Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Special Topics “At the beginning of pharmaceutical education research”
Qualitative research in pharmaceutical education
—A study to establish education that improves students’ awareness—
Manako Hanya
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2017 Volume 1 Article ID: 2017-002

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Abstract

薬学教育は2006年に6年制教育になり10年余が経過する.現在,薬剤師の取り巻く環境も変化し,薬学教育も更なる進化が期待されている.このような中で,教育・業務の改善に関する研究が積極的に行われ,量的な研究だけでなく,質的な研究も行われてくるようになった.本稿では,薬学教育及び薬剤師の職能を評価する質的研究として内容分析,グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた研究を紹介し,質的研究の特徴を示す.薬学教育に携わる教員は,医療を取り巻く環境の変化を鑑みながら,薬剤師のプロフェッショナルとしての必要な普遍的な教育,また進化する薬剤師職能に常にアンテナを張りながら,教育の変革,及びその教育の質を維持に尽力する必要がある.そのためにも教育のアプローチ方法を論じるだけでなく,その教育が学生に与える影響を評価し,その評価を次の教育へ如何に反映するかを考える必要がある.

はじめに

2006年薬学教育も6年制となり,薬そのものに焦点を当てた対物教育だけでなく,薬を使用する患者,すなわち臨床に焦点を当てた対人教育が強化されてきている.薬学教育モデル・コアカリキュラムの「ヒューマニズムについて学ぶ」は,改訂薬学モデル・コアカリキュラム1の中でも「基本事項」として①薬剤師としての心構え,②患者・生活者本位の視点,③コミュニケーション能力,④チーム医療への参画が明記され,さらに臨床に向けた教育が求められている.特に患者とのコミュニケーションに関する教育等については,単に知識レベルの教育だけでなく,技能・態度を学生に教授する必要があり,各大学ともに模擬患者の活用等,その教育には工夫を凝らしている.

では,コミュニケーション教育をはじめとする薬学教育に関する評価はどのようにしたら良いのだろうか?医療現場で学生は患者の話を傾聴し,その問題点に合わせた服薬支援を行う.学生は自らの対応を振り返り,状況理解を深め,次の患者の対応に生かすための「省察力」を身につけることが求められる.学生がこの「省察力」を身につけたかどうかを評価する場合に,アンケート調査のようにある一定の設問に対する量的な研究では,学生個々の気づきの特徴がつかみにくい.このように教育の中で培われる多様な学生の気づきの特徴を質的に分析し,その評価を教育現場に還元することは,教員自身その教育方法の意義の理解を深め,学生自身も臨床で必要となる「省察力」の涵養につながるであろう.

本稿では,薬学教育の教育評価,及び薬剤師の職能に関する質的研究として,内容分析,及びグラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach,以下GTA)を用いた研究について紹介する.

質的研究とは

質的研究2,3とは,量的研究と対応する用語であり,量的研究が数値可能なデータに対して,研究対象の言葉や行動のような数量化しにくいデータを用いる研究方法である.量的研究は研究者が設定した仮説を検証するのに対して,質的研究は仮説の生成を目標とし,研究対象の視点を明らかにしていく.佐藤2は,「質的研究とは主にインテンシブなインタビューや参与観察の様なあまり定性化されない方法でデータを集め,その結果に際しては,数値や統計的な分析というよりは言葉による記述と分析を中心とする調査方法」と述べている.その研究方法,及び手続きには,参与観察,インタビュー,エスノメソドロジ,ライフ・ヒストリー分析,会話分析,フォーカス・グループ法,内容分析,グラウンデッド・セオリー・アプローチなどがある.

