日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
91歳女性の出血性肝囊胞破裂に対して緊急開腹止血術を施行した1例
原田 嘉一郎山中 健也栗本 信萱野 真史田島 美咲新藏 秋奈花畑 佑輔青木 光松山 剛久田村 淳
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2022 年 55 巻 4 号 p. 233-239

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Abstract

出血性肝囊胞破裂についての報告は極めて少ない.91歳女性の肝囊胞破裂による出血性ショックに対して緊急手術を行った1例を報告する.腎盂腎炎,敗血症性ショックと診断され前医で加療されていた.来院当日,急激な右下腹部痛を自覚しプレショック状態となり当院に転送された.造影CTで肝後区域に高吸収域を伴う囊胞性病変を認めた.周囲に高CT値の腹水を認め,肝囊胞性病変の出血性破裂によるショックと診断した.Extravasationを伴わなかったため経カテーテル的止血術ではなく緊急開腹術を選択した.プリングル下に肝右葉を授動し,肝囊胞壁に到達した.肝囊胞内からの出血を確認し,肝囊胞出血性破裂と診断した.囊胞壁を切除し肝囊胞内に露出したグリソンからの出血部位を縫合した.ダグラス窩の腹水が混濁していたため,肝囊胞感染が契機に出血し,破裂したと考えた.91歳と高齢であったが術後14病日に転院した.

Translated Abstract

There are few reports of hemorrhagic rupture of liver cysts. Here, we report a case of emergency surgery for hemorrhagic shock due to a ruptured hepatic cyst in a 91-year-old woman. The patient was treated under a diagnosis of pyelonephritis and septic shock at another hospital. She had acute lower right abdominal pain and her vital signs were in pre-shock, and she was transferred to our hospital. Contrast-enhanced CT showed a cystic lesion in the posterior segment of the liver and ascites with a high CT value around the liver. She was diagnosed with hemorrhagic shock due to hemorrhagic rupture of a liver cyst. The CT examination revealed no extravasation. Thus, transcatheter hemostasis was thought to be inapplicable, and emergency surgery for hemostasis was selected. The right lobe of the liver was mobilized under the Pringle maneuver to expose the wall of the hepatic cyst. Bleeding from the ruptured hepatic cyst was confirmed and hemorrhagic rupture of the liver cyst was diagnosed intraoperatively. The cyst wall was excised to identify and suture the bleeding site in the Glissonean sheath. The ascites in the Douglas fossa was infectious. We concluded that hepatic cyst bleeding triggered by hepatic cyst infection and subsequent cyst rupture led to hemorrhagic shock with acute abdominal pain. Despite her advanced age of 91 years old, the patient was discharged after 14 days without surgical complications.

はじめに

肝囊胞は,腹部CTや超音波検査の使用の増加により約5%で発見され,そのほとんどは無症候性である1)2).しかし,単純性肝囊胞の出血性破裂は,非常にまれな致死的合併症である3).そのため,早期の診断と止血治療が必要であるが,治療過程に難渋する1)3)4).今回,91歳の肝囊胞破裂による出血性ショックに対して緊急手術を行い,救命しえた1例を経験したので報告する.

症例

患者:91歳,女性

主訴:腹痛

既往歴:高血圧,糖尿病,心房細動に対してXa阻害剤内服中,胆囊摘出後(詳細不明)

家族歴:不詳

現病歴:来院日の5日前に発熱,嘔吐を主訴に前医を受診し腎盂腎炎,敗血症性ショックとしてノルアドレナリンを併用しメロペネム,バンコマイシンによる抗生剤加療を開始された.前医での血液培養,尿培養から感受性良好の大腸菌が検出されたためアンピシリン・スルバクタムにde-escalationされ,全身状態は改善しノルアドレナリンも終了されていた.しかし,来院当日の昼頃より急激な右下腹部痛を自覚し,プレショック状態となったため当院に転送された.

