日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
門脈圧亢進症性胃症による難治性胃出血に対して幽門側胃切除術を施行した1例
加藤 宏周石田 隆池田 佳史大山 隆史似鳥 修弘加藤 厚羽鳥 隆高橋 芳久宮崎 勝板野 理
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2020 年 53 巻 12 号 p. 952-959

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Abstract

症例は71歳の男性で,アルコール性肝硬変を背景とする肝細胞癌治療中に黒色便を認め,上部消化管内視鏡検査で幽門前庭部のびらんより出血を認めた.腹部造影CTと腹部血管造影検査で,肝内門脈まで及ぶ門脈本幹の腫瘍栓と小網内の求肝性側副血行路の発達を認め,門脈圧亢進症性胃症(portal hypertensive gastropathy;以下,PHGと略記)による胃出血の診断に至った.内視鏡では完全止血は得られず,頻回の輸血を要した.他に出血源となりうる食道胃静脈瘤は認めず,出血部は幽門前庭部に限局していたため手術の方針とした.側副血行動態を変化させないよう胃壁に沿って血管処理し,出血部を含めた幽門側胃切除術を施行した.術後6か月現在,再出血は認めていない.PHGによる胃出血に対して手術が奏効した報告は検索しえた範囲ではなく,極めてまれな症例と考えられたため報告した.

Translated Abstract

A 71-year-old male with alcoholic liver cirrhosis complained of melena during systemic chemotherapy for hepatocellular carcinoma. Upper gastrointestinal endoscopy revealed venous bleeding from an erosion in the gastric pylorus. Abdominal contrast-enhanced CT and angiography revealed tumor thrombosis in the main portal vein and collateral vessels of the lesser omentum, which we diagnosed as portal hypertensive gastropathy (PHG). Endoscopic hemostasis did not completely stop the bleeding and frequent blood transfusions were required. The esophageal/gastric varices were not highly developed and did not bleed; the bleeding site was located in the gastric pylorus. Thus, distal gastrectomy was performed. We maximally preserved the collateral vessels to maintain hemodynamics. Bleeding did not recur in the 6-month period following the operation. This is the first report of successful use of distal gastrectomy to treat refractory gastric hemorrhage in a patient with PHG.

はじめに

門脈圧亢進症性胃症(portal hypertensive gastropathy;以下,PHGと略記)は門脈圧亢進に起因する胃粘膜のうっ血を主体とした変化であり,食道胃静脈瘤と同様,時に致死的出血を認めることがある1).治療は門脈圧降下を目的とした薬剤や治療手技が選択されることが多いが,時に治療に難渋することがある.今回,我々は門脈腫瘍栓に伴うPHG,難治性胃出血に対して幽門側胃切除術が奏効したまれな1例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:71歳,男性

主訴:腹痛,下血

現病歴:アルコール性肝硬変で外来経過観察中,肝機能障害の増悪を契機に,門脈腫瘍栓を伴う肝細胞癌と診断された.肝動注化学療法(CDDP+5-FU)と放射線療法(25 Gy/25 Fr)を施行したが,肝動注カテーテルの閉塞を認めたため,以後,分子標的療法(レンバチニブ4 mg)へ移行した.肝細胞癌の加療開始後5か月後に,腹痛と下血を主訴に,当院救急外来を受診した.

既往歴:アルコール性肝硬変,肝細胞癌,心房細動,2型糖尿病,甲状腺機能低下症

内服薬:プラバスタチンナトリウム,ビソプロロールフマル酸塩,リクシアナ,レンビマ,タケキャブ,ファモチジン,チラージン

入院時現症:身長168 cm,体重70.0 kg,体温36.4°C,血圧120/64 mmHg,脈拍64回/分,腹部は平坦,軟で上腹部に自発痛を認めた.圧痛や反跳痛は認めなかった.

入院時血液検査所見:軽度の貧血(Hb 10.7 g/dl)と,腎障害(BUN 23.1 mg/dl,Cr 1.1 mg/dl),Child-Pugh分類 Grade B(8点)(総ビリルビン 1.1 mg/dl,Alb 2.7 g/dl,PT% 86.0%)の肝障害を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:幽門前庭部に複数のびらんと浮腫状発赤を認め,周囲よりびまん性の出血を認めた.クリッピング,アルゴンプラズマ凝固法による止血術を施行した.食道静脈瘤は軽度(Li,F1,Cb,RC0)で,胃静脈瘤は認めなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Upper gastrointestinal endoscopy showed multiple mucosal erosions, diffuse blood oozing, and edematous changes at the antrum.

