Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Original Article
Evidence-Based Medicine (EBM) education in schools of pharmacy in Japan: A questionnaire survey
Kyoko KitazawaJun-ichi SasakiTakeo Nakayama
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2017 Volume 1 Article ID: 2017-007

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Abstract

6年制薬学部・薬科大学におけるEvidence-Based Medicine(EBM)教育の実態を把握する目的で質問紙調査を実施した.教員268人に調査票を送付し,72校の191人から回答を得た(回答率71.3%).EBMに関する50の主要キーワードのうち,研究デザイン(ランダム化比較試験,前向きコホート研究,後ろ向きコホート研究,症例対照研究)や研究結果の指標(オッズ・オッズ比,相対リスクと絶対リスク)は,ほとんどの大学で教育されていた.一方で,臨床推論,ランダム化比較試験の患者への適用,システマティック・レビューの批判的吟味,および診療ガイドラインの作成手順と解釈に関するキーワードは,教育している大学が少なかった.EBM教育が「充実している」との自己評価は32.2%にとどまり,主な課題として,時間不足,演習・実習の機会の不足,教員の意識・スキルの不足,適切な教材の不足が挙げられた.

背景・目的

Evidence-Based Medicine(EBM)は,医師の臨床判断における自己主導型学習プロセスとして1990年代に提唱された1.今日,医療職が診療において科学的根拠に基づく(evidence-based)アプローチを実践し,その結果として医療の質を向上させるために,生涯にわたるEBM教育が必要であると認識されている2

わが国では,1999年に文部科学省の21世紀医学・医療懇談会第4次報告3においてEBM教育を充実させることが提案され,2000年に策定された医学教育モデル・コアカリキュラムで,SBOの一つとして「EBMの概説および実践」が盛り込まれた.医学部・医科大学を対象に2000年に実施された調査では,回答した64校のうち22校(34%)で既にEBM教育が実施されていた4

薬学教育においては,2002年に策定された日本薬学会薬学教育モデル・コアカリキュラム(コアカリ)で,「C薬学専門教育」の中の「C15薬物治療に役立つ情報」の中に「EBM」が明記され,同平成25年度改訂版(改訂コアカリ)でも,「E医療薬学」の中の「E3薬物治療に役立つ情報」の中の「(1)医薬品情報」の中に「④EBM」が含まれている.2014年に実施された6年制薬学部・薬科大学のシラバス調査によれば,全校でEBM教育が実施されていた5.しかしながら,教育が行われる科目,教育の形態,教育の具体的内容などに及ぶ詳細な調査は,いまだなされていない.

本研究の目的は,教員を対象とした記名式質問紙調査により,6年制薬学部・薬科大学におけるEBM教育の現状を明らかにすることである.同時に,教員がEBM教育を行う上での課題を抽出することである.

方法

1. 調査対象科目

6年制薬学部・薬科大学74校(徳島文理大と徳島文理大香川薬学部は1法人だが2校と数える)のウェブサイトに公開されている2015年度のシラバスから,先行研究5,6を参考に,以下の(1)~(6)のいずれかが含まれている科目を「EBM教育に該当する科目」とした.

(1)コアカリに準拠したカリキュラムの場合,「C薬学専門教育」の中の「C11健康」の「(2)社会・集団と健康」の【疫学】

(2)同,「C薬学専門教育」の中の「C15薬物治療に役立つ情報」の「(1)医薬品情報」の【データベース】,【EBM】

(3)同,「C薬学専門教育」の中の「C17医薬品の開発と生産」の「(1)医薬品開発と生産のながれ」の【医薬品の承認】,および「(5)バイオスタティスティクス」の【臨床への応用】

(4)改訂コアカリに準拠したカリキュラムの場合,「D衛生薬学」の中の「D1健康」の「(1)社会・集団と健康」の【③疫学】

(5)同,「E医療薬学」の中の「E3薬物治療に役立つ情報」の「(1)医薬品情報」の【①情報】【③収集・評価・加工・提供・管理】,【④EBM】,【⑥臨床研究デザインと解析】

(6)(1)~(5)に加え,シラバス中に「EBM」という語が含まれるなど,EBM教育が行われていることが合理的に推定される科目

2. 調査対象者

調査対象科目を担当する教員のうち,実際にEBM教育を担当していることがシラバスから推定される主な教員1人を選び,調査対象者とした.調査対象者以外にも同じ大学内にEBM教育を担当する教員がいる可能性を考慮し,調査票送付時に,自分以外でEBM教育を担当する教員がいれば,その教員にも調査票を転送するよう依頼した.