入院時現症: 身長140 cm,体重66 kg,GCS E3V4M6,血圧99/68 mmHg,脈拍数122回/分,SpO2 100%(5 l),体温37.7°C,SOFA score 3点

血液検査所見:WBC 12,100/μl,Hb 12.0 g/dl,血小板14.6×104/μl,PT 37.2%,PT INR 1.63,APTT 37.1秒,ALB 1.5 g/dl,T-Bil 0.9 mg/dl,AST 22 U/l,ALT 17 U/l,ALP 218 U/l,LD 277 U/l,γ-GTP 53 U/l,AMY 71 U/l,CK 38 U/l,BUN 21.7 mg/dl,CRE 0.64 mg/dl,Glu 156 mg/dl,Na 140 mmol/l,K 3.7 mmol/l,Cl 111 mmol/l,Ca 6.7 mg/dl,CRP 11.02 mg/dl,pH 7.480,PO2 158 mmHg,PCO2 29.8 mmol/l,HCO3 22 mmol/l,Lac 2.2 mmol/l

腹部ダイナミック造影CT所見:肝後区域に高吸収域を伴う囊胞性病変を認めた.周囲に高CT値の腹水を認めたがextravasationは伴わなかった(Fig. 1a, b).

Fig. 1 

a) Early phase contrast-enhanced CT showed no extravasation, but there was calcification inside the cyst. b) Late phase contrast-enhanced CT showed no hepatic mass lesion, but ascites with a high CT value was detected around the liver, which suggested intra-abdominal bleeding.

治療方針:腹部超音波検査などを追加し,肝囊胞性病変の破裂による出血性ショックと術前診断した.Extravasationを伴わず動脈性出血の可能性は低いと考えた.放射線科医,消化器内科医と協議のうえで,経カテーテル的止血術ではなく開腹止血術を選択した.

手術所見:逆L字切開で開腹した.腹腔内には多量の血腫を認めた.はじめにプリングルを施行した.肝周囲の腹腔内血腫除去の後に肝右葉を授動し,肝後区域の囊胞性病変を同定した.肝囊胞の破裂部を同定し,肝囊胞出血性破裂によるショックと術中診断した(Fig. 2a).肝実質を含むように囊胞壁を一部切除した.肝囊胞内のグリソンからの出血点を縫合止血した.動脈性の出血は認めず門脈分枝からの出血と考えられた.ダグラス窩の腹水は混濁し感染性であった.肝囊胞開窓後に,囊胞再発予防目的で,大網を破裂した囊胞に充填した(Fig. 2b).右横隔膜下にブレイクドレンを留置し手術を終了した.出血量は2,684 ml(腹水込み)であり,術中に濃厚赤血球製剤2単位の輸血を行った.手術時間は3時間7分であった.

Fig. 2 

a) The posterior segment of the liver was mobilized and the ruptured part of the hepatic cyst was partially opened to reveal bleeding inside the cyst. b) The cyst wall was resected and opened with partial liver resection around the cyst. The opened cyst was filled by the omentum.

病理結果:Benign hepatic cyst(Fig. 3a, b).

Fig. 3 

a) Macroscopic findings for the excised wall of the hepatic cyst showed a multilobular cystic wall that was partially hardened and thickened and had no solid mass lesion. b) The cyst was lined with typical glandular epithelium, with bleeding, hemosiderin deposition and inflammatory cell infiltration in the surrounding area.

術後経過:腹腔内所見でダグラス窩に感染性腹水を認めたこと,術前CRPが11.02 mg/dlと高値であったことから血圧低下については肝囊胞からの出血性の要素に加えて肝囊胞感染による敗血症性の要素が疑われた.肝囊胞感染を契機に出血性肝囊胞破裂を生じたと考え,全身状態を考慮しピペラシリン・タゾバクタムによる抗生剤加療を行った.当院で採取した血液培養,尿培養からは菌体が検出されず,肝囊胞感染に対して治療期間は2週間とした.術中に濃厚赤血球輸血を2単位行ったが,術直後のHbは8.8 g/dl,翌朝には7.7 g/dlまで低下した.術後1日目に濃厚赤血球輸血を2U行い,以降は著明な貧血進行を認めずに経過した.術後8日目にCTでフォローを行い,明らかな液貯留,膿瘍腔を認めずドレンを抜去した.明らかな出血傾向を認めず術後9日目よりXa阻害剤内服を再開した.術後経過は良好であり,転院しえた.

