日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
外科的切除により長期生存が得られた胸部食道癌術後の左副腎転移の1例
角田 知行中川 悟番場 竹生會澤 雅樹松木 淳野上 仁丸山 聡野村 達也瀧井 康公藪崎 裕
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2020 年 53 巻 2 号 p. 131-138

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Abstract

症例は69歳の女性で,胸部中下部食道癌の診断で術前化学療法後PRと判定し,右開胸食道切除,胃管再建術を施行した.病理検査では低分化型の扁平上皮癌で,pT3N2M0,pStage IIIの診断であった.術後9か月で縦隔内リンパ節再発を認め,化学放射線療法を施行しCRと判定した.術後2年2か月の定期CTで左副腎腫瘤が出現,転移性副腎腫瘍と診断し,化学療法を導入,継続し一旦は縮小したものの,その後再増大を認めた.PET-CTでは,副腎以外には縦隔を含め明らかなFDG集積を認めず,左副腎への単発転移と診断し,外科的切除の方針とした.初回手術後4年で左副腎摘出術を施行,術後は追加治療を行わず経過観察し,現在再発なく6年の長期生存中である.食道癌術後の血行性再発は一般に予後不良であるが,単発の転移と考えられる場合には時期を逃さない積極的な外科的治療が予後の向上に寄与する可能性が示唆された.

Translated Abstract

A 69-year-old woman, with a diagnosis of poorly differentiated squamous cell carcinoma of thoracic esophagus (T3N2M0, Stage III, UICC 7th), underwent right thoracic esophagectomy with three-field lymphadenectomy following neoadjuvant chemotherapy. At 9 months after esophagectomy, she underwent definitive chemo-radiotherapy for a recurrence of mediastinal lymph nodes. In the follow-up course, abdominal CT scan at 2 years and 2 months after esophagectomy revealed an enhanced mass in the left adrenal region, diagnosed as adrenal metastasis. The tumor shrank noticeably owning to a continuous chemotherapy; however, showed a regrowth after interruption of chemotherapy. PET/CT scan showed high accumulation of FDG in the left adrenal region, with no other obvious accumulations including the mediastinum. Surgical resection for the left adrenal gland was performed at 4 years after esophagectomy. She was periodically followed up without any additional treatment, and survived for 10 years after esophagectomy and 6 years after the last surgery without any recurrence of disease. Although the prognosis of hematogenous recurrences after radical esophagectomy is considered to be poor, this case suggests a benefit of surgical resection for a solitary metastasis of esophageal carcinoma.

はじめに

食道癌に対する根治治療後の血行性再発は一般に複数臓器の転移を伴うことが多く,予後は極めて不良である1).治療方針に関して一定のコンセンサスはなく,血行性再発に対する有効な治療法の第一選択は化学療法であると考えられるが,その治療成績は良好とはいえない.一方で,単独の臓器転移については不明な点が多いものの,外科切除または放射線療法による長期生存例は少ないながらも存在する2).今回,我々は胸部食道癌術後の単発性副腎転移に対して外科切除を行い,食道切除後10年,副腎転移術後6年の長期生存を得られた1例を経験したので,報告する.

症例

症例:69歳,女性

主訴:なし.

家族歴:特記事項なし.

既往歴:特記事項なし.

現病歴:嚥下困難感を契機に発見された胸部中部下部食道癌に対して術前化学療法(FP療法2コース)を施行後PRと判定し,右開胸食道切除,3領域リンパ節郭清,胃管再建術を施行した.病理組織学的検査所見で,Mt-Lt,SCC(por),pT3,int,INFb,ly2,v1,n2(No. 109L,No. 2),pT3N2M0 Stage IIIと診断,化学療法の効果判定はGrade 1aであった.

術後9か月後の胸部CTにて左主気管支背側に13 mm大のリンパ節腫大を認め,縦隔内リンパ節再発と診断し,化学放射線療法(chemo-radiotherapy;以下,CRTと略記)の方針とした.化学療法はcisplatin 70 mg/m2,および5-fluorouracil 700 mg/m2を2コースとし,縦隔内に計60 Gyの放射線療法を施行,効果判定にてCRと判断した.その後は経過観察としていたが,術後2年2か月(CRT後1年)の定期CTで左副腎に腫瘍の出現を認め,左副腎転移と診断した.Docetaxel単独療法を導入し,計14コース施行したところ指摘困難なほど縮小したため,いったん化学療法を休止した.しかしながら,術後3年11か月(CRT後2年9か月),化学療法休止後3か月の定期CTで再増大を認め,PET-CTでも左副腎に強いFDGの集積を認めた.縦隔を含め,左副腎以外には明らかな集積を認めず,左副腎への単独転移と診断し,加療目的に入院した.なお,初回手術時から副腎転移出現後の経過中,SCCはずっと基準値内で推移していた.

