日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
上腸間膜動脈塞栓症により生じた短腸症候群に対してテデュグルチドが奏効した2症例
戸塚 統角田 祥之佐伯 浩司
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2025 年 58 巻 2 号 p. 105-112

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Abstract

上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)塞栓症を発症し,腸管が壊死した際は切除が必須であるが,虚血腸管の切除範囲の判断は困難なことも多く,救命できても短腸症候群(short bowel syndrome;以下,SBSと略記)となり,QOLが著しく低下する症例は確実に存在する.SMA塞栓症に対して,高次医療機関で手術後に生じたSBSに対し,ケアミックス病院である当院転院後に,栄養素の吸収促進,腸管粘膜の維持および修復に寄与するとされるテデュグルチドの投与により,腸管吸収能の低下が改善し,QOLが大幅に改善した2例を経験した.特に1例は投与前の1年間,SBSによる合併症対応に苦慮し,厳しい予後が予測されていたが,テデュグルチド投与により腸管吸収能が劇的に改善し,自宅退院となった.

Translated Abstract

A superior mesenteric artery (SMA) embolism blocks blood flow to the intestines, leading to intestinal necrosis. In such cases, surgical resection of the affected bowel is critical. However, accurate determination of the required extent of bowel resection under ischemic conditions can be challenging. If the patient survives the surgery, there is often a risk of development of short bowel syndrome (SBS), which severely impacts QOL due to decreased nutrient absorption. We encountered two cases in which patients developed SBS following surgery for SMA embolism at a higher-level hospital. Both patients were transferred to our care-mix hospital, where they received teduglutide treatment. Teduglutide is believed to support intestinal healing by promoting nutrient absorption, maintaining mucosal integrity, and aiding in intestinal repair. In both cases, this treatment resulted in significant improvement in intestinal absorption capacity, leading to a noticeable enhancement in QOL. One case, in particular, involved a patient who had been struggling with SBS complications for over a year. The patient was expected to have a poor prognosis due to severe malabsorption and associated complications. However, following teduglutide administration, the patient experienced dramatic improvements in nutrient absorption and was eventually able to be discharged home, marking a remarkable turnaround in their condition. These cases highlight the potential of teduglutide as an effective therapy in managing SBS and improving outcomes after extensive bowel resection.

 はじめに

上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)塞栓症は急性腹症の中で,その頻度は1%以下と比較的まれな疾患である1)が,発症すると時に広範囲の腸管壊死を起こし,しばしば致死的になる.主に心房細動(atrial fibrillation;以下,Afと略記)に伴う心房内血栓が閉塞源であり,約40%に脳梗塞を合併するとの報告がある2)~4).以前は約半数が死亡する5)6)予後不良の疾患であったが,画像検査7)8)や治療技術の進歩9)~11)に伴い救命率が上昇している12).腸管が壊死した際は切除が必須であるが,虚血腸管の切除範囲の判断は困難なことも多く,結果として大量小腸切除を余儀なくされ,救命できても短腸症候群(short bowel syndrome;以下,SBSと略記)となり,消化吸収能低下や難治性下痢によりQOL低下を来す症例も少なくない13).近年,SBSに対し,栄養素の吸収促進,腸管粘膜の維持および修復に寄与するとされる天然型ヒトグルカゴン様ペプチド-2(glucagon-like peptide-2;以下,GLP-2と略記)の遺伝子組み換えアナログ製剤であるテデュグルチドの効果が期待されている14)15).今回,Afに起因する血栓によって生じたSMA塞栓症発症後に高次医療機関で急性期対応としての大量小腸切除を行い,結果として生じたSBSに対し,ケアミックス病院である当院に転院後,テデュグルチドを投与することで,QOLが著明に改善した2例を経験した.

 症例

症例1:67歳,男性

現病歴:2020年10月,腹痛を主訴に前医に救急搬送され,腹腔内膿瘍の疑いで緊急開腹手術となった.回盲部の腸管が壊死していたため,回盲部切除術が行われた.術後,未治療のAfと,巨大な左心房内血栓が確認された.14病日,広範囲の回腸が壊死したため,壊死腸管の切除と単孔式小腸人工肛門造設術が施行された.結果として残存小腸はトライツ靭帯より約1 mのみの空腸瘻となった.急性期対応終了後,全身状態が安定した104病日の2021年1月に当院に転院となった.