腹部造影CT所見:肝S8に辺縁不整,52 mm大の腫瘤を認め,その周囲にも小腫瘤を複数認めた.門脈腫瘍栓は,脾静脈合流部から肝内門脈まで連続しており,門脈本幹の腫瘍栓長径は約5 cmであった.小網内に高度の側副血行路の発達を認めた.肝表面には少量の腹水を認め,胃壁は全体に肥厚していた.その他,明らかな側副血行路の発達を認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

(a) Abdominal contrast-enhanced CT revealed occlusion of the main portal vein by tumor thrombi (arrowheads) and advanced thickening of the stomach wall. (b) 3D-CT angiography showed collateral vessels extending from around the antrum to the lesser omentum.

約1か月間で計6回の内視鏡的止血を試みたが,完全止血は得られず,連日の輸血を要した.小網内,特に幽門前庭部周囲に高度に発達した求肝性側副血行路の破綻が,繰り返す胃出血の原因と考えられたため,血行動態を評価後に,手術を含めた治療方針を検討することとした.

血管造影検査所見:動脈相では,左胃動脈から起始する左肝動脈は肝動注カテーテル留置時にコイル塞栓した状態であり,上腸間膜動脈から起始する右肝動脈は閉塞していた.左右肝動脈閉塞に伴い,肝臓は後上膵十二指腸より起始する胆管周囲動脈叢や右胃動脈より起始する尾状葉枝からの側副血行路により供血されていた.門脈相では,門脈は腫瘍栓により閉塞しており,胆管周囲を主体とする肝十二指腸間膜内の求肝性側副路と,左胃静脈経由を主体とする肝胃間膜内の求肝性側副路の発達を認めた.肝十二指腸間膜内の側副路は肝内側区域と肝右葉を,左胃静脈経由の側副路は肝外側区域を供血していた(Fig. 3).

Fig. 3 

Angiography showed occlusion of the main portal vein by tumor thrombi and extrahepatic collateral vessels extending to the liver. Two collaterals were present mainly around the bile duct: in the hepatoduodenal ligament (arrows), and mainly through the left gastric vein (LGV) (arrowheads). SMV: superior mesenteric vein; SPV: splenic vein.

以上より,幽門前庭部周囲の門脈圧亢進状態(PHG)に伴う難治性胃出血と考えられた.肝硬変(手術時Child-Pugh分類Grade B(8点))による手術リスクは伴うものの,内視鏡的止血術が不応で緊急性の高い病態と考えられたこと,また他に出血を来しうる食道胃静脈瘤を認めなかったことから,十分なインフォームドコンセントのもと,出血点を含めた幽門側胃切除術を行う方針とした.

手術所見:明らかな遠隔転移や播種は認めず,黄色透明の腹水を中等量認めた.血管造影の所見通り,肝十二指腸間膜と肝胃間膜内には,高度の側副血行路の発達を認めた.側副血行動態を極力変化させないよう,胃壁に沿って血管処理を行い,胃周囲の血管は可及的に温存した.十二指腸を自動縫合器で切離し,断端を埋没した.口側は出血点口側のマーキングクリップを,確実に切除範囲に含める形で切離し,幽門側胃切除術とした.再建はBillroth-II法(前結腸経路,逆蠕動吻合)で行った.手術時間172分,出血量720 ml(腹水込み)であった.

病理組織学的検査所見:切除標本では幽門前庭部に複数の潰瘍を認めた.潰瘍性病変を中心に粘膜層・粘膜下層における浮腫,血管の拡張・増加を認め,PHGによる胃出血として矛盾しない所見であった.潰瘍性病変に明らかな悪性所見は認めなかった(Fig. 4).

Fig. 4 

(a) Resected specimen with multiple mucosal erosions and ulcers at the antrum. (b, c) Histopathology showing edema and dilation or increased vascularity (arrow) in the mucosal (b) (HE ×20) and submucosal (c) (HE ×10) layers.

