2025 年 58 巻 10 号 p. 583-590
胆道出血は比較的まれだが,遭遇した場合に迅速な対応が求められる病態である.今回,我々は切除不能遠位胆管癌の化学療法施行中に胆道出血を来し,手術加療で根治を得られた症例を経験したので報告する.症例は77歳の男性で,肝逸脱酵素上昇の精査で総肝動脈神経叢に浸潤する遠位胆管癌の診断となった.化学療法を開始して1年4か月で,胆道出血の診断で緊急入院となった.非手術療法で止血を試みたが,止血は得られず手術加療の適応と判断された.しかし,画像上resectabilityは不変であったため,総肝動脈神経叢に悪性所見を認めなければ根治切除を目指す方針とした.術中迅速診断で総肝動脈神経叢の悪性所見が陰性であったため,膵頭十二指腸切除術を施行し病理結果から根治切除が得られた.切除不能遠位胆管癌の胆道出血に対する治療戦略として,根治切除にも配慮した手術治療が選択肢の一つとして考えられた.
Biliary hemorrhage is a relatively rare condition for which appropriate management is important. Herein, we report a case of biliary hemorrhage that occurred during chemotherapy for unresectable distal cholangiocarcinoma, in which curative resection was achieved through surgical intervention. The patient was a 77-year-old male diagnosed with unresectable distal cholangiocarcinoma with invasion of the common hepatic artery plexus after examinations for elevated liver enzymes. One year and four months after initiation of chemotherapy, the patient was urgently admitted to hospital due to a diagnosis of biliary hemorrhage. As endoscopic intervention failed to achieve hemostasis, surgical management was considered necessary. Since resectability was unchanged on imaging, we decided to proceed with radical resection if there were no malignant findings in the common hepatic artery plexus. Intraoperative rapid diagnosis revealed no residual cancer in the common hepatic artery plexus, and pancreatoduodenectomy was performed. Radical resection was achieved based on permanent pathological results. This case shows that surgical treatment considering radical resection can be an effective strategy for biliary hemorrhage in a patient with unresectable distal cholangiocarcinoma.
胆道出血は,その発症頻度は高くないものの,肝胆膵領域の診療を行ううえで時に遭遇し,迅速な対応が求められる病態である1).治療として,第一に内視鏡的止血やinterventional radiology(以下,IVRと略記)が選択されるが,それらでも止血困難な場合は,外科的治療が必要となる場合もありえる2).今回,我々は切除不能胆管癌の化学療法施行中に胆道出血を来し,非手術療法では止血が得られなかったため,準緊急で手術加療を行い救命しえた1例を経験したので報告する.
症例:77歳,男性
現病歴:糖尿病で当院通院中,肝逸脱酵素上昇と体重減少が出現し,造影CTで肝外胆管の壁肥厚と腹腔動脈から総肝動脈(common hepatic artery;以下,CHAと略記)周囲へ連続する軟部陰影の増強を認めた(Fig. 1).中部胆管の生検結果はadenocarcinomaで,左右肝管合流部の生検からは悪性所見は認めなかった.局所進行切除不能遠位胆管癌として化学療法の方針となり,self-expandable metallic stent(以下,SEMSと略記),endoscopic gallbladder stent(以下,EGBSと略記)を留置して,2022年10月よりGCS(GEM 100%+CDDP 100%+S-1 120 mg/日)療法を開始した.GCS 7コース施行したのち,根治切除を企図し,肝外胆管と腹腔動脈からCHAにかけての照射範囲とした化学放射線療法(50 Gy/25 fr+S-1 100 mg/日)を行った.しかし,胆管壁肥厚およびCHA周囲の軟部陰影に変化を認めなかったため,院内のキャンサーボードで協議して根治切除は不可能と判断しGCS療法を継続の方針となった.

2024年2月10日,GCS 25コース目施行中に全身倦怠感を自覚して臨時受診し,貧血進行を認めたため緊急入院となった.
既往歴:糖尿病,高血圧,不安定狭心症(11年前に経皮的冠動脈形成術を行い,以降バイアスピリン内服)
血液検査所見:貧血(Hb 4.7 g/dl),肝胆道系酵素の上昇(AST 47 U/l,ALT 34 U/l,ALP 212 U/l,γ-GTP 290 IU/l)を認めた.腫瘍マーカーはCEA 2.6 ng/ml(初診時1.7 ng/ml),CA19-9 116.6 U/ml(初診時58.5 U/ml)であった.
腹部CT所見:単純CTでは肝外胆管内に出血を疑う高吸収領域を認めた(Fig. 2).造影CTでは明らかな動脈瘤やextravasationは確認できなかった.

