日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
転移性肝腫瘍との鑑別が困難で手術適応の判断に影響した胆管過誤腫併存食道胃接合部癌の1例
島田 有貴大内田 研宙松本 昂進藤 幸治森山 大樹水内 祐介仲田 興平山本 猛雄橋迫 美貴子小田 義直中村 雅史
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2022 年 55 巻 5 号 p. 311-316

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Abstract

症例は69歳の女性で,食道胃接合部癌に対する手術時に,肝被膜下に5 mm弱の白色結節が散在していた.術中迅速診断で腺癌と診断されたため,手術適応外と判断した.化学療法を施行し,その後の審査腹腔鏡時に再度切除した組織で胆管過誤腫と診断され,後日改めて根治術を施行した.本症例は,初回手術時に採取した組織片が小さく,超音波凝固切開装置による熱変性による細胞の変形が,病理診断の大きな障害になったと考えられる.加えて,原発の食道胃接合部癌が高分化型であり,異型が比較的弱い病変であったことも一因といえる.消化器癌に併存した肝腫瘍の診断において,当疾患の存在も念頭におき,微小な病変であってもその組織構築や細胞形態の維持が不十分となり病理診断に影響しないように,アーチファクトが加わらない美麗な標本を十分量採取するよう心がけるべきである.

Translated Abstract

A 69-year-old woman underwent surgery for esophagogastric junction cancer. Multiple subcapsular nodules of several millimeters in size were identified on the liver surface and diagnosed as liver metastases based on pathological examination. Staging laparoscopy was performed after 2 courses of chemotherapy and the same nodules were detected, but the pathological diagnosis was biliary microhamartoma. Finally, the patient underwent curative surgery. In this case, thermal effects of the ultrasonic energy device with an inadequate resection margin in the initial partial hepatectomy was a major obstacle to pathological diagnosis. In addition, the primary lesion was a well differentiated tumor without severe atypia, which could increase the difficulty in pathological diagnosis. This rare entity should be listed as a differential diagnosis of small nodules of the liver, especially when coexisting with gastrointestinal cancers. This report suggests the importance of obtaining a sufficient amount of liver specimens without thermal artifacts, since such artifacts may cause inappropriate identification of structural and morphological findings of tissue components, leading to diagnostic pitfalls.

はじめに

胆管過誤腫は手術中に偶発的に発見されることの多い,まれな肝良性腫瘍類似腫瘍病変である1).術前画像では捉えられず,術中所見でも微小な肝転移との鑑別は不可能であるが,多くの消化器癌で肝転移の有無は手術適応に直結するためその鑑別は重要である.

一般的に,検体採取時に熱変性が加わった組織標本は,異型上皮様に見える場合がある2).自験例でも超音波凝固切開装置による熱変性が加わった影響で,一時は転移性肝腫瘍と診断され,治療方針に大きく影響した.組織変性が加わらない標本採取の重要性を痛感したため,外科的および病理学的考察を交えて報告する.

症例

患者:69歳,女性

主訴:なし(検診異常).

既往歴:53歳時 卵巣囊腫の手術.

現病歴:他院の検診で実施した上部消化管内視鏡検査で,食道胃接合部に1型進行癌を指摘され,手術目的に当科紹介となった.

血液検査所見:特記所見なし.

腹部造影CT所見:食道胃接合部に造影効果を伴う壁肥厚像を認めた.有意なリンパ節腫大は認めなかった.肝両葉に1~1.5 cm程度の血管腫や囊胞を複数認めたが,肝転移の所見は明らかではなかった.

腹部造影MRI所見:明らかな肝転移の指摘なし.

腹部超音波検査所見:明らかな肝転移の指摘なし.

上部消化管内視鏡検査所見:食道胃接合部後壁側に,頂部に潰瘍を伴う隆起性病変を認めた(Fig. 1a).生検で高分化腺癌の結果であった(Fig. 1b).

Fig. 1 

Upper gastrointestinal endoscopy (a) before and (c) after treatment. (b) Microscopic view of the biopsy of the primary lesion. HE stain (×200).

上部消化管造影検査所見:食道胃接合部後壁に不整な25×18 mm大の不整な類円形透亮像を認め,側面変形も伴っていた.

以上より,食道胃接合部癌 cT3(SS)N0M0 Stage II(Siewert分類type II)の診断で根治術を行う方針とした.

手術所見(初回):腹腔内検索で肝両葉表面に複数の白色調の小結節を認めた(Fig. 2).5 mm弱のS4の結節を切除し,術中迅速病理診断に提出したところadenocarcinomaであった.ダグラス窩で洗浄腹水細胞診を実施し,腫瘍細胞は陰性であった(CY0).肝転移以外の非治癒因子は認めなかった.

Fig. 2 

Intraoperative findings during the primary operation showed multiple, whitish subcapsular nodules of several millimeters in size scattered throughout the liver.

病理組織学的検査所見(初回):迅速標本(Fig. 3a),戻しの永久標本(Fig. 3b)ともに非常に小片で,核の濃染と核形不整を伴った異型細胞が不整形の腺腔を形成し,adenocarcinomaと判断された.

