2017 Volume 1 Article ID: 2017-011
平成18年度より薬学6年制教育がスタートし,真に社会の役に立つ医療人としての薬剤師養成が使命となり,質の高い医療人育成のために教育現場のみならず薬局・病院など臨床現場においても改めて教育の重要性が強調されている.薬学教育の質向上のためには,教育方法や効果の検証を行い現場へ還元するための研究活動が必須であるが,薬学領域における “教育研究” は緒についたばかりである.そこで我々は2016年8月に開催された日本薬学教育学会第1回大会において『薬学教育研究,事始め』と題したシンポジウムを実施した.
教育研究において,研究対象は学生など研究者との社会的関係上弱者である場合が多く,十分な倫理的配慮が必要である.そこで本稿では,国や他の医療系学会の指針を参照し,教育研究の倫理的配慮の必要性について言及する.
薬学教育研究の最終目標は,質の高い人材を育成し医療の質向上へとつなげることであり,今後策定されるであろう日本薬学教育学会の研究倫理指針は,薬学教育研究の質を高めるとともに,研究の発展に寄与するものでなければならない.
平成18年度より薬学6年制教育がスタートし,真に社会の役に立つ医療人としての薬剤師養成が使命となっている.質の高い医療人育成のために “知識”,“技能” に加えて “態度” の醸成が謳われ,教育現場のみならず,薬局・病院など臨床現場においても改めて教育の重要性が強調されている.薬学教育の質向上のためには,教育方法や効果の検証を行い現場へ還元するための研究活動が必須であるが,薬学領域における “教育研究” は緒についたばかりである.そこで我々は2016年8月に開催された日本薬学教育学会第1回大会において『薬学教育研究,事始め』と題したシンポジウムを実施した(表1).
1.オープニングリマークス:さあ薬学教育研究を始めよう! リサーチクエスチョンから研究実施まで |
有田悦子(北里大学薬学部) |
2.教育研究の意義と課題 |
藤崎和彦(岐阜大学医学教育開発研究センター) |
3.研究を始めるにあたって基本的な心構え |
亀井美和子(日本大学薬学部) |
4.研究事例の紹介(量的研究) |
串畑太郎(摂南大学薬学部) |
5.研究事例の紹介(質的研究) |
半谷眞七子(名城大学) |
6.総合討論 |
シンポジウムではまず薬学教育研究を始めるにあたっての留意点や研究の流れ,教育研究の意義と課題について共有した後,量的・質的方法を用いた教育研究の具体例についてご紹介いただいた.本稿を含む4編は,その際の内容を中心に記述したものである.
教育研究において,研究対象は学生など研究者との社会的関係上弱者である場合が多い.そこで本稿では,特に薬学教育研究を始めるにあたり十分に理解しておくべき倫理的配慮について,国や他の医療系学会から出されている倫理指針を参照し,教育研究の倫理的配慮の必要性について言及する.
文部科学省および厚生労働省が作成した「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」1)は,臨床研究に携わる研究者だけでなく,薬学教育者にも広く知られている倫理指針である.指針の第3の1の規定は,指針で定義する「人を対象とする医学系研究」のうち,この指針を適用する研究あるいは適用しない研究について定めており,指針のガイダンス2)において,医学系研究に該当する学問領域の例として「医科学,臨床医学,公衆衛生学,予防医学,歯学,薬学,看護学,リハビリテーション学,検査学,医工学のほか,介護・福祉分野,食品衛生・栄養分野,環境衛生分野,労働安全衛生分野等」が掲げられ,これらの領域における「個人の健康に関する情報を用いた疫学的手法による研究及び質的研究が含まれる.医療,介護・福祉等に関するものであっても,医事法や社会福祉学など人文・社会科学分野の研究の中には「医学系研究」に含まれないものもある.」と記されている.
一方,「人を対象とする医学系研究」の定義に当てはまらない研究は,この指針の対象ではないことが記されており,「例えば,心理学,社会学,教育学等の人文・社会科学分野のみに係る研究や,工学分野等の研究のうち,国民の健康の保持増進に資する知識を得ること,患者の傷病からの回復及び生活の質の向上に資する知識を得ることを目的としないものは,この指針の対象でないが,研究対象者から取得した情報を用いる等,その内容に応じて,適正な実施を図る上でこの指針は参考となり得る.」と記されている.これらの記載からは,教育学研究の多くがこの指針の対象外であるが,研究の適正に実施するために,この指針を参考にする意義があることがうかがえる.
