Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Educational effects of a clinical diagnosis simulation training program based on Basic Physiology of Vital Signs (BPVS) for pharmacy and medical students
Shinji AkiyamaTakashi YamawakiSogoro IrieShingo TakatoriHiroshi KayouTomoka IhaHiroyuki NambaKiyonori TakadaNaoto KobayashiIchiro MatsuokaIkuya Sakai
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2017 Volume 1 Article ID: 2017-005

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Abstract

多くの薬系大学でフィジカルアセスメントに関するカリキュラムが導入されている.このカリキュラムで修得したスキルをチーム医療の現場で実践するためには,患者の状態を適切に評価できることが必須である.そこで本研究では,「バイタルサインの生理学的理解を通して患者マネジメントの指針を得る学習法」として研修医用に開発されたCPVS(Clinical Physiology of Vital Signs)プログラム(研修医用臨床生理学教育プログラム)の基礎コースであるBPVS(Basic Physiology of Vital Signs)プログラムを医療系学生に対して初めて実施し,その教育効果を評価した.その結果,限られた時間の中で,それぞれの専門知識をもとに臨床上の優先順位を考えながら試行を繰り返すことで,的確な情報の収集と整理,評価が行えるようになることが明らかとなった.BPVSプログラムは薬学生・医学生の臨床診断学習のために効果的であると考えられる.

目的

薬学教育6年制の移行に伴い,フィジカルアセスメントに関連する教育を導入する薬系大学は徐々に増加し,一定の教育効果を上げている14.平成27年度入学生より適用されている改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムには,フィジカルアセスメントに関する多くの必須教育内容が設定され,さらなる充実が求められている5).バイタルサインは,臨床において最も確実な一次情報であり,医療従事者であれば,いつでも・どこでも・誰にでも測定できる重要なデータである6).そして,得られた計測値に対して的確な生理学的解釈を行うことで,より迅速に・より広く・より深く,患者の病態を把握することが可能となる.しかし,日本の医学教育においても,その重要性や解釈法の教育が軽視されていると指摘されている7)

また,わが国では,医療の高度化・複雑化に伴い医療従事者の業務が増大する中で,より質の高い医療を実現するために「医療に従事する多種多様な医療スタッフが,各々の高い専門性を前提として目的と情報を共有し,業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い,患者の状況に的確に対応した医療を提供する」チーム医療が推進されている.海外の医療職養成教育機関においては,専門職連携教育(IPE: Interprofessional education)が積極的に実施されており8),わが国でも多くの医療系学部がIPEによるチーム医療教育をカリキュラムに導入している911.改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムにおいても,「薬剤師として求められる基本的な資質」に「チーム医療への参画」,「地域の保健・医療における実践的能力」が提示され,「A基本事項(4)多職種連携協働とチーム医療」をはじめ,数多くの教育目標が掲げられている5,12).チーム医療を行っていくために最も重要なことは,チーム内で刻々と変化する患者の病態の理解を共有することである.そのためにはバイタルサインから患者の病態を把握し,他の医療従事者への連絡が不可欠である.

そこで,“バイタルサインの生理学的解釈を通して患者マネジメントのヒントを紐解いていく学習法”として,研修医用に開発された教育プログラムCPVS(Clinical Physiology of Vital Signs)13)の医師以外の医療職向け基礎コースであるBPVS(Basic Physiology of Vital Signs)プログラムを薬学生・医学生を対象に実施し,その教育効果を検証した.なお,BPVSは,「急性発症した患者急変状態をバイタルサインからアプローチする方法を身につける」ことを目的として,「カテコラミンリリース,ショックの同定ができる」,「呼吸状態の異常が同定できる」,「カテコラミンリリース・ショック・呼吸状態の異常がどのような病態で起こっているか同定できる」の3つの目標が設定されたプログラムである.

方法

1. BPVSプログラム

受講者は,松山大学薬学部,愛媛大学医学部の学内掲示板にて希望者を募った.その内訳は,薬学生12名(3年生1名,4年生6名,5年生4名,大学院生1名),医学生2名(3年生)の計14名であった.学部・学年をランダムに4~5名ずつの3グループに分け,各グループに1名ずつのファシリテーター(医師,看護師)を配置した.実施したプログラムを図1に示す.「カテコラミンリリース」「ショック」「頻呼吸」の3テーマについて,基本的なレクチャー(バイタルサインの異常を見つけた時の考え方・鑑別の仕方など)を受けた後,ファシリテーターが患者役となり,病態シナリオの患者を演じながらファシリテートする症例シミュレーションを行った.グループ内の代表者1名が他のメンバーと協力して,患者役に対してフィジカルアセスメントを行い,症例ごとに配布したSBARシート(図2)の項目を時間内に患者役から聞き取り,医師に報告するという設定とした.SBARとは,Situation:患者の包括的状態,Background:臨床経過,Assessment:状況評価の結論,Recommendation:具体的な要望・要請,の頭文字をとったもので,すみやかな情報伝達と行動を構造化して伝える方法として,医療現場で広く用いられているアイテムである14).その後,症例デブリーフィングで学習ポイントを集約(症例シミュレーションに臨んだ学生が振り返りプレゼンテーションを行い,その鑑別プロセスに対するファシリテーターからのフィードバックと症例シナリオの解説),これを各テーマ3症例ずつ繰り返し,計9症例を実施した.さらに,全クール終了後に受講者の修得度を確認するためのポストテストおよびアンケートを行った.

