日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
大腸癌術後にポリスチレンスルホン酸カルシウムが原因で吻合部潰瘍を来した1例
植田 隆太今 裕史和久井 洋佑阪田 敏聖蔵谷 大輔武田 圭佐小池 雅彦鈴木 昭
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2020 年 53 巻 12 号 p. 985-991

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Abstract

症例は63歳の男性で,糖尿病性腎症による末期腎不全で血液透析を19年間施行し,高カリウム血症のためポリスチレンスルホン酸カルシウム(calcium polystyrene sulfonate;以下,CPSと略記 商品名:カリメート散)を内服していた.進行する貧血と黒色便に対する精査で下行結腸癌の診断となり,腹腔鏡下結腸部分切除術(下行結腸),D3郭清を施行した.術後経過は良好で第11病日に退院したが,その後も貧血の進行と血便を認めたため,第43病日に下部消化管内視鏡検査を施行した.吻合部に全周性の出血する潰瘍を認め,その他に縦走潰瘍を1か所認めた.潰瘍からの生検では,潰瘍底に好塩基性多菱形の沈着物を認め,CPSの関与が疑われた.そのためCPSの内服を中止したところ,貧血の進行は止まり,その後の下部消化管内視鏡検査でも潰瘍は改善していた.それ以降3年間,癌および潰瘍の再発なく生存中である.

Translated Abstract

The patient was a 63-year-old male who had been on hemodialysis for 19 years because of end-stage renal failure due to diabetic nephropathy and who had been taking oral calcium polystyrene sulfonate (CPS) as a treatment for hyperkalemia. Previously, he underwent detailed tests for progressive anemia and black stools, and was diagnosed with descending colon cancer, for which he was treated by laparoscopic segmental colectomy of the descending colon with D3 lymphadenectomy. The postoperative course was uneventful and the patient was discharged on hospital day 11. However, because subsequent findings revealed progressive anemia and recurrence of bloody stools, lower gastrointestinal endoscopy was performed on hospital day 43. A bleeding circumferential ulcer was found at the anastomotic site and a longitudinal ulcer was detected at a different site. Biopsy of the ulcers revealed basophilic rhomboid deposits on the ulcer floor; thus, involvement of CPS was suspected. Hence, oral administration of CPS was discontinued, and as a result, anemia ceased to progress and subsequent lower gastrointestinal endoscopy showed improvement of the ulcers. Three years have passed and the patient has survived without recurrence of cancer or ulcers.

はじめに

ポリスチレンスルホン酸カルシウム(calcium polystyrene sulfonate;以下,CPSと略記 商品名:カリメート散)は急性および慢性腎不全時における高カリウム血症(以下,高K血症と略記)治療薬として汎用されている陽イオン交換樹脂であるが,副作用の一つとして大腸潰瘍が挙げられる1).今回,我々はCPSが原因と考えられた大腸癌術後,吻合部潰瘍の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:63歳,男性

主訴:便潜血陽性,貧血

既往歴:糖尿病性腎症,末期腎不全,心アミロイドーシス,狭心症

内服薬:シナカルセト塩酸塩錠(25)2T1X,アロプリノール(100)2T2X,レバミピド(100)3T3X,セベラマー塩酸塩錠(250)15T3X,グリベンクラミド(125)1T1X,アカルボース(100)3T3X,ロサルタンカリウム錠(50)2T1X,ウルソデオキシコール酸錠(100)6T3X,ランソプラゾール錠(15)1T1X,ドロキシドパ錠(100)1T1X,アムロジピンベシル塩酸塩錠(5)1T1X,ポリスチレンスルホン酸カルシウム5g1X,イミダプリル塩酸塩錠(5)1T1X,ドキサゾシンメシル酸塩錠2T1X,アスピリン腸溶錠(100)1T1X

家族歴:特記すべき事項なし.

現病歴:糖尿病性腎症による末期腎不全のため血液透析を19年間施行し,高K血症のためにCPSを内服していた.徐々に進行する貧血および黒色便に対し精査を行ったところ下行結腸癌の診断となり,腹腔鏡下結腸部分切除術(下行結腸),D3郭清を施行した.術後経過は良好で第11病日に退院となったが,その後も便潜血陽性および貧血の進行を認めたため,第43病日に下部消化管内視鏡検査を施行する方針となった.

