医師に対する時間外・休日労働の上限規制が2024年4月から適用される.それに伴い,時間外・休日労働が年960時間を超える医師が勤務する医療機関に「医師労働時間短縮計画」の作成が義務付けられた.そして,その作成に参考すべき「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン(以下ガイドライン)」が2022年4月に厚生労働省に公表された.一方で,専門研修における外科希望者の減少や,低侵襲手術をはじめとする高難度手術の増加による手術時間の延長など,我々,消化器外科医を取り巻く労働環境は極めて厳しい状況である.詳細な時間外・休日労働の上限規制の枠組みについては他稿を参照していただきたいが,医師の健康確保と地域の医療提供体制の確保を両立しつつ,労働時間を計画的に短縮していく必要がある.これら過重労働の回避が医療安全にも繋がると思われ,本稿では,医師の働き方改革を適切に実現するための「勤怠管理」ならびに「医師労働時間短縮計画」について概説し,当院における現状についても紹介する.
医師の働き方改革の実現に向けた労働時間短縮計画では,医師の労働時間の実際を把握することが不可欠であり,ガイドラインでもその把握が推奨されている.消化器外科医は,臨時手術等で呼び出される機会も多く勤務時間が不規則であることに加え,大学病院等では複数病院での業務や専門業務型裁量労働制を取ってきた施設もあり,実労働時間の把握が困難であった.医師自身も自ら過重労働を意識することなく日常診療に追われることも多く,これら適切な勤怠管理が医師の健康確保ならびに医療安全にも繋がるものと思われる.
(1) 労働時間の管理法「働き方改革関連法」では,客観的労働時間の記録が義務化された.現在,勤怠管理の方法として,タイムカードやICカードを用いた打刻,PCやモバイルを利用した打刻など,各施設で様々な方法を用いた労働時間管理システムの導入が試みられている.当院では,独自に開発したシステムを用いた勤怠管理方法を導入しているが(Fig. 1),不正打刻を防止できるメリットがある一方で,打刻漏れ等の問題が生じている.また,ICタグを用いた勤怠管理を導入している施設もあるが,副業の管理や労働と研鑽の区別等,同システムのみを用いた勤怠管理の問題点も多い.日本病院会の医師の労働時間の推計に関するアンケート調査(2019年10月)では,出勤簿管理で対応している施設が54.8%,自己申告が35.8%,ICカード等ITの活用が28.1%,タイムカードでの対応が24.4%であった(重複回答あり).また,タイムカードやICカード等で労働時間管理が行われている施設において,全ての医師の記録・確認がなされているのは49.5%に過ぎず,自己申告の医療機関では申告内容と実態との乖離が33.8%もあった.今後は医師個人の記憶や記録に頼らないシステムを用いた勤怠管理による正確な労働時間の把握が望まれ,これら正確な労働状況の把握によって勤務間インターバルの確保も実現すると思われる.
当院における勤怠管理システム.1-1:当院ではICカードを用いて出退勤の打刻を行っている.打刻器は医局や院内数カ所に設置され,打刻しやすいよう配慮されている.1-2:ストラップにICチップが埋め込まれており,院内の多数の箇所に設置された受信機により就労時の位置情報も管理している.
これまで,医師の労働時間の管理において,業務と自己研鑽の区別が曖昧に行われてきた.また,我々消化器外科医の場合,労働基準法で定められた一定の労働時間を超えた場合に必要とされる休憩時間の確保も曖昧である.自己研鑽については,令和元年7月に「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(令和元年7月1日基発0701第9号労働基準局長通達)が発出され,所定労働時間内に医師が,使用者に指示された勤務場所で行う研鑽は労働時間となる一方で,所定労働時間外に行う医師の研鑽においては,診療等の本来業務と直接の関連性がなく,かつ,上司の明示・黙示の指示によらずに行われる限り,在院して行う場合であっても,一般的な労働時間に該当しないとされた.またこの中で,研鑽の類型として,①一般診療における新たな知識,技能の習得のための学習,②博士の学位を取得するための研究及び論文作成や,専門医を取得するための症例研究や論文作成,③手技を向上させるための手術の見学,等が挙げられており,これらの活動が上司の明示・黙示の指示によらずに行われている限り自己研鑽として扱われる.これらはあくまで原則論であり,当施設では,診療・教育・研究等の活動について具体的な例を挙げながら「労働」と「研鑽/労働外活動」の区別を明確化した「医師の労働時間管理指針」を作成し,院内職員に周知している.
厚生労働省による令和元年医師の勤務実態調査によると,病院勤務の外科医の週あたりの勤務時間は61時間54分とされており,全診療科平均(56時間22分)を大きく上回っている.実労働時間数が極めて長い消化器外科医は相当数いると思われ,これら全ての勤務医の年間の時間外・休日労働時間数を2024年度までにA水準(960時間)又は連携B・B水準およびC水準(1,860時間)以内とする必要がある.さらに今後,これら連携B・B水準も2035年までに廃止することが目標とされ,より一層の計画的な労働時間の短縮が求める.
一方で,地域医療の確保を図りながら医師の働き方改革を実効的に進める観点から,地域医療体制確保加算の見直しが行われ,「医師労働時間短縮計画」を作成することを施設基準として,同加算額が引き上げられた.また,対象となる医療機関も,小児集中治療や特定の周産期医療に関わる医療機関等が追加された.以下に外科系医師の労働時間短縮のために不可欠である(1)タスク・シフト/シェア,(2)業務内容の見直しと効率化,(3)複数主治医制/チーム医療の導入,について概説する.