入院後経過:胆道出血と診断され,同日入院し,内視鏡的胆管造影(endoscopic retrograde cholangiography;以下,ERCと略記)が行われた.乳頭部からの活動性の出血は認めず,自然止血が得られたものと判断したが,今後再燃することも考慮し,モニタリング目的にステントを抜去してendoscopic retrograde biliary drainage(以下,ENBDと略記)に変更した.第4病日までにRBCを8単位投与されたが,Hb 7.9 g/dlと貧血の改善に乏しく,さらにENBD排液が血性に変化したため再度緊急ERCを行った.しかし,明らかな出血は認められなかったため,物理的な圧迫止血効果を期待してENBDからcovered SEMSに交換し,RBCを4単位投与した.第9病日に再び貧血進行(Hb 7.6 g/dl)あり,再び緊急ERCを行うとSEMSの脇から拍動性の出血を認め,動脈性の胆道出血でステント圧迫での止血は困難と判断しIVRへ移行した.過去のフォローCT(Fig. 3a)では胆管背側を後上膵十二指腸動脈(posterior superior pancreaticoduodenal artery;以下,PSPDAと略記)が走行しており,同血管からの出血が疑われたが,血管造影では明らかなextravasationや動脈瘤の所見は認めなかった.予防的塞栓は,塞栓後の合併症も考慮して行わず,観察のみで終了した(Fig. 3b).その後もRBCを繰り返し投与するも緩徐に貧血が進行するため,内科的治療による止血は困難であると判断し,外科的治療を行う方針となった.

当科紹介時の画像所見では,CHA周囲の軟部陰影が残存しており,遠位胆管癌としてのresectabilityは不変であった(Fig. 4).院内のキャンサーボードで協議した結果,術中にCHA神経叢を迅速病理診断に提出し,悪性所見を認めなければ根治切除に準じた亜全胃温存膵頭十二指腸切除(SSPPD),悪性所見を認めた場合は胆囊摘出術のみ(非切除)を行う方針とし,第24病日に手術に臨んだ.

手術所見:開腹所見上,肝転移,腹膜播種は認めなかった.CHA神経叢を迅速病理診断に提出したところ,瘢痕所見のみであり,悪性所見を認めなかったことから,規約に基づいた領域リンパ節郭清を伴うSSPPDを施行した.特にPLpha〜PLchaは,腫瘍もしくは放射線治療の影響で神経叢と動脈外膜の剥離が困難だったが,慎重に剥離を行い,問題なく切除を終了した.手術時間は536分,出血量は309 mlだった.
病理組織学的検査所見:割面の肉眼所見では三管合流部から遠位胆管にわたり白色病変を認め,遠位胆管壁には出血点と思われる血管を認めた(Fig. 5a~c).組織所見では白色病変の大半は線維化巣で,その一部に低~中分化腺癌の残存を認めた.残存腫瘍は三管合流部より下流の遠位胆管から乳頭部共通管まで進展していたが,神経叢や胆管断端には腫瘍を認めなかった.術前治療の組織学的効果判定はGrade 2であった.出血点と思われる血管は,乳頭部から約30 mm肝側の遠位胆管背側にあり,EVG染色で筋性血管の胆管内腔側への露出や内腔面のフィブリンの析出が観察されたことから,同部位が動脈破綻による出血点として矛盾しない所見であった(Fig. 5d, e).出血部周囲に癌細胞は認めなかった(Fig. 5a, b).最終病理診断はBpdCAbc,腫瘍の大きさ40×11×10 mm,ITT/DOI 3.5 mm,平坦浸潤型,por>mod,ypT1(SS),ypPV0,ypA0,INFc,Ly0,V1a,Pn1b,ypN0(0/24),ycM0,ypStage I,ypHM0,ypPM0,ypEM0,ypR0,術前治療の評価Grade 2(胆道癌取扱い規約第7版)であった.