現症:身長158 cm,体重45.8 kg,眼瞼結膜に貧血を認めた.腹部は平坦軟で圧痛・自発痛を認めなかった.

手術所見:臍部12 mmポート,右側腹部5 mmポート,右下腹部12 mmポート,左側腹部5 mmポート,左下腹部5 mmポートの5ポート,気腹圧は10 mmHgで腹腔鏡下結腸部分切除術(下行結腸),D3郭清を施行した.下腸間膜動脈は温存し左結腸動脈を根部で処理した.再建は機能的端端吻合で行った.手術時間は204分,出血量は129 gであった.

摘出標本・病理組織学的検査所見:D,circ,type 2,55×20mm,tub1>tub2,pT4a,int,INFb,ly1(SM)(D2-40),v1(SS)(Elastica-HE),PN1b,pN0(0/22)[#231 0/16,#232 0/5,#253 0/1],pPM0,pDM0,pRM0,M0としてR0,CurA,pStage II(大腸癌取扱い規約 第8版)(Fig. 1).

Fig. 1 

Resected specimen.

術後経過:第1病日より飲水再開し,第7病日より食事再開となった.排便状況に関しては,維持透析中であり,CPSを内服しているため,硬便傾向ではあったが,規則的に1日1回程度の排便を認めており,便秘時には頓用で大腸刺激性下剤を使用し対処していた.また,術前・術後で便回数や性状に変化はなかった.第1病日にはHbが9.3 g/dlであり,経過が良好であったため第11病日に退院となっていたが,第36病日には6.9 g/dlまで低下し貧血の進行を認め,便潜血も陽性であったため第43病日に下部消化管内視鏡検査を施行した.

下部消化管内視鏡検査所見(第43病日):吻合部に滲出性の出血を伴う全周性の潰瘍を認め,吻合部より5 cm口側にも30 mm程度の縦走潰瘍を1条認めた.潰瘍部よりそれぞれ生検を施行した(Fig. 2A, B).

Fig. 2 

Colonoscopic findings on day 43. A circumferential ulcer with exudative bleeding was observed at the anastomosis, and a longitudinal ulcer of about 30 mm was found 5 cm from the anastomosis. A: anastomosis, B: 5 cm from the anastomosis.

潰瘍生検・病理組織学的検査所見:潰瘍底に炎症性肉芽組織と,その中に多数の好塩基性多菱形の沈着物を認め,CPSの結晶沈着の所見と考えられた.いずれの潰瘍も同様の所見であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Pathological findings (HE staining: ×40). Inflammatory granulation tissue was found on the ulcer floor, and numerous CPS crystal deposits (arrows) were found therein. All ulcers had similar findings.

臨床経過:下行結腸癌術後の吻合部潰瘍および吻合部口側の縦走潰瘍からの出血に起因する貧血だと考えられた.潰瘍からの生検結果では,潰瘍形成にCPSが関与していることが示唆されたため,CPSの内服を中止した.その後,貧血は改善し,下部消化管内視鏡検査でも潰瘍所見の改善を認めた.以後3年間,CPSの内服は再開しておらず,潰瘍および癌の再発もなく経過している.

下部消化管内視鏡検査所見CPS内服中止後2か月(Fig. 4A, B),内服中止後2年(Fig. 5A, B):いずれの潰瘍も改善傾向であり,新規潰瘍や腫瘍性病変は認めなかった.

Fig. 4 

Colonoscopic findings at 2 months after discontinuation of CPS. All ulcers were improving, and no new ulcers or neoplastic lesions were found. A: anastomosis, B: 5 cm from the anastomosis.

Fig. 5 

Colonoscopic findings at 2 years after discontinuation of CPS.All ulcers were improving, and no new ulcers or neoplastic lesions were found. A: anastomosis, B: 5 cm from the anastomosis.

