Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Retrospective analysis of the effect of flipped-type classroom for chemistry using a Rubric
Makoto MiyazakiTakaji SatoTakeshi YamadaYoshiro Ohmomo
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2017 Volume 1 Article ID: 2017-010

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Abstract

1回生を対象にした少人数制の化学の授業で反転型の授業を試みた.授業2週間前に演習問題を宿題として課し,提出された宿題を採点し返却した後,演習問題の解説を中心とした講義を行った.また,授業への参加と宿題に対して学生はルーブリックを使って自己評価した.2012~2015年度の反転型授業および従来型授業の受講生について,初回授業開始前と最終授業終了後の試験成績から算出した偏差値差や偏差値比を比較したが,両受講生間に有意な差は見られなかった.しかし,反転型授業の受講生では学生が留年する確率が有意に低下しており,特に成績が向上しなかった者においてその差が顕著であった.ルーブリックによる宿題に対する評価は定期試験偏差値に影響したが偏差値差や偏差値比には影響しなかった.

目的

医学部をはじめ近年の多くの大学において新入学生の学力低下や低学年での留年者の増加が問題となっている1.大阪薬科大学(以下,本学)においても基礎学力が不足する新入学生は少なくなく,その対策として基礎学力の底上げと薬学専門科目との橋渡しを目的とした授業を行ってきた.その一つとして,高校化学の理論化学領域について少人数制8クラスを8人の教員で編成し,講義だけでなく実際に問題を解く演習を中心とした授業「化学」・「化学演習」を行ってきた.筆者は担当クラスにおいて,化学の基礎学力が低い者に対する効果的な授業の必要性を感じ,次のような反転型授業を試みた.授業2週間目前に演習問題を宿題として課し,授業前にそれを筆者が採点することで個々の学生の理解度や苦手範囲を把握することを行った.この採点結果をもとに,講義では理解度の低い内容を集中的に解説した.また,この従来とは異なる授業方法の中で学生が行うべき学習方略を具体的に示すためにルーブリックを導入した.この反転型授業の方法の詳細については別途の報告を参照されたい.

ここでは,2012~2015年度「化学」・「化学演習」において実施した反転型授業が,学生の成績向上にどのような影響を与えたかを後ろ向き観察研究として統計学的に評価した.また,あわせて学生の留年経験回数への影響についても評価した.

方法

1. 評価対象

学生・クラス

筆者が担当した2012~2015年度の4年間の「化学」・「化学演習」受講生のうち,退学などで全ての対象成績が揃わない者を除いた以下の者を検証群とした.入学直後(初回授業開始前)の「化学」の学力試験において,各年度毎に検証群と比較して統計学的な有意差が認められなかった従来型授業のクラスを対照群とした(退学者などは含まない).

検証群:反転型授業クラスの127名(1クラス/年×4年)

対照群:従来型授業クラスの130名(1クラス/年×4年)

なお,年度毎の学生数は2012年度は検証群35名および対照群35名,2013年度は検証群32名および対照群34名,2014年度は検証群30名および対照群31名,2015年度は検証群30名,対照群30名であった.

試験成績と留年回数

各年度毎の両群の学生数は少なく,試験問題も毎年異なっているため,単年度毎に両群を比較したのでは,一部の年度特異的な要因による変動が観察される可能性もある.そこでこれらを考慮し,偏差値を用いて4年間の成績を横断的に比較した.すなわち,入学直後の学力試験「化学」の素点および全授業終了後の7月下旬に実施された前期定期試験「化学」の素点を基にして,各年度の1年生全員の成績から両群の学生の偏差値を算出した.授業よる成績向上の指標として,以下にしたがって算出した偏差値差および偏差値比を用いた.

偏差値差=(定期試験の偏差値)-(学力試験の偏差値)

偏差値比=(定期試験の偏差値)/(学力試験の偏差値)

また,2016年4月現在における各学生の留年経験回数についても検討した.2012年度対象者は4年間,2013年度対象者は3年間,2014年度対象者は2年間,2015年度対象者は1年間の留年総回数を用いた.

ルーブリック自己評価成績

検証群では学生はルーブリックによる自己評価を行った.実際に使用したルーブリックの詳細はルーブリックバンクを参照されたい2.評価には「講義」と「宿題」の2つの課題を設け,「講義」は2項目4段階評価の8点満点,「宿題」は4項目4段階評価の16点満点で合計24点満点とした.5月下旬と7月上旬に実施した自己評価の成績を課題毎に満点を100%とした値に変換した.