医学系研究においては,被験者の自由意思の尊重が前提であり,被験者権利の擁護は研究者の責務である.教育学研究においては,研究の対象者が学生であることが多く,被験者と研究者との関係は,さらに配慮が必要と言える.
教員と学生,指導者と実習生という関係は,履修科目の単位を認定する側と受講者の関係であることが多く,このような関係においては,「参加を強要されているように感じる」「成績評価が気になる」といった被験者となるべき者の自由意思(自発的同意)が確保されにくい状況がある.そのため,利害関係があることを前提にした配慮が必要となるが,研究者が倫理的配慮に留意しているつもりでも,そうでない行動をとってしまいがちであることが指摘されており3,4),不適切な行動やその具体的な解決方法などを研究者同士が情報共有し,研究活動を適切に行うための解決方法等を検討することが必要であろう.検討するための材料として,医学教育や看護教育での研究倫理指針等を以下に紹介する.
日本医学教育学会は,「医学教育」に投稿する際には,著者に,1. 本学会の研究倫理指針5)の遵守,および,2. 組織内倫理委員会等において研究計画の倫理性の評価がなされたことの明示,を求めている.1の研究倫理指針の理念は表2に掲げたとおりであり,理念に続く指針の前文には,以下のような記載がある(前文からの抜粋).
1. | 医学教育研究は,医学教育の向上と,ひいては人々の健康増進をめざすために行う. |
2. | 研究参加者の権利の保護と情報管理に充分配慮する. |
3. | 医学教育研究においても,倫理的問題,利益相反が生じうること認識する. |
4. | ヘルシンキ宣言,個人情報保護法などの精神を遵守した研究計画を立案し,所属機関の倫理審査委員会の判断を仰ぐ. |
5. | 医学教育の質向上のために必要な研究の実施について,医学・医療関係者と,広く社会一般に対して理解を求める. |
6. | 個人情報を含まない研究(公的発表データの解析,既発表論文の解析など)は本指針の対象外とする. |
7. | 研究は,本来の教育や臨床業務の遂行の妨げにならないように配慮し,研究参加者の心的外傷や不公平感を生じないようにする. |
8. | 研究参加者に対しては,充分な説明を行い,同意を得る.参加者はいつでも参加を中止することができる. |
9. | 他の目的で得たデータ,他機関から得たデータを利用して研究を行う場合は,所属機関の倫理審査を受け,参加者から同意を得る努力を払う. |
10. | 研究上,知り得た事項については,守秘義務がある. |
11. | 研究参加者から得られたデータは情報が漏洩しないように管理する義務があり,個人情報に配慮した上で廃棄する. |
12. | 研究成果は,可及的速やかに適切な方法で公表し,社会に還元する. |
13. | 研究結果に対して道義的責任を持ち,ねつ造,改ざん,盗用,二重投稿などの不正行為を行わない. |
14. | 研究に用いる評価技法等は,適切な方法で入手し,著作権侵害,剽窃行為,価値毀損がないように配慮する. |
「医学教育の研究では,主たる研究参加者である学習者の成績,学習活動における発言や行動に関する文字・音声・映像の記録,あるいは学習環境や生活等に関する調査など,具体的な情報を取扱うのが特色である.
また,学習者だけでなく教育者や協力者等,あるいは教育組織や機関,団体等,多くの教育に携わる人材や組織が研究対象となる.これらの研究対象は,研究者等との社会的関係上,弱い立場にある者(vulnerable population)に該当する場合が多い.
従って,臨床研究や疫学研究における研究参加者と同等に,福利に対する配慮が必要となる.