図1

BPVSプログラム

図2

SBARシート(BPVS用)

2. ポストテスト

ポストテストの例示として,一部改変したものを示す(図3).患者の状態とバイタルサインおよび身体所見を提示し,患者の病態を四肢択一で回答させる形式で,計10問設定した.なお,BPVSはポストテストの結果により,基準点を超えた者のみ受講証明書を発行するシステムをとっており,実際に使用した問題は開示できない.図3の例示は,BPVSディレクター監修のもと,実際に使用した問題を例示用に一部改変したものである.

図3

ポストテスト(例示:一部改変)

3. アンケート調査

アンケートの調査項目は,所属の他に,プログラムの内容・満足度・目標到達度(自己の主観的評価)について,1:とてもそう思う(とても満足)~4:全くそうは思わない(不満)の4段階評価および自由記述とした(図4).

図4

アンケート

4. 統計解析

統計処理にはEXCEL統計Ver. 7.0((株)エスミ)を用いた.

5. CS分析

BPVSプログラムの評価は,「全体を通した満足度」のスコアを目的変数,各項目のスコアを説明変数として,CS分析(Customer Satisfaction Analysis)を行った15,16).CS分析とはサービスなどを提供する側が,提供される側の評価と満足度合いをアンケート調査し,その結果をもとに更なる改善あるいは向上に役立てるための分析手段の一つであり,各設問結果が総合評価に対してどの程度影響を与えているかを明確にし,総合評価に対する影響度に基づいて改善する必要性があるか否かを客観的な数値(改善度)で判断でき,さらに,改善度の数値の大きさから改善項目の優先順位も判別することが可能な統計処理方法である15).CS分析により,目的変数との関連度と満足率から散布図(偏差値CSグラフ)を作成して,偏差値50で境界線を引き4象限のグラフとした.散布図の右上,すなわち満足率が高く目的変数との関連度の大きい範囲は「重点維持分野」,満足率が高く目的変数との関連度の小さい範囲は「維持分野」,満足率が低く目的変数との関連度の小さい範囲は「改善分野」,満足率が低く目的変数との関連度の大きい範囲は「重点改善分野」と設定した.各項目の改善度の強弱は改善度指数として示され,原点(50,50)から各プロット位置までの距離ならびに原点と右下最下点(70,0)を結んだ直線とプロット位置を通る直線との角度の値から算出できる.その値は原点から遠いほど,角度が小さいほど大きくなり,改善度指数10以上を「即改善項目」,5以上10未満を「要改善項目」,5未満を「改善不要項目」と判定できる17)

6. 倫理的配慮

受講者に対しては,個人情報保護のために無記名であること,提出は任意であること,得られたデータはすべて統計数字として処理すること,今後のプログラム改善や学術発表等で使用することがあることについて十分に説明し,同意のうえでアンケートを行った.また,個人情報の保護に配慮した.

結果

1. 受講者の修得度

受講者14名全員からアンケートは回収できた.主観的自己評価による目標・目的到達度の結果を図5に示す.いずれの項目も高い値を示し,BPVSプログラムの目標は達成できた.終了後のポストテストは,受講者全員が基準点(80%)を超えた.

図5

自己評価による目標・目的到達度.●は受講者の平均値を示す.

2. 満足度によるBPVSプログラムの評価

BPVSプログラムの「全体を通した満足度」は,4段階評価で3.93と非常に高い結果であった.「各セッションレクチャー」は3.86,「症例シミュレーション演習」は3.93,「症例デブリーフィング」は3.79といずれも高評価であった.

CS分析により得られた偏差値CSグラフを図6に示した.満足率の高かった「症例シミュレーション」は「維持分野」に,「症例デブリーフィング」は「重点改善分野」となった.また,算出された各設問の改善度指数は,「症例シミュレーション」–16.26,「各セッションレクチャー」–1.84,「症例デブリーフィング」18.09となり,改善度指数10以上の即改善項目として「症例デブリーフィング」が抽出された.

図6

CSグラフ(偏差値).( )中は改善度指数を示す.

