日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
四次治療nivolumabにてpseudo progression様増大後に奏効したHER2陽性食道胃接合部癌再発の1例
宮﨑 葉月西川 和宏浜川 卓也俊山 礼志三代 雅明高橋 佑典三宅 正和宮本 敦史加藤 健志森 清平尾 素宏
著者情報
キーワード: 胃癌, 分子標的治療, nivolumab
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2021 年 54 巻 12 号 p. 853-860

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Abstract

HER2陽性食道胃接合部癌再発に対して四次治療でnivolumabが奏効した1例を経験したので報告する.症例は71歳の男性で,15年前に胃癌に対して幽門側胃切除術を施行した.術12年後に食道胃接合部に3型癌を認め,残胃全摘・下部食道切除を施行した.術後2か月で傍大動脈リンパ節再発を認めたため,capecitabine+oxaliplatin+trastuzumabを開始し,その後paclitaxel+ramcirumab,trifluridine/tipiracilを施行した.経過中に膵尾部リンパ節転移の増大と新規多発肝転移を認めたため,今回一次治療開始後1年9か月の時点で四次治療としてnivolumabを導入した.1コース目途中で一時的増大を来したが,3コース後に転移巣の著明な縮小を認め,部分奏効(partial response;以下,PRと略記)となった.PS・腫瘍マーカーともに改善し,現在PRを維持している.

Translated Abstract

We report a case of recurrence of HER2-positive esophagogastric junction cancer in which nivolumab was effective as fourth-line treatment. A 71-year-old man underwent distal gastrectomy for gastric cancer 15 years ago. Twelve years after the operation, type 3 cancer was found at the esophagogastric junction, and total remnant gastrectomy and lower esophagectomy were performed. Since recurrence in para-aortic lymph nodes was observed 2 months after the operation, capecitabine+oxaliplatin+trastuzumab therapy was started, and then paclitaxel+ramucirumab and trifluridine/tipiracil were administered. Since increased pancreatic tail lymph node metastasis and new multiple liver metastases were observed during the course, nivolumab was introduced as fourth-line treatment at 1 year and 9 months after the start of the first-line treatment. A temporary increase in lesion growth occurred in during the first course, but after the third course there was a marked reduction of the metastatic lesion and the outcome became a partial response (PR). Both performance status and tumor markers have improved, and PR is currently being maintained.

はじめに

胃癌治療ガイドライン第5版では,三次治療としてnivolumab(以下,Nivoと略記),irinotecan(以下,IRIと略記),trifluridine/tipiracil(以下,FTD/TPIと略記)が使用薬剤候補として挙げられている1).3剤の使い分けや用いる順序などに関しては,十分なエビデンスはないのが現状である.今回,我々は一次治療でtrastuzumab(以下,Tmabと略記)を使用し,四次治療でNivoが奏効したHER2陽性食道胃接合部癌の再発例を経験したので文献的考察と合わせて報告する.

症例

患者:71歳,男性(食道胃接合部癌診断時)

主訴:検診で指摘

既往歴:42歳時に大腸癌手術,59歳時に胃癌手術

緑内障,高血圧症,前立腺肥大症

家族歴:父:胃癌・前立腺癌,母:子宮癌

現病歴:59歳時に胃前庭部癌に対して幽門側胃切除,Roux-en Y再建術を施行した(Type0-IIc,pT2(SS),tub2,scirrhous,INF-beta,ly0,v0,pPM0(–),pDM0(–),pN0(–),pStage IB).術後5年無再発のため検診でfollowを行っていた.71歳時に上部消化管内視鏡検査にて食道胃接合部に3型病変を認め,手術加療目的に当科紹介となった.

身体所見:身長165 cm,体重72 kg,BMI 26.4 kg/m2

血液検査所見:末梢血・生化学検査に異常値は認めなかった.腫瘍マーカーはCA19-9 60 U/ml,CEA 10.1 ng/ml,SCC 1.7 ng/mlと上昇を認めた.

