Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Assessment of learning strategy for flipped-type classroom for chemistry using a Rubric
Makoto MiyazakiTakaji SatoTakeshi YamadaYoshiro Ohmomo
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2017 Volume 1 Article ID: 2017-009

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Abstract

1回生を対象にした少人数制の化学の授業で反転型の授業を試みた.授業2週間前に演習問題を宿題として課した.提出された宿題を採点し返却した後,演習問題の解説を中心とした講義を行った.また,授業への参加と宿題に対して学生はルーブリックによる自己評価を行った.学生の学習状況の把握と同時に試験問題の妥当性評価の資料としてStudent-Problem(S-P)表分析も行った.学生の自主性に依存した一般的な予習と異なり,授業前に宿題として演習問題に取り組むことは,学生が自主的に予習を行う動機になると考えられた.授業前に演習を課す方法は,ビデオで講義を受けた後に授業で演習を行う,いわゆる反転授業とも異なる.このような従来の授業にはない本授業の特徴として,学生の個々の理解度にあわせた講義が行える点があげられた.ルーブリックやS-P表分析は,学生や試験問題の評価を通して本授業を補助することができた.

目的

近年,国内の多くの大学において新入学生の学力低下が深刻な問題となっている.医学部においては,受験者人口の減少や定員増加の影響もあり,1,2回生の留年者が大幅に増加していることが報告されており,「低学年クライシス」とまで呼ばれている1

大学の学部・学科設置基準が2003年に緩和されて以降,大阪薬科大学(以下,本学)においても同様の傾向が見られる.本学では,推薦入試など多様な入学試験制度が導入されており,受験勉強を全く経験していない新入学生もいる.基礎学力が不足する者にとっては,カリキュラムが基礎教育科目から薬学専門科目へ進行するにつれて,多くの科目が非常な負担となることが予想された.これに対して本学では,10年以上前より1回生を対象に高校で履修した範囲の化学について,基礎学力の底上げと薬学専門科目との橋渡しを目的に授業を行ってきた.特に理論化学領域については,40名前後の少人数制8クラスを編成し,講義だけでなく実際に問題を解く演習を中心とした授業「化学」・「化学演習」を行ってきた.コアとなる授業項目は担当教員の協議により決定し,教科書・参考書も含めて全てのクラスで統一しているが,教授方法や副教材の使用等は担当教員に一任されてきた.当該科目は高校化学の復習を兼ねているため,授業範囲のほとんどをほぼ全ての学生が高校において履修している.しかし,2006年度に著者が授業を行った際,少数ではあるが基本的な用語や内容すら理解できていない学生もおり,学力向上のための効果的な授業の必要性を感じた.またコアの授業項目は多く,著者のクラスだけが一部を省略することはできないため,時間的にも効率の良い授業が必要であった.そこで,2007年度以降は授業前に演習問題を宿題として課し,授業前にそれを著者が採点することで個々の学生の理解度や苦手範囲を把握することを行った.この採点結果をもとに,講義では理解度の低い内容を集中的に解説することで質的にも時間的にも効果的に学生の弱点を補強できると考えた.一般には,授業の前にビデオなどによる講義を自宅で受け,授業では演習などを行う授業形態が反転授業と呼ばれているが2,本授業形態がこの範疇に入るか著者には判断しかねるため,ここでは「反転型」授業と呼ぶことにする.この授業を成立させるには,回答された宿題が確実に提出されなければならず,特異的な授業方法の中で学生が行うべき学習方略を具体的に示す必要があった.そこで,授業と宿題に対して学生が自己評価を行うためにのルーブリックを導入した.ルーブリックは学習者の行動の成功の度合いを示す尺度と,それぞれの尺度に見られる行動の特徴を具体的な文章で説明された評価基準であり3,これを応用した.さらに,2012年度以降では学生の学習状況と教授方法や試験問題を客観的に評価するために,試験成績と問題に対してStudent-Problem(S-P)表分析を試みた.S-P表分析は,1974年に佐藤隆博氏によって考案され,学生の学習状況や教員の授業方法・試験問題の客観的な評価を同時に行うことができるとされている4.近年では義務教育のみならず大学教育においても,教育改善の取り組みの中でS-P表分析が用いられている57

ここでは,2012~2015年度「化学」・「化学演習」において実施した反転型の教育方法について紹介する.

方法

1. 学習内容

当該年度の「化学」および「化学演習」では,授業で扱うコア領域に以下が指定されており,反転型授業でもこの範囲を扱った.

化学計算の基礎(有効数字,SI単位系),溶液の濃度,化学量論(物質量,化学反応式),溶解度,溶解度積,化学平衡,電離平衡,酸・塩基,中和反応,pH,緩衝溶液,酸化・還元(酸化数,酸化剤・還元剤,酸化還元滴定,酸化還元反応式),分子軌道法・原子価結合法.