術後経過:術後経過は良好で,術後19日目に退院となった.術後6か月現在,消化管出血などを認めず,外来で分子標的療法を再開している.

考察

門脈圧亢進症患者の胃粘膜には,静脈瘤以外に特徴的な病変としてPHGが出現する.PHGは門脈圧亢進症患者の約50~90%にみられ,大部分が穹窿部,体部で観察される2)~4).PHGからの出血頻度は低いとされる5)が,食道胃静脈瘤同様に致命的な消化管出血を来すことがあり,門脈圧亢進症患者にとって重要な病態の一つである.

PHGの発生機序には門脈圧上昇が大きく関与している.PHGが肝障害の進行した症例や食道静脈瘤を有する症例に多く認められる一方,大きな遠肝性側副血行路を有する症例ではPHGの頻度が低いことも,門脈圧の観点から説明可能である6).しかし,門脈圧が上昇した全症例にPHGが観察されるわけではないことから,門脈圧のみが独立した発現因子ではなく,血管拡張因子など他因子の関与の可能性も指摘されている4).しかし,その詳細はいまだ明らかになっていない.

診断は主に内視鏡検査所見からなされ,特徴的な粘膜所見として,snare-skin appearanceやcherry-red spotなどが報告されている2)3).重症度分類は,McCormackら2)3)や豊永7)の分類が有名で,後者は,発赤を主眼としてGrade 1(軽度:点・斑状発赤),Grade 2(中等度:びまん性発赤),Grade 3(高度:粘膜内出血または管腔内出血)の三つに分類している.鑑別を要する疾患としては,前庭部毛細血管拡張症(gastric antral vascular ectasia;以下,GAVEと略記)やびまん性胃前庭部毛細血管拡張症(diffuse antral vascular ectasia;以下,DAVEと略記)が挙げられる.ともに肝硬変に合併することが多いため,PHGとの鑑別が問題となることがある.辰巳ら8)は,PHGとの鑑別にnarrow band imaging(NBI)や拡大内視鏡が有用であることを報告している.PHGでは点・斑状発赤部は,腫大拡張した胃小窩と周囲毛細血管の拡張,および粘膜内出血が観察されるのに対し,GAVEでは毛細血管拡張のみで粘膜内出血が見られない点を鑑別のポイントに挙げている.本症例は,出血以前の内視鏡所見がなく,内視鏡所見のみでPHGと診断することは困難であったが,幽門前庭部周囲に高度に発達した求肝性側副血行路の破綻が出血の原因と考えられたため,臨床的にPHGと診断した.

PHGにおいて治療の対象となるのは出血を伴う場合であり,門脈圧を降下させる薬剤や手技が有効とされている.薬物療法は非選択的β遮断薬が広く用いられており9)10),バソプレシンやソマトスタチンもその有用性が報告されている3)11)12).治療手技としては経皮的肝内門脈静脈短絡術や門脈大循環吻合手術の有用性が報告されている1)13)14).しかし,合併症として,肝組織血流量低下に伴う肝機能低下や,肝性脳症の悪化が報告されており,適応は慎重に考慮すべきと考えられる.その他,部分的脾動脈塞栓術(partial splenic embolization;以下,PSEと略記)15)16)や,内視鏡的止血法として,アルゴンプラズマ凝固法(argon plasma coagulation; 以下,APCと略記)17)18),また近年は,門脈ステント19)~23)の有用性も報告されているが,いまだ確立された治療法はない.

PHGに伴う胃出血の報告例は,医学中央雑誌で1964年から2019年4月の期間で「門脈圧亢進症性胃症」,「出血」をキーワードに検索したところ,8例(会議録を除く)の報告例があり16)17)24)25),症例の詳細が記載されている3例17)24)25)を本症例と合わせてTable 1にまとめた.8例はいずれもAPC17)やPSE16)24),薬剤投与25)が選択されているが,内視鏡的止血術が不応で幽門側胃切除術まで要した例は,検索しえた範囲では報告されておらず本邦初である.また,8例のうち7例は,食道胃静脈瘤に対する治療後にPHGからの出血がみられた16)17)24)25).同様の海外報告例に関して,PubMedで1950年から2019年9月の期間で「portal hypertensive gastropathy」,「gastrectomy」をキーワードに検索したところ,PHGからの胃出血に対して胃切除が施行された例は報告されていない.

