抄録
外科的矯正治療が必要となる骨格性下顎前突症においては,術前矯正を行う事が一般的である。この際,dental compensationを解消させるために下顎前歯の唇側傾斜が必要となる。しかし骨格性下顎前突症患者は正常咬合者に比べてsymphysisの歯槽部幅径が小さく,歯の移動が制限される。そこで,本研究は骨格性下顎前突症患者において前歯に咬耗のない開咬を伴う症例と開咬伴わない症例のsymphysisと下顎臼歯部の歯槽骨幅径に関連があるかcone-beam computed tomography(以下,CBCT)を用いて分析,解明することを目的とした。
CBCTを撮影した16歳以上の骨格性下顎前突症患者のうち,前歯部咬耗がない開咬を伴う下顎前突症患者30名(開咬群)と開咬を伴わない下顎前突症患者30名(非開咬群)の計60名を選択した。CBCT画像を用いて,InVivo5(Anatomage,San Jose,CA)を使用し下顎中切歯,下顎臼歯部のcemento-enamel junction(以下,CEJ)から各2,4,6,8,10mm下方のsymphysisと下顎臼歯部の唇舌側(頰舌側)皮質骨,下顎歯槽骨幅径の距離を計測した。統計処理は,距離計測の比較にMann-Whitney’s U testを用いた。統計解析用ソフトJMP Pro 14(SAS Institute Inc.,Cary,NC)を用いて,優位性を危険率5%で検定した。
計測の結果,非開咬群と比較して,開咬群のconvexity,A-B Plane angle,Mandibular plane angle, gonial angleは有意に大きな値を示し2群の間で差が認められた。下顎前歯部歯槽骨幅径はCEJから2.0mm,4.0mm,6.0mm,8.0mmの平均値で開咬群が非開咬群に対し有意に小さな値を示した。下顎第一大臼歯遠心根・第二大臼歯間においては,開咬群の右側頰側皮質骨はCEJから6.0mm,8.0mmにおいて非開咬群に対して有意に小さい値を示したが,左側頰側皮質骨には有意差が認められなかった。また,開咬群の右側舌側皮質骨はCEJから6.0mm,左側舌側皮質骨はCEJから2.0mm,4.0mmにおいて非開咬群に対して有意に小さい値を示した。さらに,開咬群の右側歯槽骨幅径はCEJから8.0mmにおいて非開咬群に対して有意に小さい値を示した。
1)前歯部の咬合刺激低下によりsymphysisの歯槽骨幅径が小さくなった。2)骨格性下顎前突症患者の場合,開咬群の咬合力は非開咬群より小さく,機械的刺激が低下するため,下顎臼歯部歯槽骨幅径,頰側皮質骨幅径の一部で非開咬群に比べて小さい値を示す,と示唆された。以上より,成長期の骨格性下顎前突傾向のある患者に意図的に矯正装置による咬合刺激を与え,symphysis等の厚みを変化させることで,術前矯正における下顎前歯移動の制限や歯根吸収,歯肉退縮を予防出来る可能性があると考えた。