現症:身長146.6 cm,体重45.2 kg,PS 0.貧血,黄疸を認めず,表在リンパ節を触知しなかった.

入院時検査所見:血液生化学的所見に特記すべき所見は認めず,腫瘍マーカーはSCC,CEAともに基準値内であった.

腹部・骨盤部CT所見:食道切除後2年2か月(CRT後1年)の定期CTで左副腎腫瘍を認めた(Fig. 1A,矢頭).Docetaxelによる化学療法を計14コース継続し,食道切除後3年8か月(CRT後2年6か月)のCTで,左副腎腫瘍は指摘困難なほど縮小した(Fig. 1B).化学療法を中断し,3か月後の定期CTで腫瘍の再増大を認めた(Fig. 1C).

Fig. 1 

A: Abdominal CT scan revealed an enhanced mass in the left adrenal region at 2 years and 2 months after esophagectomy, diagnosed as adrenal metastasis (red arrowheads). B: The left adrenal metastasis shrank noticeably on the CT scan at 3 years and 8 months after esophagectomy (2 years and 6 months after CRT), due to a total of 14 courses of chemotherapy with docetaxel (red arrowheads). C: The CT scan at 3 months after chemotherapy interruption showed a regrowth of the tumor (red arrowheads).

腹部・骨盤部PET-CT所見:左副腎への強いFDG集積を認めた(Fig. 2A, B,矢頭).縦隔を含め,ほかに明らかな集積は認めなかった.

Fig. 2 

PET/CT showed high accumulation of FDG in the left adrenal region (A: axial, B: sagittal, red arrowheads). There were no other obvious accumulations, including the mediastinum.

画像上副腎以外の新たな転移巣の出現はなく単発であること,また化学療法が長期化しており,患者自身がこれ以上の化学療法の継続に積極的ではなかったこともあり,外科的切除の適応と判断し,食道切除後4年(CRT後2年10か月)で左副腎摘出術を施行した.

手術所見:上腹部正中切開にて開腹,膵上縁の癒着を剥離して脾動脈の頭側に腫瘍を同定した.周囲への明らかな浸潤は認めなかった.左副腎摘出術を施行し,手術時間103分,出血少量のみであった.

副腎腫瘍肉眼所見:楕円形,弾性硬の27 mm×18 mm大の充実性腫瘍であり,割面は灰白色調を呈していた(Fig. 3).

Fig. 3 

Macroscopic findings of the resected left adrenal gland showed an elliptical, elastic hard tumor 28×17 mm in size, with a solid cut surface.

副腎腫瘍病理組織学的検査所見:副腎は大部分が低分化で異型の強い腫瘍で占められており,形態的に前回の食道癌と類似の組織像であった.免疫染色検査では扁平上皮系のマーカーであるp63,CK5/6が陽性であり,食道扁平上皮癌の転移として矛盾しない所見であった(Fig. 4A~C).化学療法の治療効果としてはGrade 1aであった.

Fig. 4 

Histopathological examination revealed that almost all of the left adrenal gland was replaced by poorly differentiated squamous cell carcinoma, which was similar to that of the esophagus (A: HE. ×20). The markers of squamous cell carcinoma were positive in the immunostaining findings, which were considered to be metastasis of the esophageal cancer (B: p63. ×20, C: CK5/6. ×20).

術後経過:経過は良好であり,手術後6日目に退院した.本人の希望にて追加治療は行わず経過観察の方針とし,現在病勢の増悪なく,食道切除後10年,副腎転移術後6年長期生存中である.

考察

食道癌根治切除後の再発例の予後は不良であり,再発診断時からの生存期間の中央値は5~10か月程度と報告されている1).特に血行性再発の予後は極めて不良であり,一般に同時性,あるいは異時性に複数のリンパ節や遠隔転移を伴うことがほとんどであり,画像上孤立性の転移と思われるような症例でも,食道癌の性質上潜在的な多臓器転移の存在を念頭におく必要があるため,手術適応となることは極めてまれである.有効かつ標準的な治療の第一選択は化学療法であり,レジメンとしてプラチナ製剤やタキサン系薬剤を中心としたレジメンが選択されることが多いが,それのみで根治が得られることは非常に少なく,一般的には予後の延長効果を期待して行われることが多い.

