日本消化器外科学会雑誌
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編集後記
編集後記
山下 継史
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2025 年 58 巻 9 号 p. en9-

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本誌の編集後記を執筆させていただくのは,6年間で今回が3回目となります.前回は新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の流行最中であり,学会活動や日常診療が大きな制約を受けていた時期でした.あのころと比べ,今回は社会全体が前向きな空気を取り戻し,学術集会も日常臨床も以前にも増して活発になりつつあることを実感しております.コロナ禍を経て培われた経験や工夫は,これからの医学・医療を切り拓く力として大きな財産になると信じます.

本号(第58巻第9号)には6編の論文が掲載されました.全て症例報告で,その内訳は下部消化管5編,肝胆膵1編でした.私の専門である上部消化管領域は含まれておりませんでしたが,これも時代の移り変わりを反映しているのかもしれません.かつて症例報告の中心を占めていた胃癌は,近年では症例数が減少し,誌面上でもその傾向が顕著です.これは診断や治療の進歩がもたらした成果といえるもので,むしろ喜ばしい現象とも考えられます.

数ある報告のなかでも,特に注目すべき一編は「Pembrolizumab投与により病理学的完全奏効が得られた多発肝転移をともなうリンチ症候群関連大腸癌の1例」です.33歳の若年男性に発症した極めて進行した症例に対し,免疫チェックポイント阻害薬を術前に投与し,原発巣・肝転移ともに病理学的完全奏効を得て根治切除に至ったという内容でした.本症例の意義は,単にPembrolizumabの奏効例を示したという点にとどまりません.MSI-H大腸癌における免疫療法の強力な治療効果を明瞭に証明したばかりか,これまで根治不能とされた症例に対して「conversion手術を可能にし,さらには手術自体を不要とし得る潜在性」を提示した点で,今後の治療戦略に大きなインパクトを与えるものです.若手医師にとっても,日常臨床の中から世界的に通用する知見を発信できる可能性を示す,示唆に富んだ報告といえるでしょう.

学会誌に掲載される症例報告は,一見すると小さな一歩に思えるかもしれません.しかし,こうした一例一例の積み重ねが新しい治療概念を生み,診療ガイドラインを変えていく基盤となります.今回の6編も,いずれも臨床に即した示唆を多く含む大変意義深いものでした.ご執筆いただいた先生方に,心より感謝申し上げます.

最後に,本号の編集にご尽力くださった査読者ならびに編集関係各位に深謝申し上げるとともに,会員の皆さまが今後も積極的にご投稿くださり,本誌が一層充実していくことを願ってやみません.

 

(山下 継史)

2025年9月1日

 

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