2019 年 52 巻 2 号 p. 83-88
特発性食道破裂は食道内圧の急激な上昇により食道壁全層が穿孔する疾患で,治療開始が遅れると致命的となる.今回本症に対し,腹腔鏡下で穿孔部閉鎖を行い経過良好であった1例を経験したので報告する.症例は52歳の男性で,飲食後の嘔吐と背部痛,心窩部痛を主訴に当院へ救急搬送された.CTで下縦隔左側から気管分岐部まで広がるairを伴う食残様の溜まりを認め,特発性食道破裂が疑われた.ドレナージが必要と判断し,発症から12時間後に腹腔鏡下食道縫合術,大網被覆,縦隔ドレナージを行った.左胸腔内にドレーンを挿入し胸水に混濁がないことを確認後,経腹的にアプローチし,食道背側から左側で食残が主体の膿瘍腔が開放された.食道左壁に縦走裂創を認めたため粘膜層を結節縫合,筋層は連続縫合閉鎖し大網で被覆した.術後8日目に食事を開始し12日目に軽快退院となった.特発性食道破裂に対する腹腔鏡下手術は緊急手術においても選択肢の一つとして有効であると考えられた.
特発性食道破裂は,急激な食道内圧の上昇に伴い食道壁全層の破裂を生じる疾患であり,診断治療が遅れると致命的となる1).近年胸腔鏡下手術の報告例が散見されるが,腹腔鏡下手術の報告例は少ない.今回,我々は特発性食道破裂に対し,腹腔鏡下手術を行い経過良好であった1例を経験したので報告する.
症例:52歳,男性
主訴:嘔吐,背部痛,心窩部痛
既往歴:特記すべきことなし.
現病歴:2014年12月,飲食店でビールなどを飲食し,1時間後から嘔気が出現,2時間後に嘔吐し直後から心窩部痛が出現した.背部痛も出現し,深夜に当院へ救急搬送され,CTで食道破裂が疑われたため当科紹介となった.
入院時現症:身長175 cm,体重62 kg,体温37.0°C,血圧139/86 mmHg,脈拍101回/分,酸素飽和度94%(room air).心窩部痛と酩酊で会話が難しく,臥位でじっとしていることが困難であった.
血液生化学検査所見:白血球16,740/μl,CRP 0.06 mg/dlと白血球の上昇を認めた.その他に特記すべき異常を認めなかった.
胸部単純X線検査所見:両肺野の軽度の透過性低下を認めたが明らかな胸水貯留は認めなかった.
胸腹部造影CT所見:下縦隔左側にairを伴う食残様の溜まりを認め気管分岐部まで及んでいた.少量の左胸水貯留を認めたが,気胸や縦隔気腫は認めなかった(Fig. 1).
a, b: Chest and abdominal CT showed fluid collection with air in the left inferior mediastinum.
以上より,特発性食道破裂と診断した.全身状態が安定していたためまずは経鼻胃管を挿入し,保存治療の方針で入院としたが,コントロール困難な背部痛の増強,胸部X線検査上胸水の増量を認めドレナージと穿孔部閉鎖が望ましいと考え,発症から12時間後に緊急手術を行った.
手術所見:全身麻酔後,左第7肋間より左胸腔ドレーンを挿入した.淡血性でごく軽度の濁りを認める440 mlの排液を認めたが明らかな汚染や食残ではないため,経腹的アプローチが有効と判断した.臍部と両側腹部に12 mmポート,両上腹部に5 mmポートの計5ポートで手術を開始した.腹腔内を観察し汚染がないことを確認した.カメラは10 mmのフレキシブルスコープを用いた.小網を切開し,右横隔膜脚を露出,食道背側を剥離し胃横隔間膜を切開した.Nathanson Hook Liver RetractorTM(ユフ精器(株))にて肝臓を挙上し視野を確保した.腹部食道全周を剥離し,ペンローズドレーンを掛け食道を足側に牽引し,食道背側から左側を剥離していくと,食残が主体の膿瘍腔が開放された(Fig. 2a).炎症の波及により,迷走神経の確認・同定は困難であった.生食にて十分に洗浄後,食道を全周性に口側に向かって剥離すると,食道左壁に食道胃接合部から口側約2 cmを下端とした縦走裂創を認め,筋層は約3 cm,粘膜層は約1 cmの大きさであった(Fig. 2b).胸管の損傷を避けるため,食道壁に沿った剥離を行った.まず粘膜層を3-0モノフィラメント吸収糸にて結節縫合し(Fig. 2c),次に筋層をbarbed suture(有棘縫合糸)にて口側より肛門側に向かい連続縫合閉鎖した(Fig. 2d).再度縦隔内を十分に洗浄した.ここまでの操作で横隔膜脚,胸膜の切開を必要としなかった.右側腹部からWinslow孔経由で縦隔に14 Fr.サンプドレーンを挿入し,緊張なく挙上可能であった大網で縫合部を被覆し,左横隔膜脚に縫合固定した.左側腹部より肝下面に5 mmチャネルドレーンを挿入した.閉創後胸腔ドレーンを洗浄したがほとんど汚染は認めなかった.手術時間は2時間23分,出血量は130 mlであり,術中の急激なバイタルサインの変動は認められなかった.
