2018 Volume 2 Article ID: 2017-022
薬学教育において「教員主体」から「学習者主体」の教育に重点を置くアクティブ・ラーニングが浸透し,認識が高まっている.その一例として,Small Group Discussion(SGD)が多くの大学で取り入れられている.SGD後のプレゼンテーション評価は自己評価,相互評価(ピア評価),教員評価による3通りの評価方法があるが,アンケート用紙を用いた場合,学生数が多い場合には即時フィードバックが困難という欠点があった.近年,アンケート用紙の代わりにInformation and Communication Technology(ICT)を活用する試みがなされている.そこで,薬学部4年次学生に対して行われる「病院・薬局実務実習」の準備学習におけるSGD後のプレゼンテーションにICTを用いてピア評価を行った.ピア評価によってグループ討議や宿題への意欲に影響を与えると回答した学生が約7割にのぼった.ピア評価のほかに,グループ討議への意欲に影響を与えたものとして,ホワイトボードにまとめた討議内容を教員が撮影したことと回答した学生は8割を超えた.ICTを利用した評価方法は約8割の学生にとって取り組みやすさを可能にすると同時に,教員にとって即時フィードバックを可能にした.SGD後のプレゼンテーションにおけるピア評価に対してICT利用は学習への高い意欲に繋げることができると考えられた.
薬学教育では将来の薬剤師および薬学研究者を養成すべく,さまざまな取り組みが行われている.近年,「教員主体」から「学習者主体」の教育に重点を置く「能動的学習」が薬学教育でも注目されている.能動的学習ではSmall Group Discussion(SGD)が活発に取り入れられている.SGDにおける取り組みを評価する方法として,医学教育では学生間の相互評価(ピア評価)が用いられている.教育評価におけるピア評価とは「学習集団などにおいて,生徒同士に互いに級友を評価させる方法」1) をいう.
従来の対面授業においても,学生による発表とそれに続くディスカッションという形式においてピア評価が行われてきたが,作業時間と質のバランスから,少人数の授業でなければ実施が困難であった.学生のピア評価が盛んになるに従い,その評価方法および評価結果をどのように取り扱うかという研究も進められている2,3).
本研究では,ピア評価においてInformation and Communication Technology(ICT)を用いて即時フィードバックをはかることで少人数でなくとも実施可能であることを提示するとともに,ICTを利用したピア評価に対する学習者の意識調査を行った.
大阪薬科大学薬学科4年次必修科目「臨床導入学習1」の2017年度前期受講者(291名:8~10名/グループ×8を4期に分けて実施)を対象とした.実施時期を次に示す.
第1期(実施時期:2017年4月18日,76名)
第2期(実施時期:2017年5月17日,76名)
第3期(実施時期:2017年6月6日,70名)
第4期(実施時期:2017年6月22日,69名)
臨床導入学習1は,次年度(薬学科5年次)で行われる「病院・薬局実務実習」の準備学習(以下,事前学習と記載する)であり,実務実習を行うにあたって必要となる知識,技能および態度を習得するための講義,演習および実習から成る複合科目(全24回)である.このうち,ピア評価を導入したSGDは,全8回のコミュニケーション項目における第2回目に行った.具体的には,第1回目の実習終了後に第2回目に取り組むシナリオを配付した.シナリオの内容は「不安定狭心症患者における経皮的冠動脈形成術施行後の薬剤管理指導を行う」とし,現病歴・経過,処方,身体所見,入院時検査所見,持参薬情報(識別コードが表示された外形を図示)を記載した.配布時に,各自調べて来る項目をグループ内で取り決めるよう指示した.さらに,翌日のSGDにおける「司会進行係」,「書記係」,発表会における「発表係」および「質問係」のいずれかを担うように指示した.