(1) タスク・シフト/シェア近年,外科医不足が社会問題となり人的資源が限られる中,日常診療の様々な業務について多職種とのタスク・シフト/シェアによる分担が重要である.中でも特定看護師は極めて重要で,Fig. 2に示す21区分38行為を医師の指示を待たず行うことができる.2022年現在,研修施設は319機関あり,研修終了者は4,832人と年々増加している.特定看護師の配置により医師一人あたりの年間平均勤務時間が2,390.7時間から1,944.9時間に有意に短縮したとの報告もあり,医師の勤務時間短縮に対する多大な貢献が期待される.一定期間の特定行為研修を受ける必要があるため,研修受講希望者が増えるように病院全体としても働きかけが必要であり,当施設では特定行為従事者に対するインセンティブ手当の支給等の方策も取りながら,医師の負担が大きい外科術後病棟管理領域及びICU・HCUコースに重点を置いた研修受講者の募集を行っている.
特定医療行為(21区分38行為)
また厚生労働省から,各都道府県知事や医療機関・関係団体に対して,「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」が通知されており,薬剤師,診療放射線技師,臨床検査技師,理学療法士・作業療法士・言語聴覚士等とのタスク・シフト/シェアも,医師の勤務時間の短縮に繋がるものと思われる.具体的には,薬剤師による処方提案等の処方支援や,事前に取り決めたプロトコールに沿って行う処方された薬剤の投与量変更等が可能であり,診療放射線技師による検査オーダーの代行入力や,放射線検査等に関する説明,同意書の受領や血管造影・画像下治療における補助行為等も利用可能である.また,医師事務作業補助者その他の職種による診療録等の代行入力や各種書類の記載,診察前の定型的な問診票を用いた患者の病歴や症状の聴取や日常的に行われる検査に関する定型的な説明,同意書の受領など,も極めて有用である.
(2) 業務内容の見直しと効率化我々,消化器外科医の業務は,手術以外に術前術後の病棟管理,外来業務や患者家族への説明,宿日直に加え,術前・術後の検討会への参加やその準備等,極めて多岐にわたる.最近では,社会の高齢化に伴う高齢患者の増加によって,術前栄養管理の必要性が増加し,これまで以上に手厚い術後管理を要する場合も少なくない.一方で,研修中の若手外科医は,手術以外の業務による労働時間の制約からくる手術参加への機会減少を望んでおらず,抜本的な業務の見直しが必要である.先ずは,各施設における1週間のタイムスケジュールを見直し,効率化できる部分を改善し,勤務時間内にすべての行程が終わるように改変することが重要である.当施設でも,術前検討会や術後報告等のカンファレンスは時間内に移行し(Fig. 3),カンファレンスの効率化のためスライド1枚での検討を基本として,詳細な検討を要する症例のみ更に詳しくカルテでの検討を行うこととしている.現在のところ,運用上の問題も認めず医局員の時間外勤務も減少しているが,後述する複数主治医制/チーム制による多数の医師の目によるチェックが重要である.また,手術前の説明・同意取得も勤務時間内に行うことが望まれるが,実現には患者ならびに家族の理解が不可欠であり,病院など組織としての周知の徹底が極めて重要である.
当診療科のタイムスケジュール再構築
また,クリティカルパスの適用率の向上も医療の効率化には重要であり,病棟看護師と共通認識を持ちながら術後管理を行うことで医療安全の向上にも資すると考える.
(3) 複数主治医制/チーム医療の導入以前より我が国では主治医制が定着しており,外来診療や手術のみならず術前・術後の病棟管理も各々の患者の主治医が全ての責任を持って診療にあたることが多かった.このシステムでは,時に過度の負担が個々の医師にかかることがあり,勤務時間外の担当患者に対する診療に加え,外来・手術業務中の病棟患者診療の不行届きや,時間外の重要な指示出しによる安全性の問題など,医療安全の面からも相応しくないものであった.多忙な日々の診療業務をより効率的に行う方法として複数主治医制/チーム制の導入の必要性が叫ばれている.一方で,複数主治医制/チーム制では,患者個々の日々の詳細な情報の共有が不可欠であり,電子カルテ上での情報共有のみならず各種ICTを用いた患者情報の共有が鍵となると思われる.当施設では,患者ベッドサイドの主治医欄への医師名の記載を中止したが,患者側の意識改革も必要であり,外来・病棟内でのアナウンス等,病院内での周知も徹底している.これらチーム制医療の推進には,国民の理解が不可欠であり,政府や厚生労働省が主となった更なる周知が必要と思われる.チーム制の実施においては,医療の質ならびに安全の確保も重要であり,各施設の背景や外科医の人的資源を考慮した導入を図ることが重要である.
宿日直体制においてもチーム医療の実践は重要であり,複数診療科による合同当直体制を敷いた上でのオンコール制の拡充も医師の負担軽減に繋がると思われる.
医師の働き方改革における勤怠管理と時間短縮計画について解説した.医師の労働時間短縮は急務であるが,対策を講じるには,病院や都道府県さらには国全体での取り組みが極めて重要である.働き方改革を通じ,業務量の多い消化器外科医の負担が少しでも軽減することを期待するとともに,将来を担う若手医師が消化器外科診療に専念できる労働環境を構築していきたい.