一方で,単独の臓器転移に対する外科切除の意義や施行時期についての定まった見解はないものの,再発巣切除により長期生存が得られている報告は散見されている2)3).食道癌の他臓器転移において最も多いとされる肺転移に関して,Kanamoriら4)は外科切除を施行した33名について検討を行い,短期成績は良好で平均生存期間が17.9か月であったとし,その安全性と有用性を報告している.また,Hiraoら5)は根治的食道切除後の異時性肺転移切除例について検討し,7名中5名が再発なく生存していたと報告している.しかしながら,いずれも単施設からの報告であり,治療成績について手術以外の治療との差は明らかではない.また,肝転移症例に関しても切除後の長期生存例の報告は散見されているが,いずれも集学的治療の一環として外科的治療が施行されており,切除後の残肝再発率も高く,予後に対する寄与は明らかではない6)7)

副腎は,臓器サイズは小さいものの血流が豊富であり,悪性腫瘍の末期において血行性転移が比較的多く認められるといわれている8).食道癌の副腎への転移自体は決して少なくなく,再発食道癌における剖検例をみると,血行性再発の頻度として肺,肝臓,骨,脳に次いで多く,10.3%程度と報告されている9).しかしながら,それは全身転移の一つとして認められ,臨床例においてもリンパ節転移や複数の臓器転移を伴うことがほとんどであるとされ,切除の適応となることはまれである.医学中央雑誌(1964~2018年)にて「食道癌」,「副腎転移」をキーワードに検索したところ,食道癌の副腎転移を切除しえた例は本例を含め異時性に切除した6例,同時性に切除した2例の計8例のみであった.また,PubMed(1950~2018年)で「esophageal cancer」,「adrenal metastasis」,「resection」をキーワードに検索したところ,海外からの報告は3例認めるのみであり,合わせた11例について検討を行った(Table 1,会議録除く)10)~19).局在としては胸部,腹部食道がほとんどであり,組織型は扁平上皮癌を8例,腺癌を2例,未分化癌を1例に認め,扁平上皮癌のうち半数が低分化型であった.一般に低分化型は早期に血行性転移を来すとされており,血流の多い副腎への転移も起こしやすいものと推察された.転移部位はWillis20)によると左副腎は右よりも大きく血流が豊富なために他臓器からの転移は左側に多いと推測しており,今回の切除例の集積でも報告の通り左側が多い結果であった.副腎転移手術までの期間は食道切除後0~48か月で本例が最長であり,原発切除から長期経過後でも副腎転移を来すことがあるものと思われた.同時性であった3例を除き,食道切除後,もしくは副腎転移術前に化学療法を主体とした治療が8例中7例で施行されていた.副腎転移術後の生存期間は14~72か月で本例が最長であり,記載のなかった1例を除いて全例で1年以上の無再発生存が得られていた.

Table 1  Resected cases of adrenal metastasis from esophageal cancer
No. Author
(Year)
Age Sex Esophagus Adrenal metastasis Prognosis
Location pTNM (UICC) Histological type Intervals from the esophageal cancer Pre-treatment Location Tumor size
1 Shimada10)
(1992)
59 Male Mt-Lt pT2N2M0 SCC (mod) 4 months 5-FU, CDDP Right 60 mm NED
(18 months)
2 Yoshizumi11)
(1997)
56 Male Mt pT2N0M0 SCC (well) Synchronous 5-FU, CDDP Left 15 mm NED
(22 months)
3 Hata12)
(2000)
67 Male Mt-Lt pT3N2M0 SCC (por) 8 months 5-FU, CDDP Left 65 mm NED
(14 months)
4 Nagano13)
(2004)
57 Male Mt-Lt pT3N0M0 SCC (por) 3 months 5-FU, CDDP Left 62 mm ND
5 Omata14)
(2005)
75 Male Mt pT1N3M1 SCC (por) Synchronous CRT Left 45 mm NED
(17 months)
6 Cho15)
(2007)
70 Male Lt-Ae pT2N1M0 SCC 8 months Done Left 50 mm NED
(42 months)
7 Saito16)
(2010)
71 Male Mt pT0N0M0 Adenoca. 23 months 5-FU, CDDP Right 25 mm DOD
(71 months)
8 Dellaportas17)
(2011)
52 Male Lt pT3N1M1 Adenoca. Synchronous Not done Left 30 mm NED
(18 months)
9 Furukawa18)
(2012)
80 Male Lt pT3N3M1 Undiff 6 months VP16, CDDP Left 35 mm NED
(47 months)
10 Kanaya19)
(2017)
83 Male Lt-Ae pT3N2M0 SCC (mod) 14 months Not done Right 20 mm NED
(38 months)
11 Our case 69 Female Mt-Lt pT3N2M0 SCC (por) 48 months Docetaxel Left 27 mm NED
(72 months)