SGD当日,各自が宿題として調べてきた内容をもとにシナリオにある入院患者に対して薬学的管理指導を行うという設定で指導内容等について討議し,チューター(8グループに対して教員4~5名)が各SGDを見て回った.書記係は討議内容をホワイトボードに書き込み(制限時間2時間),議論の進行とともに修正可能としたが,最終的には発表用に調えるよう指示した.SGD終了直前に教員がデジタルカメラでホワイトボードの記載内容を撮影し,学生がSGD室から発表会場のコンピュータ演習室に移動している間に,デジタルカメラで取り込んだ画像を発表用PCに移した.学生の座席には2人1組で閲覧するモニター画面と個別PCが設置されている.モニター画面には発表者のホワイトボード撮影画像が映し出され,個別PCには発表評価アンケート画面が写し出される(図1).各グループの発表者は教員PCで撮影画像上をカーソル操作しながらプレゼンテーションを行った(制限時間8分).学生はモニター画面上の画像を見ながらその場で評価した.評価ツールは個別PCで起動された情報教育支援システムWingnet(株式会社コンピュータウイング,大阪)とし,教員がプログラムした評価項目(表1)について学生は3段階(目標到達,やや不十分,不十分)のうちいずれかをクリックした(図1).全項目の評価を終えた学生は送信ボタンを押して完了する.モニター画面に送信データの集計結果がリアルタイムでグラフ表示される.同時にホストコンピュータにも座席PC番号を付した解答結果がエクセルファイルで保存される.座席指定のため,発表グループを構成する学生とそうでない学生を同定することができ,送信データを点数化(目標到達:3点,やや不十分:2点,不十分:1点)して,発表グループの学生(n = 8~10)からの送信データの平均値を自己評価点とし,発表グループ以外の学生全員(n = 60~67)からの送信データの平均値をピア評価点とした.
ICTを用いた評価支援システム画面の例
分類 | 評価項目 | 設問 |
---|---|---|
発表内容 | 病態の理解 | 疾病概念を理解しているか |
治療薬の理解 | 薬効・副作用を理解しているか | |
代表的な医薬品の理解 | 代表的な医薬品について警告,禁忌,副作用を列挙しているか | |
服薬指導の意義を理解 | 服薬指導に必要な患者情報を列挙しているか | |
発表構成 | 導入・展開・結論の順番で構成されているか.つながりがスムーズであるか.それぞれの内容が良くまとまっているか.わかりやすいか. |
さらに,演習終了後,第4期69名に対し,9項目から成る無記名アンケートを実施した(表2).項目については安原ら 4) の報告をもとに設定した.なお,今回用いたデータからは個人を特定することはできない.統計解析はGraphPad Prism7(GraphPad Software Inc, California)を用いて行い,対応のない2群間の比較にはMann-Whitney U testを用いた.両側検定におけるP値が5%未満を統計学的に有意差ありと判定した.
質問項目 | 点数 |
---|---|
ピア評価の存在は宿題への意欲に影響を与えますか? | 意欲を下げる12345意欲をあげる |
ピア評価の存在はグループ討議への意欲に影響を与えますか? | 意欲を下げる12345意欲をあげる |
SGD内容をまとめたホワイトボードの撮影はグループ討議への意欲に影響を与えますか? | 影響を与えない12345影響を与える |
Wingnetを用いた評価方法は取り組みやすいですか? | 取り組みにくい12345取り組みやすい |
自分のグループの発表を公平に評価することができましたか? | できなかった12345できた |
他のグループの発表を公平に評価することができましたか? | できなかった12345できた |
自分のグループの発表に対する評価を納得して受け入れられましたか? | 受け入れられない12345受け入れられた |
ピア評価の結果を返却することをどう思いますか? | 希望しない12345希望する |
今後のグループ発表へのピア評価の導入をどう思いますか? | やめてほしい12345導入してほしい |
グループ発表に対する評価結果を表3に示す.5設問(「疾病概念を理解しているか」,「薬効・副作用を理解しているか」,「代表的な医薬品について警告,禁忌,副作用を列挙しているか」,「服薬指導に必要な患者情報を列挙しているか」,「導入・展開・結論の順番で構成されているか.つながりがスムーズであるか.それぞれの内容が良くまとまっているか.わかりやすいか」)のうち,いずれの設問においても,自己評価がピア評価を上回った.
設問 | 自己評価 (32 groups) |
ピア評価 (32 groups) |
P-value (Mann-Whitney U test) |
---|---|---|---|
疾病概念を理解しているか. | 2.99 ± 0.03** | 2.90 ± 0.06 | < 0.0001 |
薬効・副作用を理解しているか. | 2.97 ± 0.05** | 2.87 ± 0.07 | < 0.0001 |
代表的な医薬品について警告,禁忌,副作用を列挙しているか. | 2.95 ± 0.08** | 2.86 ± 0.06 | < 0.0001 |
服薬指導に必要な患者情報を列挙しているか. | 2.92 ± 0.13* | 2.83 ± 0.09 | < 0.0001 |
導入・展開・結論の順番で構成されているか.つながりがスムーズであるか. それぞれの内容が良くまとまっているか.わかりやすいか. |
2.90 ± 0.15* | 2.82 ± 0.09 | < 0.0001 |
mean ± SD.
“Self-evaluated” values in each group was the means of score by students who were in the same group as the presenter (n = 8–10).
“Peer-evaluated” values in each group was the means of score by the other students (n = 60–67).