なお,各大学で「医薬品情報学」を担当する教員が調査対象者となることが想定されたため,慶応義塾大学薬学部・薬学研究科医薬品情報学講座(望月眞弓教授)の協力を得,2015年6月に開催された医薬品情報学教科担当者会議で本研究の周知を図った.

3. 調査項目

調査対象者に対して2015年8月に調査票を郵送し,9月に督促葉書を郵送した.11月末日までに回答のなかった調査対象者に対して12月に調査票を再送し,12月末日までの回答を解析対象とした.

主要評価項目は,

(1)調査対象者が所属する大学別の,EBMの主要キーワードを教育している割合とした.EBMの主要キーワードは,EBMの代表的な教科書である『JAMA医学文献ユーザーズガイド』7に記載のある重要語を中心に50の主要キーワードを設定し,教育の有無および授業形態を尋ね,大学別に集計した.同じ大学の複数の調査対象者から回答が得られた場合は統合した.

副次評価項目は,

(2)調査対象者が所属する大学別のEBM教育の形態(必須科目の有無,演習・実習の有無)

(3)調査対象者が所属する大学別のEBM教育に費やす時間(科目数,コマ数)

(4)調査対象者自身のEBM教育に対する自己評価(充実度)

(5)調査対象者自身のEBM教育に対する課題

とした.

4. 解析

評価項目(1)~(4)は記述統計量による要約を行った.(5)は記述統計量による要約に加え,自由回答部分を計量テキスト分析用ソフトウエア「KH Coder」8を用いて解析した.計量テキスト分析は以下の方法で行った.まず,回答者番号をラベリングしてマスターファイルを作成した上で,TermExtractによって複合語の検索を行い,「薬剤師」「国家試験」や科目名となっている用語を複合語として登録した.自由回答中に5回以上出現した名詞,サ変接続,形容動詞,ナイ形容,副詞可能,未知語,タグ(登録した語句),感動詞,動詞,形容詞,副詞を解析対象語とし,共起ネットワークにより関連が強い語句を抽出した.次に,コーディングによりEBM教育に対する課題をカテゴリー分類した上で,教員のEBM学習歴およびEBM教育に対する自己評価の結果とクロス集計を行うとともに,学習歴および自己評価を独立変数,自由回答結果のカテゴリーを従属変数とし,対応分析によりその関係性を検討した.

なお,本研究の実施については,京都大学大学院医学研究科・医学部及び医学部附属病院医の倫理委員会の承認を得た(受付番号R0064,2015年6月29日承認).

結果

1. 回答者の特性

74校の268人を調査対象者として調査票を郵送し,191人から回答を得た(回答率71.3%).調査対象者から紹介を受けたEBM教育を担当する教員1人からの回答を含め,72校の計192人(234科目)を解析対象とした(1人の教員が複数の科目を担当していることがあるため,科目数は回答者数より多い).182人(94.8%)が大学常勤,146人(76.0%)が薬剤師の有資格者だった.大学当たりの回答者数は1人~6人 だった.回答者のEBM学習歴は「10年以上」が69人(35.9%),EBM教育歴は「6~10年」が58人(30.2%)で最も多かった.EBMの学習手段(学習時期は問わない,複数回答可)は多い順に「書籍・論文」(155人),薬学系学会(89人),大学・大学院(国内)(55人)だった(表1).