転院時現症:意識は清明であった.身長177 cm,体重69.0 kg,血圧134/72 mmHg,心電図ではAfを認めた.気管切開チューブが挿入されていたが,自発呼吸で酸素投与は必要なかった.軽介助で,立位および歩行は可能であった.腹部所見は平坦,軟,左側腹部に空腸人工肛門あり.右上肢より挿入されたperipherally inserted central catheter(以下,PICCと略記)より1日3,500 mlの輸液を行っていた.内服は経鼻胃管より抗凝固薬(direct oral anticoagulant;以下,DOACと略記)と,胃制酸剤(proton pump inhibitor;以下,PPIと略記)が投与されていた.

当院転院後の経過:嚥下機能は保たれていたため,経鼻胃管は抜去し,抗凝固はヘパリン持続点滴とし,制酸剤はPPIのOD錠を内服することとした.転院4か月後に,本人の申し出を受けて,嚥下訓練食として白色ゼリーを開始した.摂取後すぐに,人工肛門から白色便がほぼ未消化の状態で出てきた.カテーテル関連血流感染症(catheter-related bloodstream infection;以下,CRBSIと略記)には難渋した.転院後1年間で,9回の中心静脈(central vein;以下,CVと略記)カテーテル感染に対して,抗生剤使用とカテーテル交換で対応した.CRBSI発症の度に体力は消耗した.体重は,転院時に69.0 kgだったが,転院10か月後に52.0 kgまで減少した.

2021年8月18日に,短腸症候群に対し,栄養素の吸収促進,腸管粘膜の維持および修復に寄与するとされるGLP-2の遺伝子組み換えアナログ製剤であるテデュグルチド(商品名レベスティブ)が発売となった.新しい機序の高額な薬剤であるため,慎重に適応を検討した後,御本人御家族に入念な情報提供を行い,インフォームドコンセントが得られたため,2022年2月よりテデュグルチドの使用を開始した.テデュグルチド使用開始約2週間後に,それまで未消化の状態で人工肛門より排泄されていた白色便が,黄土色の便汁の状態に変化した.消化吸収能が向上していると判断し,ゼリーに加えて粥食を提供した.経口摂取と栄養吸収は明らかに改善し,使用開始5か月後の2022年7月には軟飯(1,200 Cal)の経口摂取が可能となり,1日3,500 ml必要であった補液は1,000 mlまで減量でき,体重は使用開始前の52.0 kgから67.2 kgまで増量した.排便量は,使用開始前は平均すると1日約1,000 mlだったが,テデュグルチド投与後は,排便量が若干減少した.食事量が増えるにしたがって排便量も増加したが,テデュグルチドにより抑えられている印象を受けた.ここまでの経過をFig. 1に示す.2022年10月に,腸閉塞を発症した.閉塞起点は人工肛門付近にあり,複数回の手術の影響による癒着性腸閉塞が考えられた.Long tubeで保存的に対応し,軽快後は,経口摂取は3分粥とし,1日1,500 mlの高カロリー輸液を継続した.2022年11月以降,CRBSIは起こらずに体調は安定し,リハビリも順調に進み,体力は向上し,気管切開チューブも抜去できた.在宅中心静脈栄養(home parenteral nutrition;以下,HPNと略記)に備えて,抗菌作用のある銀系無機抗菌剤を含有したCVポートを右鎖骨下に造設し,2023年7月に自宅退院となった.なお,退院直前に行った心エコーでは,心房内血栓は消失していた.自宅退院後も,テデュグルチドの皮下注射を継続した.

Fig. 1  Changes in fluid replacement, food intake, body weight, albumin and defecation volume in case 1. The patient did not eat or drink for 4 months after transfer to our hospital, but at his request, he started eating jelly. Initially, the jelly would just come out of the jejunostomy, but after administration of teduglutide, the jelly was digested and he gradually started to eat. Although the amount of fluid replacement was reduced as the patient increased his diet, his weight increased and his physical condition stabilized. The average defecation volume was approximately 1,000 ml per day before starting teduglutide. This volume decreased slightly after teduglutide administration. As the amount of food intake increased, the volume of defecation also increased, but this seemed to be suppressed by teduglutide.

症例2:65歳,女性

既往歴:慢性Af,脳梗塞

現病歴:2021年4月,SMA塞栓による回腸と盲腸壊死・消化管穿孔・汎発性腹膜炎の診断で前医で回盲部切除(開腹)が施行された.2021年12月に当院に転院した.2022年1月に退院し,以後当院外来に定期通院していた.再梗塞予防として術後よりDOACの内服を継続していた.2022年8月,突然の腹痛で当院を受診した.精査したところ,SMA塞栓の再発であった.前医に救急搬送し,緊急手術が施行された.壊死腸管切除,空腸横行結腸吻合が行われ,残存小腸は空腸が85 cmとなった.術後,全身状態が落ち着いた後に,2022年9月に当院に転院となった.

