抄録
岩手県大槌湾での潜水調査及び水槽飼育で, シワイカナゴ (トゲウオ目) の繁殖行動を観察した.本種は雌雄ともに周年にわたり湾内で群をなすが, 繁殖期の雄には, 群を離れてホンダワラ類の周辺にテリトリーを形成する婚姻色の鮮明な雄 (テリトリー雄) と, 群に留まる色のうすい雄 (群れ雄) の2タイプが観察された.腹部の膨満した雌が群を離れテリトリーに接近すると, 3-5尾の群れ雄がこれを追尾し, テリトリー雄は, 雌の接近に応じて3段階の求愛行動と, 追尾する雄への攻撃を行なった.卵はテリトリー内のホンダワラ類の枝の分岐点に産みっけられ, 一卵塊は, 直径約2mmの卵を平均32個含んでいた.産卵直後, 1一尾程の雄が放精しようと卵に殺到したが, 最も近い位置を占めたテリトリー雄が最も早かった.テリトリー雄は産卵後約30分ほど頻繁に吻で卵塊をつつき球状に固め, その後もときどき卵塊をつついたが, その他の卵保護行動は観察されなかった.テリトリーを形成したのは必ずしも大きな雄ではなかったことと, テリトリーの形成と放棄に際して, 例外なく急激な体色変化が認められたことから, 本種の雄は, その時々の生理的条件に応じて, あるいは, テリトリー雄の出現数の頻度に依存する混合戦略として, 「テリトリー雄になるか」「群れ雄でいるか」の二つの繁殖戦術を使い分けていると推察された.