2. 統計学的手法

統計解析にはJMP®9.0.3(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた.正規分位点プロットおよびShapiro-WilkのW検定において,データに正規性が認められなかったことから,両群の成績の比較にはWilcoxon検定(Mann-Whitney検定)を用いた.留年経験回数に及ぼす要因は順序ロジスティックのあてはめ解析により評価した.ルーブリックの評価は重回帰分析により定期試験成績との関係を検討した.有意水準はいずれも5%とした.

3. 倫理的配慮

本報告は匿名加工情報とした成績を使用する後ろ向き観察研究として,本学倫理審査委員会の承認(承認番号0031)を得ている.高校で化学を全く履修しなかった学生2名へのインタビューは事前に本人に趣旨等説明した上,同意を得た.

結果

図1は,入学直後の「化学」の学力試験成績を両群で比較したものである.年度毎または全期間にわたって両群の間に有意差は見られなかった.図2は,学力試験と定期試験間の偏差値差および偏差値比を両群で比較したものである.いずれにおいても両群の間に有意な差は見られなかったが,極端に偏差値比が小さな者や大きな者が両群に認められた.表1(A)には両群の学生における現在までの留年経験回数をまとめた.検証群では3回留年した学生が1名いたが,対照群ではいなかった.一方,留年を2回経験した学生は検証群では1名であったが,対照群では5名であった.表1(B)は,留年経験回数に影響した要因を検討した結果である.偏差値差と群,偏差値比と群の交互作用が有意な要因であったことから,留年経験回数と偏差値差あるいは偏差値比との関係は検証群と対照群で異なることが示された.そこで,偏差値差および偏差値比と留年経験回数を群毎にロジスティック回帰を行ったところ,図3A~3Dに示す通りとなった.偏差値差や偏差値比が小さくなる程,留年経験回数0回の確率が低下すること,つまり留年する確率が増大する様子が明らかとなった.また,留年する確率が検証群と対照群で異なる様子も読み取ることができた.例えば偏差値比0.5の場合,検証群では留年しない確率は約75%である(図3C,3D)が,対照群では50%に満たない.表2は,ルーブリック自己評価の成績が,定期試験偏差値,偏差値差,偏差値比の変動要因となっていたかを検討したものである.授業後半の宿題に対する評価が定期試験偏差値に対する有意な変動要因としてあげられたが,偏差値差や偏差値比の変動要因ではなかった(p > 0.05).

図1

学力試験成績(得点)の比較.各群毎に箱ひげ図および平均値(水平線)を示す.ひげの最小値と最大値は,それぞれ第1四分位点-1.5×四分位範囲,第3四分位点-1.5×四分位範囲にあるプロットを示す.2012年度 検証群35名 対照群35名,2013年度 検証群32名 対照群34名,2014年度 検証群30名 対照群31名,2015年度 検証群30名 対照群30名,2012~2015年度合計 検証群127名 対照群130名.

図2

偏差値差および偏差値比から見た定期試験成績の比較.図には箱ひげ図を示す.ひげの最小値と最大値は,それぞれ第1四分位点-1.5×四分位範囲,第3四分位点-1.5×四分位範囲にあるプロットを示す.検証群127名,対照群130名.

表1 留年経験回数の比較(A)と留年経験回数に与える要因(B)
(A)
留年経験回数 0 1 2 3
検証群(人) 112 13 1 1
対照群(人) 111 14 5 0
合 計(人) 223 27 6 1
(B)
要因 自由度 尤度比χ2 p値*
1 0.004 0.9477
偏差値差 1 16.030 <0.0001
偏差値比 1 5.135 0.0234
偏差値差×群 1 8.016 0.0046
偏差値比×群 1 4.970 0.0258

*:最尤法を用いた順序ロジスティックあてはめ解析

図3

偏差値差または偏差値比と留年経験回数の関係.

(A)検証群127名における偏差値差との関係,(B)対照群130名における偏差値差との関係,(C)検証群127名における偏差値比との関係,(D)対照群130名における偏差値比との関係を示す.曲線は留年回数0回,1回,2回,3回の各水準以下になる累積確率を示す.すなわち,横軸と0回の曲線との間隔が留年0回となる確率,0回と1回の曲線の間隔が留年1回となる確率,1回と2回の曲線の間隔が留年2回となる確率であり,すべての間隔の合計が確率1である.プロットの横軸方向の位置は個々の学生のデータに基づくが,縦軸方向の位置はプロットを見やすいように適宜配置している.