上部消化管内視鏡検査所見:噴門部前壁小彎側に4 cm大の周堤が一部崩れた潰瘍性病変(3型病変)を認め,1 cmほど食道粘膜への浸潤を認めた.送気にて壁のひきつれを認め,深達度はSM以深と考えられた(Fig. 1a~c).生検でAdenocarcinoma,tub2との結果であった.HER2免疫染色検査では腫瘍の約10%に比較的強い細胞膜への染色が観察され,HER2(+)score 3と診断した(Fig. 2).食道裂孔ヘルニアや逆流性食道炎やバレット上皮は認めなかった.

Fig. 1 

Upper gastrointestinal endoscopy. (a, b) Tumor ulceration with an irregular anal ridge on the anterior wall of the lesser curvature in the gastroesophageal junction. The tumor was diagnosed as type 3. (c) Swelling of the gastric fold indicated submucosal invasion of the tumor in the cardia of the stomach.

Fig. 2 

Immunohistochemistry revealed gastric cancer cells positive for human epidermal growth factor 2 (HER2) (HER2 score 3).

腹部造影CT所見:胃小彎前壁の壁肥厚を認め,既知の腫瘍と考えられた.明らかなリンパ節腫大や遠隔転移は認めなかった.

以上から,残胃の食道胃接合部癌(GE,LessAnt,M-13-O,Type 3,tub2,cT2N0M0,cStage IB)と診断し,開腹残胃全摘,下部食道切除,リンパ節郭清(#2,4sa,11d,110),Roux-en Y再建術を施行した.術中に腫瘍の肝外側区域浸潤を認めたため,肝S2・S3の部分切除を追加した.

切除標本所見:71×69 mmの3型腫瘍を認め,近位断端は5 mm,遠位断端は126 mmであった(Fig. 3).

Fig. 3 

Images of the excised specimen. A type 3 tumor of 71×69 mm was located on the anterior wall of the lesser curvature in the junction.

病理組織学的検査所見:胃切除標本では,卵円形腫大核を有する異型細胞が粘液の貯留を来しながら癒合腺管や乳頭状構造を作り浸潤発育する像を認め,腺癌(tub2>muc)の所見であった(Fig. 4a).癌細胞は固有筋層を超え,漿膜面に至り,隣接する肝実質に浸潤し,高度のリンパ管侵襲と中等度の静脈侵襲を認めた(Fig. 4b, c).胃癌取扱い規約第15版に従い,肝浸潤を伴う食道胃接合部癌(GE,Less,M-13-O,Type 3,71×69 mm,tub2>muc,pT4b(HEP),int,INFb,Ly1c(HE),V1b(HE),pN3a(7/9),pPM0(5 mm),pDM0(126 mm)と診断した.

Fig. 4 

Histological results with HE staining. (a) Atypical cells with oval tumor macronuclei appeared to have infiltrated gland ducts and papillary structures. The diagnosis was adenocarcinoma, group 5, tub2>muc. (b) Cancer cells had crossed the muscularis propria and reached the serosa surface, showing a high degree of lymphatic invasion. (c) Severe vascular invasion was present.

