論文ID: 30.e4
<抄録>ランダム化比較試験(RCT)が実施不可能,非倫理的,あるいは時宜を逸するような状況においては,観察データに基づく因果推論が科学的・臨床的意思決定への有効な選択肢となりうる.しかしながら,観察研究はランダム化の欠如による交絡に加え,不適切な研究デザインがもたらす選択バイアスや不死時間など,効果推定を根本的に歪める脆弱性を内包している.こうした課題に対処するための体系的なフレームワークとして,「標的試験エミュレーション(target trial emulation)」が近年注目を集めている.このアプローチは,関心のある因果的な問いに答えうる仮想のプラグマティックRCT(標的試験)のプロトコルを精緻に設計し,それを利用可能な観察データを用いて明示的に模倣(エミュレート)する形で研究を実施する2段階プロセスから成る.その最大の貢献は,観察研究における因果的な問いの曖昧さを排し,明確に定義された因果的な推定対象へと昇華させることにある.本稿では,標的試験エミュレーションの概念的基盤を整理するとともに,実装における考慮事項を詳述する.また,このフレームワークの適用事例として,骨粗鬆症を併存する維持透析患者を対象にデノスマブと経口ビスホスホネート製剤の心血管安全性および骨折予防効果を比較した観察研究を紹介する.標的試験フレームワークは,デザインに起因するバイアスを回避するとともに,観察データに内在する限界を浮き彫りにし,因果的な問いに向き合う疫学者をより妥当な推論へと導くであろう.