2024 年 57 巻 5 号 p. 250-257
肝切除を伴う膵頭十二指腸切除(hepatopancreatoduodenectomy;以下,HPDと略記)は広範囲胆管癌に対する根治療法として導入され,R0切除かつリンパ節転移陰性であれば予後は良好であるが,高難度手術であるHPDの手術関連死亡率や術後合併症率は依然として高く,その適応に関しては十分な配慮が必要である.特に高齢者に対しては,若年者よりも高い手術関連死亡率や,術後の合併症によって補助化学療法の開始が遅れるなど,デメリットも多く考えられるため,症例の選択には慎重かつ多角的な判断が求められる.今回,高齢者の広範囲胆管癌に対して,HPDを回避するために肝右葉・尾状葉切除胆道再建術を施行し,術後に放射線治療を行うことで良好な結果を得た症例を経験した.当科での高齢者胆管癌症例の成績も踏まえたうえで,治療戦略の一つとして提示する.
Hepatopancreatoduodenectomy was introduced for curative resection of cholangiocarcinoma with extensive intraductal extension and has been reported to have a good outcome in patients with R0 resection and negative lymph node metastasis. However, surgical mortality and postoperative complication rates remain high, and guidelines clearly state that patient selection and surgical indication must be determined with due consideration of safety. In this report, we describe a case of cholangiocarcinoma with extensive intraductal extension in an elderly patient who underwent right hemihepatectomy with combined resection of the caudate lobe and extrahepatic bile duct and postoperative radiotherapy to avoid hepatopancreatoduodenectomy, with a good outcome.
肝切除を伴う膵頭十二指腸切除(hepatopancreatoduodenectomy;以下,HPDと略記)は広範囲胆管癌の完全切除を目的に導入され,R0切除かつリンパ節転移陰性であれば予後は良好であると報告されている1).しかし,手術関連死亡率や術後合併症率は依然として高く,ガイドライン上も安全性に十分配慮した患者選択と手術適応の決定が必要であると明記されている2).今回,高齢者の広範囲胆管癌に対してHPDを回避するために肝右葉・尾状葉切除胆道再建術+放射線治療を施行し,良好な結果を得た症例を経験したため文献的考察を加えて報告する.
患者:76歳,男性
主訴:無症状
既往歴:糖尿病,高血圧
現病歴:上記疾患の通院治療中に肝機能異常を認め,原因検索のために施行した腹部造影CTにて胆管腫瘍を指摘された.
身体所見:身長164 cm,体重72 kg,腹部平坦・軟であった.
血液検査所見:AST 32 IU/l,ALT 45 IU/lと軽度の肝酵素の上昇あり.ビリルビン値や腫瘍マーカーの上昇は認めず,ICG 15分値は21%,ICG消失率は0.145であった.
腹部造影CT所見:膵内胆管から上部総肝管に充実成分を認めた(Fig. 1).EOB-MRI/MRCP所見では,リンパ節や肝臓に転移を疑う所見を認めなかった.MRCPでは中部胆管を主座に左右肝管まで拡張を認め,膵内胆管付近まで連続した病変が疑われた(Fig. 2).FDG-PET/CT所見では膵内胆管から上部胆管に沿って集積亢進(SUVmax=3.5)を認めた.明らかな遠隔転移を認めなかった.


ERCP所見および経口胆道鏡検査(peroral cholangioscopy;以下,POCSと略記)所見:肝門部胆管を中心に分葉状の陰影欠損あり,右肝管は前後区域分岐部付近まで不正な乳頭状腫瘍が観察され,内視鏡専門医は同部位までは癌が進展していると診断した.左肝管はB4分岐部付近の粘膜には異常所見を認めなかった.膵内胆管には軽度の粘膜不正を広範に認め,上皮内癌が疑われた.生検にて中部胆管からadenocarcinomaを検出した.左右肝管分岐部,および膵内胆管からはfloating cancer cells of adenocarcinomaを検出した(Fig. 3).胆管腔内超音波内視鏡検査(intraductal ultrasonography;以下,IDUSと略記)では,浸潤癌の進展範囲に関しての十分な評価が得られなかった.