術後経過:術後経過は良好で,合併症なく術後17日で退院した.術後補助化学療法としてS-1療法を行っており,術後1年経過したが再発所見は認めていない.
胆道出血は,肝胆膵領域の診療を行うにあたり迅速な対応を求められる病態ではあるが,他の消化管出血と比べると比較的まれである1).出血の原因として,経皮的肝生検や経皮経肝的胆管ドレナージ,ステント留置などの経乳頭的な胆道処置などの医原性が多く,結石や炎症によるもの,腫瘍によるものが次いでいる2).腫瘍性の原因として多いのは胆管浸潤を来した肝細胞癌で,次に胆囊癌や胆管癌などの胆道癌が挙げられる3)4).本症例における出血の責任血管に関して,腫瘍を栄養する微細な小動脈も鑑別に挙げられたが,腫瘍が位置していた部位から病理組織学的所見では出血部位周囲に癌細胞を認めなかったこと,破綻した血管径が大きかったこと,過去のCTのPSPDAの走行から胆管背側を走行していたPSPDAからの出血が推測された.出血した原因に関しては,抗腫瘍効果により胆管壁が菲薄化し,胆管背側を走行していたPSPDAが胆管内に露出し,さらにステントの物理的刺激や放射線化学治療,炎症による胆管壁・血管の脆弱化に伴い,破綻・出血したと考えられた.
血液凝固異常を伴わない症例で,門脈性あるいは静脈性出血は自然止血が期待できるが,動脈性出血の場合はIVRが第一選択である5)6).しかし,IVRで止血が得られない場合や内視鏡治療が困難な場合など,適応は限られているが手術治療を要することがある7)8).また,出血の原因が腫瘍など原疾患由来の場合は,その疾患に対する直接的な治療を行う必要も出てくる.本症例では,抗血小板薬の休薬やステントによる圧迫を行ったが止血を得られず,IVRでも責任血管を同定できなかったことから手術療法を選択した.IVRで予防的塞栓の選択肢も挙げられるが,責任血管の確信に至っていないことと,予防的塞栓による塞栓後の合併症を考慮して,本症例では予防的塞栓は行わなかった.手術療法に関しては,出血時点で遠位胆管癌としてのresectabilityは変わらなかったため,多職種キャンサーボードにて十分な議論を行い,今回の治療方針決定を行った.結果的にconversion surgeryとなる膵頭十二指腸切除術を行って根治を得ることができたが,切除できなかった場合は再度IVRや緩和照射を行う可能性が考えられた.
医学中央雑誌で「切除不能」,「胆管癌」,「出血」のキーワードで1903年から2023年までの期間で会議録を除き検索したところ,切除不能胆管癌の胆道出血は2例認めた9)10).1例は胆管ステント留置部に仮性動脈瘤を形成していたためIVRでコイル塞栓を行って止血した9).もう1例は腫瘍部から直接出血しており放射線治療により止血を得られた10).しばしば,膵頭部領域の出血に対して緊急で膵頭十二指腸切除術が行われた報告が散見される11)12)が,高侵襲手術であるためその適応選択には慎重を期す必要がある.Lissidiniら13)は,緊急膵頭十二指腸切除術は高侵襲であることから,致死的な病態で他の治療選択肢がない場合に習熟した外科医が専門施設において行うべきものと位置付けている.本症例は切除不能とされた胆管癌からの出血症例であり,他の治療選択肢が施行された状態での手術であった.既報では,胆道癌の出血に対して外科的切除での出血コントロールを行った症例はなく,結果的に根治切除ができたため手術治療は妥当な選択肢だったと考えられた.
近年,切除不能と診断された胆道癌に対して,化学療法をはじめとする集学的治療が奏効し,切除可能となった症例に対してconversion surgeryを施行した報告が散見されるようになった14)~16).Conversion surgeryは元々の腫瘍進行度に加え,化学療法などの影響で合併症のリスクが高くなり,特に胆道癌では術後膵液漏のリスクが高いとされている17).手術は困難になることが予想されるが,conversion surgeryを施行できた症例の成績は,非切除症例と比較すると良好であることから一定の意義はあると考えられる14)~16).しかし,conversion surgeryを施行する適切なタイミングやどのような基準で切除可能と判断するのか,など明確な基準が確立されていないのが現状であり,施設間によっても差異があるため,今後さらなる症例の蓄積が期待される.本邦での切除不能胆道癌に対する治療は,GEM+S-1併用療法やGEM+CDDP+S-1併用療法が行われており18)19),少ない症例数ながら化学放射線療法の有用性も示唆されている20).また,2022年にはTOPAZ-1試験でGEM+CDDP+Durvalumab(抗PD-L1抗体)併用療法のGEM+CDDP併用療法に対する優越性が証明され,胆道癌における免疫療法の有効性が初めて証明された21).このように,胆道癌診療は新たな局面を迎えており,今後切除不能胆道癌のconversion surgery症例はさらに増えることが予想される.
今回,切除不能遠位胆管癌の治療中に胆道出血を来し,準緊急で手術加療を行い,結果的に根治切除を行うことができた症例を経験した.治療戦略としては,第一にIVRや内視鏡的処置などの非手術療法であるが,安全に施行可能であれば根治切除にも配慮した術式選択が選択肢の一つとして考えられた.
利益相反:なし