Fig. 3 

(a, b) High power view of the cautery-damaged specimen demonstrated elongated and irregular nuclei, indicating adenocarcinoma. Heat generation also caused loss of cytological details and excessively squeezed ductal structures. (a: rapid frozen section, b: permanent section, HE stain ×200). (c) Heat generation resulted in separation of the epithelium from the basement membrane (HE stain ×200). (d, e) The lesion was located subcapsularly, enclosing the portal tract. The outline of the lesion was sharp on a low power view. A high power view showed proliferation of small bile ducts lined by a single layer of cuboidal cells, with bland nuclei, mild dilation and branching, accompanied by fibrotic stroma. These features suggested biliary microhamartoma (d: HE stain ×40, e: HE stain ×200).

多発肝転移を伴う食道胃接合部癌の診断で手術適応外と判断し,化学療法を導入する方針とした.5週間を1コースとし,S-1 80 mg/bodyをday 1~21に内服し,cisplatin 60 mg/m2をday 8に点滴静注するSP療法を2コース施行し,その後はS-1内服(80 mg/body,4週投与2週休薬)を1コース施行した.化学療法施行後,原発巣は著明な縮小を認め(Fig. 1c),腹部造影CTやMRIでは依然として肝転移を示唆する所見を認めなかった.しかし,有害事象共通用語基準(CTCAE v5.0)におけるGrade 3の貧血で頻回の輸血を要するようになったため,化学療法の継続は困難であり,初回手術より5か月後に残存非治癒因子検索の目的に審査腹腔鏡を施行する方針とした.

手術所見(2回目):肝表面の多発白色結節は残存しており,依然として治癒切除は不能と考えられた.S2,S3,S4の各5 mm弱の結節を切除し,手術を終了した.

病理組織学的検査所見(2回目):S2,S3の病変:構成細胞の核はほぼ均一で異型はあまり目立たないとはいえ,挫滅の影響で上皮細胞が脱落し腺管構造も不明瞭であった(Fig. 3c).S4の病変:肝被膜直下に,門脈域に接して,やや不規則に分岐,拡張した腺管の集簇を認めた.胆管上皮細胞は立方状で小型円形の核を有し,異型に乏しかった.アーチファクトを受けない標本作製に至り,この時点でようやく胆管過誤腫と診断された(Fig. 3d, e).

以上より,根治切除可能と判断し,2回目手術より2週間後に改めて腹腔鏡下噴門側胃切除,下部食道切除,D2郭清,下縦隔リンパ節郭清,ダブルトラクト再建術を施行した.術後の病理組織学的検査では,原発巣および27個の郭清リンパ節に腫瘍細胞は見られず,瘢痕様の線維組織と炎症細胞の浸潤を認めるのみであり,組織学的治療効果判定はGrade 3:病理学的完全奏効と判定された.

考察

消化器癌の術中に予期せぬ肝臓表面の結節を認めた場合,消化器癌の肝転移のほかに,胆管腺腫,胆管過誤腫,反応性細胆管増生をはじめとする肝臓原発の良性病変との鑑別を要すことはあまり知られていない3).いずれも肝表面に腺管構造を形成しうる病変であり,しばしば診断に難渋することがあるが,原発巣の外科的切除の適応に直結するため,その良悪性の鑑別は非常に重要である.

そのうち,胆管過誤腫は良性腫瘍類似病変であり,手術時の偶発的所見として見出されることが多く,そのほとんどが5 mm以下である.顕微鏡レベルの病変では鏡検時に偶然発見されることも多い.通常は自験例の如く多発傾向にある1).胆管微小過誤腫(biliary microhamartoma)やvon Meyenburg complexとも呼ばれることが多いが,一致した呼称はない.病理組織学的には,門脈域内あるいは門脈域に接し,不規則に拡張,蛇行した,大きさが不揃いな小胆管の増生と密な繊維性間質が見られる.胆管上皮に異型は認めない4)5).腺腔内に胆汁を容れることも多いが自験例では認めなかった.自験例のような腺管の配列が密な胆管過誤腫では,胆管腺腫との鑑別が特に困難であるが,自験例では病変がびまん性に広がっている点と,腺管の不規則な分岐,蛇行が見られる点から,胆管過誤腫と診断した.