術前処置:CTシミュレーションによる右葉切除後の残肝率は27.6%であり,Tc-GSAシンチグラフィでは右葉:左葉=69.6%:30.4%であったため,門脈塞栓術を施行した.3週間後の造影CTで39.0%まで残肝率の増大を認め,Tc-GSAシンチグラフィでも右葉:左葉=49.7%:50.3%と左葉の増大を認めた.
術前診断:右胆管前後区域分岐部から膵内胆管に至る広範囲胆管癌,リンパ節転移・遠隔転移なしと判断した.造影CTやMRCPでは肝側進展範囲は限定的に思われたが,ERCPでは左右肝管分岐部まで,POCSでは直接観察で前後区域分岐部付近まで壁不正を認めたことから,癌の進展範囲は後区域まで続いている可能性が非常に高いと内視鏡的に診断された.そのため総合的に考えて,肝側の進展範囲は中部胆管から前後区域分岐部付近までであると判断した.十二指腸側進展範囲は,floating cancer cells of adenocarcinomaにて膵内胆管はcarcinoma in situを否定できないと考えられた.
治療方針:根治切除を目指すならHPDが必要と考えられた.当科では現在は適応を拡大しているが,本症例の手術時は75歳以上の高齢者はHPDの適応外としていたため,カンファレンスでの後区域まで浸潤癌が存在するという意見を尊重し,十二指腸側胆管断端がcarcinoma in situとなる可能性は否定できないが,肝右葉・尾状葉切除胆道再建術を施行する方針とした.
手術所見:腹腔内には明らかな腹水貯留や腹膜播播種は認めなかった.腹水細胞診・#16b1リンパ節のサンプリングはともに悪性所見を認めず,予定通り肝右葉・尾状葉切除胆道再建術を施行した.まず十二指腸側胆管の切離を膵上縁で行ったが術中迅速病理診断にて浸潤癌を認めたため,膵内胆管をさらに2回追加切除を行うも浸潤癌を認めた.さらなる追加切除は困難と判断し,断端を縫合閉鎖した.この際に術後放射線治療を想定して,胆管断端にクリップを2個留置した.肝臓側に関しては術前の方針通り右葉・尾状葉切除で胆管切離はB2+3,B4分岐部で行い,断端の術中迅速病理診断で悪性所見を認めないことを確認した.手術時間は10時間43分,出血量1,450 mlで,輸血は行わなかった.切除標本をFig. 4に示す.病理組織学的診断所見は中分化型腺癌,T1b,ly0,v0,ne0,n0,PV0,A0,DM1,HM0であり,総肝管には浸潤癌を認めたが,肝外胆管から肝門部にかけて全割で胆管の評価を行うも悪性所見を認めなかった.

術後経過:軽度の胆管炎を合併したが,術後43日目に軽快退院となった.R1切除のため,外来にて膵内胆管断端部に体幹部定位照射を50 Gy施行した.術後3年での造影CTを示す(Fig. 5)が,腫瘍性病変は指摘できず,腫瘍マーカーの上昇も認めていない.

胆道癌の罹患率は10万人当たり17.6例で3),切除可能な症例に対しては外科的切除が唯一の根治治療となるが4)~6),再発率は50~60%と高率であり7)8),5年生存率は24.5~40%と予後不良な疾患である4)9)10).加えて,広範囲胆管癌に対する根治切除にはHPDが必要となる場合が多いが,医学中央雑誌で1964年から2021年の期間で「HPD」,「肝切除」,「膵頭十二指腸切除」で検索した結果およびPubMedで1950年から2021年の期間で「hepatopancreatoduodenectomy」,「outcome」,「elderly patients」をキーワードとして検索した結果より,これまでの報告1)11)~14)では,Table 1に示すように手術関連死亡率や合併症率は高く,短期予後が問題となる.National Clinical Databaseに登録されたデータに基づいた報告では,HPDの手術関連死亡率は,日本肝胆膵外科学会が認定している高度技能専門医修練施設Aで7.2%,施設Bで11.6%,非認定施設では21.4%と非常に高率であり14),高齢者への適応は慎重に成らざるをえない.今回,当科での高齢者胆管癌の治療成績として,1993年から2019年までに肝切除を施行した164例について,75歳未満の132例,75歳以上の32例に分類して解析を行った.患者背景はTable 2に示した通りで,75歳以上ではHPDの施行はなく,75歳未満でリンパ節転移陽性が有意に多く含まれていた(25% vs 3%;P<0.01).長期予後に関しては,生存期間中央値(median survival time;以下,MSTと略記)は35.4か月vs 36.1か月,5年生存率は33.9% vs 37.6%であり(P=0.64),無病再発期間(disease-free survival;以下,DFSと略記)中央値は18.7か月vs 32.4か月であった(P<0.01)(Fig. 6).この結果を踏まえ,高齢者であっても適切な術式と症例選択を行えば,若年者と遜色のない長期成績を得ることができると考えられた.本症例では,HPDではなく肝切除のみを施行する方針としたが,高齢者広範囲胆管癌に対する術式選択においては,個々の症例の進展範囲をカンファレンスで検討し,R0切除にこだわらない多角的な検討を行い,治療戦略を決定することが肝要である.また,Wakaiら15)の報告にあるように,断端陽性が想定される場合であってもcarcinoma in situであれば長期予後への影響は他のリスク因子より低いと考えられ,本症例のように術前診断でcarcinoma in situが想定される場合,特に高齢者においてはHPDを回避するメリットのほうが大きいと考えられた.
| Under 74 years old (n=132) | Over 75 years old (n=32) | P value | |
|---|---|---|---|
| Gender (male) | 77 (58%) | 17 (53%) | 0.69 |
| HBs Ag(+) | 2 (2%) | 0 | 0.14 |
| HCV Ab(+) | 4 (3%) | 3 (9%) | 0.05 |
| CA19-9 (U/ml) | 57 (1–9,858) | 42 (1–3,048) | 0.52 |
| CEA (U/ml) | 2 (0.2–147) | 2 (0.2–15.8) | 0.18 |
| Maximum tumor diameter (cm) | 2.5 (0.8–16) | 2.1 (1.0–18) | 0.31 |
| Number of tumurs (multiple) | 4 (3%) | 2 (6%) | 0.60 |
| Positive lymph metastases | 33 (25%) | 1 (3%) | <0.01 |
| with Portal vein invasion | 13 (10%) | 7 (22%) | 0.25 |
| with Vascular invasion | 61 (46%) | 13 (41%) | 0.55 |
| with Perineural invasion | 94 (71%) | 20 (63%) | 0.25 |
| Liver Resection | 0.05 | ||
| Minor hepatectomy | 2 (2%) | 1 (3%) | |
| Major hepatectomy | 110 (83%) | 31 (97%) | |
| Hepatopancreatoduodenectomy | 20 (15%) | 0 | |
| R1 resection (%) | 26 (20%) | 6 (19%) | 0.95 |
| Morbidity (%) | 98 (76%) | 22 (69%) | 0.50 |
| Mortality (%) | 7 (5%) | 1 (3%) | 0.09 |