表2 ルーブリックの自己評価と試験成績との関係
要因
(ルーブリックの課題)
成績に対するp
定期試験偏差値 偏差値差 偏差値比
前半「講義」 0.147 0.327 0.888
前半「宿題」 0.944 0.809 0.373
後半「講義」 0.459 0.871 0.657
後半「宿題」 0.0276 0.148 0.784

考察

これまでに化学の授業において筆者が試みた反転型授業について,その学習方略が学生の学力向上に繋がっていたかを評価した.対照群は授業開始前の学力試験成績において検証群と差はなく,比較対照として妥当と考えられた(図1).授業終了後の定期試験において学力試験からの成績向上を偏差値差や偏差値比で比較したが,両群間で有意な差はなかった(図2).しかし,偏差値差や偏差値比が同等の成績でも,対照群に比べて検証群では留年を経験する確率が少ないことが示され,さらに偏差値差や偏差値比が小さい者ほど両群間の差は顕著であった(表1B,図3).入学直後の成績が受講後の学力向上の程度に影響しないときは偏差値差を,入学直後の成績と学力向上の程度が比例するときには偏差値比で評価するのが適当と考えられる.今回のデータではいずれが適当かは判断できないが,結論に変わりはない.これらの結果に直接結びつくような知見はルーブリックによる評価からは得られなかった(表2).ルーブリックは学生が自己評価したものであったが,演習課題への回答や受講態度を筆者が観察していた限り,過度の不自然な評価はなく個々の学生に応じた妥当な評価がなされていたと考えている.一方,図2において統計学的には外れ値とも判断できるほど偏差値比を低下させた2名がいたが,対照群の者は留年を1回経験しているが検証群の者はこれまでのところ経験していない.入学時の学生が将来に留年する確率は明らかでなく,留年に至る要因も様々である.しかし,これらの確率や要因がいずれかの群に偏って発生したと仮定する根拠もない.図2および図3の結果はこのような偶発的な影響も考慮したものと考えられることから,検討の余地は残るものの検証群は潜在的に留年の可能性が高かった者において効果的だった可能性がある.では,今回の学習方略の何が影響したのか.筆者らは以下のように推察する.反転授業では通常授業に比べて,授業後の試験成績は最高点は変わらずに最低点が大幅に向上したと報告されている3.また,従来の授業よりも反転授業では予習時間が増えることはよく知られている.講義前に演習課題を課す本学習方略は,講義ビデオなどによる自己学習を事前学習目標とする反転授業に類似している.今回のルーブリックでは,宿題に対する態度を評価する項目として『提出』を設けており,他者の回答を写すことなく自分自身で宿題を回答したかを4段階評価の4点満点で学生は評価した.これに対して,全体の約9割の者は自分で回答し提出したと評価(3または4点)し,約1割の者が他者の回答を一部でも写したと評価(1または2点)した.特に上述した偏差値比を大きく低下させた者はこの評価の平均が2.5点(前半3点,後半2点)であったのに比べて,偏差値比を大きく増加させた4名のうち,2名は4点,他は3.5点(前半4点,後半3点)と3点(前・後半共3点)であった.このようなことから,検証群が留年経験回数に影響したとするならば,予習時間に重点をおいた学習方略が関係していたのかもしれない.

採点された演習課題を講義の際の教材として利用する検証群では,個々の学生の理解度を教員と学生が共有しながら講義に取り組むことができ,これは一般的な予習を伴う学習方略や反転授業にはない特徴であると考える.自己の不十分な点を知った上で授業を受られることは学生も利点と考えていた(学生談).また,反転授業のデメリットとされるビデオ配信のためのハードウェア4,5がなくても,反転授業に類似した学習効果が本学習方略で得られる可能性もある.残念ながら,今回はこれらの特徴と直接結びつくような知見は得られなかったが,本観察結果を参考に,薬学専門科目での本学習方略の応用やその効果について今後検討していきたいと考えている.

発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.

文献
  • 1)  医療維新 m3.com全国医学部長・学長アンケート「低学年クライシス」,6割強が実感◆Vol. 1[Internet].成相通子 m3.com編集部;2016年6月17日(参照2016年12月5日)https://www.m3.com/news/iryoishin/433732
  • 2)  JAEDルーブリックバンク[Internet].日本高等教育開発協会;2009年9月27日(参照2017年8月31日)https://www.jaedweb.org/blank-3
  • 3)   林  康弘, 深町  賢一, 小松川  浩.eラーニング利用による反転授業を取り入れたプログラミング教育の実践.ICT活用教育方法研究.2013; 16(1): 19–23.
  • 4)  注目の反転授業とは? 反転授業のメリット・デメリット[Internet].ベネッセ 教育情報サイト;2016年9月2日(参照2016年10月1日)http://benesse.jp/kyouiku/201609/20160902-1.html
  • 5)  新しい授業の形「反転授業」 そのメリットとデメリット[Internet].リクルート スタディサプリ保護者版;2016年2月25日(参照2016年10月1日)https://studysapuri.jp/course/junior/parents/kyoiku/article-3.html
 
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