合併し,3~37%に出血を合併したと報告している8).周術期でない一般的なETの患者に対しては,①年齢(>60歳),②血栓症や出血の既往,③血小板の著明な増多(>1,500×103/μl)の3点で合併症リスクを評価し,それぞれのリスクに応じた治療を行う4).血栓症や出血の低リスク例(上記①②③を全て満たさない)で無症状の症例では経過観察する.一方,ETに関連した血管運動症状(頭痛,めまい,耳鳴,肢端紅痛症)がある例では,低用量aspirinを投与する.また,上記①②③のいずれかを満たす血栓症と出血の高リスク例や③を満たしVW因子の消費による血小板機能障害が懸念される症例に対しては,HUやanagrelideといった薬剤により血小板数を400×103/μlにコントロールすることが推奨されている2)8)9).本症例は46歳で血栓症や出血の既往のない患者であったが,血小板数が2,800×103/μlと著しく増加しており,肢端紅痛症や胸骨の痛みを訴えていたこと,出血リスクの高い手術を速やかに行う必要があったことから術前治療の適応と判断した.

本症例では推奨されるETの治療方針をもとに血小板数400×103/μlを目標にHUと低用量aspirinを開始した.しかし,その後VW因子が著明に低下していることが判明したためaspirinを中止した.HUを増量しながら21日間投与したが,血小板数は1,182×103/μlで薬剤治療のみでは周術期のリスクは軽減できなかった.肛門周囲膿瘍や多発肝転移を伴う進行直腸癌に対する反応が血小板増加の刺激となり,血小板数の適性化が困難となった可能性がある.

血小板アフェレーシスは,遠心分離法や膜分離法を用いて末梢血より血小板のみを除去する治療法であり,成分献血にも使用されている.ETでは薬剤不応例に対しても速やかに血小板数を低下できるため,緊急で血小板低下が必要となる手術症例や急性重症血栓症例に対して有効であった少数の報告がなされている2)10).Natelson9)は,ETの薬剤治療困難であった心臓血管手術症例に対して血小板アフェレーシスを併用して術後の人工血管吻合部からの出血を抑えたと報告している.本症例は多発肝転移を伴った狭窄のある直腸癌で,術後に化学療法の導入が必要であったため速やかに手術を行う必要があった.さらに,薬剤による血小板数の低下効果が不十分であったため周術期の合併症リスクが高いと判断し,血小板アフェレーシスの併用を検討した.本療法は成分献血と同様の手技で比較的安価で行うことができるが,我が国ではETに対して保険適応となっていないため,院内の倫理委員会で倫理的問題,緊急性,効果,危険性について審議し承認を得た(承認日:2016年5月19日 倫理委員会承認番号:第325号).医学中央雑誌において「本態性血小板血症」,「血小板アフェレーシス」のキーワードで1970年~2016年の期間で検索したところ,悪性腫瘍に対して術前に血小板アフェレーシスを行った本邦での報告はなく,また,PubMedにおいても「essential thrombocythemia」,「platelet apheresis」のキーワードで1950年~2016年の期間で検索するかぎり本邦での報告はなかった.本症例は悪性腫瘍に対して血小板アフェレーシスによる前治療を行って,手術を施行した我が国初の報告である.

本治療法による血小板数の低下効果は高いが,その持続期間は短く,貯蔵された血小板の放出や新たな産生により血小板数は短期間で再上昇する.本症例でも術後5日目には血小板が再上昇し,HUを再開する必要があった.しかしながら,HUと血小板アフェレーシスの併用により手術当日から27日目まで血小板数を1,000×103/μlに抑え,VW因子のレベルを保つことができ,周術期の合併症リスク軽減に効果があったと考えられた.速やかに血小板数のコントロールが必要な病態で他の治療法が無効な場合には,血小板アフェレーシスの併用は有用な選択肢の一つであろう.

悪性疾患の術前に体外循環を行うことで血中のサイトカインの上昇などをじゃっ起し,腫瘍細胞の増殖を活性化させる可能性を否定できない.Suzukiら11)によると癌の治療前に心肺バイパスを行った症例で癌の再発率や死亡率に差は認めなかったと報告しているが,十分な前向きデータによる報告はいまだなされていない.今後同様な症例に対する臨床経験を蓄積し,安全や効果,経済性,長期予後に対するさらなる検討が必要であろう.

謝辞 本症例の治療と本稿の執筆に当たり多大なるご指導とご協力をいただいた福岡赤十字病院血液内科坂本佳治医師,腎臓内科中川兼康医師に深謝申し上げます.

利益相反:なし

文献
 

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