質的研究は,①リサーチクエスチョンの設定,②対象の選定とデータの収集(音声データ,記述データ,視覚データ),③収集したデータコーディングとカテゴリ化,④データの理論構築のプロセスで進められる.収集された様々なデータは,文字データに変換され,一種の小見出しをつけていく作業であるコーディングが行われる.コード化されたデータをさらに,カテゴリにまとめたりするデータベース化が行われる.最終的に,整理されたデータからある特徴をもつ情報を,特定の問題に基づいて抽出し,ストーリーを構築していく.このコーディングや,データベース化のプロセスは,質的研究の特徴であるが,それぞれの手法によって異なっているので,今回は内容分析,及びGTAを用いた研究を通して明らかにしたい.

内容分析を用いた研究紹介

内容分析4は,テキストデータを対象にして,特定の言葉の頻度,記事の全体の分量,あるいは最も頻繁に使われているキーワードの出現頻度などについて,コミュニケーションの内容やその意図,効果などを明らかにしようとするものである.今回紹介する内容分析を用いた研究5は,名城大学の4年次実務実習事前講義演習で,学生ごとに模擬患者とのロールプレイを体験し,体験した録画映像を鑑賞し,その体験のトランスクリプトを作成することで,段階的に学生自らがコミュニケーションの振り返りを促した教育に関するものである.本研究では,各段階での学生の振り返りの記述をテキスト化し,その内容を①体験の描写のみに留まる,②体験の感想に留まる,③体験を一般化できている,④今後の具体的行動を提示している,の4段階のレベル別に分析(表1)し,その教育効果を検討した.4段階のレベル別に分類したデータを,学習段階ごとに集計し,統計的に分析した結果,トランスクリプト作成は,レベル3, 4の深い振り返りが,模擬患者とのロールプレイ群,及び映像の鑑賞よりも有意に多くなった.この結果,学生は段階的な教育プロセスを踏むことで異なったコミュニケーション上の問題点に気づき,それを解決するための振り返りを深めることが示唆された.このように内容分析では,文脈の中にある微妙な意味を明らかにするものではないが,データを質から量へ変換することにより,質的研究方法の信頼性,妥当性の検証の向上につながるといえる4

表1. 学生の気づきの内容のレベル別のコーディング5
レベル1 体験の描写のみにとどまる ➢患者の不安はちゃんと聞き出せていた.
➢患者さんの顔を見て,頷きながら聞けていた.
➢患者さんの目を見て答えることができなかった.
➢患者が気になることの確認や終了の挨拶ができた.
➢患者さんの言葉に対してオウム返しをして確認していた.
➢患者が理解しているか様子をうかがいながら説明している.
レベル2 体験の感想にとどまる ➢まず患者の名前を呼び,適切なオープニングにできたと思う.
➢共感をしようと思って患者さんの言葉を繰り返したら,患者さんの言ったこととかぶってしまい,上手くいかなかった.
➢患者さんが喋っている途中で話しに入り込むこともあったので気をつけたい.
➢患者さんの不安に思っていることを聞き出せたのが良かった.
レベル3 体験を一般化できている ➢患者さんの言っていることを繰り返して,最後にまとめて患者さんに確認をとると言うことで,傾聴はできたと思うが,共感の言葉をかけられなかった.
➢初めの導入の部分ですごく緊張しながら話しているのがわかり,患者さんに話を聞き出すことをもう少しスムーズに行えることができたら良かった.
➢患者さんが腰を抑えて痛そうにして入ってきたのに,緊張から,それに気づいて声をかけたり,早く座ってもらうなど,適切に対応ができなかった.
レベル4 今後の具体的行動を提示している ➢聞き方が良くなかったために,患者さんが質問の意図を理解できていなかったように思う.クローズな質問ばかりになっていたのでもっとオープンな質問を入れようと思った.
➢患者さんの質問に対して,押しかけがましい答え方をしたような気がするので,もう少し不安を取り除くような答え方をすべきだし,身につけたいと思う.
➢共感するコミュニケーションを取り入れたほうが良いと思い,患者さんの不安を受け入れられる薬剤師になりたい.