考察

CPSは急性および慢性腎不全に伴う高K血症に対して汎用されている陽イオン交換樹脂製剤であり,腸内のカリウムイオンと本剤のカルシウムイオンを交換し,カリウムを体外へ排泄することで血中カリウム値を低下させる作用がある.ほかにポリスチレンスルホン酸ナトリウム(sodium polystyrene sulfonate;以下,SPS)もあるが,血清カリウムの低下作用は同等とされる2)3).いずれの製剤も硬便を形成しやすいとされ,便秘の副作用が多いことで知られる.また,重大な副作用として頻度は不明であるが腸管穿孔,腸閉塞,大腸潰瘍が添付文書状に記載されている.海外では陽イオン交換樹脂製剤を注腸投与する際に便秘対策としてソルビトールを懸濁液として使用し,結腸壊死を来した報告が散見されたため,本邦でも注腸投与する際はソルビトール溶液を使用しないこととされている4).しかし,ソルビトールを併用せずに使用した場合でも腸管穿孔した症例の報告は散見される5)~9).これらはCPSを内服することにより,糞便の水分量が減少し硬便を形成することで,S状結腸などの腸管の屈曲部において機械的損傷が生じ,穿孔や壊死を引き起こすことがあるためと推測されている.特に透析患者ではカリウム制限の観点から食物繊維の摂取が不足する傾向にあることや飲水制限,透析中の排便の抑制,腸管への透析アミロイド沈着による腸管蠕動低下,さらにはリン吸着薬の内服などの要因からも非透析患者より便秘傾向となりやすいとされ,CPS内服時は排便状況を確認することが特に重要である6)7).また,本症例のように損傷部位に一致してcrystalline materialを認めた報告もあり,CPSが腸管へ直接作用して腸管損傷を引き起こした可能性も指摘されている6)9).潰瘍の形成も,穿孔を引き起こす機序と同様であると考えられ,硬便形成による機械的損傷とCPSの沈着による薬剤性の腸管損傷が挙げられる.CPSが関連した大腸潰瘍の診断は,病理組織学的に潰瘍底や肉芽組織中に好塩基性多菱形の沈着物を認め,臨床情報から大腸潰瘍の鑑別を行うことで確定診断に至ると考えられる.本症例は大腸癌術後に吻合部潰瘍を形成し,同部位からの出血が原因で貧血を来した症例であった.大腸潰瘍の鑑別としてはCrohn病や潰瘍性大腸炎,単純性潰瘍,腸管Behcet病などの慢性炎症性腸疾患,腸結核やサイトメガロウイルス腸炎などの感染症,NSAIDsや陽イオン交換樹脂製剤の使用による薬剤性などが挙げられる10)~13).さらに,術後ということを考慮すると,まれではあるが,腹腔鏡下手術後に術中の気腹が原因で虚血再灌流障害による大腸潰瘍を引き起こす可能性があることも報告されており考慮すべきである14).しかし,下部消化管内視鏡検査の所見や手術所見からは,前述の慢性炎症性腸疾患や感染症,虚血再灌流障害など,いずれも否定的であった.本症例は透析患者の術後吻合部潰瘍であったため,透析時の除水により腸間膜血流が減少し,特に吻合部の虚血が目立つことで吻合部潰瘍を形成した病態を考えたが,最終的に潰瘍からの生検結果にて,CPSによる吻合部潰瘍の診断に至った.腸管の虚血部位ではCPSやSPSの沈着がじゃっ起されるといった報告がある15)16).自験例においても,透析時の除水による腸間膜の血流低下や慢性腎不全による慢性的な腸管血流障害が原因で吻合部が虚血状態となり,また手術にて下腸間膜静脈を切離していることから,うっ血にもなりやすく,吻合部の治癒が遅れ,そこへCPSが沈着し潰瘍を形成した病態を考えた.吻合部潰瘍の診断後も維持透析の条件は変更せず,継続しており,吻合部の血流障害が潰瘍の主たる原因であった場合,治癒するには時間を要し,再発する可能性もあったと考えられる.病理組織学的所見とCPSの内服中止後に潰瘍の所見が改善し,再発もなく経過していることを考慮すると,本症例の診断はCPSによる吻合部潰瘍で妥当と考えられた.CPSが大腸潰瘍の原因であった報告は本邦および海外でも散見されるが,大腸癌術後,吻合部潰瘍の原因であった報告は医学中央雑誌で1964年から2020年1月の期間で「吻合部潰瘍」,「ポリスチレンスルホン酸カルシウム」,PubMedで1950年から2020年1月の期間で「anastomotic ulcer」,「calcium polystyrene sulfonate」をキーワードとして検索したがいずれも該当する報告はなかった.また,「sodium polystyrene sulfonate」に関しても同様のキーワードで検索したが該当する報告はなかった.そのため,今回の報告が世界初となる.陽イオン交換樹脂製剤内服中の消化管出血症例では常に本疾患を念頭に置く必要があると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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