*P < 0.05, **P < 0.01, self vs. peer.
アンケート結果を図2に示す.ピア評価によって宿題やグループ討議への意欲に影響を与えると答えた学生が約7割にのぼった.ピア評価のほかに,グループ討議への意欲に影響を与えたものとして,ホワイトボード撮影と捉えた学生は8割を超えていた.学生評価方法として,ICTを利用した即時評価方法は約8割が取り組みやすいと感じていた.
グループ発表における自己評価およびピア評価に関するアンケート結果
一方,自分のグループ発表や他のグループ発表を公平に評価することができたと約9割の学生が回答し,同様に約9割の学生が自分のグループ発表に対する評価を納得して受け入れられたと回答した.一方,ピア評価の結果を返却することに対しては消極的であった.今後のグループ発表への学生相互評価の導入について約6割が取り入れて欲しいと回答した.
5年次の病院・薬局実務実習に先立って行われる4年次の準備学習において,SGD成果発表に対するピア評価にICTの導入を試みた.ピア評価は宿題およびグループ討議に対する学生の学習意欲を高めていた.同時に,SGD内容のホワイトボード撮影もグループ討議に対する学習意欲を高めていた.一方,ピア評価の手法としてICTを導入することに対しても学生は肯定的であった.
安原ら 4) は,薬学部1年生に対するSGDにおいて自己・ピア評価を導入し,ピア評価によりグループ討議や事前学習への意欲に影響を与えたことを報告している.評価はシートへの記入のためシート提出からフィードバックまで11日~14日要していたにもかかわらず,結果の返却を希望する学生や,今後のSGDへのピア評価の導入を希望する学生が多数占めたことを報告している.本実習でも結果の返却を希望する学生は多く,今後のグループ発表へのピア評価導入を希望する学生は多かったが,安原らの報告よりも割合は低かった.その一因として,ICTを用いた即時フィードバックは自己のみならず他者へも開示されたことから,少なからず抵抗感をもつ学生が存在したのではないかと考えられる.
教育評価を評価の主体で分類すると,教員による評価,学習者による評価に分けられ,学習者による評価にはピア評価と自己評価がある.自己評価では心理的に自己防衛が働き,自身の欠点を直視しない学習者が存在する.本実習でも自己評価はピア評価に比べて高かった(表3).さらに,自己評価を公平に行うことができたと回答した学生は,ピア評価を公平に評価することができたと回答した学生よりも下回っていたことから,自己評価に客観性を持たせられなかったことを自覚しているようであった.ピア評価は自己評価と比較すると,客観的に評価することができる.ただし,ピア評価においては,評価者と被評価者との間にある人間関係などが評価に入っていないこと,評価者の評価特性(高い評価を付ける傾向がある,低い評価を付ける傾向がある)による影響が出ないこと(公平性)が重要である.本実習では評価を3段階に設定し,5段階を設定しなかった.その理由として,5段階評価の中間を選択する学生が多くなるのではないかと考えたためであるが,3段階では中間を選択する可能性は低くなるものの,各評価の幅が大きくなる分,評価が甘くなる可能性があり,今後の工夫が必要であると考えられる.
本実習では,SGD成果発表におけるピア評価にICTを導入することにより即時フィードバックが可能になり,発表グループにおいては修正すべき点を迅速に把握することができるとともに,ピアにおいては他者のパフォーマンスを積極的に視聴するようになった.同様の報告として,布施らはビデオオンデマンドとウェブデータベースを利用した相互・自己評価システムを用いたプレゼンテーションの授業で,学習者の意欲が向上したと述べている5).
一方,ホワイトボード撮影はグループ討議への意欲に影響を与えると回答した学生は約9割にものぼった.発表時にピアや教員にSGD成果がさらされるという緊張感を肯定的に捉えていた.ホワイトボードへの書き込みを充実したものにするには,各学生がグループで分担する宿題への真摯な取り組みや活発なディスカッションが必要になる.これらが十分になされると,同じ課題でも他グループの調べた内容やまとめ方,発表の流れに対するピア評価への取り組みも意欲的になる.その結果,「教員主体」から「学習者主体」の効果的な能動的学習へとつながると考えられる.
薬学部4年次学生291名に対する病院実習の事前学習実習において,SGD後のプレゼンテーションに対してICTツールを利用したピア評価の導入は少人数でなくとも実施可能であることが提示できた.同時に,事前学習およびグループ討議への高い意欲に繋がることが明らかになった.今後は,学習意欲向上が学習効果向上へと繋がるよう教育の工夫を図りたい.
発表内容に関連し,開示すべき利益相反はない.