抄録
1.はじめに
(1)JOHA20周年記念シンポジウムのねらい
コロナ禍でのハイブリッド形式ではありましたが、韓国の尹澤林先生、台湾の許雪姫先生にご登壇いただき、『東アジアにおけるオーラルヒストリーの展開と課題』という国際シンポジウムが開催できましたことは、企画者の一人として感無量でした。尹先生とは初対面ですが、司会の李洪章先生から、尹先生が韓国の口述史(オーラルヒストリー)をリードされてきたことを教えてもらってきました。また、許先生には20年ほど前に台北の中央研究院をお訪ねしお目にかかったことがありましたが、それ以来先生の台湾における満洲引揚者研究に多くを学んでおります。2021年に刊行された『離散と回帰』には大変な感銘を覚えましたし、許先生が台湾の口述史(オーラルヒストリー)を牽引されてきたのは周知のことです。そして大会当日も、お二人の刺激的な報告から多くを学ばせていただきました。このような先生方とこの記念すべきシンポジウムの場にともに登壇できたことは、私にとって大変名誉なことでした。本シンポジウムを主催していただいた日本オーラル・ヒストリー学会と、ご登壇いただいたお二人の先生方に心から感謝申しあげます。
さて、開催の挨拶で李先生が述べられたように、本シンポジウムは日本オーラル・ヒストリー学会(以下、JOHA)設立20周年を記念しての、東アジアにおけるオーラルヒストリーをめぐるシンポジウムです。ご承知のように、東アジアにおけるオーラルヒストリー/口述史研究は1991年の冷戦崩壊前後から大きく展開し、それぞれの歴史的状況を踏まえた独特の展開を果たしてきましたし、相互に深い関連を持っているものと理解できます。と申しますのも、日韓台ともに英米のオーラルヒストリーを介したグローバルな方法論が共有されてきたからです。しかも、20世紀東アジアの歴史がそもそも相互に密接な関連があったからでもあります。このため、たとえば、日本軍「慰安婦」問題は共通の重要なテーマでしたし、第二次世界大戦後の人の移動に関する研究などでも相互に密接に協力したり、関連した聞き取りがなされたりと、強い関連があったからです。
しかしながら、これまで個々の共同研究などはありましたが、学会レベルでの公的な交流は十分ではありませんでした。そこで、本シンポジウムでは、東アジアにおけるオーラルヒストリーを代表する先生方を招待し、東アジアにおけるオーラルヒストリーの歴史と課題について互いに学び合い、そして今後の研究交流の促進を図ることを目指しています。
(2)共催「東アジアのポストコロニアルを聞きとる」
JOHAを代表しまして私が登壇しますが、それは私が日本のオーラルヒストリー研究を代表する研究者というよりも、本シンポジウムの共催者である「東アジアのポストコロニアルを聞きとる」という科研費プロジェクトの研究代表者だからです。その点、ご了解ください。なお、お二人の東アジアを代表する先生をお招きしていることもあり、私の報告は、「東アジアのポストコロニアルを聞きとる」という視点を意識した報告が中心となります。この点も、ご理解のほどよろしくお願いいたします。
(3)報告の概要
さて、詳細な報告に入る前に、私の報告のポイントをあらかじめ短く紹介します。
まず、第一に、20世紀から現在までの日本におけるオーラルヒストリーの系譜とその展開を簡潔に紹介します。とりわけ、戦後の「民衆のオーラルヒストリー」の展開、なかでも女性による女性への聞き取りという「女性のオーラルヒストリー」という歴史実践、在日朝鮮人や引揚者などの東アジアのポストコロニアルに関連した人々への聞き取りをクローズアップします。第二に、日本のオーラルヒストリーは主に歴史学、社会学において展開されましたが、それぞれにおけるオーラルヒストリーへのスタンスや方法論が異なっていました。それを構築主義へのポジショナリティと「歴史と記憶」論争から紹介します。最後に、東アジアにおける学会レベルの学術交流と「東アジアオーラルヒストリーの交流とアーカイブ」構築の必要性と可能性について提案します。
また、あらかじめ断っておきますが、以上の三点を詳しく報告する際に、私自身の研究も関連させて報告します。と言いますのも、オーラルヒストリーは語り手だけでなく聞き手がとても重要であります。本シンポジウムにおいても、報告者がどのような人びとから、どのようにオーラルヒストリーを聞き取り、研究してきたは欠かせない要素の一つだからです。それに、桜井厚や大門正克をはじめとするJOHAを創成し代表してきた先達を前に恐縮ですが、私も、日本のオーラルヒストリーが展開する重要な時代をともに生きてきた一人でもあるからです。