術後5日目に縫合不全を生じ,2か月間の保存的治療を要した.経過中のCTにて偶然に傍大動脈に16 mm大の軟部影を認め,傍大動脈リンパ節再発と診断した(Fig. 5a).HER2(+)score 3であったため,一次治療としてcapecitabine(以下,Capeと略記)+oxaliplatin(以下,OHPと略記)+Tmab(Cape;1,200 mg/m2;600 mg/m2 1日2回day 1~14,OHP;60 mg/m2,Tmab;初回8 mg/kg,維持6 mg/kg,3週毎)を開始した.この際,術後縫合不全による腹腔内膿瘍の増悪が懸念されたため,CapeおよびOHPは減量投与とした.4コース施行後の効果判定では部分奏効(partial response;以下,PRと略記)であった.6コース目にアレルギー症状の出現を認めたため,OHPのみ中止し13コース施行後の効果判定にて新病変である膵尾部にリンパ節転移を疑う13 mm大の結節影を認めた(Fig. 5b).二次治療としてpaclitaxel+ramcirumab(以下,PTX+RAMと略記)(PTX;80 mg/m2,RAM;8 mg/kg 4週毎)を導入したが,4コース施行後に膵尾部リンパ節の増大を認め,病態進行(progressive disease;以下,PDと略記)と判断した(Fig. 5c).三次治療としてFTD/TPI療法(55 mg 1日2回,day 1~5,8~12,4週毎)を計6コース施行したところで,膵尾部リンパ節増大と新病変である肝転移の出現を認め,PDとなった(Fig. 6a, e).このため再発後1年10か月の時点で,四次治療としてNivo療法(Nivo;240 mg/day,2週毎)を行う方針とした.1コース施行後に心窩部不快感と食事困難が出現し,Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status(以下,PSと略記)は2であった.上記症状出現時のCTにて膵尾部リンパ節と肝転移の増大を認めた(Fig. 6b, f).1回のみの投与で効果判定としては期間が短すぎるため,Nivo投与継続の方針とした.3コース施行後,膵尾部のリンパ節転移および肝転移巣は著明な縮小を認め,7コース施行後も腫瘍縮小効果は維持されていた(Fig. 6c, d, g, h).腫瘍マーカーの推移としては,2コース施行前にてCEA 1,276 ng/ml,CA19-9 1,296 ng/mlと最高値を示したが,その後,いずれも低下傾向を示している(Fig. 7).Nivo治療開始から6か月経過し,計10コース施行した現在もPRを維持し,PSも0となり全身状態も改善傾向である.

Fig. 5 

Abdominal CT. (a) Para-aortic lymph node recurrence was detected two months after the operation. (b) The lymph node behind the pancreatic tail was enlarged after first-line treatment (Cape+OHP+HER). (c) The same lymph node was further enlarged after second-line treatment (PTX+RAM).

Fig. 6 

Effects of nivolumab (Nivo) as fourth-line treatment. (a) The lymph node behind the pancreatic tail before Nivo treatment. (b) The same lymph node increased in size after one cycle of Nivo. (c) There was a marked reduction of the lymph node lesion after three cycles. (d) A partial response was obtained after seven cycles. (e) Multiple liver metastases before Nivo treatment. (f) Liver metastases increased after one cycle of Nivo. (g) There was a marked reduction of liver metastases after three cycles. (h) A partial response was obtained after seven cycles.

Fig. 7 

Changes in tumor markers during nivolumab treatment. The levels of CEA and CA19-9 increased after one cycle, but markedly decreased after four cycles.

考察

切除不能進行・再発胃癌において化学療法による生存期間の延長が示されているが,全生存期間中央値は12~14か月であり,依然根治は難しくその治療法開発は大きな課題と考えられる2).しかし,二次治療における血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)に対するモノクローナル抗体であるRAMや,三次治療以降でのDNA代謝拮抗薬であるFTD/TPIや免疫チェックポイント阻害剤であるNivoの出現により,長期生存例や治癒例が散見されるようになってきた.特にNivoは,治療歴のある進行胃癌もしくは食道胃接合部癌を対象としたATTRACTION-2試験の3年フォローアップデータにおいて,1年生存率27.3%,2年生存率10.6%,3年生存率5.6%と少数例ながらも長期生存例が報告されている3).胃癌治療ガイドライン第5版において,三次治療としてNivo,IRI,FTD/TPIが使用薬剤候補として挙げられているが,3剤の使い分けや用いる順序などに関しては,十分なエビデンスとなるものはなく今後さらなる検討が必要と考えられる.ただし,ガイドラインでは可能なかぎりのキードラッグを使い切るような戦略を推奨すると明記されている.自験例では三次治療としてFTD/TPIを投与し,四次治療としてNivoを導入し治療効果を得ることができた.Nivo治療がPDとなった場合には,IRIの使用を検討する予定である.