表1 回答者の特徴
人数 割合(%)
a)EBM学習歴 1年未満 25 13.0
1~2年 13 6.8
3~5年 32 16.7
6~10年 49 25.5
10年以上 69 35.9
その他・無回答 4 2.1
b)EBM教育歴 1年未満 31 16.1
1~2年 21 10.9
3~5年 41 21.4
6~10年 58 30.2
10年以上 36 18.8
その他・無回答 5 2.6
c)EBM学習手段(複数回答) 書籍・論文 155
薬学系学会 89
大学・大学院(国内) 55
学会以外の講習会 50
医学系学会 43
学会以外の演習・実習 31
大学・大学院(国外) 13
その他 15
特に学習していない 13

2. EBM教育が行われる科目

回答者の担当する科目名は多岐にわたっていたため,類似した科目名を統合して集計した.その結果,「医薬品情報系」が64科目で最も多く,次いで「衛生・公衆衛生系」(46科目)だった.「その他系」の中には「薬学英語」「医療社会学」といった語学・一般教養系の科目も含まれていた.科目の履修条件は「必修」(165科目)が多く,開講学年は4年次(87科目)と3年次(74科目)が多かった(表2).

表2 回答者が担当する科目
数(科目)
a)科目名 医薬品情報系 64
衛生・公衆衛生系 46
医薬品開発系 35
統計系 28
疫学・EBM系 13
経済系 6
その他 42
b)履修条件 必修 165
選択必修 25
選択 43
その他 1
c)履修学年 1年次 6
2年次 26
3年次 74
4年次 87
5年次 14
6年次 27

回答者が所属する大学別に集計したところ,必修科目が含まれていた大学が67校に上った.演習・実習を取り入れている大学は52校で,講義のみは20校だった.EBM教育に費やす時間に関して,大学別に科目数を集計したところ,1科目~5科目以上とばらつきがあり,最も多かったのは3科目(23校)だった.コマ数も同様に,5コマ以下が16校あった半面,31コマ以上も6校あった(表3).

表3 回答者が所属する大学別のEBM教育が行われている科目の種類と数
数(校)
a)必須科目の有無 必須科目あり 67
必須科目なし 5
b)演習・実習の有無 演習・実習あり 52
講義のみ 20
c)科目の総数 1科目 6
2科目 17
3科目 23
4科目 12
5科目以上 14
d)コマの総数 5コマ以下 16
6~10コマ 15
11~15コマ 17
16~20コマ 14
21~25コマ 2
26~30コマ 2
31コマ以上 6

回答者が所属する大学別の,EBMの主要キーワードの教育状況を表4に示した.講義と演習,または講義のみで教育していた(「講義と演習(SGD)」「講義と演習(SGD以外)」「講義のみ」の計)大学が回答校の9割(65校)以上に達したのは,「前向きコホート研究」,「症例対照研究(ケース・コントロール研究)」,「オッズ,オッズ比」(各70校),「ランダム化比較試験」,「後ろ向きコホート研究」,「相対リスクと絶対リスク」(各69校),「メタアナリシス」(68校),「盲検化」,「有意差,P値」,「(95%)信頼区間」(各66校),「ランダム割付の方法」(65校)だった.少人数討議(SGD)を取り入れていた大学が多かったのは,「PubMed検索」(15校),「EBMの5つのステップ」(14校),「PICOまたはPECO」(13校)だった.逆に,教育していない大学が回答校の半数(36校)以上あったのは,「DynaMed」(46校),「NNTの補正」9(44校),「GRADEシステム」(44校),「ネットワーク・メタアナリシス」(43校),「クラスターランダム化比較試験」(37校),「Single Citation Matcher」(36校),だった.