2. クラス編成

1学年を無作為に8クラス(1クラス30~40人程度)に分け,年度内は各クラスを教員1名が専任で担当した.授業は1回生前期の4~7月において,本学所定の時間数に従った1コマ90分授業を2コマ連続(「化学」および「化学演習」),週1回,合計13回(26コマ)で行った.各教員は講義を中心とした「化学」と演習を中心とした「化学演習」を任意に配分して授業を行った.反転型授業は,著者が担当した各年度1クラスで実施した.

3. 反転型授業内容

宿題の内容

表1に1年度分の反転型授業の流れを示す.1単元の演習問題それぞれについて3週間かけて完結させる.例えば,単元「溶解・溶解度」の場合,当該単元の授業を行う2週間前の授業終了時に演習問題を宿題として配布した.学生には教科書や参考書等を参照しながらも自力で問題を解答するように指導した.翌週の授業開始時に宿題を提出させた.著者は,すべての宿題をその後1週間かけて採点し,4回目授業の開始時に宿題を各学生に返却し,同時に採点結果に応じた演習問題の解説や補足説明を行った.各授業終了時には小テストを実施・回収し,宿題同様に1週間かけて採点した後,5回目授業の開始時に各学生に返却した.以上を異なる単元で毎週連続して行った.なお,授業を欠席した者には,本学Google Apps内に設けた専用のWebサイトにPDFファイルとした宿題を掲載し,学生が適宜入手できるようにした.

表1 反転型方略の経時推移
単元 対象とする単元(A~L)
宿題配布と演習 宿題提出と採点 宿題返却と講義
1* A.有効数字 B,C A
2* B.SI単位 D C B
3 C.物質の構造 E D C
4 D.溶解・溶解度 F E D
5 E.濃度 G F E
6 F.平衡・溶解度積 G F
7** 中間試験1 H
8 G.pH・中和 I H G
9 H.弱酸・弱塩基 J I H
10 I.加水分解 K J I
11 J.緩衝溶液 L K J
12 K.酸化と還元 L K
13 L.分子軌道等 L
14** 中間試験2

*:授業開始直後のため変則的に実施.

**:中間試験のみの1コマで実施(2回の中間試験で授業1回に相当).

―:該当なし.

演習問題は,各単元ともに用語等に関する穴埋め問題や記述式計算問題で構成したA4版7~8ページ程度にした.以下には「溶解・溶解度」の演習問題の例を示す.

・穴埋め形式問題:溶質を溶媒に入れると,常に溶解と( )の2つの現象が同時進行する.

・記述問題:ある温度の水100 gにCuSO4・5H2Oを溶かしたところ,50 gが溶けたところで飽和溶液となった.この温度におけるCuSO4の溶解度はいくらか.有効数字3桁で答えなさい.ただし,CuSO4・5H2O = 250,CuSO4 = 160とする.

フィードバックの方法

宿題の採点結果を学生に返却する際,宿題へ直接コメントを記入した.全学生の全問題にフィードバックを付けることはできなかったが,大学入試レベルを遙かに下回るような,例えば対数の四則演算の間違いや窒素原子で可能な共有結合の数を理解できていないと判断できるような回答に対しては必ず解答のための考え方などをフィードバックした.

解説授業の内容

授業では宿題とした演習問題を解説しながら正答例を示した.この際,宿題の採点結果を参考に,多くの学生に共通した誤答については重点的に,ほとんどの学生が正答した問題については簡略化して説明した.重点的に扱った演習問題のうちから数問を小テスト問題として,授業終了間際に課した.

ルーブリックの活用

使用したルーブリックを図1に示す.「講義」と「宿題」の2つの課題を設け,さらに関心・意欲,思考・判断,技能・表現,知識・理解の4つの観点から構成した評価項目を用意した.各項目は4段階評価とした.初回の授業の際に学生にルーブリックを配布し,内容や評価時期を説明した.授業前半については5月下旬,授業後半については7月上旬に自宅にて学生は自己評価を行い,授業開始時に提出した.評価結果は学生成績に加味した.なお,このルーブリックは,ルーブリックバンク8に登録し公開している.