このように胆管過誤腫は肉眼所見や画像所見のみならず,特徴的な細胞異型と構造異型に乏しいため,病理診断でも転移性肝腫瘍と組織像が酷似し,病変のサイズ自体も小さいことで,その鑑別が困難な場合がまれではない.また,胆管過誤腫は手術中に偶発的に見つかることが多いため,癌の手術であれば,その転移の可能性の除外のために術中迅速診断用の検体として提出される.同時性肝転移の有無は原発巣の外科的腫瘍切除の適応に直結するため,術中迅速診断においてその形態学的鑑別は非常に重要である.自験例ではまず初回手術の術中迅速診断においてadenocarcinomaと診断されたため,一旦は根治術の適応外と判断され,治療方針に大きな影響を及ぼした.周知の通り,通常の永久病理標本は,ホルマリン固定・脱脂・パラフィン包埋などの作業工程を経て作製されるのに対し,術中迅速標本は組織を瞬時に凍結させて作製されるため,パラフィン標本と比べて質が高いとはいえない,限られた枚数の凍結標本で診断を下さなければならない6).当然ながら,良悪性の評価はさらに困難なものとなり,既報においても,肝腫瘍の術中迅速診断でRakhaら7)は169例中3例に病理学的な良悪性の誤判定があったと報告している.なお,特殊染色検査や免疫染色検査が胆管過誤腫をはじめとする良性病変と,転移性肝腫瘍との鑑別に有用であるとの報告も認めるが8),いまだ一致した見解がないうえ,特に限られた時間内で診断を下す術中迅速診断では免疫染色検査の有効性は限られており,やはりHE染色標本での形態学的特徴をよくとらえる必要がある.

そもそも術中に胆管過誤腫を転移性肝腫瘍と見間違わなければ,術中迅速検査に提出する意義も乏しいが,両者の肉眼所見のみでの良悪性の鑑別には限界がある.胆管過誤腫は通常5 mm以下の胆汁色調の褐色あるいは緑色調の小斑点,時に白色調の小結節として同定される.転移性肝腫瘍は肝表面近傍に存在する場合,肝表が陥凹し,しばしば癌臍を形成するが,サイズが大きい場合に限られる.また,胃癌,乳癌,前立腺癌由来の転移性肝腫瘍では,栗粒大の小転移巣がびまん性に見られることが多く,胆管過誤腫の肉眼的特徴とよく一致する3)5).このようにいずれの肉眼形態も鑑別の決め手に欠けるなかでは,術中に肝臓に予期しない同時多発性の小結節を認めた際には,やはり術中迅速検査に提出することが適切と考えられるが,消化器外科医,病理医ともに本疾患を十分に念頭において組織採取や標本の処理,診断を行う必要がある.一方,術中迅速診断を行えない常勤病理医が不在の病院では,本疾患の希少性や散在性に多数存在する特性を考慮すると,ひとまず肝腫瘍の数個を採取する審査腹腔鏡に止め,永久標本で転移性病変を否定した後に改めて定型的な切除術を予定する判断も必要かもしれない.

なお,自験例において病理診断の大きな障害となった誘因としては,①超音波凝固切開装置による焼灼作用に伴う熱変性,②原発巣との組織類似性,の2点が挙げられる.②に関しては,原発の食道胃接合部癌が高分化型であり,細胞異型,腺管の構造異型ともに比較的乏しい病変であったことが原因であった.転移性肝腫瘍を疑う病変を評価する場合には,既往標本との対比を行い,特に原発巣が高分化型腺癌の場合は胆管過誤腫との鑑別に留意する必要がある.

なかでも自験例で病理結果が相違した原因として最も示唆されるのは,①のエネルギーデバイスによる熱変性に伴うアーチファクトである.外科医の立場からも最も憂慮すべき点であり,病理診断に耐えうる適切な標本を提出するように心がける必要がある.一般的に焼灼変性が加わると,核は濃くなり,引き延ばされることで異型上皮様に見える.さらに,上皮細胞の基底膜からの脱落や細胞質基質の減少も見られる.腺腔構造も圧排され不明瞭となり,細胞異型,構造異型の判定において過大評価される2).後見的には,自験例の初回手術の術中迅速標本と凍結組織を解凍して作製した戻しの永久標本の双方でも,挫滅による組織変性が強いため疑陽性の判定に至り,さらに2回目の手術においても,S2,S3の病変の標本では切離マージン過小のために依然として焼灼変性が強く,評価に耐えうる標本とはいえなかった.S4の病変の採取を行い,5~10 mm程度の切除マージンを確保した結果,アーチファクトを受けない標本作製に至り,最終的に胆管過誤腫の確定診断に繋がった.たとえ自験例のような微小な結節であっても,切除ラインは標的病変の辺縁の十分な正常組織を含めて設定することで,組織片のマージンが過小とならないように努めることが肝要であると痛感した.

複数個の組織の採取も重要である.癌細胞は1個でもあれば診断可能と誤解されることもあるが,病理診断においては組織の構築から多くの情報を手に入れている.特に胆管過誤腫は5 mmに満たない小型の病変が主体であり,診断に過不足のない組織採取量を得るために複数切片の採取が望ましい.自験例の初回手術時にも,一つではなく複数の組織片の採取が望ましかったと考えられる.

今回,我々は病理学的に当初転移性肝腫瘍と診断されたものの再度の組織採取および病理診断で胆管過誤腫と診断されたため,治療方針に大きく影響した食道胃接合部癌症例を経験した.微小な病変であっても正確な病理診断のためには,エネルギーデバイスの熱などによる変性が加わらない組織を十分に採取することが重要であると考えられた.また,消化器癌,特に高分化腺癌の術中に予期しない肝腫瘍を認めた場合,胆管過誤腫をはじめとする良性肝腫瘍も念頭におき,転移性腺癌との鑑別を慎重に行う必要がある.

利益相反:なし

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