Table 1  Reported cases of gastric hemorrhage from portal hypertensive gastropathy in Japan
No. Author Year Age Sex Primary disease Treatment Esophagogastric varices greater than grade F2 or with RC sign History of esophagogastric varices treatment Recurrence
1 Ishihara24) 2005 71 M Cirrhosis type C PSE (+) (−) (−)
2 Sato25) 2007 15 F Biliary atresia PPI (+) (+) (−)
3 Higuchi17) 2015 78 F Cirrhosis type C APC (+) (+) (−)
4 Our case 71 M HCC with portal vein tumor thrombosis Distal gastrectomy (−) (−) (−)

APC: argon plasma coagulation, HCC: hepatocellular carcinoma, PPI: proton pump inhibitor, PSE: partial splenic embolization, RC sign: red color sign

本症例は,PHGからの難治性胃出血に対して胃切除が奏効した稀有な1例である.手術が奏効した理由としては,出血点が胃幽門前庭部に限局しており,胃食道静脈瘤を初めとするその他の側副血行路の発達を認めなかった点が挙げられる.このような特異な血行動態の形成には,門脈本幹の腫瘍栓が主因となったと考えられる.すなわち,脾静脈合流部まで達する門脈本幹の閉塞により,門脈を迂回する肝十二指腸間膜および肝胃間膜内の求肝性側副血行路が発達したが,一方で,肝臓自体の硬化はさほど進行していなかったため,肝臓を迂回する食道胃静脈瘤などの側副血行路形成には至らなかったと考えられる.肝十二指腸間膜内の求肝性側副血行路は,門脈閉塞部より中枢側,すなわち胃幽門前庭部の周囲血管から起始しており,これが,胃幽門前庭部局所の門脈圧亢進状態,難治性胃出血に繋がった可能性が考えられる.

通常,GAVEなどを初めとする胃の静脈性出血には,APCが有効であるとする報告が多い8)17)18).本症例での内視鏡所見は,Fig. 1で見られるように幽門前庭部の微量な出血であり,経過観察での自然止血も可能と思われる状態であった.念のために幽門前庭部全体にアルゴンプラズマ凝固を施行し終了していたが,2~3日後には予想以上の貧血進行を認めるという状況であった.これは内視鏡施行時には送気に伴う胃内圧上昇により出血がコントロールされ,通常状態では出血が継続しているという病態と思われた.上述した局所の門脈圧亢進症という特殊な状態であったからこそ,内視鏡止血術に不応であったと考えられる.

その他の治療手技として,門脈血流量低下による止血効果を期待したPSE15)16)は,手術に比べ低侵襲ではあるものの,本症例の血行動態を考慮すると即時の止血は得がたいと考えられたため選択しなかった.すなわち,脾静脈血流の大半は左胃静脈を介して,肝胃間膜経由で肝外側区域に流入しており,胃出血に直接的に関与していると考えられる肝十二指腸間膜内の側副血流量低下には十分に寄与しないと考えた.門脈内ステントについては,森田ら22)は病変部長径3.5 cm以下で,求肝性側副血行路が乏しい症例が望ましく,また求肝性側副血行路が残存した場合はステント留置前に側副血行路の塞栓が必要であると報告しており,本症例は腫瘍栓長径と側副血行動態から適応外と判断した.

本症例の再建は,十二指腸近傍の側副血行路を最大限温存し,吻合に伴う出血の危険性を考えBillroth-II法を選択した.結腸間膜の毛細血管が発達していたため,再建経路は結腸前経路とした.また,今後の門脈圧亢進に伴う十二指腸静脈瘤発生の可能性を考慮し,十二指腸の内視鏡的観察・処置が可能となるよう,トライツ靭帯から吻合部までの空腸を短めとした逆蠕動吻合とした.

本症例のように,食道胃静脈瘤を認めず,出血点が幽門前庭部に限局しているPHG,難治性胃出血に対しては,侵襲は伴うものの手術(幽門側胃切除術)が有用で,確実な治療の選択肢となりうる可能性が示唆された.しかしながら,これまでに報告例がなく,適応や長期的な有効性に関しては今後のさらなる症例の集積と検討が望まれる.

利益相反:なし

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