Undiff, undifferentiated carcinoma; CRT, chemo-radiation therapy; ND, not described; NED, alive with no evidence of disease; DOD: died of other disease

本症例では,食道癌根治切除後9か月でまず縦隔リンパ節再発が出現し,化学放射線療法を施行し完全奏効を得ることができた.食道扁平上皮癌は一般に放射線感受性が高く,限局性リンパ節再発に対する(化学)放射線療法の有効性は高いとされているため1),妥当な選択であったと考えられる.その後,術後2年2か月の定期CTにて左副腎の孤立性転移が出現した際には,血行性転移による潜在的な微小転移の存在を懸念し,まずは全身化学療法としてのdocetaxel単独療法を選択した.化学療法が奏効し左副腎腫瘍は著明に縮小したが,休止により再増大を認め,PET-CTにて他に明らかな非治癒因子がなく,また化学療法に対する忍容性が低下していたこともあり,外科的切除に踏み切る方針とした.食道癌の孤立性臓器転移について,切除により長期生存が見込める症例の選別に対する明確なストラテジーはない.食道癌術後肝転移については,Huddyら6)が初回治療として化学療法を行い感受性が良好であった場合のみ切除による生存期間延長が期待できると考察し,また食道癌術後単発性腎転移については,滝井ら21)が病巣が出現した際にはまず化学療法を選択し,化学療法中の観察のなかで局所コントロールができる症例は外科的切除を追加する意義があると報告している.副腎転移切除報告例においても,長期生存例のほとんどが化学療法を先行して行われていたことを考慮すると,肝転移や腎転移と同様に,外科的切除の意義に関して化学療法への感受性があることが一つの必要条件である可能性がある.すなわち,化学療法により標的病変の縮小が得られた場合には感受性が良好であると判断することができ,ひいては微小転移のコントロールも見込めると考えられる.本例においても副腎切除の意義が明らかではなかったが,長期の化学療法により腫瘍の縮小と同時に微小転移を制御することができ,残存した副腎転移に対する局所治療である外科切除を適切に組み合わせた集学的治療が長期生存につながった可能性があったと考えられた.

また,切除の施行時期を決定や,早期発見のための有効な経過観察法を明らかにした報告はなく,施設ごとに決められているのが現状である.本例では,経過中腫瘍マーカーの上昇は認めず,画像検査のみで切除のタイミングを決める必要があった.Teytonら22)は食道切除6か月後のPETが無症状の再発診断に有用であると報告している.また,Katoら23)は,CTと比較してPET-CTが局所再発の診断に有用であるとしているものの,再発形式により診断能に差があることも指摘しており,それぞれの画像検査の特性を十分に理解しておく必要があると考えられる.一方で,腫瘍マーカーが上昇するようなケースでは再発巣の病勢が反映されていると考えられ,化学療法の継続により陰転化した場合には,副腎転移のコントロールのみならず,同時に存在している可能性のある微小転移の制御を反映していることが示唆され,切除の可否やタイミングを決定するにあたり一つの参考値となりうる.いずれにせよ,種々の検査を組み合わせた慎重な経過観察が必要であり,具体的には,化学療法を継続する中で,1か月おきの定期的な腫瘍マーカーを含む血液検査や,2~4コース程度の間隔で画像評価を行いながら慎重に経過を観察し,切除可能と判断され,かつ他に非治癒因子がない場合には外科的治療を積極的に考慮し,切除に踏み切るタイミングを逃さないようにすることが重要であると考えている.

食道癌の副腎転移の予後は一般には不良であり,まずは全身化学療法を行うことが原則であると考えられる.一方で,外科的切除により予後の向上が見込める症例も存在する.症例が少なく,切除成績の詳細や手術の時期についてはさらなる検討が必要であるが,経時的な観察の中で切除可能と判断されるような症例に対しては,積極的な外科的介入を視野に入れた長期的な戦略によって予後の向上を目指すことが肝要である.

利益相反:なし

文献
 

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