日本鳥学会誌
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小笠原諸島におけるカワラヒワの生態適応
中村 浩志
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1997 年 46 巻 2 号 p. 95-110,136

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抄録

小笠原諸島に生息するオガサワラカワラヒワ Carduelis sinica kittlitzi は,カワラヒワの一亜種として知られているが,近年生息個体数の減少が懸念されている.かつて生息していた小笠原群島の婿島列島,父島列島,硫黄島列島の北硫黄島と中硫黄島では最近見られず,現在生息が確認されているのは母島列島と硫黄島列島の南硫黄島のみである.オガサワラカワラヒワの現状とこの亜種の生態を明らかにするため,1996年12月と1997年4月にそれぞれ約10日間ほど,母島本島とその属島において調査を行った.
オガサワラカワラヒワは,12月,4月ともに母島本島では観察されず,その属島である向島,姉島,妹島,姪島で観察された(図3).また,これまで巣は未発見であったが,4月の調査で姉島で繁殖中の巣を計3巣,姉島と向島で古巣を計6巣発見した(図4,表1).これらのことから,オガサワラカワラヒワの主な繁殖地はこれらの属島であることが明らかされた.抱卵中の2巣の卵数は3卵と4卵で,本土の亜種のカワラヒワに比べ一腹卵数が少ない傾向にあることが示唆された(表2).しかし,一卵あたりの大きさ(重さ,長径,短径)は,本土のカワラヒワより有意に大きかった(表3).オガサワラカワラヒワは,これら属島の乾性低木林(高さ2m以下の常緑樹)のある場所で主に観察され,林内では観察されなかった.採食は,繁殖期には乾性低木林の主に地上で観察された.乾性低木林は属島に多く見られ,オガサワラカワラヒワの生息分布は,乾性低木林の分布とよく一致していた(図3,表4).4月の繁殖期に計18羽(雄12,雌6)を捕獲し,体重や体の大きさを測定すると共に,4羽の「そのう」から餌を採集した.採集された餌のほとんどは,乾性低木林の代表種であるムニンアオガンビ Wikstroemia pseudorefusa の種子であった.カワラヒワの体の大きさと体重は,北で繁殖する個体群ほど大きい傾向をもっている.最も南で繁殖するオガサワラカワラヒワの体重,翼長,尾長は,この傾向に一致し,最も小型であったが,嘴峰長とふしょ長は,体の割に長い傾向を持っていた(図5).特に嘴は,長さだけでなく嘴全体が本土の亜種よりも大型化していた(表6).
以上の結果から,以下の3点について論議を行った.(1)オガサワラカワラヒワは,乾性低木林に著しく適応しており,体が小さい割に嘴が大きいのは,本来の草本の種子が得られず,木の実といった大型の種子食へ適応した結果と考えられること,この適応のため,人の移住により開けた環境が増加しても,本来の草本の種子食には戻れず,乾性低木林が失われると共に生息数が減少したと考えられることを論じた.(2)体の小型化,一腹卵数の減少は,小笠原の亜熱帯気候への適応と考えられること,卵の大型化は,餌の得にくい環境への適応と考えられることを論じた.(3)繁殖終了後の夏の時期,属島から母島本島へ移動するのは,換羽と関係した移動であり,夏の時期,属島では水や餌が得にくくなるためと考えられることを論じた.

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