Intraoperative findings. a. We separated dorsal to the left side of the esophagus then the abscess cavity consisting of remaining food was opened. b. We confirmed an area of perforation in the left wall of the lower esophagus measuring 30 mm in the muscular layer and 10 mm in the mucosal layer. c. Mucosal layer of the perforated site was closed by simple sutures. d. Muscular layer of the perforated site was closed by continuous sutures.
術後経過:全身状態は良好で術後2日目にICUを退室した.術後7日目に上部消化管造影検査で造影剤の漏出や狭窄がないことを確認した後,水分摂取を開始し,8日目に食事を開始した.9日目に縦隔ドレーン造影で瘻孔がないことを確認し,術後12日目に退院となった.術後43日目に外来にてCTを施行したが,遺残膿瘍などの異常所見を認めず,食道狭窄の症状も認めなかった.
特発性食道破裂は,食道内圧の急激な上昇により食道壁全層が穿孔する疾患で,大量飲酒後の嘔吐を契機に発症することが多く,30~50歳の男性に多い2).好発部位は解剖学的に脆弱な下部食道左壁が多いとされている3)~5).食道壁全層が穿孔する本疾患に対し,主に食道胃接合部の胃粘膜の小彎側に粘膜裂創が発生し吐血を来す疾患がMallory-Weiss症候群であり,両疾患とも大量飲酒の他に,妊娠悪阻などによる嘔吐,分娩,喘息発作などによる腹腔内圧の急激な上昇が原因とされている6)7).
治療は外科的治療が選択されることが多いが,近年保存的治療の報告も認められる.保存的治療の適応は,①汚染が縦隔内に限局している,②破裂孔を通して食道内へのドレナージが十分になされている,③臨床症状が軽度である,④重篤な感染がない,⑤全身状態が安定したまま24時間以上の経過観察が可能である,などが挙げられている8)9).自験例では全身状態が安定しており保存的治療も考慮されたが,X線上胸水の増量を認め確実なドレナージと穿孔部閉鎖が望ましいと考え手術の方針とした.
外科手術の基本方針は,破裂創の早期縫合閉鎖と創周囲・縦隔・胸腔内の十分な洗浄,適切なドレナージとされ,一期的縫合閉鎖可能であるのは発症24時間前後とされている10)~13).24時間以上経過した場合は,汚染の程度により一期的縫合閉鎖が可能であるが,縫合不全率が高いため大網,胃底部,横隔膜などの有茎弁での被覆が望ましいとされる14)15).破裂部が大きく,縦隔内の汚染が著明で縫合が困難な場合は十分に洗浄し,破裂部を含めた胸部食道切除,頸部食道瘻・胃瘻を造設し,全身状態改善後に二期的再建法を行うことも考慮する.従来は左開胸によるアプローチが選択されることが多かったが,近年胸腔鏡下手術の報告も散見される16)17).また,大網被覆などの操作が容易であるという利点から経腹的アプローチの報告が増加しているが,腹腔鏡下手術の報告例は少ない.医学中央雑誌で1970年から2017年までの期間で「特発性食道破裂」と「胸腔鏡」をキーワードとして検索(会議録を除く)したところ,胸腔鏡下手術の報告例は10例であった.また,同様に「特発性食道破裂」と「腹腔鏡」をキーワードとして検索したところ,腹腔鏡下手術の報告例は4例18)~21)であった.PubMedで1950年から2017年までの期間で検索したところ腹腔鏡下手術の報告例は6例であった.