さらに,医学教育に関する研究活動は特定の企業等に利益をもたらす場合が考えられるため,利益相反について一定の倫理指針が必要である.」
前文の後には,表3に掲げる第1条から第41条にわたる項目があり,詳細は指針5)を参照いただきたいが,具体的な記載がなされている.例えば,第7条教育機会の均等性においては,「参加者に対して通常の教育活動以外の介入を加える研究計画を立てる場合には,(中略)少なくとも通常業務を著しく阻害せず,および道義的にも認められる範囲の計画であることを確認した上で実行に移さなければならない.(中略)さらに,参加者が,実験群・対照群として異なる条件下に置かれた上で研究が行われる場合には,研究終了後他方の教育を受けられるようにするなど,教育機会の均等性を保証しなければならない.」と記述されている,
I.目的・原則・対象 | |
第1条 | 目的 |
第2条 | 基本原則 |
第3条 | 適用範囲 |
II.倫理性の検討 | |
第4条 | 関係者の利益相反 |
第5条 | 参加者への負担 |
第6条 | 通常業務への影響 |
第7条 | 教育機会の均等性 |
第8条 | 研究の変更・中止 |
III.研究参加への同意 | |
第9条 | 説明義務 |
第10条 | 拒否・取り下げの機会の保証 |
第11条 | 義務説明 |
第12条 | 関係者の同意 |
第13条 | 参加者との関係 |
第14条 | 介入研究 |
第15条 | 観察研究 |
第16条 | 研究以外の目的で入手したデータを用いる研究 |
第17条 | 別目的の研究で同意を得て収集したデータに別の解析を行う研究 |
第18条 | 参加者に未成年を含む研究 |
第19条 | 他機関から提供を受けたデータを含む研究 |
第20条 | 上記の方法で同意を得ることができない研究 |
第21条 | 参加中止の取り扱い |
IV.情報管理 | |
第22条 | 守秘義務 |
第23条 | データ管理 |
第24条 | 記録保管・廃棄 |
V.研究結果の公表 | |
第25条 | 公表 |
第26条 | 公表に伴う責任 |
第27条 | 参加者の保護,肖像権 |
第28条 | 公表内容の信義 |
第29条 | 各種評価技法の保護 |
第30条 | 出典の明示 |
第31条 | 重複公表 |
第32条 | 共同研究者間の公平性 |
VI.自己研鑽と相互監視 | |
第33条 | 倫理の研鑽 |
第34条 | 説明責任 |
第35条 | 所属機関内の審査 |
第36条 | 共同研究の審査 |
第37条・ 第38条 |
所属機関内に倫理審査委員会がない場合における審査 |
第39条 | 相互監視 |
VII.施行・改訂 | |
第40条 | 施行 |
第41条 | 改訂 |
一般社団法人日本看護系大学協議会が2008年に公表した「看護学教育における倫理指針」6)は,教員が看護倫理を基盤に据えた看護職を育成するための基本的な考え方を示すものとされており,看護学の教育者に向けた倫理指針である.また,日本看護学教育学学会編集委員会においては研究倫理基本原則7)を制定している.筆者は看護教育研究における研究倫理を十分把握しているわけではないが,薬学教育研究を行ううえで,看護教育領域での検討事項,学生への配慮等は参考になると考えられる.
看護教育研究における被験者候補である学生への具体的な配慮方法の例として文献3,4)から把握したことは以下のとおりである.学生への研究参加依頼時には「自由意思による参加,不利益を受けないこと(成績と関係しないこと),参加後も撤回できることをきちんと伝える」のほか,教員が自身の研究への参加を直接呼びかけることで学生が圧力を感じることを防ぐための方策として,「講義中,実習中に説明をしない」,「研究者である教員自身が直接参加を依頼しない」などがある.また,調査票等の回収については「即時に回収しない」,「手渡し回収しない」,「匿名性を確保する」など,さらに,効果や成果に関する調査は成績が確定した後に実施すること,正規のカリキュラムを研究に組み入れる場合は学生に教育上の不利益が生じないことを保証することなどがある.
教育研究の多くは「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の適用とならないが,それは倫理審査を必要としないということではなく,医学系研究とは異なる視点からの倫理審査が必要であることが,医学教育学,看護教育学の状況から鑑みて察することができる.学生や学生から得られた情報を取り扱う研究であり,また,組織として管理すべき情報を取り扱う研究という性質から,組織内に倫理審査体制の整備することが望ましいと考えられる.また,研究実施に際する倫理的配慮について,研究者への教育も重要であろう.一方,倫理審査等を研究者がハードルと感じて,教育研究が活性化されないことも懸念される.
薬学教育研究の最終目標は,質の高い人材を育成し医療の質向上へとつなげることであり,今後ますます活性化させなければならない.
今後策定されるであろう日本薬学教育学会の研究倫理指針は,薬学教育研究の質を高めるとともに,研究の発展に寄与するものでなければならない.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.