癌薬物療法におけるpseudo progressionは,活性化されたリンパ球が腫瘍に集簇し腫瘍が大きくなる現象とされている 4).画像上腫瘍組織が一度大きくなるため病勢進行との鑑別に難渋する場合があるが,明確な鑑別方法はいまだ確立されていない5)6).これまで化学療法の有効性の評価としてresponse evaluation criteria in solid tumors(以下,RECISTと略記)基準が標準的に用いられてきたが,近年では免疫療法の発展により免疫応答の誘導期間および腫瘍組織での免疫細胞浸潤期間を考慮し,RECISTとは異なる効果判定基準であるimmune-related response criteria(以下,irRCと略記)7)やimmune-related RECIST(以下,irRECISTと略記)8)に基づき,腫瘍の増悪を判定することが検討されている.自験例においては,判定期間が短すぎるためにirRCやirRECISTのみならずRECIST規準においてもpseudo progressionとは定義されないものであった.しかし,期間は別として自験例のように画像上一時的に増大を認めてもその後に著効する症例が存在するのは事実である.このため,画像上のPD効果判定を行ううえで自験例のような一時的増大やpseudo progressionの可能性については常に念頭に置く必要があると考える.さらに,Nivoを含む免疫チェックポイント阻害薬においては,薬剤投与後に腫瘍成長率を著しく増加させるhyper progression の頻度が高いのではないかという報告もあり,頻回の画像評価が重要であると考えられる5)6).三次治療以降のNivoの奏効率は約10%と報告されており9),四次治療としてのNivo療法によりPRを示した本症例は比較的まれな症例といえる.また,ATTRACTION-2試験の結果から完全奏効(complete response;以下,CRと略記)あるいはPRが得られた症例では,全生存期間中央値が26.7か月,3年生存率が35.5%と非常に良好な成績が示されており,この意味からも本症例の予後改善には非常に期待が持てると思われる3)

Nivo治療の予後あるいは効果予測因子はいまだ十分には明らかにはされていないが,Nivo単剤治療において好中球とリンパ球の比率(neutrophil-to-lymphocyte ratio;NLR)が独立した予後因子であったと本邦の研究で報告されている10)~12).それぞれの報告でNLRのカットオフ値が異なるが,その中でもYamadaら13)はNLR>2.5群と2.5≤NLR群を比較し,後者の疾患制御率とOSが有意に高かったと述べている.自験例ではNivo初回投与直前のNLRは2.26であり,Yamadaら13)の報告を支持する結果であると考える.

また,HER2の発現とPD-L1受容体抗体の発現の関連性が基礎研究で示されており,Suhら14)は胃癌細胞株でHER2の発現が高いほどPD-L1の発現は高く,さらにHER2が高発現している胃癌細胞株において,HER2を阻害することでPD-L1の発現が低下したと報告している.Okiら15)は胃癌組織でのHER2 スコアが高まるほどPD-L1の発現割合が高くなることを示している.また,HER2陽性乳癌においてTmab治療後にはPD-1発現が増加するという報告もある15)16).つまり,HER2陽性胃癌で特にTmab既治療症例においてはPD-L1阻害薬であるNivoの効果が得られやすい可能性がある.臨床的研究では,ATTRACTION-2試験の附随研究としてHER2陽性胃癌においてTmab投与歴の有無で奏効率および無再発生存期間に差はなかったものの,全生存期間ではTmab投与歴有のグループで生存成績が良好であった(ハザード比;Tmab投与歴あり0.38,Tmab投与歴なし0.71;interaction P=0.0431)と報告されている17).HER2陽性胃癌が進行胃癌または食道胃接合部癌全体の20%と少ないこともあり18),HER2の発現とNivoの治療効果の関連性についてはいまだ十分なエビデンスは認めない.本症例ではPD-L1の発現を調べてはいないが,HER2陽性であったためPD-L1高発現であった可能性は十分にあると考えられる.HER2とPD-L1の関係性に関しては今後症例を重ね,慎重に検討していく必要があると考えられる.

自験例は,HER2陽性の食道胃接合部癌術後再発症例に対する四次治療において,Nivoが一時的な腫瘍増大を認めた後に奏効し,予後およびQOLの改善が得られたという非常に興味深い臨床経過を辿った症例であった.

利益相反:なし

文献
 

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