考察

CPVSは,バイタルサインの生理学的解釈を通して臨床診断を学ぶ,研修医を対象とした学習プログラムである.BPVSプログラムは,医師以外の医療職向けに開発されたCPVSの基礎コースであり,今回初めて医療系学生を対象に実施した.受講生は限られた時間の中で,臨床的に良い結果をもたらす上での優先順位を考えながらアプローチを繰り返すことにより,症例が進むにつれて的確な情報収集・整理・評価が行えるようになった.薬学生からは「病気のことについて,もっと勉強したいと思った.」,「薬剤師もこのような知識をもっておくと,臨床の現場で必ず役立つと思う.」,医学生からは「他職種の方がどう患者さんと関わるのか知るよい機会になった.」,「今まで病気から症状を,という方向でしか見てこなかったので,すごく面白かった.」などの意見があり(表1),学部の枠を超えた合同学習により,さらに学習に対する意欲が増す相乗効果がみられた.

表1 学生コメント(一部抜粋)
薬学生のコメント
・病気のことについて,もっと勉強したいと思いました.
・内容が盛りだくさんでしたが,シミュレーションを交えて何回も繰り返し勉強できたので,覚えやすかったし,楽しかったです.
・患者さんの状態を認識する知識を得ることができました.
・説明→実演→復習の流れは,とても分かりやすく,楽しかったです.
・薬剤師もこのような知識をもっておくと,臨床で必ず役立つと思う.
・ペースが速かったので,もう少し時間があるとよかったです.
医学生のコメント
・薬学部の皆さんと一緒に学べて,とても良い機会になりました.
・他職種の方がどう患者さんと関わるのか知れる良い機会になりました.
・初めて,CCRやショック,呼吸からみるという逆アプローチに臨みました.
・今までは,病気から症状,という方向でしか見てこなかったので難しかったけど,順序立てて見ていけたし,すごく面白かったです.
・もっとたくさんシミュレーションして,体にたたきこみたい!と思えた講義でした.

また,BPVSプログラムの中には,SBAR(図2)が取り入れられていたが,受講者の中でSBARについて知っている者は一人もいなかった.SBARは,医療者間のやりとりを円滑にし,チームの力を向上させるためのフレームワークである“Team STEPPS” の中で提唱されているコミュニケーションツールである14).SBARの利点は,観察した情報をどう報告へとつなげるかという枠組みがあらかじめ決まっており,その枠組みによって観察の視点が誘導されること,そして,一つの伝達方法をチームで共有できる点にあると言われている.その有効性は,図5の自己評価による目標・目的到達度において「SBARで報告ができるようになった」の自己評価が高かったことにより実証できた.チーム医療学習の効果的な学習アイテムとして,活用方法を検討していきたい.

CS分析によるBPVSプログラムの評価は,「症例シミュレーション」の満足率が最も高く「維持分野」,次いで「各セッションレクチャー」であり,「症例デブリーフィング」は改善度指数18.09の「重点改善分野」となった(図6).BPVSは,「症例デブリーフィング」において,鑑別プロセスに対するフィードバックが次のシミュレーションに生かせるようにプログラムされており,3回繰り返すことで次第に鑑別のスキルがアップしていくことが実感できるように構成されている.学生コメントにも,この流れや繰り返し学習を評価した意見とペースが速すぎると感じた意見が挙げられていた(表1).したがって,何回目のシミュレーションを担当したかで評価が分かれたのではないかと考えられる.今後の課題として,担当する症例の順番や難易度等を事前に調整しておく,「症例デブリーフィング」の時間配分に長短をつける,学習ポイントをより明確にする等の改善を図っていきたい.

本研究の限界として,「受講者は学内掲示板をみて自ら応募してきた,いわば“意識の高い”学生である」,「学部3年生から大学院生まで幅広い学年層であり,受講前の知識量に差がある」ことが推察され,これらが得られた結果にどの程度影響しているのかは明確にできていない.今後,更なる検証を行っていきたい.

近年の6年制薬学教育には,フィジカルアセスメントに加えて,薬学的視点に基づいた「臨床推論」や「症候学」のカリキュラム導入が進められている3,4,18.さまざまな臨床データや患者の訴えをもとにして患者の状態を把握することを目的としているが,まずは瞬時に“バイタルサインを生理学的に捉える”スキルが患者の命を救う基本であり6,7),医師や看護師だけでなく,薬剤師に対しても求められる能力である.さらに,生理学的解釈をもとに副作用や薬物治療の評価が行える薬剤師は,在宅医療や院内の様々な専門医療チームにおいて,貴重な存在と成り得る.その意味でも,“バイタルサインを一つひとつ紐解いていく”BPVSは,今後の薬剤師にとって効果的な学習プログラムの一つである.しかし,このプログラムはシミュレータを使うのではなく,患者役をファシリテーターが演じながら受講者を誘導するという,少人数教育用に作成されたものであり,シナリオ患者を再現するファシリテーターの養成が今後の課題である.

謝辞

本研究の一部は,平成26年度愛媛大学と松山大学との連携事業(事業番号2014002)の支援を受けて実施したものである.

利益相反:発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
© 2017 Japan Society for Pharamaceutical Education
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