腹腔鏡下手術の利点として,その拡大視効果が挙げられる.特に下部食道という比較的視野の取りにくい部位でも詳細な観察が可能であり,本疾患においても有効である.縫合部の補強においては,胸腔鏡下で穿孔部閉鎖を行った後に大網被覆を行う場合には体位変換を必要とするが,腹腔鏡下手術では体位変換などを行うことなく経腹的アプローチのためそのまま大網被覆が可能であることも利点であると考えられる.また,胸腔内に汚染がなく腹腔鏡による経食道裂孔アプローチのみで可能と術前に判断できる症例に対しては,開胸操作を避けることで無用な胸腔内汚染を回避でき低侵襲であり早期の術後回復が見込める.特に高齢者や心肺疾患の合併などで術前状態不良の症例に対し,開胸操作を避けることは術後肺障害を予防するうえで有用と考えられる21).
次に手術手技の注意点として,穿孔部の閉鎖に関して食道破裂部は筋層裂創部より粘膜裂創部が大きくなる場合もあるため,必要であれば筋層裂創部を上下に開大し,粘膜破裂部の範囲を確認したうえで,粘膜上下端を確実に縫合することが重要とされている22)~24).破裂部位の確実な縫合閉鎖および狭窄の予防の観点からは,ステントとしての胃管や術中内視鏡の使用も有用である.確実な穿孔部閉鎖において,有棘縫合糸が有用である.有棘縫合糸は結紮を必要としない確実な創の閉鎖を可能とする縫合糸であるが,近年は腹腔鏡下手術での消化管縫合に対する報告も散見される.縫合しながら確実に閉鎖を行えることが利点であると考えており,当科でも消化管吻合の際の自動縫合器の挿入口の閉鎖などに積極的に使用している.
自験例を振り返ると,最初に胸腔ドレーンを挿入して胸腔内に汚染がないことを確認し,腹腔鏡でのアプローチを選択した.我々の施設では腹腔鏡下胃全摘の際に腹部食道の剥離を普段から行っているため,経食道裂孔的なアプローチによる剥離が可能と判断し,体位やポート挿入もそれに準じて行った.また,視野展開において,腹腔鏡下Nissen手術における食道牽引の手技も参考となった.粘膜裂創の範囲を腹腔鏡下の視野で確実に確認し,有棘縫合糸を用いて修復を行った.
以上より,本疾患に対し腹腔鏡下手術を行うには,①術前の画像所見で膿瘍腔が下部食道周囲に限局していること,②胸腔内に穿破している可能性が低いこと,③腹腔鏡下での噴門部の処理に習熟していること,④術中に破裂部位の上下端が確実に同定できることなどが挙げられる.自験例のように,胸腔内に汚染がなく,損傷部への経腹的アプローチが可能な場合には腹腔鏡下手術は有用な選択肢の一つとなりうると考えられる.しかし,腹腔鏡下手術を選択した場合でも,穿孔部の安全な縫合操作,運針が困難である場合や,胸腔内の汚染が強度である場合には,胸腔鏡の追加や開胸手術への移行を躊躇せずに行う必要があり,それらの手技に習熟しておくことが必要である.
近年食道胃接合部胃癌に対しての鏡視下手術の手術手技について,腹腔鏡で経裂孔操作のみで行う方法や胸腔鏡併用での方法がなされている25).特発性食道破裂は下部食道に多いことから,食道胃接合部癌に対する鏡視下手術の術式は参考になるものと考えられるが,具体的な適応基準などは術者や施設間で異なり一定の見解はない.また,本邦の特発性食道破裂に対する腹腔鏡下手術の報告の中には破裂部が中部前壁で縫合閉鎖を行った症例もあり,必ずしも下部に限定されるわけではない.自験例では運針操作が困難で安全な縫合が不可能であれば胸腔鏡の追加を行う方針として手術を開始したが,腹腔鏡での完遂が可能であった.確実な縫合閉鎖,ドレナージを行うことができると判断した症例に対する腹腔鏡下経裂孔アプローチは,有効な術式であると考えられた.
利益相反:なし