表4 回答者の所属する大学別のEBM主要キーワードの教育状況
講義と演習(SGD) 講義と演習(SGD以外) 講義のみで教えている 言葉を紹介する程度 教えていない
a)EBMの概要
EBMの歴史 3 1 46 9 13
EBMの5つのステップ 14 10 38 4 6
EBM実践の4要素 7 2 40 9 14
b)EBMのステップ1(問題の定式化)
PICOまたはPECO 13 17 33 2 7
代用アウトカムと真のアウトカム 8 13 42 1 8
c)EBMのステップ2(情報検索)
エビデンスの4S 4 2 21 12 33
医学中央雑誌検索 5 20 25 9 13
PubMed検索 15 24 18 6 9
MeSH(medical subject headings) 11 16 20 10 15
Single Citation Matcher 3 6 10 17 36
Clinical Queries 3 5 21 13 30
コクランライブラリ(コクラン共同計画) 4 6 48 8 6
UpToDate 3 2 43 12 12
DynaMed 1 1 11 13 46
d)EBMのステップ3(批判的吟味)
d-1)ランダム化比較試験
ランダム化比較試験 12 15 42 1 2
ランダム割付の方法 7 9 49 1 6
盲検化(マスク化) 8 11 47 3 3
割付の隠蔽化(コンシールメント) 4 7 39 8 14
PROBE法 3 3 25 5 36
クラスターランダム化比較試験 1 1 26 7 37
非劣性試験 2 8 43 4 15
ITT(intention to treat)解析 6 10 45 4 7
臨床試験登録 1 0 32 12 27
d-2)観察研究
前向きコホート研究 7 21 42 2 0
後ろ向きコホート研究 6 16 47 3 0
症例対照研究(ケース・コントロール研究) 6 21 43 2 0
ケース・コホート研究 3 9 44 7 9
ケース・クロスオーバー研究 3 4 41 6 18
d-3)システマティック・レビューとメタアナリシス
システマティック・レビュー(系統的レビュー) 6 4 52 5 5
メタアナリシス 9 11 48 3 1
フォレスト・プロット(forest plot) 6 6 42 8 10
ファンネル・プロット(funnel plot) 4 6 40 6 16
ネットワーク・メタアナリシス 3 2 16 8 43
異質性検定とI2統計量 3 1 23 10 35
サブグループ解析,感度分析,メタレグレッション 3 2 18 15 34
d-4)結果の指標,統計解析
生存曲線 4 17 37 4 10
相対リスクと絶対リスク 11 27 31 2 1
オッズ,オッズ比 10 31 29 2 0
number needed to treat(NNT),NNH 7 22 35 2 6
有意差,P値 12 18 36 3 3
(95%)信頼区間 11 20 35 3 3
複合エンドポイント 7 4 32 11 18
d-5)診断・検査
感度・特異度 2 10 35 9 16
陽性(陰性)的中率 1 7 30 5 29
陽性(陰性)尤度比 1 8 25 9 29
ROC(receiver operating characteristic)曲線 0 4 21 14 33
d-6)診療ガイドライン
診療ガイドライン 5 9 41 7 10
GRADEシステム 1 1 16 10 44
e)EBMのステップ4(患者への適用)
内的妥当性と外的妥当性 6 6 32 9 19
NNTの補正 1 1 15 11 44

3. 回答者のEBM教育の自己評価(充実度)

EBM教育に対する自己評価に関しては,「たいへん充実」と「まずまず充実」の合計で58人(32.2%)にとどまり,「あまり充実していない」と「まったく充実していない」の合計が127人(66.1%)だった(表5).

表5 回答者のEBM教育の自己評価(充実度)
人数 割合(%)
たいへん充実している 1 0.5
まずまず充実している 57 29.7
あまり充実していない 93 48.4
まったく充実していない 34 17.7
その他・無回答 7 3.7

4. 計量テキスト分析による自由回答の解析

EBM教育の課題に関する回答者の自由回答をKH Coderにて解析した.自由回答欄には116人が記載していたが,そのうち「特になし」「特にありません」と記載していた9人を除外し,107人の回答を解析対象とした.総抽出語数は5112語,出現単語数は1025語,回答者1人当たりの平均使用語数は47.8語だった.自由回答の内容を特徴づける頻出語は「教育」,「講義」,「学生」,「時間」,「教える」,「行う」,「演習」などで,上位の60語を表6に示した.さらに,抽出語の関係性を共起ネットワークにて解析したところ,「EBM-教育-講義-演習」,「衛生-疫学-科目-医薬品情報」,「不足-時間-十分」,「英語-論文-困る」,「現場-薬剤師-実践-必要性-感じる」,「SGD-取り入れる」,「学生-理解」,「実務実習-実施」などの語句に関連性が示された(図1).