考察

単純性肝囊胞の合併症には,囊胞内感染,囊胞内出血,閉塞性黄疸,門脈圧亢進症や下大静脈血栓症などがある1).腹腔内への破裂による腹腔内出血,出血性ショックを来す症例は少なく,PubMed(1950年~2020年)で「hepatic cyst」,「rapture」で検索してもいくつかの症例報告とそのレビュー文献を認めるのみであった1)3).医学中央雑誌(1964年~2020年)で「肝囊胞」,「破裂」をキーワードに検索したところ,詳細を把握できる単純性肝囊胞破裂の報告は16例であった5)~19).そのうち血性腹水を認めた症例は9例であったが,出血性ショックを来した報告はなかった(Table 1).

Table 1  Reports of rupture of a simple hepatic cyst in Japan
No. Author Year Age Sex Anticoagulation Location of cyst Shock Hemolytic ascites Extravasasion Cause Initial treatment Operation Procedure Active bleeding
1 Sodeyama5) 1998 30 F R + NE Idiopathic Operation + Deroofing +
2 Orihata6) 1998 51 M R NE Idiopathic Operation + Deroofing
3 Hoshino7) 2003 66 F R NE Infection Operation + Open drainage
4 Hoshino7) 2003 62 M L NE Infection Operation Deroofing
5 Kanazawa8) 2003 78 M R + Infection PD
6 Isaka9) 2004 69 F R Idiopathic PD + Open drainage
7 Inagaki10) 2006 73 F Antiplatelet agents R + NE Idiopathic Operation + Open drainage
8 Nakanishi11) 2009 75 F R Infection PD
9 Ueda12) 2010 64 F R + Idiopathic Observation
10 Hamamoto13) 2013 64 F R Idiopathic Observation
11 Uoshima14) 2014 56 F R + NE Trauma PD
12 Akama15) 2015 65 F L + NE Idiopathic Observation + Laparoscopic deroofing
13 Hotta16) 2015 62 F R NE Idiopathic PD
14 Nagata17) 2016 64 F R + + Idiopathic Operation + Laparoscopic deroofing +
15 Yamazaki18) 2016 80 F R + Trauma TAE
16 Aso19) 2019 69 F R + + Trauma Observation + Laparoscopic deroofing
17 Our case 91 F Xa inhibitor R + + Infection Operation + Deroofing +

NE: not evaluated, PD: percutaneous drainage, TAE: transcatheter arterial embolization

肝臓からの腹腔内出血は,良性または悪性の肝腫瘍が原因であることが多い4).本邦では肝細胞癌の発生率が高いため,肝腫瘍からの腹腔内出血としては,肝細胞癌が,最も一般的な原因と考えられる.その他の鑑別診断として,肝囊胞感染,肝外傷や肝内動脈瘤の破裂などが考えられ,polyarteritis nodosaに関連した動脈瘤は,自然破裂し,難治性であると報告されている20).また,妊娠やHELLP症候群に関連した病態も考えられる21).単純性肝囊胞の自然破裂は,急性腹症で発症しうる合併症であり,まれではあるが肝囊胞の既往歴のある患者の急性腹症の鑑別診断として,囊胞破裂を含めるべきとの報告もある3)が,出血性ショックを伴うものは極めて少なく診断は容易ではない.本症例でも,まず,肝細胞癌の破裂を疑ったが,腹部ダイナミック造影CT上,造影効果を受ける腫瘍性病変を認めず,また,明らかな動脈性出血も同定できなかった.既往歴や年齢,また,術前超音波検査で囊胞成分を認めたことから,何らかの囊胞性病変の破裂による出血性ショックと術前診断した.