GTAを用いた研究紹介

GTAを用いた研究として,認知症患者に対する薬剤師の対応,及び取り巻く環境を調査した「保険薬局薬剤師の認知機能低下者への対応に関する意識調査」6について紹介する.本研究では,Straussら7,8の提唱するGTAを用い,調査者2名による分析を行った.GTAは定式化された分析方法に準じることで可能な限り主観を排した理論構築を目指す点を特徴としている.対象薬剤師に行った半構造化インタビューの録音データより作成した逐語録を文脈によるまとまりを意識しながら切片化し,切片ごとにプロパティ(特性)とディメンション(次元)を抽出した上で,それぞれのラベル名を決定した.さらに,プロパティ・ディメンションを考慮しながらラベルごとの纏まりを抽出し,サブカテゴリとした.同様にサブカテゴリ同士の纏まりからカテゴリを抽出した.この分析過程の一例を表2に示した.作成したラベルをプロパティとディメンションを考慮しながらカテゴリにまとめ,状況・時系列ごとに関わりのあるカテゴリ同士の関係性を考えたカテゴリ関連図を作成し,それを基に,包括的な概念を把握するための概念図(図1)を作成していく.このように対象薬剤師のインタビューを質的に分析することで,薬剤師の認知症患者への対応の現状とともに,薬剤師の認知症患者に抱く意識を明らかにすることによって,今後の具体的な対策を検討することが可能となる.

表2. GTAを用いた分析過程の一例6
No 逐語録 プロパティ ディメンション ラベル カテゴリ
74 A:OTCが好きな方で,常にあるんですよ,百草丸とかノーシンとか.それを自分で管理させているので,ある程度一定の量だけ.全部飲んじゃっても大丈夫だろうっていう量だけそばに置いているので.それを自分で管理している気持ちになっていて.
B:なるほど.
患者の特徴
OTCの配置頻度
OTCの内容
OTCの配置量
OTCの配置場所
OTCの管理者
患者の感じ方
OTCが好き
常にある
百草丸,ノーシンなど一定の量,全部飲んじゃっても大丈夫な量
患者のそば
患者
自分で管理している気持ちになる
OTCによる自己管理の満足感 《自尊心の保持》
〈尊厳の尊重としての自己管理〉
75 C:「自分で管理する」っていう,今,飲んだり持たせてもらっていて.そういう自分のできる仕事っていうのが,そういうのを与えてもらえると,逆にちょっと意識. 場面
管理する人物
患者の印象
服薬管理
自分
嬉しい〔自分のできる仕事を与えてもらえる〕,ちょっと意識(する)
管理能力発揮の喜び 《自尊心の保持》
〈尊厳の尊重としての自己管理〉
76 C:みんなに管理されているっていうふうにすごく思われると,すごくどんどん拒薬がひどくなっていくというか. 場面
管理する人物
患者の行動
悪化の度合い
服薬管理
患者以外(みんな)
拒薬がひどくなる
急激に〔すごくどんどん〕
他者管理による急激な拒薬の悪化 《服薬管理の状況の悪化》
〈関係性の悪化〉

(A,B,C…インタビュー対象者)

図1

概念図の一例(薬局窓口での薬剤師の認知機能低下者への「気づき」と対応の現状)6

終わりに

薬学教育も2006年に大きな転換をしてから10年余が経過する現在,薬剤師の取り巻く環境も変化し,薬学教育も更なる進化が期待されている.薬学教育に携わる教員は,医療を取り巻く環境の変化を鑑みながら,薬剤師のプロフェッショナルとして必要かつ普遍的な教育,また進化する薬剤師職能に常にアンテナを張りながら,教育の変革,及びその教育の質を維持に尽力する必要がある.そのためにも教育のアプローチ方法を論じるだけでなく,その教育が学生に与える影響を評価し,その評価を次の教育にどのように反映するか常に考える必要がある.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2017 Japan Society for Pharamaceutical Education
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