加えて,術前の進展度診断の困難性からR1切除となった症例に対しては,切除後の局所制御率を高める目的で術後化学療法や放射線治療が行われることがあるが5),高齢者に関しては肝切除後の化学療法導入が困難である場合が多く,合併症や負担の少ない放射線治療が良い適応となると考えられる.術後放射線治療に関する報告は多数あるが16)~19),大規模なランダム化比較試験の報告はなく,術後照射は有用とする報告と有用性は認められなかったとする報告が混在している.しかしながら,meta-analysisでは断端陽性例やリンパ節転移陽性例での有用性が示されている19)ため,十分考慮に値すると我々は考える.高齢者に関する報告は少ないものの,松田ら20)によると,75歳以上の切除断端陽性胆管癌5例に対して術後放射線療法を行い,MSTは24か月(17~50か月)と良好で,高齢者においても予後を改善する可能性が考えられた.放射線治療に伴う合併症としては,胃・十二指腸の炎症および潰瘍は10~30%と報告されており21),50 Gy以上の線量で出現するといわれている.いずれも保存的治療で制御可能であるが,本症例のように十二指腸が照射範囲に含まれてしまう場合は,照射野の縮小や腔内照射の併用により,消化管の線量を45~55 Gy以下に抑えることが望ましいと考えられる22).
本症例における術式選択に関しては,十二指腸側断端が浸潤癌となった時点でPDに術式を変更し,肝門部で胆管切離を行えば,R0切除が可能であったと考えられた.今回,右葉切除を選択する根拠となったPOCSは,基本的には直視下での生検の組織採取率を向上させるものであり,直接観察での粘膜所見は診断学としてはいまだ確立されていない23)ことを念頭に置くべきであった.また,IDUSで前後区域枝までの評価が十分にできておらず,進展範囲は広かったものの,肝側の胆管には浸潤癌と断定できるような所見を術前には認めていなかったことを踏まえたうえで手術に臨むべきであった.根治性と安全性を総合的に鑑みた術式を選択していても,術中所見によって術式変更を行う柔軟性が必要であったと考えられた.胆管癌の術前診断が非常に困難であることを実感すると同時に,今後高齢者へのHPDの適応拡大を考慮するとともに,いかなる場面でも最適な術式を考え続け,柔軟性を忘れない姿勢が,診断によって大きく術式が変わり,リスクやアウトカムも変わる胆管癌外科治療において,非常に重要であると再認識する結果となった.
しかしながら,R1切除となった場合でも,放射線療法などの後治療を行うことで長期生存を得ることが可能であったため,今回,貴重な症例として報告するに至った.
利益相反:なし