囊胞破裂は,急激な囊胞体積の増加や感染による囊胞壁の脆弱化が関連している1).本邦での報告では感染を契機とした症例が5例,外傷を契機とした症例が3例,明らかな誘因を認めなかった(自然破裂)症例が8例であった.報告例のうち抗血小板薬を内服していた症例は1例のみ10)であった.抗凝固薬と肝囊胞出血との関連について言及した報告はなく,本症例ではXa阻害剤を内服していており易出血性の状態であったとは考えられるがその関連は明らかではない.囊胞内出血は,囊胞内圧の上昇が囊胞の上皮層の壊死と脱落を起こし,囊胞壁の脆弱な血管が障害された結果引き起こされると考えられている22).本症例では腹腔内所見でダグラス窩に感染性腹水を認めたことから,囊胞内感染による障害により,囊胞内グリソンから出血し,囊胞内圧が上昇し,囊胞が破裂,遊離腹腔内への出血となり,急激な腹痛とともに,出血,感染を契機とするショックを起こしたと考えられた.さらに,前医の敗血症性ショックは,腎盂腎炎だけではなく肝囊胞感染も関与していたのではないかと術後推定された.

単純性肝囊胞からの出血を示す患者には,静脈内輸液や血液製剤の投与による観察といった保存的治療から,放射線ガイド下ドレナージや硬化療法,コイリング,手術などのより侵襲的な治療法までさまざまである3).一般に,保存的治療や硬化療法やコイリング,経カテーテル的動脈塞栓術(transcatheter arterial embolization;以下,TAEと略記)などの経カテーテル的止血術ができなかった場合に,緊急手術が選択される4).Marionら1)は肝囊胞破裂の中で出血性破裂が特に深刻な病態であり,6人の患者が出血性ショックとなり,その内3人の患者が死亡したと報告している.造影CTでextravasationを認めない肝囊胞破裂出血症例に対してTAEが選択された報告も認めるが,同報告ではTAEを選択する条件の一つに循環動態が安定していることを挙げている18).本症例では来院時出血性ショックの状態であったこと,腹部ダイナミック造影CTで明らかな動脈性出血が同定できなかったことから消化器内科医,放射線科医とも協議し経カテーテル的止血術による救命は困難と判断し,91歳という高齢者であったが緊急手術に踏み切った.一般的に肝開窓術は肝囊胞の確実で安全な治療法であり,腹腔鏡で行われることも多い2).単純性肝囊胞破裂に対して,腹腔鏡下開窓術を行ったという報告もある23)が,活動性の出血がある場合には,腹腔鏡を用いるべきではないと考えられる3).本症例でも,出血コントロールを目的とした手術であったので,まず,逆L字切開による開腹に行い,プリングルによる出血コントロールを行った.肝囊胞出血破裂と術中診断でき,出血部位が同定できたため,血腫除去,囊胞開窓術,縫合止血術で救命しえたと考えている.

出血性肝囊胞ではその画像所見,臨床的特徴から,しばしば肝囊胞腺腫,腺癌との鑑別が困難である.本邦でも肝囊胞腺癌から感染を契機に破裂を来した症例が報告されており24),肝腫瘤からの出血性破裂において鑑別が必要な病態と考えられる.肝囊胞腺腫,腺癌に対する治療としては腺腫であっても再発や癌化の可能性を考慮し完全切除が望ましいとされている25).先の報告例では全身状態改善のためにまずは腹腔内ドレナージを行い二期的な肝切除術が施行され術後1年再発なく経過している24).本症例では肝囊胞性病変の出血性破裂を疑い囊胞開窓術,縫合止血術を施行し,病理組織診では単純性肝囊胞の診断であった.術中迅速組織診は行っていないが,全身状態が不良であったことを考慮すると一期的な肝切除術施行は侵襲が大きく,本症例での囊胞開窓術,縫合止血は救命目的での初期治療として妥当であったと考える.

超高齢者の場合,手術による合併症で致命的となる可能性があり,術前の脆弱性を評価することも困難である26).90歳以上の在院死亡に対するリスク評価を行った研究では在院死亡率は6.5%であった.また,同報告ではSIRSスコアが予後予測に有効であることが示されている27).その意味でも超高齢者に対する緊急手術の適応に関しては慎重であるべきだが,本症例では,早期に緊急手術に踏み切れたことで,救命できたと考えている.

出血性肝囊胞破裂は極めてまれではあるが,致死的な病態である.早急な開腹止血術,肝囊胞開窓術は出血性肝囊胞破裂に対して有効であり,91歳という超高齢者に対しても救命できたと考えている.

利益相反:なし

文献
 

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