表6 EBM教育の課題に関する自由回答における頻出語
順位 抽出語 出現回数 順位 抽出語 出現回数 順位 抽出語 出現回数
1 教育 49 21 必要 13 41 大学 8
2 講義 40 22 理解 13 42 カリキュラム 7
3 学生 38 23 衛生 12 43 解析 7
4 時間 30 24 現場 11 44 基礎 7
5 教える 23 25 実施 11 45 教科書 7
6 行う 23 26 統計 11 46 項目 7
7 演習 22 27 感じる 10 47 困る 7
8 実践 20 28 コマ 9 48 実際 7
9 科目 19 29 医薬品情報 9 49 情報 7
10 思う 19 30 現状 9 50 多く 7
11 担当 18 31 国家試験 9 51 統計学 7
12 疫学 16 32 授業 9 52 病院 7
13 教員 16 33 十分 9 53 不足 7
14 少ない 15 34 9 54 臨床試験 7
15 臨床 15 35 難しい 9 55 7
16 研究 14 36 年次 9 56 英語 6
17 実習 14 37 薬学 9 57 実務実習 6
18 多い 14 38 医薬品 8 58 大きい 6
19 内容 14 39 開発 8 59 必要性 6
20 薬剤師 14 40 学習 8 60 論文 6
図1

EBM教育の課題に関する自由回答における頻出語句の共起ネットワーク解析

共起ネットワークの結果を参考に,類似した内容をコーディングルールに設定しEBM教育の課題をまとめたところ,「教育時間の不足」,「演習・実習の機会の不足」,「教員側の問題」,「適切な教材の不足」,「学生側の問題」,「科目間の連携の不足」,「医療現場での実践不足」,「国家試験対策のみ」,「設備不足」,「教育時期が不適切」の10項目が抽出された.「教員側の問題」には「教員の人数不足」,「教員の意識不足」,「教員のスキル不足」,「学生側の問題」には「学生の基礎学力不足」,「学んだことが身に付いていない」,「英語の壁」が含まれていた.

この10項目と,回答者のEBM学習歴およびEBM教育の自己評価のクロス集計表を表7に,EBM学習歴およびEBM教育の自己評価を独立変数,EBM教育の課題を従属変数とした対応分析の結果を図2に示す.「教育時間の不足」は,自己評価が「あまり充実していない」,「まったく充実していない」の点に近く,「適切な教材不足」,「学生の問題」,「演習・実習ができない」は,EBM学習歴が比較的長い「6~10年」,「10年以上」の点に近かった.「医療現場での実践不足」は,EBM学習歴が短い「1~2年」の点に近くに位置していた.

表7

EBM教育の課題に関する自由回答の集計結果とEBM学習歴およびEBM教育の自己評価とのクロス集計

図2

EBM教育の課題とEBM学習歴およびEBM教育の自己評価との対応分析

考察

本調査により,回答者が所属する全大学(無回答の2校を除く72校)でEBM教育が行われ,うち67校では必修科目が含まれており,薬学部・薬科大学でEBM教育が定着していることが確認できた.回答者のうちEBM教育歴が6年以上の教員が約半数(49.0%)に達し,10年以上に及ぶ教員も36人(18.8%)に上った.回答者の担当する科目は「医薬品情報学系」,「衛生・公衆衛生系」「医薬品開発系」「統計系」など幅広く,教養科目や語学科目でもEBMに関する内容が教育されていた.

EBMの主要キーワードについて,コアカリキュラムに明記されている主要な研究デザイン(「ランダム化比較試験」,「前向きコホート研究」,「後向きコホート研究」,「症例対照研究(ケース・コントロール研究)」,「メタアナリシス」)や臨床研究の結果を示す指標(「オッズ,オッズ比」,「相対リスクと絶対リスク」)は9割超の大学で教育されていた.

一方で,あまり教育されていなかったキーワードを内容別にまとめると,臨床推論に関する内容,ランダム化比較試験の患者への適用に関する内容,システマティック・レビューの批判的吟味に関する内容,および診療ガイドラインの作成手順と解釈に関する内容であった.