転院時現症:意識は清明であった.身長156 cm,体重39.9 kg,血圧129/88 mmHg,心電図ではAfを認めた.立位および歩行は可能であった.腹部所見は平坦,軟.下痢の影響もあり,食事摂取は不安定であった.PICCより1日1,500 mlの輸液を行っていた.DOAC内服では再梗塞が防げなかったため,ワーファリン内服となっていた.

当院転院後の経過:1回目の手術後と同様に,リハビリを行いながら腸管機能改善を期待して経過を追ったが,経口摂取量は不安定であり,アヘンチンキを内服しても下痢のコントロールは困難で,補液は減量できなかった.転院2か月後に補液の離脱が困難なSBSと診断した.症例1を経験して間もなかったため,補液離脱が困難と判断した時点で,速やかにテデュグルチドを導入した.開始後徐々に経口摂取量は増加し,下痢もロペラミドの内服でコントロール可能となった.補液はテデュグルチド開始1か月後に終了とした.体重は緩やかに増加し,体力も改善したため2023年2月に退院となった.当院入院中に行った心エコーでは,心房内血栓は認めなかった.退院後もテデュグルチドの自己注射を継続した.経過をFig. 2に示す.

Fig. 2  Changes in fluid replacement, food intake rate, albumin and body weight in case 2. After starting teduglutide, the patient’s erratic food intake improved and she was able to stop taking 1,500 ml of fluids per day. She also gradually gained weight.

 考察

SBSは,小腸の外科的切除または先天性欠損に起因し,腸の自律性が得られず著明な消化吸収障害に陥り,日常生活および社会生活に支障を来す重篤でまれな病態である16)17).SBSの病因は,乳幼児では壊死性腸炎や先天性異常,成人ではSMA塞栓症を含めた腸間膜血管疾患,炎症性腸疾患および術後合併症が一般的である18).消化吸収障害が顕著である場合,健康および成長を維持するために長期的な水分および栄養補給などの継続的な非経口的栄養補助である,静脈栄養・補液(parenteral nutrition/intravenous hydration;以下,PN/I.V.と略記)が生涯にわたって必要となる17).吸収不良によりさまざまな合併症が起こり19),長期的なPN/I.V.は,カテーテル関連合併症,肝機能障害,腎不全,代謝性疾患など重篤な合併症を引き起こす20).従来までは国内でのSBS治療に確立された薬物療法はなく,残存小腸機能の最適化に重点が置かれているのが現状であった21)~24)

GLP-2の新規遺伝子組み換えアナログであるテデュグルチドは,腸管の表面積の増加などの構造的変化や腸管の適応を促進する機能的変化をもたらし,腸管吸収能を高める14)15).成人SBS患者の治療における有効性は,海外で実施された第3相試験(CL0600-020試験)において,テデュグルチドを0.05 mg/kg/日で24週間の投与後,プラセボ群と比較して,テデュグルチド群ではPN/I.V.量が有意に減少(プラセボ群の21.5%の減少に対し,テデュグルチド群は32.5%の減少)し25),その後の継続投与試験(CL0600-021試験)でも24か月間の投与後,PN/I.V.量の減少がさらに増強された(テデュグルチドを継続投与した群は,65.6%減少)ことが確認されている26).これらの臨床試験の結果を踏まえて,2012年に欧州および米国にて成人SBSへ承認され,1歳以上の小児SBSに対しても,2016年に欧州で,2019年に米国で承認された.本邦でも複数の国内第3相試験が行われ,先行する海外での臨床試験と概ね同様の結果であることが確認され27),2021年8月より実臨床でSBS治療薬として使用可能となった.

SBSが比較的まれな疾患であるため,臨床データの蓄積が難しい中で,本邦においてSatoら28)は,クローン病によるSBSに対してテデュグルチドを投与した症例をレトロスペクティブに検討したところ,8週目にPN/I.V.が有意に減少(32.4%減少)していた,と報告した.さらなるデータの蓄積により,SBSに対するテデュグルチドの効果予測因子や長期予後への貢献などの検討が進むことが望まれる.医学中央雑誌で1903年から2023年10月の期間で「テデュグルチド」をキーワードとして検索を行っても,会議録を除いた症例報告は認めなかった.