図1

使用したルーブリック

S-P表分析の活用

S-P表分析は2回の中間試験と定期試験の採点結果に対して,SP_E2.xls 9を一部改変し取り扱えるデータ数を拡張したExcel®のマクロシートを用いてS-P表分析を行った.SP_E2.xlsの詳細については,当該ホームページの資料を参照されたい10図2には,ある年の中間試験を分析した際のS-P表を一例として示す.表は,正答率の降順で学生を上から並べ,同時に正答率の降順で左から問題を並べたものである.中央部分は各学生の各問毎に正答を1,誤答を0,空欄(無回答)をbで表している.実線は学生の到達度などの分布を表すS曲線,破線は正答者数の分布を表すP曲線である.両曲線の乖離の程度を数値化した差異係数D*が0.47であった.形成的テストでは0.4前後が標準的とされ,0.5~0.6を超えると注意を要するとされている.表中に算出された学生の注意係数c.s.または問題の注意係数c.p.と正答率との関係を図2B,Cに示す.注意係数は0.5以上,特に0.75以上となるとき学生または試験問題に注意が必要となる.例では,正答率90%以上でc.s.が非常に高い学生が2名いた(図2B).S-P表や学生の解答用紙を確認し,正答率が高い問題をケアレスミスしていることがわかったので,学生にはこの点を注意した.図2Cからは正答率とc.p.値が共に高い問題が1つ存在することが明らかとなった.この問は正答率が約97%であったが学生1名だけが間違っていたためであることを確認し,試験問題や採点は妥当であると判断できた.

図2

S-P表とS-P表分析で求めたc.s.またはc.p.と正答率の関係の例.

S-P表(A)はある年の中間試験を分析した結果.左端の列は学生氏名(ここでは番号に置き換えている).最上段は問題番号,中央の領域の0,1,bはそれぞれ誤答,正答,空欄(無回答)を示す.右端の列から左へ順にc.s.(学生の注意係数),空欄回答数,正答率%,正答問題数である.最下段から上へ順に,c.p.(問題の注意係数),正答率%,正答人数を示す.中央の領域の実線はS曲線,破線はP曲線である.左上段のD*は差異係数を示す.Aの分析結果を基にしたc.s.またはc.p.と正答率%との関係をそれぞれ(B),(C)に示す.

4. 倫理的配慮

本報告は匿名加工情報とした成績情報を使用する後ろ向き観察研究として,本学倫理審査委員会の承認(承認番号0031)を得ている.

考察

本授業では,授業前に宿題として課せられた演習問題に対して,学生が教科書等を使ってでも自らが回答し,その採点結果を前にして教員と学生が授業に参加した.これを学生の学習方略や学習の動機づけの面から支援するものとしてルーブリックによる自己評価を,また学生の形成的評価の一つの資料とそのための中間試験問題の妥当性の評価のためにS-P表分析を行った.図3には著者から見た本授業の方略と一般的な予習を取り入れた方略,反転授業との違いをまとめた.事前学習を行う点では一般的な予習と本授業は共通しているが,事前学習に対する学生の関わり形が異なる.一般的な予習では学生は自主的に学習に取り組み,その方法や目標,動機も学生に依存すると考える.本授業の場合は演習問題は学生に一律に提供され,それに解答し提出した上で授業に出席しなくてはならない目標が設定され,そこに明確な動機が生まれる.この作業の中で,学生は個人の学力に応じて教科書等を適宜参考にしながら理解を深めようと努めていると考える.この点から本授業は,一般的な予習を取り入れた方略よりは,むしろ講義ビデオなどによる自己学習を事前学習目標とする反転授業の方略に近いものと考える.しかし,本授業では事前学習で教科書等を使った自習と演習,授業では演習問題の解説講義がそれぞれの中心であり,この点においては一般に呼ばれている反転授業とは異なっている(図3).このようなことから本方略の最も特徴的な点は,個々の学生の理解度を教員と学生が共有しながら講義に取り組むことではないかと考える.

図3

本授業と一般的な予習,反転授業との比較

宿題は教員の目の届かない部分の作業であり,他人の答えを丸写しすることもできる.ルーブリックは評価基準の一形式であるが,そこに示される学習者の具体的な行動が,学生の積極的な学習を促すと考えた.実際,大学の演習型の授業においては,学生が学習目標を意識化し,それに従って学習を進める効果も報告されている11.一方,評価基準本来の意味においても,自己評価ではあるが事前学習に対する学生の態度や姿勢などを評価することは,事前学習に重要な意味を持つ本授業においてルーブリックの導入は妥当なものであったと考えている.

S-P表分析により実際に学生の形成的な学習状況と試験問題の妥当性を客観的に定量化した情報として得ることができた.一般には試験問題の妥当性は識別指数を使って評価されることが多いが,そこから個々の学生の学習状況に関する情報は得られない.例示したような学生のケアレスミスなどは,通常の採点作業や識別指数からでは気づくことは難しいと思われる.学生や試験問題に実質的な問題点がなかったとしても,c.p.やc.s.の値をヒントに学生の答案や問題を疑い持って見直す機会を与えてくれる本法は,非常に有益なものと考えている.宿題にした演習問題をS-P表分析することは,時間的な制約のため行ってこなかった.S-P表分析を記述問題に用いるには工夫が必要であると思うが,演習問題を改善する目的にも使用できると考える.

以上,本学の新入学生を対象にした化学の授業において,これまでに行ってきた反転型授業を振り返って紹介した.この授業が学生の成績にどのような効果を与えたかは,別途報告したい.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
 
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