臨床推論に関して,「感度・特異度」(47校)に比べて,「陽性(陰性)的中率」(38校),「陽性(陰性)尤度比」(34校),「ROC(receiver operating characteristic)曲線」(25校)は教育している大学が少なかった.このことから,患者の状態から検査前確率を予測し,研究結果を適用して検査後確率を導き出すといった内容は教育されていない可能性が考えられた.

ランダム化比較試験に関しては,「ランダム割り付けの方法」(65校),「盲検化」(66校),「隠蔽化(コンシールメント)」(50校)といった批判的吟味の際に重要なポイントや,「相対リスクと絶対リスク」(69校),「治療必要数(number needed to treat; NNT)」(64校)といった結果の指標については多くの大学で教育されていたが,特殊なデザインである「PROBE法」(31校)や「クラスターランダム化比較試験」(28校)は少なかった.また,「NNTの補正」は44校で教育されておらず,研究結果を患者に適用する際に考慮すべき点が十分に教育されていない可能性が示唆された.

システマティック・レビューの批判的吟味に関して,「フォレスト・プロット(forest plot)」(54校)や 「ファンネル・プロット(funnel plot)」(50校)に比べると,高度な分析手法である「ネットワーク・メタアナリシス」(21校)や,「異質性検定とI2統計量」(27校),「サブグループ解析,感度分析,メタレグレッション」(23校)といった妥当性のチェック項目について教えている大学は少なかった.

診療ガイドラインはGRADE(Grades of Recommendation, Assessment, Development and Evaluation)システム10を用いて作成されることが世界標準となり,システマティック・レビューの知識とその解釈が必須となっているにもかかわらず,「GRADEシステム」は44校で教えられていなかった.

医療系の学部学生へのEBM教育の方法について検討した系統的レビュー11によると,講義,コンピューター演習,小人数討議などを組み合わせた多面的な手法が望ましいとされ,国内でも一部で薬学生対象のEBMワークショップが行われている12,13.本調査では,教育形態として演習・実習を取り入れている大学は52校だった.講義と演習を組み合わせて教育されていた大学が比較的多かったキーワードは,「PubMed」(「講義と演習(SGD)」と「講義と演習(SGD以外)の計,39校),「相対リスクと絶対リスク」(同,38校),「オッズ,オッズ比」(同,41校)だった.

EBM教育の自己評価に関して,回答した教員の66.1%が「充実していない」としており,「教育時間の不足」「演習・実習の機会の不足」「教員側の問題」「適切な教材の不足」などが課題として抽出された.これは,医学教育におけるEBM教育の実行段階の課題として,カリキュラム編成,教官不足,教育用ツールの未整備が挙げられていた14ことと共通する.「教育時間の不足」「演習・実習の機会の不足」は,実務実習を含む科目間の連携で解消される可能性がある.「教員側の問題」や「適切な教材の不足」について実現可能な対策として,医学教育14と同様,教員の意識・スキル向上を目的とした教員向けの研修機会を設けることや,薬学生向けのEBMの教科書・演習書などの教材を開発することが考えられた.

本研究の限界として,調査対象者をシラバスから抽出したため,実際にはEBM教育に携わっていてもシラバスへの記載がないために調査対象者に含まれなかった教員がいる可能性がある.また,病院・薬局での実務実習の一環としてEBM教育を行っている場合15,16もあるが,実習担当者(薬剤師)は調査対象者に含まれなかった.調査対象者はそれぞれ独立に回答したため,1校に複数の回答者がいた場合の科目間の連携について詳細を把握することができなかった.

結論

6年制薬学部・薬科大学におけるEBM教育の実態と課題について,教員を対象とした記名式質問紙調査を行った.EBMは回答した全大学(72校)で,幅広い科目・学年で教育されていた.具体的な教育内容や教育方法は,大学によって大きなばらつきが見られた.EBM教育が「充実している」との自己評価は32.2%にとどまり,主な課題として時間不足,演習・実習の機会の不足,教員の意識・スキルの不足,適切な教材の不足が挙げられた.今後の実現可能な対策として,教員の意識・スキル向上を目的とした教員向けの研修を行うことや,EBMに関する薬学生向けの教材を開発したりすることが考えられた.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

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