我が国では小腸大量切除の一般的な目安として,小児では残存小腸75 cm以下,成人では150 cm以下または1/3以下が用いられている.SBSは,小腸大量切除のために小腸の吸収表面積が減少することにより起こるが,小腸残存長のみではなく,残存小腸の部位と順応能力,回盲弁・大腸残存の有無も大きく影響する29)30).小腸大量切除後の,術後の順応により,経口摂取により十分な栄養を賄える残存小腸長は,大腸が残っていない患者では150 cm以上,大腸が完全にもしくは部分的にでも残っている患者では,約50~70 cm以上とされている31).また,成人でPN/I.V.からの離脱が困難となるのは,空腸回腸吻合で残存小腸長が35 cm以下,空腸結腸吻合で60 cm以下,空腸瘻で115 cm以下の場合とされている32)33).SBSの発生が予想される大量小腸切除術の術後は,上記を参照にして,PN/I.V.離脱が困難であるかどうかを早期に見極め,離脱困難であれば,早期にテデュグルチドの導入を検討すべきである.CL0600-020試験では,SBS症例に対して初診時から4~17週間かけてPN/I.V量を見極めたうえで,テデュグルチドの投与を開始している25).症例1は術後1年4か月で投与を開始し,症例2は術後3か月で投与を開始した.症例1の投与開始が遅くなったのはやむをえないとして,症例2の投与開始時期は適切であると思われた.CL0600-020試験とCL0600-021試験の事後解析より,テデュグルチドの効果が強く発現する因子として,多量のPN/I.V.が必要であること,原疾患が血管病変よりも炎症性疾患であること,回盲弁がないこと,大腸が残存していないこと,人工肛門があること(回腸瘻よりも空腸瘻)が挙げられている.これらの因子を有する症例は,内因性GLP-2分泌がより強く阻害されることが示唆されており,そのためGLP-2アナログ製剤の効果が発現しやすいのではないかと考えられている34)35).使用に際する注意点は,①悪性腫瘍の存在または5年以内の既往があると禁忌である.②腎機能障害が存在する際は投与量を半量にする必要があり,経過中脱水などで腎機能が悪化することもあるため,定期的な血液検査は必須である.③薬価が極めて高価であるため,患者の経済的な負担について注意が必要である.④連日の皮下注射が必要であるために,自身で対応できない際は,環境整備が必要である,などが挙げられる.成人におけるテデュグルチドの有害事象は,腹痛および腹部膨満感,嘔吐,ストーマを有する患者ではストーマ合併症であるが,大半は軽度または中等度であるとされている25)26).空腸瘻状態であった症例1では,開始から数週間後に,ストーマ全体の軽度腫脹を認めたが,閉塞等の症状はなく,徐々に腫脹は消失した.開始8か月後に起こった腸閉塞は,既往の手術による癒着によるものであると考えられる.テデュグルチドは中断せずに投与し続け,腸閉塞が保存的に軽快後,食形態を下げて対応し,問題なく経過している.症例2は,有害事象は全く認められなかった.テデュグルチドは高価な薬剤であるため,可能であれば離脱が望ましいが,ESPENの成人の慢性腸管不全ガイドライン(2023)では,テデュグルチドを中止すると腸管の吸収能が悪化するため,患者は生涯にわたって投与する可能性が高いことを認識する必要があるとの記載がある36)ため,現状では成人のテデュグルチド離脱は難しいと思われる.

最近の医療の発展は著しく,突然現れた新しい医療により,従来では考えられなかった恩恵を患者が受け,予後やQOLが大幅に改善することも決して珍しくない.症例1は,テデュグルチド投与前の1年間はSBSに対して,PN/I.V.を主体とした対症療法のみしか思いつかず,繰り返すCRBSIと,徐々に弱っていく患者を前に,長期的な展望が全く見いだせない状況であった.症例2は,症例1のテデュグルチドの効果を確認後に転院を受けたため,速やかにテデュグルチドを導入し,PN/I.V.からの離脱と退院が実現できた.SBSの原因疾患のうち,クローン病などの炎症性疾患は,原因疾患に対して長期にわたる専門的な対応が必要であるため,高次医療機関との関わりが継続する.一方,腸間膜血管疾患によって生じたSBSは,術後はSBS以外に,留意する対応は再梗塞予防のみであるため,高次医療機関での急性期対応後に,当院のような,地域の亜急性期疾患を担当するケアミックス病院に転院するケースも多いと思われる.高次医療機関に比べて最新の医療知見に触れる機会が多くないケアミックス病院でも,患者が最新の医療を受けられずに不利益を被らないように,常に意識を持つことも大事であると思われる.

利益相反:なし

 文献
 

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